10篇「辺境伯、帰還す」

   ※   ※   ※   ※   ※



「ご主人様、お帰りあそばされました!」


 家令スチュワード執事バトラー、メイド他、多くの使用人サーヴァントがエントランスから玄関先に迄勢揃せいぞろいし、お屋敷の主人を待ち構える。

 既に、かなりの数のお屋敷の家人かじん達とは顔見知りになっていたが、こんなにも数多くの人達が邸宅内で仕事をしていたとは知らなかった。


 間もなく、勇壮な騎馬にまたがった屈強そうな鎧武者と大勢の従者が到着する。

 鎧武者は、20代半ばか、もう少し上か、そのくらいに見える。

 好青年と云うよりは、もう少し落ち着きと貫禄が見え、壮年と云った方がいいのかも知れない。

 従者が下馬を手伝い、鎧武者が玄関に近付くと、家人は皆、一様いちように深々と頭を下げる。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 屋敷の主人の名は、ダイナマクシア。

 “鍔鳴つばなりの”アルスマクス・ダー・ダイナマクシア。

 辺境伯の爵位を持つ名誉ある仮面の貴族ペルソプティマの一員で、超帝ちょうていしんの騎士の称号を有し、ドラコニアン・ワイルド三天将さんてんしょうの一人に数えられる実力者。

 “ダー”は、名ではなく、剣士の称号の1つらしい。

 伯爵の持っている領地は、ここからはるか北西に位置するらしい。

 つまり、このお屋敷は、別宅って事。

 ダリア王から譲り受けた土地って訳。

 辺境伯の爵位そのものが比較的珍しいらしいのだが、その中でも更に珍しい二重辺境伯だと云う。

 レグヌムって云う遙か西にあるでっかい国、しくは土地と、“”帝国、その二つの国の辺境伯らしい。

 レグヌムと帝国について説明を受けたんだが、どうにも理解出来ない。

 しかも、とか云う、この巫山戯ふざけた名前の国は、既に滅んで存在しないらしいのだ。

 滅んだ国の称号がいまだに残ってるってのも、イミフ。

 まだ、俺の認識力がそれを理解する迄、追いついてないって感じ。


 ファムは、俺を転生者てんしょうしゃとして伯爵に紹介するつもりだ。

 ファムは初めて会った時から、俺を転生者だと思っているらしい。

 転生者ってのは、外宇宙、あるいは、外世界からやって来た者を指す語らしい。

 転生者は、ごく稀にこの世界にやってくる旅行者、乃至ないしは、迷い人らしく、世界に何等なんらかの影響をもたらす存在らしく、ファムは転生者来訪の予言を信じ、待っていたらしい。

 俺が、俺の中のの甘言に乗って口走った世迷よまい言を、そのまま信用しちまって、その転生者だと思い込んでるんだな、ファムは。

 まあ、外の世界からやって来た事には変わりないので間違いではないんだが、そんな大層なタマじゃないぞ、俺は。


 広々とした応接室。

 会議室にも見えなくない、かなりデカイ部屋に俺は通される。

 部屋の真ん中には、巨大な木製の丸テーブルが置かれている。

 ――これって、アレじゃね?

 円卓。

 中華料理食べに行った時にしか見たことないぞ。

 既にファムは部屋に入っており、壁際の席に腰掛けていた。

 伯爵は席から立ち上がり、こちらを出迎えてくれた。

 ――どうぞ、腰掛けて。

 紳士的な態度で椅子に座るよう促してくれる。


 よかった――

 謁見えっけんの間みたいなところに通されないで。

 玉座ぎょくざみたいな前に立たされても、作法が分からないし。

 片膝立てて地べたに座り、こうべれる、そんなイメージしかない。


 ――よし!

 ここは、積極的に点数稼ぎに行こう。


「初めまして、伯爵。

 ファムに誘われ一月ひとつきちょっと前から、このお屋敷でお世話になっている青葉魁斗あおばかいとって云います」


「ようこそ、カイト君。我が賓客ひんかくファムタファール女史のお連れであれば、私はいつだって歓迎するさ。

 必要なものがあれば遠慮なく、我が家人に云い賜え。出来る限り、用意させよう」


「あ、ありがとうございます!これからも宜しくお願いします!」


 いい人じゃないか!

 貴族っていうから、もっと傲慢でイヤなヤツかと思った。


「ところでカイト君。ファムタファール女史からうかがったのだが、君がくだん転生者てんしょうしゃなのかい?」


「え?……一応、です」


「ちょっと試させてくれないか?」


「え?試す?」


「試すと云うのは失礼な言い方だな…そう、相談。相談させてはもらえまいか?」


「…そ、相談ですか…?」


 ――ひぇッ!

 いやいやいやいや。

 それって…

 すでに、試されてるんですけど!

 偉い人からの相談って、基本、断りようないじゃん。


「実は、屋敷に戻る途上、水晶川を越えた辺りで、近くの村落に住まうという住人達から直談判を受けた。

 ここ最近、近隣の村々の家畜や農作物がかに荒らされ、かなりの被害を受けているらしい。

 どうやら、ここから北西に向かった水晶川中流域近くの河跡湖かせきこ辺りに、“狂気の王マッド・ロード”と呼ばれるまつる怪しげな一団が住み着いたらしく、その者らの所業ではないかと噂になっており、何とかして貰えないか、と云う内容だ」


「は…い?」


「村落の警護や事件の解決そのものは、ダリアの政治屋と官吏達に任せれば良いので、追って王都には報告しておくが、私を信頼し、頼ってきた村民らを無下むげにする訳にも行くまい。

 そこで相談なのだが、君に私の名代みょうだいとして王都に先んじて、現地の調査を行って貰いたい」


「えー!?お、俺がッ!!?」


「どうかな?引き受けてくれるかね?」


「――…」


 ――これ…

 断れませんよね?

 試すって云われてからの相談じゃ、もう断れる感じじゃないし。

 くっそ!

 流石さすがに、ファンタジックな世界でデッカイ屋敷に住んでる貴族だけあって、キレ者じゃねーか。

 いや、イベント発生そのものは、ありがたいっちゃ~ありがたいんだけどサ。

 マッド・ロードはアカンでしょ、マッド・ロードは!

 最初の町出て、すぐに魔王討伐みたいな、結構な勢いでムリゲーですよね、それ?

 王都で出会でくわした山羊人やぎじん、いや、ルート分岐違うから出会してはいないんだけど、あんな裏道で出会した程度の化物相手になんもできなかった俺が、そんなご大層な名前で噂されてる連中、相手になる訳ねーんだよ。

 あ、山羊人って云ったけど、コレは俺が適当につけた名前なんで、実際にの事をなんて呼ぶのかは分からない。

 うーん、困った――


「お待ち下さい、閣下」――ファムが割って入る。


「うむ、如何いかがしたか、ファムタファール女史」


「閣下。カイトさんはまだ、に来て間もなく、土地勘もなければ、慣習や文化にうとく、言葉も不自由です。

 ですから、人里離れ、何があるか分からない場所へ、カイトさん一人で調査に向かわせると云うのは反対です!」


 ナイスだ、ファム!

 ラスボスって訳じゃないにしても、マッド・ロードなんて呼ばれちゃってるボスクラスの調査とか、俺には早過ぎる。

 ここは上手いこと断って、レベル上げ…レベルって概念そもそもないけど、もうちょっと何とかなってからじゃないと。

 ガチ勢ってのはほら、無謀とは全然違うし。

 ほら、せめて魔法の剣的なナニかを手にしてからじゃないと。


「はっはっはっ、ファムタファール女史。私は何も、カイト君一人で調査に行って貰おうなんて思ってやしない。

 カイト君が望む人物、人材を幾人か見繕みつくろい、調査団として現地を調べて貰えればいい。

 あくまでもカイト君は、私の名代であり、それはそのまま調査団の長を意味し、現地での噂の真相を確かめて貰えれば良いのだよ」


「それでしたら、閣下。わたしもカイトさんにお供します」


「勿論、構わない。カイト君も人材が必要なのであれば、当家の家人達から選び、連れていっても構わない」


「あっ…ハイ」


 うげぇ~――

 し崩し的に、調査を引き受ける羽目はめになっちまったじゃねーか。

 仕方ない。

 覚悟するか…


「分かりました、伯爵。調査の件、お引き受け致します。でも、家人の皆様のご助力は結構にございます!」


「うむ。家人の手伝いはなくて良いのかな?」


「はい、大丈夫です。その代わり、調査に同行して貰いたい人物がおりまして、その者達に伯爵から口利きをお願いしたい、と思います」


「ほほう。相分かった。して、その人物とは?」



――大門前



「なぜ、ワシが小僧っ子の下についてド田舎の家畜泥棒風情を調べに行かなきゃならんぞな」


「伯爵からお話は聞いたでしょ、ハームちゃん。いつも伯爵にはお世話になってるんだから、たまにはいいでしょ?」


 伯爵邸の敷地と外を隔てる大門に、四人は集まっている。

 馬三頭に騾馬らば五頭。

 騾馬の内、一頭は俺の乗馬で、他の騾馬は駄馬。

 馬はデカくて、まだ、一人で乗るのは危ない。

 馬三頭は、他メンバーの乗馬。

 メンバーは、俺、ファム、ハーム、ダン爺。


「調査の話は聞いたぞな。ほじゃけん、カミクライを助けよと云うのであればこそ、引き受けたんぞな。

 じゃが、小僧っ子が伯爵の名代とは聞いておらんぞな」


 ――えーっ……

 初めて会った時、云い過ぎちまった上、見掛けによらず凄そうな幼女だそうだから、親睦を深める目的も込めて呼び寄せたのに、丸っきり最初の時と同じ状態に戻ってるぞ。


「おい、ハム!お前、りてねーな?調査団のリーダーが俺なのは、伯爵が決めた事なんだからしょーがね~だろ!」


「うるさーわい!馬にも乗れんよ~なションベンくさい小僧っ子がよう云うぞな!」


「こっ、こいつ!また、泣かされてぇーのか、おいッ!」


「うるせぇーぞ、てめぇ~らッ!!ちったぁ~静かにしろォ!!」


 ダン爺が怒鳴どなる。

 とにかく、この爺さん、やたらと声がデカイんで、いきなり話し掛けられるとビクッとする。


「これからマッドなんちゃらをぶっ倒しに行くんだからよォ、ちったぁ~仲良くしろや」


「え!?いやいや、調査しに行くだけだよ、ダン爺」


「ご託をぬかすな!アルスマクスの話を聞いただけで分かるわっ!

 らァ~、間違まちげぇ~なく駆除しなけりゃなんねぇ~ヤツだ。なァ~に、儂がついとっから、あんも問題ねぇー!!」


「ほーよ、造作ぞうさもないぞな。ほんなら、はよ出発するぞな、もし」


 こいつら、自由過ぎる上に血の気が多い。

 しかも、自信家。

 大丈夫かな?

 とても、ぎょする自信がない。


「さあ、カイトさん。行きましょう。狂気の王マッド・ロードを倒し、村の皆さんを救いましょう!」


 ――ファム、お前もか…

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