皇太后のお化粧係/柏てん

角川ビーンズ文庫

登場人物紹介/プロローグ

◆◆◆登場人物紹介◆◆◆


◆鈴音/小鈴(すずね/しょうりん)


「なんで? さっきまで自分の部屋にいたよね?」


メイクアップアーティストの卵。

ある日突然、中華風の異世界にトリップして

妓楼で働くことに!?



◆黒曜(こくよう)

「……お前、異国の生まれか?」


鈴音が働く妓楼<花酔楼>に現れた美しい青年。

官吏のようだが、その正体はナゾに包まれていて――?



◆余暉(よき)

花酔楼に出入りする髪結師。

鈴音を温かく見守る。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 姉は私の人生だった。

 一歳年上の姉、らん

 彼女はその名のごとくはなやかな容姿で、周囲の大人をりようした。

「なんて可愛かわいらしい赤ちゃんかしら!」

 生まれたしゆんかんからそう言われ続け、産婦人科でも大評判に。

 評判は評判を呼び、果てにはおむつのCMにまで出演を果たしたつわものだ。

 対してすずと名付けられた私は、とにかく地味。

 あいの良い姉とちがって性格も引っ込み思案だし、いつも姉のかげかくれて、おどおどしているような子供だった。

 そんな私たちでも、小さいころはそれなりに仲が良かった。

 れいな蘭花は、私のまん

 蘭花に喜んでもらいたくて、私はなんでもした。

 おつかいを代わり、おもおもちゃも蘭花が欲しがればなんでもあげた。

 二人は仲良しねって、両親も笑ってた。

 私もずっと、仲のいい姉妹だと思っていた。

 でも、本当は違ってたんだ。

 中学校に入ると、蘭花は学校でこつに私をけ始めた。

 何でって聞くと、蘭花はとびきりのしかめつらでこう言った。

「鈴音みたいな地味子が妹だと思われたら、ずかしい」

 それは、私の世界がほうかいした瞬間だった。

 大好きな蘭花が私をうとんでいるという事実が、受け入れられなかった。

 それから私は、一層蘭花にくすようになった。

 そんな私を蘭花が便利な道具として使うようになるのに、それほど時間はかからなかった。

「私が可愛くなるのはね、なにも私のためじゃないの。周りの人を喜ばせるためなの。その手伝いができて、鈴音もうれしいでしょ」

 そう言う蘭花のために、私は様々な努力をした。

 蘭花の私服をコーディネートするのも、場面場面に合ったしようをするのもそう。

 色の合わせ方やメイクを勉強したり、それらの道具を買うためにアルバイトもした。

 それでも、私の力で美しくなった蘭花を見れば嬉しかったし、満たされた。

 だからずっとそんな風に、蘭花のために生きていくのだと思っていた。







 運命が変わったのは、私が高校三年生の時だ。

 高校最後の文化祭、私たちのクラスはロミオとジュリエットの劇をすることになった。

 私の高校は進学校ではなかったので、最後ということもありみんな結構力が入っていた。

 でも、それがよくない風に作用することもある。

 それは文化祭も差しせまった、ある日のこと。

 男子がくぎを打つベニヤ板を押さえていると、急に教室のすみからり声が聞こえた。

「なにこのメイク、ありえない! ちょっとすぎ!!」

 何事かと視線を向ければ、そこには衣装合わせ中のジュリエットがうでみをして立っていた。

 どうやら化粧が気に入らないらしい。

 彼女はいらたしげに、ドレスでおうちになっていた。

 そのそばにいるメイク係の女の子は、おびえて今にも泣きそうだ。

 私はベニヤ板から手をはなし、彼女たちに近づいた。

 だんだったらそんな目立つようなことは絶対しないのだけれど、なぜかほうっておけなかった。

「少し濃いかもしれないけど、すぎさんはりが深いから、十分えるよ」

 地味な私がそんなことを言ったので、周囲の人間はあつにとられたみたいだ。

『あの時は心底おどろいた』と、後になって杉田さんに言われた。

 私はばやくパレットをうばい、ジュリエットに化粧をほどこした。

 姉にやるのと同じ要領で、その時間は約十分ほど。

 濃いメイクが様になるよう、色を足したり引いたり。

 その結果、何とかたい映えのする顔を作りだすことができた。

みやしたさん。こんな特技があるなんてすごいじゃん!」

「どうして言ってくれなかったの?」

 成り行きを見守っていた女子たちがけ寄ってくる。

 たくさんの人に囲まれて、私は嬉しいというより恥ずかしかった。

 それでも、自分のしたことでこんなにも喜んでもらえるなんてと、胸の底がじんわりと熱くなった。

 文化祭当日。私がしたメイクで舞台に立つ杉田さんは、とても美しかった。

「ありがとう! 鈴音ちゃん」

 鳴りまないはくしゆの中で、杉田さんの口にしたその言葉。

 引っ張り出されたカーテンコールでは、真っ赤になっておしたっけ。

 多分その瞬間に、私の将来の夢は決まった。

 ───俳優やモデルに化粧をする、メイクアップアーティストになろう。

 私は蘭花のためでなく、自分のために生きようと決めた。





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