第2話「しゅーしゅー部」

 並木島高等学校は比較的新しい本校舎に各学年の教室があり、一部の移動教室や文化系の部室などが旧校舎に割り当てられていた。部室へと向かう二人は旧校舎へと足を踏み入れ、二階の廊下を進む。


 開け放たれた窓からは蝉の甲高い鳴き声が容赦なく降り注いでおり、建物内部とはいえ夏本番といった蒸し暑さとなっていた。この時期はどの教室も、時たま吹き抜ける風を目当てに窓を半開きにしていることが多い。


 空調などという高価なものは本校舎にも数えるほどしかなく、この旧校舎でその恩恵に預かれる部屋は音楽室程度のものだった。


 そんな中二人がお目当ての部屋にたどり着いたのは、丁度中から女生徒が出て来たタイミングだった。女生徒は出てすぐのところに居た裕哉たちに一瞬驚き、すぐに軽く頭を下げて階段の方へと歩いて行った。上履きの色を見るに一つ下の一年生と見て取った裕哉は隣の大神田と顔を見合わせる。


「相変わらず大人気だな」

「だねー。宣伝した甲斐があったってもんよ」


 大神田は得意気に腰に手を当て胸を反らす。裕哉はその突き出された大きな胸に意識がとられ、次いで倒れ伏した三嶋を連想して頭を振った。


「なにかな裕哉君。ここまでしゅーしゅー部を広めた私に、何か?」

大神田はその様子に呆れられたとでも思ったのか、半眼で口を尖らせ抗議していた。


「いや、たいしたもんだなと思ってな。ま、海塚が苦労してそうだから労ってやろう」

「ヅカチーは引く手あまただから」

 言いながら二人は「蒐集部しゅうしゅうぶ」と無駄に達筆なプレートがかけられた扉を開いて中へと入った。



 櫛見裕哉他数名がその身を置くのは蒐集部と呼ばれる部活動だった。正式名称は「月波町つきみちょう異聞蒐集部いぶんしゅうしゅうぶ」といい、もともとは「オカルト研究会」として発足して、大神田の「もっとおしゃれな名前が良い」という提案で紆余曲折を経て、結局教師の許可が下りず、大神田曰く“堅苦しい名称“に落ち着いていた。


 その活動内容はオカルト。妖怪や怪異譚、幽霊騒ぎや怪談の蒐集とそのである。しかし今現在主流となっている活動は、大神田の策略(?)により客寄せとして始められた現役巫女、海塚琴音かいづかことねによる「恋占い」というのが現実だった。



「ええっと、おつかれヅカチー。また恋愛相談?」

「お疲れ海塚。ええっと、何か飲み物でも買ってくるか?」


 入るなり二人の目に飛び込んだのは、長机に突っ伏した海塚琴音の黒いポニーテールと、渦巻く負のオーラであった。二人の言葉に顔をあげた海塚は、ズレていた眼鏡を両手でなおし、大神田に照準を合わせた。


 透き通るような白い肌に、凛々しく力強い眼差しと、黒く艶のある髪を無造作にくくった姿から、学内ではクールなイメージで通っている海塚ではあったが、連日の恋愛相談やら恋占いやらに振り回され、旧来の友人である大神田、もとい恋占い発案&宣伝者である大神田に恨みのこもった視線を向けていた。


「……萠、どういうことなのか説明して。一年生って、まだ入って三ヶ月じゃない。どうやったらこんなマイナーな部活の、怪しげな恋占いに、今月だけで十人も辿り着くの」

「よっ、ヅカチー大人気!」

「萠」

「……はい。や、でも私だって一年生に友達なんて居ないんだけど。美術部の後輩は居るけど、流石に掛け持ち先の宣伝はしにくいし」


「つまり何らかの仕込みや誘導をしたわけじゃないってこと?」

「そうなるよ」

「つまり、自然に噂話として広まった結果であって、この相談者数増加は止められない?」

「そうなるね」

「……本気で?」

「やったね、ヅカチー大人気!」


 おどけてポーズを決めた大神田と、がっくりと肩を落として椅子に座りこむ海塚。そんな対照的な二人を横目に、裕哉は長机に鞄を置き、奥へと進む。


「まぁまぁ、今は夏休み前だから。皆ひと夏の恋やら一緒に過ごす恋人やらで頭がいっぱいなんだってきっと」


 大神田が落ち込む海塚を励ましているのを見て、とりあえず大丈夫そうかなと判断した裕哉は、奥にあった段ボール箱をひとつ抱えて椅子へと座った。


 蒐集部の部室は左右に書類などが入れられた大きな棚が設置され、真ん中に長机が二つと、椅子が4脚あり、隅には以前この部屋を使っていた部活動の名残なのか書類が詰まった段ボールがいくつも重ねられていた。


 一応広さ的には8畳ほどあり、この手の部活としては広い空間ではあったのだが、大きな棚と未分類の遺産のせいで、動けるスペース的には若干手狭である。

 見回り以外では最近の主役はもっぱら海塚であり、裕哉はたまに求められる男子としての意見以外は書類整理を行うのが常であった。

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