4話ー4 王女と魔王



 真っ白い霧の中——少し離れた場所に鬱蒼うっそうとした森がわずかに見える。

現実からかけ離れた周囲の様相は、一面の白い壁—―金色の王女テセラはその霧の中で目覚めた。


「——あ……れ?ここ……は?」


 いまだぼんやりとした脳内に戸惑う王女——しかし立ち上がり、視界に映る森の中……目指した先に小さな小屋がポツリと佇む。


「……なんでこんな所に……。……小屋?て言うかここは何処?」


 意識が少しはっきりしてくると、それに合わせて濃い霧がだんだん霧散むさんしていく。


 ――と、その小屋の前に見える人影。

 大人の女性か、長身から伸びる白髪が晴れ間からのぞく光に反射し—— 一層の輝きをともなう。

 だがその女性らしき物が着ける衣服は、物々しい魔法文字のタトゥーがあしらわれる。


 すると、ふと王女の姿に気付き——振り返る影。

 そこにあった表情は、衣服のタトゥーを思わせる文字を顔面の半分に刻む—— 一瞬禍々まがまがしさが過ぎるも、どこか優しさと切なさをたたえていた。


「あの……あなたは……?それにここ……何なんですか?」


 ようやく鮮明な意識が戻る王女——自分が直前、赤き魔法少女の一撃を食らい完全に意識を飛ばす寸前であった事を思い出す。

 だが今王女は、見知らぬ謎の空間へ足を踏み入れている——その上どこか身体も実体の感覚が朧げな、不思議な空間。


「……すまないな……。よく来てくれた……。」


 白髪の女性が王女に声を掛けてくる。

 同時に感じた低く、強い魔霊力——金色の王女もこの女性が魔族に連なる存在と予想出来た。


「私はかつて天楼の魔界セフィロトが下層の一世界、【ネツァク】を治めし魔王……シュウ——」


 と名乗ったところで、首を横に振り改めてその魔王は告げる。


「……いや、君にはこの名で呼んでもらいたい。……私はジョルカ・イムル。大切な友人との間では……そう呼ばれていた……。」


「ジョルカ……さん?あの……私は——」


 慌てて自分も自己紹介をしようと、王女も名乗りを返そうとする。

 ——が、それを手で制しジョルカと名乗る魔王がさらに告げた。


「皆まで言うな……君の事は知っている。覚えていないだろうが、君の幼い頃からね。……我が大切な親友の——魔王ミネルバの妹、テセラよ……。」


 テセラも予想していなかった、魔王であり姉の名――ミネルバと言う名が出た事に動揺する。

 しかし、そこに一つの疑問――天に在りし魔界の者ならば当然の認識として、ジュノーと言う名が真っ先に出るはず。

 が――テセラと言う名が出たことに対しすぐさま問いかける王女。 

 

「ええと……どうして私が地球で使うもう一つの……テセラっていう名前を知っているの?」


 その問いかけに、ジョルカと名乗る魔王は静かに瞳を閉じ、とても穏やかな声で返答した。


「……知っているとも……。その名は我がかけがえのない親友、うちの一人の名でもあるからな。」


「私とミネルバにとっての——地球上人類で最初の……最愛の友人。シスターテセラの名前なのだから……。」



****



 熾烈な戦いの中で陥った危機的状況の最中さなか——

 ほんのわずかの間、あの人が用意していた魔量子による高次元意識同調の術式が、私を支配していたみたいです。


 その術式は遠くから、導師に悟られぬ様私の潜在意識へ通信として送っていたと魔王ジョルカさんから聞きました。

 私側が気付く事が出来なかったのは、その通信がこちらの常時発する障壁を越えるだけの力がない程微弱であったためだそうで——

 結果的に戦いの中意識を失い——窮地きゅうちに陥ったと同時に消失した障壁を越え、私の意識へ届いたと推測しています。


 そして——表面的な意識喪失の中、高次元において潜在意識が通信と同調し、あの空間へ呼ばれたと言う感じです。

 

 元々あの空間は次元の狭間はざまにある異界。

 物質界に近い肉体を構成できたのは、魔量子の総量が桁違いに強力な魔王クラスの私たちゆえに起きた現象の様ですが——細かい事は分かりません。


 そこで私は、ジョルカさんと未だ再会出来ぬミネルバ姉さま――そして、その二人にとって大切なお友達……シスターテセラの悲しい物語を教えてもらったんです。




「——セラ……ん!……テセラはん!」


 薄っすらと遠のいていた意識が、私に戻ってきます。

 意識同調した時とは違う――はっきりとした生の実感……。

 うん……その生の実感の証拠として、私今めちゃくちゃ揺さぶられてます。

 やめて……また意識がどっか行ってしまいそう……。


「……わ……かな……ちゃん……?」


 重い目蓋まぶたをゆっくり開くとまぶしい光が目に入り、最初に目に映ったのは部屋っぽい場所の照明。

 少しぼんやりした意識で見回すと、なんとなくその情景から「あっ病院かな?」と思考が至ります。

 そして——ちょっと目を赤くらした、私を揺さぶっていた声の主。


若菜わかなちゃん……おはよ……。」


 その言葉に安堵した、黒髪のはんなりな友達は力なく私に抱きついて来ました。


「……よかった~ほんまに心配したえ?どこも痛ぉない?……平気?」


「ごめんね……心配させちゃったね。」


 私はどうやら、あの赤き魔法少女の攻撃からは逃れられたみたいです。

 でもあの状況――確か完全に意識を消失したいたはずの私は、どうやって助かったのか疑問が浮かます。

 それを問おうと、未だ抱きついて離れない愛しきお友達にそっと手を添えながら起き上がります。


 そして起き上がったその先――私は目が合ってしまいました。

 いつもの日常なら「うわっ門番だ!」……そういう冗談も出てきたのでしょう。


 けど、その表情――黒髪はんなりな友人の手前かいつものお友達感を崩さない。

 でもその口元が、わずかにり上がっている少女が私を直視しています。


「そうや……アーエルはんもテセラはんを心配してくれはったんえ。わざわざ病院へ付き添いに来てくれて――」


 ごめん、若菜わかなちゃん……今とてもその心配とか、付き添いとかがこの委員長から想像がつかない。

 正直、今にもあの銀色の銃を突きつけられそうで……。


 それを察知したのか、若菜わかなちゃんの目がこちらに向いてるのをいい事に、委員長――いえ、が狂気の瞳を私に送りつけてきます。


 強烈な悪寒――ゾクリ!と鋭い薄氷の刃が私の背筋を貫いたかの様な感覚に、完全に硬直する身体。

 これが蛇に睨まれた何とか……って言うんでしょうねと思考してしまいます。


「……どないしたんテセラはん……。まだ調子が――」


「……あっ……えと、うん――大丈夫……だから……。」


 ごめん……全然大丈夫じゃない……。

 その後私はれいさんに、重要な報告のため呼び出される事になるのですが――その間狂気の天使さんが放つ薄氷の刃と言う挑発に、延々晒される事になるのでした。



****



 金色の王女に迫る憎悪の魔手が、その命の最後の息吹を刈り取ろうとした――寸前、赤き魔獣とかした少女へ放たれる神の祈りを宿す一撃。


 憎悪で染まる赤き魔法少女は、使い魔の咄嗟とっさの判断により寸での所で神罰の一撃――断罪の神槍ロンギヌスを回避する。


「すご~い……あれを避けるなんて……。もうちょっとで綺麗な銀色の灰になれる所だったのに……アッハハハッ!」


 強き神霊力が宿りし一撃――断罪の神槍ロンギヌス断罪だんざいの魔法少女に与えられた加護の力の一つ。

 テセラの危機に立ちはだかったのは、まさかの仮面の断罪だんざい天使ヴァンゼッヒ――が、彼女に王女を救いに来たと言う認識は無い様だ。

 あからさまな、ついで感をかもし出し――吐き捨てる断罪天使。


「別に王女を助ける義理はないんだけどね~……。残念ながら、これもエルハンド様から受けた指令だから、仕方ないし~~……キヒッ。」


 断罪だんざいの魔法少女は、よほどエルハンドと言う名を持つ者を気に入っているのか――その者に対する心酔は尋常じんじょうではない感が見て取れる。

 どれほど相手を憎もうが、エルハンドその者の命に逆らい命を奪う事はないとも思える程に。


「レゾン様……お気を確かに……!あれは我らにとっての宿敵――神の加護を受けた者との戦闘など、こちらの受ける被害も――」


 その使い魔の声をさえぎる様に、憎悪のままうめく赤き魔法少女。


「テキモ……マゾクモ……スベテ……!」


「……うわ……キモッ……!」


 そのうめきを吐いたと同時に赤き突撃が、今度は標的を変え断罪だんざいの魔法少女へと向かう。


 金色の王女を弾き飛ばすほどの一撃が、大気を火炎に包みながら断罪天使へ猛撃――が、その突撃……振り抜かれた爪状魔力刃マギウス・クロウラーが銀の双銃に行く手を阻まれた。


 世界に名だたる対魔討伐において最強と言われる機関――【神の御剣ジューダス・ブレイド】がほこるエージェント。

 その実力は眼前――魔をさらす存在に対しての絶対的優位を持つが、それを差し引いても赤き突撃を難なくさばく力量を備える。

 すかさず赤き魔法少女の突撃よりも早く、多層霊力方陣マルティア・イスタール・サーキュレイターを展開――赤き魔獣と化した少女と、打ち合った刹那に術式を発動。


「ガッ……アッ……!?」


「ほらほら、動けるもんなら動いてみなよ!焼き切れるだけじゃすまないし!」


 突撃の威力で弾き飛ばすつもりが、突然の霊力のいかづちを食らい、吸血鬼である身体が神の加護にて焼き切られる。

 体勢を立て直す――が、それもさせじと断罪だんざいの天使が、左手の霊銃光の裁きエル・ジャッジのグリップで追撃。

 連続して右手の霊銃銀の祈りシルバー・プレイスを突きつけ、霊儀式済み弾を連射する。


「……グッ……!」


 打ち込まれた弾頭は、赤き魔法少女の両肩口を貫通し、そしてまた焼き切られる。


「……アッハッッ……!ほらほらどうしたっ!」


 さらに追撃――断罪天使が舞う様にその脚を振り抜く。

 完全に体勢を崩した吸血鬼の少女は、断罪だんざいの天使の強烈な蹴り技で大きく吹き飛び――今度は彼女が建造物に叩きつけられる事となった。

 先の金色の王女よりも、盛大に建造物へクレーターをえぐりながらうめき声すらかき消された。


「……あのさ~……このアタシに、そんな獣丸出しの突撃で勝てる訳ないし……。つか、正直舐められてる?」


 まさに断罪だんざいのヴァンゼッヒの言う通りである。

 今の赤き魔法少女は、言うなれば野良魔族と大差無い。

 いくら使い魔がその少女をカバーしようが、魔法力マジェクトロンの消費が完全に非効率である。

 さらには、冷静な判断が出来るはずもなく――しゅの加護を受けた断罪だんざいの天使の思うツボであった。


「……はぁ……。いいよもう……行って行って……。」


 すると断罪だんざいの魔法少女は、酷く気が抜けたのか手を払う様にヒラヒラさせて、赤き吸血鬼の使い魔へ促した。


「とりあえず、アタシの任務は王女の退避を手助けする事……。もう行っちゃったから、別にあんたらに用は無いし……。」


 吸血鬼の使い魔がハッ!となり王女がいた場所を見ると、すでに宗家の対魔部隊により王女は保護され撤退していた。


「まあ……そのまま、アタシと戦うつもりなら……相手――してあげるけど……?その代わりただじゃ済まないし……キヒヒヒっ……。」


 まるで吸血鬼の憎悪に匹敵する狂気が、断罪の魔法少女から発せられる。

 本来であれば、主の加護を賜りしエージェントの眼前へ……人に仇名す害悪などは存在すら許されない――瞬く間に撃滅されてもおかしくは無い。

 断罪天使の言葉は、まさに警告そのものであった。


「行けと言うなら、ここは撤退させて頂きます……。私も我がマスターを失う訳には行きませんので……。」


 言葉に含まれる意味を吟味した赤き吸血鬼の使い魔――返す言葉を残し、負傷した吸血鬼マスターを乗るための魔導翼竜と化した少年使い魔は、速やかに撤退して行った。


「……ふ~ん……あるじはともかく、使い魔はしっかりしてんじゃないか……。」


 予想外の使い魔の礼節ある態度に、思わず断罪のヴァンゼッヒも感嘆かんたんを覚えた。

 それを見送った少女は、おもむろに携帯端末を取り出し――


「……エルハンド様……?ひとまず任務完了です……。――えっ……またテセラの……?……はぁ~~い……――」


 任務完了を以っての帰還待機命令を心待ちにし――己が上司に連絡を入れた断罪だんざいの魔法少女。

 しかしすかさず返された次の任務――再度王女の監視を続行と言う指示が、端末先から告げられ大きな溜息ためいきのまま項垂うなだれる。


 気が抜けた勢いで、すごすごとその場を後にする断罪天使。

 だが当の本人は気付いていないのだろう――その監視対象を呼ぶ名が王女テセラと言う呼び方から、に変わっていた事に……。

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