第8話 神

『欠品だ。その褒賞ほうしょうアイテムが再配備されないことと、ミランダに生じている致命的なシステムエラーには関連性がある』


 突如として書き込まれたそのメッセージに僕はハッと息を飲んだ。


「……何だ? この書き込み」


 その書き込みの主は「神」という不遜ふそんなハンドルネームだった。

 そのアイコンはキラキラと光る「GOD」の3文字を1つにまとめた様な不思議な紋章だ。

 しかしまるで今の僕の状況を俯瞰ふかんしているかのようなメッセージは、さながら天から民を見下ろす神のごときだった。

 その神による次のメッセージに僕は目を見開いた。


『……ミランダが生き残れる可能性。その答えが欲しいか?』


 その言葉に僕は息を飲んで反射的に返答を書き込んだ。


「答えがあるなら僕はそれが欲しい」


 僕の求めに応じて神は即座に返答をよこしてくれた。


『ミランダは今、このゲームにとっての有害キャラクターであり排除対象になっている。だが、それに比例して人々の注目度も上がっている』


 神はあるグラフを提示してきた。

 そこにはここ数日のプレイヤーたちの登録状況が線グラフとなって表示されている。


『ミランダが暴走し始めた後、一時的に減少したプレイヤーが再度増え始めている。しかも増えているのは新規アカウントばかりだ』


 その言葉の通りの事象をそのグラフは示していた。

 だけど……。


「ただの仮登録客じゃないですか? このバカ騒ぎを見たいだけの野次馬ですよ」


 今までもこういうことはあった。

 ゲームでトラブルが起きると一時的に人が増える。

 近所で火事があれば人は見に行くものだから。

 だけどそういう人たちは興が冷めればすぐにいなくなってしまう。

 僕の書き込みからそんな気持ちを見透みすかしたように神の書き込みが表示された。


『ところが仮登録をした新規参入客のうち、9割が本登録を済ませている』


 神の言葉を裏付けるように新たなグラフが提示された。

 48時間だけ有効な簡易的な仮登録期間を終えると、本登録をするかどうかの選択を迫られる。

 野次馬根性で見に来ただけの人だったら、ここで本登録をせずにこのゲームから離れていくだろう。


「純粋に人が増えているってことですか?」

『そうだ。この騒動が人集めに一役買い始めているということだ。これは運営本部にとって誤算だったはずだ。それも良い方向の誤算だ』


 その書き込みに僕は少しばかりムッとしてしまった。

 だってそうだろ?


「ミランダの暴走は見世物みせものってことですか? そう言いたいんですか?」


 僕がそう書き込むと、今度は数十秒ほど時間を空けてから神の返答がやってきた。


『まったく。そんなことに腹を立てている場合か? この状況でおまえが今出来ることを考えるほうに頭を回したらどうだ?』


 少しあきれた様子で書き込まれたその内容に僕はハッとした。

 そうか。

 ミランダの注目度が上がって、この騒動のスリルを逆に楽しむ人たちがいるとしたら……。

 そうなれば運営本部もミランダを再び有力なコンテンツと見直し、彼女の存続を許可するかもしれない。

 だけど、それはあくまでも希望的観測の域を脱していない。


「でもミランダがゲームの秩序ちつじょを壊してしまうかもしれないというリスクを持っている限り、運営本部は安易に彼女の存続を認めないんじゃ……」

『運営本部はミランダのコントロールを失っている状態だ。だからこそ討伐隊とうばつたいに権限を与えてミランダを消去しようとしている。だが、同時にミランダを管理下に置く方法も模索もさくしているはずだ。そうでなければ例え今回ミランダを消去したとしても次回以降、エラーによって第2第3のミランダが現れた時にゲームを存続させることが難しくなるからな』


 何だこの人? 

 ずいぶん事情を知ってるような口ぶりだけど。


「なんでそんなこと分かるんですか?」

『神だからな』


 ……な、何だか胡散うさんくさい奴だなぁ。

 臆面おくめんも無く自分を神とか言う人物を本当に信用していいんだろうか。

 疑念を抱いた僕がしばらく書き込みをしないでいると向こうからのレスが来た。


『ミランダの集客力を利用して彼女のコンテンツとしての価値を上げ、きっちりミランダの暴走を止めて制御可能な状態に戻す。それがこのスレッドを立てたおまえへの回答だ』


 神の言うことには説得力があった。

 確かに方法としてはそれしかない。

 だけど不思議だな。

 どうしてこの人は僕に回答を示してくれるんだろうか。


「あなたが僕に答えをくれる理由は何ですか? 僕は確かに答えを求めています。あなたは何を求めているんですか? まさか神の親切心なんて言わないですよね?」


 もしこれがもうけ話だったら自分だけもうけていればいい。

 それを人に勧めるからには何か下心がある、っていうのは世の常だ。

 確かに今の僕はワラをもつかむ心境だけど、手当たり次第なんでもいいってわけにはいかない。

 確実にミランダを救える一手が欲しいんだ。


『ある理由から私はこのゲームの存続を望んでいる。だが、私はこのゲームに直接的に関わる権利はない。だからすでに鍵を手にしているおまえを利用したい。ミランダを正常化し、このゲーム存続の危機を救う決め手になる鍵を持つおまえをな』


 神を名乗るその人物の言う『鍵』の意味が分からず、僕は頭をひねった。


「鍵? 何言ってるんですか? 僕の手にあるのは……あっ!」


 そこで僕は思わず声を上げた。

 僕が手にしているのは呪いの剣『タリオ』であり、これこそが神の言う『鍵』ってことか?


『理解したか?』

「……この呪いの剣をどうにかするってことですよね」

『鍵は鍵穴へ。それこそ世の真理だ』


 鍵穴?

 剣を鍵だとすると、これをどこかに差し込むってことかな。

 だとすると……。

 僕はそう考えて呪いの剣を即座に玉座の裏の収納スペースに戻そうとした。

 するとふいにパスワードの認証画面が表示される。


【パスワードを入力して下さい】


 ま、またパスワードか。

 僕はふいにジェネットのブログ内での出来事を思い返して、なつかしいような胸が痛むような感傷的な気持ちになる。

 会員認証を求められた『典礼の間』。

 あの時は安直にジェネットの名前を入力してまんまと認証失敗したなぁ。

 あの会員ページの中がどうなっていたのか、今となっては知るよしもない。


「今はそんなことを考えてる時じゃないか」


 僕は頭の中からジェネットとの思い出を振り払い、前を向く。

 たとえ安直でもやってみるしかない。

 そう思い、僕はミランダの名を『Miranda』と入力した。


【パスワードが間違っています。ペナルティーを発動します】


 くぅ。

 当然そうなるよね。


『安直すぎるぞ。プーッ! クスクスクス』


 コラッ! 

 笑うな! 

 というか、笑い声を書き込むな!


 小馬鹿にした神の書き込みに苛立いらだちながら僕は認証画面に現れたメッセージを二度見した。

 やっぱりまた間違いか……ん?

 ペナルティーって何だ?

 僕がそう疑問を抱いた瞬間だった。


「がっ!」


 痛っ! 

 イッテェ~! 

 何だ? 

 まるで収納スペースに押し込められたことが不満だったかのように呪いの剣がそこから飛び出してきて僕の鼻面はなづらに思いっきりぶち当たった。


 何だよチクショウ! 

 こ、これがペナルティーか。

 さすが闇の玉座だ。

 ジェネットのブログみたいにただ間違いを警告するのとは違い、こっちのシステムはきちんと罰則まである。

 その意地の悪さは主であるミランダの性質をしっかり受け継いでるんだな。

 

 うう。

 視界がチカチカする。

 鼻の奥がジンジンして涙が出てきた。


『プッ! ウフフ』


 ウフフじゃねー! 

 絶対馬鹿にしてるだろ! 

 痛みと怒りに震える僕だったけど、ふと目の前に横たわる呪いの剣のかたわらに数枚の紙切れが落ちているのを目にしてまゆを潜めた。


「何だこれ? この収納の中に隠されていたのかな」


 そう言いながら僕は紙切れの一つを拾い上げた。

 それはミランダとともに撮影した写真の一枚だった。

 そこには以前のミランダと僕の姿が映し出されている。

 今の僕ならこの写真を撮ったときのことがありありと思い出せる。

 なつかしさとともに苦い思いがこみ上げてきて僕の胸を締め付けた。

 他にも同じような写真が数枚落ちていたけど、中に一枚だけ他とは異なる紙を見つけ、僕はそれを拾い上げてまじまじと見つめた。


「これは……手紙?」


 そして恐る恐るその封を開けて中身を見た僕は、その内容を目で追ううちに自分の心臓が息苦しく鼓動こどうを速めていくのを感じずにはいられなかった。

 衝撃的なその手紙の中身に僕はすっかり目を奪われてしまった。


 こ、こんな……ウソだろ? 

 何てことだ。

 その手紙の送り主はミランダだった。


「こ、こんな手紙をミランダが……」


 僕は自分がとんでもない思い違いをしていたことを知り、愕然がくぜんとした。

 同時にミランダのことをまるで分かっていなかった自分自身に怒りを覚えた。


 ミランダ。

 君がこんな思いをしていたなんて……。


『どうかしたのか?』


 神の書き込みにふと我に返った僕は気持ちを落ち着けようと少しの間、目を閉じた。

 頭の中で整理しきれない思いがぐるぐると回り続けている。

 それは熱いの中で煮え立つけた金属のようだった。

 それが落ち着くまでにどのくらいの時間がかかったのか分からないけど、少しずつ自分の気持ちが冷えて固まっていくのを感じてから、僕は神にメッセージを返した。


「この剣のあるべき場所って、この玉座のことじゃないんですか?」

『そうだと思ったが、どうやらそうではないらしいな』


 まるで他人事のような神の言葉に僕は少し苛立いらだったけど、せっかくつかみかけた手がかりを手放すまいと口を引き結んだ。


「だとしたらあとはもうミランダ本人に手渡すしかないですよ」

『そうだな。まあ、やるかやらないか最終的に決めるのはおまえだ。こちらとしてはおまえを利用して目的を果たしたいがな』


 そんなことを言っているけど、この神とかいう書き込みの主はどう考えても情報を与えられた僕が動き出すであろうことを予測しているんだろう。


「ゲームを存続させたいってことは、やっぱりあなたは運営側の人なんですか?」

『そんなことを聞いてどうする?』


 僕が必死に情報集めをしているのは、ミランダの暴走を止めて、彼女を消そうとしている運営の手から何とか救いたいと思っていたから。

 途方もない話だけど僕は本気だった。

 もしこの神が実は運営側の人間で、僕を利用してミランダを消そうとしているのなら、僕はまんまとだまされることになる。

 それだけは避けなければならなかった。


「暴走したミランダを僕一人で止めるのは無理です。色々な人を巻き込むことになる」


 ジェネットのように。


「だからこそ僕にはあなたの本当の考えを知っておく必要があるんです。僕一人がおどらされるのは全然かまいませんけど、人を巻き込むことになるなら僕には責任があるから」


 ミランダが倒されてしまった時の悲しみはもう二度と忘れられないほど僕の心に焼き付いている。

 同時に、死闘の果てに傷つき倒れたジェネットの姿も僕の胸に深く突き刺さったままの太くて重い杭だった。

 もう……もうあんな思いをするのは心底嫌なんだ。


『ほう。意外と思慮分別があるんだな。だが私が正直に話すとは限らないぞ? 適当なウソをつくかもしれん』


 確かにその通りだ。

 仮に神がウソをついたとして僕がそれを見抜ける保証はない。


「それならそれで仕方ありません。あなたの言葉の真偽は僕が判断するしかない。でも、ウソから見えてくる真実だってあると思います」


 ハッタリだ。

 口からデマカセのウソ八百もいいところだ。

 知能だって十人並みの僕にそんな鋭い洞察力どうさつりょくなんてあるわけないよ。

 だけど今、つかみかけたこの手がかりを確実な糸としてたぐり寄せたいんだ。

 そのために少しでも情報の精度を上げておきたい。

 まさに神にすがる思いでそう書き込むとしばらくの間、返信がなかった。

 

 まずったかなぁ。

 テキトーなこと言ってるのがバレバレかもしれないぞ。

 だけどそんな僕の心配をよそに、やがて神の答えが返ってきた。


『……いいだろう。おまえが信じる信じないは別にして、私の考えを話そうか』


 よし。

 相手の真意はともかくとして、まずは一つ引き出しを開けることが出来た。

 僕は数少ない有力な情報を得るために、全神経を集中させて神の書き込みに見入った。


『まず初めに言っておくと私は運営の人間ではない。私の話を聞いて私が運営に関わる人間だと思ったかもしれないだろうが、それは違う』


 図星だった。

 彼が運営の人間だからこそ色々な情報を知っていると思ったし、ミランダにとって今は敵になる運営側の人間が僕にそんなことを言うのは何か裏があると僕は警戒した。


『だが、かつてこのゲームの開発にたずさわったことがある。言うなればОBのようなものだ。そして今の運営陣の中には私に近しい者がいる。無論、私を嫌う者もいるがな』

「だから情報を知っているってことですね」

『そうだ』


 それから神は訥々とつとつと自分の知っていることを話してくれた。

 暴走するミランダの扱いを巡っては運営本部の中でも意見が割れているらしい。

 とは言っても7割方はミランダを消去すべきだと主張しているようだけど、ミランダの集客力をこのゲームの人気回復に繋げるべきだという少数の声もあるとのことだった。


『実際のところ、このゲームは瀬戸際せとぎわを迎えている。運営本部の面々もそれを感じてかなり切羽詰せっぱつまっている。だが、それを表に出さないよう必死に体裁ていさいを保っているんだ』


 神の言うことはもっともだった。

 運営が不安定なゲームを誰がプレイし続けたいと思うだろうか。


「プレイヤーたちに不安が伝わらないように?」

『そうだ。このゲームはもうすぐ終了するかもしれない、などという風評が立ってしまうのは致命的だからだ。今の状況で一度人気が凋落ちょうらくしてしまえばもはや再浮上の芽はないだろう。そうなればゲームの行く末は知れたものだ』


 神の言うことは僕にも当然理解できる。

 人気が落ちたゲームは運営会社によって提供を打ち切られてしまう。

 それは本当の意味でのゲームオーバーだ。

 そして僕らNPCにとっては人生の終わりを意味する。

 いや……。


「僕らの世界そのものの終わり……」


 僕は心の中に浮かんだ言葉をそのまま書き込んだ。


『その通り。世界の終焉しゅうえんだ。そうなれば皆消える。おまえもミランダも』


 以前の僕だったらそんな言葉を真に受けたりしないだろう。

 そんなことあるわけがないと一笑に付して相手にしないはずだ。

 でも今は違う。

 僕は色々なことを知った。

 ミランダのことやジェネットのことも。

 消えるのも終わるのもダメだ。

 ゲームである以上、ゲームオーバーの先にはコンティニューがあるべきなんだ。


「だったら答えは出ています。僕は何が何でもミランダの暴走を止めなくちゃならない」


 自分でそう書き込んで、僕は改めて覚悟が決まったような気がした。


『そうか。私が出来るのは情報を与えることだけ。手助けなど期待するなよ』

「分かってます。これは僕がやらなくちゃならないんだ」


 勘違いだと笑われたっていい。

 思い上がりだとさげすまれても構わない。

 本当のミランダを知っているのはこの世界で僕だけなんだ。

 僕がやるしかない。

 いや、僕がそうしたいんだ。


「情報。ありがとうございました」

『だが、おまえはその洞窟から出られないんだろう? どうするつもりだ?』


 神の問いに僕は少し苦い思いをみ締めながら返事をした。


「少し考えがあります。あまり気は進みませんけど」


 僕は落ちている全ての写真を集めて、ミランダの手紙とともに自分のアイテムストックに保管しながら、手にした運命の糸を逃すまいと決意を固めた。

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