乙女の怒り
カエデの母の名はアリソン。僕はこれまでの経緯を簡単に説明し、彼女に改めてこれからの協力を得たいと申し出た。
すぐにでもカエデを迎えて感動の再会といきたいが、ここは慎重に事を進めたかった。なにしろカエデを匿うとなれば、彼女だけでなく下手をすれば家族全員が村に居られなくなる可能性もあるのだ。
「カエデは……それで、カエデは一緒なの?」
「はい、僕の連れが付いていますので安心してください」
思わず立ち上がりかけた彼女は、すぐにストンと気が抜けたように再び腰を下ろした。
「最初から、私たちは反対だったのよ。それをあの子は……」
村の意向はどうあれ、家族はここを追われてでも娘を皇帝に差し出す気はなかったようだ。カエデはその反対を押し切って出発したというわけだ。もっともカエデとしては、汚いやり口に断固抗議するつもりであり、きっぱりフルつもりで乗り込もうとしていたわけだが。
「私たち家族はすでに覚悟してます。家族の半数が病に倒れ、あまり役には立てないかもしれないけれど、私たちに出来ることなら何でも協力するわ」
そこまで聞いて、僕はようやくカエデを小屋に呼んだ。ゾラに連れられて入って来た彼女は、どこかバツが悪そうにして母となかなか目を合わそうとしなかった。まあ、言うこと聞かないで威勢よく飛び出した挙句、結局こうして舞い戻って来たわけだからちょっと情けない気持ちだったのだろう。
こうして母子の再会を無事果たし、ちょうど夕食前だったというアリソンさんのご相伴に預かる形で、僕達も夕食を頂くことになった。
「母さんの煮込み料理は世界一なのよ。あっ、リュシアンのご飯も美味しかったわよ、ちゃんと」
そんなついでみたいに褒めなくてもいいよ。でも、確かにこのシチューはめちゃくちゃ美味しかったので、ついおかわりしてしまった。しばらくは旅のたわいのない話などをして食事を楽しんだが、お腹も気持ちも満たされたところで自然と本題に入った。
「ところで病はそれほど蔓延しているのですか? 見たところアリソンさんは影響を受けていないように感じますが」
「ええ、私もですがカエデもです。そして、そのことも村人たちを煽る原因になったのでしょう」
「ほんっと言いがかりも甚だしいわ」
カエデの家族にしたって祖父を始め、父、叔母夫婦などは病に倒れている。もしカエデのせいだというのならこれはどういうことかと問いただしたい気分だっただろう。
「……でも、このことから水が関係しているのではないかと思っています」
「水?」
「はい、私はダークエルフで幼い頃に乙女の加護を貰ってますし、カエデもその加護を受け継いでおります。なので水の汚染や、呪いなどにはある程度なら耐えられるのです」
なるほど、あちらも村人を殺すつもりはないので、毒を使うにしても呪いを使うにしても、すぐに回復させる程度の物にしたはずだ。
また、その疑いを持ってからアリソンさんは村の井戸は使わず、この湖の近くの湧き水を使っているのだと言った。村人にもその旨伝えるようにと村長に進言したらしいが、むしろ呪はその湖にあると断固として村人たちは近寄らなかった。
もちろんそれには理由があって、カエデを探しに来た神殿の使者が数日滞在した際、湖畔にある小屋に近づくたびに局地的な謎の大雨に遭遇し、その中の一人が足を滑らせて湖に落ちてしまった。そして助け出されたその男は、なぜか足に大やけどを負っていたのだという。
使者たちは声を揃えて、湖の乙女が怒っている、早く花嫁を差し出さねばもっとひどい災いが起こる、と大騒ぎして逃げ帰ったのだという。
「ん?……それって」
「そうね、変な話だわ。母さんがそういう目にあったっていうならわかるけど」
僕とカエデが首を傾げる中、アリソンさんは苦笑して頷いた。
「ええ、たぶん乙女の怒りを買ったのは、むしろ神殿の使者よね。でも、村の人たちはそうは思わなかった」
もともと湖の乙女は、自分たちが信仰する女神と親密な関係がある精霊。そして女神を信仰する皇帝の花嫁にならないカエデに、乙女の怒りが向いていると考えたほうが村人たちには納得がいくのだろう。
また、そうでなければカエデを差し出した自分たちの正当性がなくなってしまうのだから。
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お読みくださりありがとうございました。
違うお話も書いております。よろしければそちらも覗いてくださいね。
「憑依で最強!?その能力(チート)お借りします!」
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キーワード:異世界 転移 不幸体質 ケモ耳兄弟 他力本願チート
剣と魔法の世界なのにステータスほぼ1! 頼みの魔力も0……あるのは、もともと持ってた霊能力のみ。主人公で二十歳の有栖川 真人(マヒト)は、理不尽に連れて来られた異世界で、いきなりイケメンケモ耳の奴隷になったり、次々と出会う霊のお願いや依頼を解決したり、冒険者になったり、だけどなんだかんだとのんびり旅しちゃう感じの話。
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