異聞集

うぃーど君

第1話 『悪夢』

 友人にSと言う人がいて本人曰くほぼ夢は見ないとの事。

 その代わり、たまに見る夢が大体正夢になるらしい。

 ただし、ほとんど役には立たないとの事だが。

 最初は『へ~』ぐらいの関心しか無かったのだが、ある日Sと一緒に出かけていて自販機でジュースを買ったのだが、前を歩いていたSが急に立ち止まって何か考え込んでいる。


「どした?」


「いや……、あのさ、お前サイフ落としてないか?」


 『ん?』となりながらも後ろのポケットにあるサイフを確認すると、サイフが無い。

 自販機に戻ってみるとそこに財布が落ちていた。

 どうやらジュースを買った時に誤って落としたらしい。

 俺はSに礼を言いつつも、よく考えるとSは俺より先にジュースを買って歩き出したし、

その後俺の方は一切見ていない。


「なぁ、いつ俺のサイフが無い事に気付いたんだ?」


 こう質問するとSは、


「ああ、少し前に夢で見たんだよ。お前がサイフが無いって騒いでた。ただ、今日のこの場所かどうかは今気付いたんだがな」


 まじか……。

 俺はそれからSの正夢話を信じるようになった。



 そんなSからある日相談を受けた。『夢』の話でだ。

 Sも正夢の他に本当に1年に1~2度ぐらいは悪夢を見るらしい。

 大体が突拍子も無い夢らしいが、それは世界規模での破壊や災害の夢を『見ている』自分がいる夢らしい。

 『それ正夢じゃないよな?』と冗談混じりに聞くとSは『いや、あれほど大規模な事、現実じゃ起きないと思う』と答える。

 Sはここの所毎日悪夢を見ているらしいが、夢の内容がいつもと違うとの事。

 毎日『何か』に追いかけられているらしい。

 俺はこの話を聞いた時にネットで見た夢分析を思い出した。

 基本的に何かに追いかけられる夢と言うのは締め切りや期限への焦りとかが多いらしく、Sもそれだろうと思った。

 Sの悪夢の内容だが、


 まずSは小さな町にいるらしく、その際周りにはたくさんの人がいるとの事。

 そこに『何か』が現れ、人を殺して回るんだと。

 Sは死んでたまるかと逃亡。周りの人も同じく逃げるらしい。

 その『何か』はすごい勢いで迫ってきて、ほとんどの人は殺されてしまうそうだ。

 いよいよSの番になって『殺される!』と思った所で目が覚めたらしい。

 ここまでだと一般的に悪夢と呼ばれるものにはよくあるパターンだが、次の日同じようにまた悪夢を見たらしい。

 同じようにどこかの町だか商店街のような場所にたくさんの人がいて、Sもそこにいるのだが突然どろどろの『何か』が現れて人々を襲うらしい。

 人々はどろどろに襲われてどんどん喰われていく、どろどろは人を喰うごとに大きくなって被害が拡大する。

 Sは周りに居る人と可能な限り協力して逃げるらしいのだが、その内に一人になってしまう。

 大量のどろどろが迫ってきて『もうだめだ!』と、いつもならそこで目が覚めるパターンだが、全然目が覚める様子がない。

 ものすごい恐怖の中、『死んでたまるか!』とどろどろを振り切って、何とか逃げ延びたらしい。

 町だか商店街を逃げ切った所で汗びっしょりで起きたとの事。

 三日目も同じく悪夢を見て、今度は結構でかい町にかなりたくさんの人と一緒にSがいたらしい。

 そうしてると黒い羽が生えた『何か』がどこからともなく現れて、人々を襲い始めたらしい。

 襲われた人は同じような黒い羽の『何か』になっていって、どんどんその数は増えていく。

 どろどろと違って緩慢な動作ではなく、かなり素早くあっと言う間に周りは黒い羽の『何か』だらけ。

 Sは『何か』に捕まって『今度こそダメだ……』と思ったらしい。

 『何か』がSに喰い付く寸前、やっぱり『死んでたまるか』と急に闘志が沸いたSは無茶苦茶に暴れて、『何か』から逃れるとそのまま走り出す。

 すごい勢いと数で『何か』が追ってくるがSはとにかく逃げ続け、ギリギリの所で逃亡に成功する。

 そして市街から離れた所まで逃げた所で、またまた汗びっしょりで起きたらしい。

 何故か心臓もバクバクで動悸もかなり激しかったとの事。



 ここまで話を聞いて、俺はやっぱりSは仕事が忙しいので疲れてるんじゃないかと分析した。

 追いかけてくるのが『怪物』の場合、怪物=強敵となるので、強大な敵(仕事)に立ち向かう自分って所じゃないかな?

 と、Sに語ってから、


「しかし、毎回『逃げ切る』って所、仕事をやり遂げる自信ありって所じゃないか?」


 と、笑って言う。

 Sは『そうかなぁ?』としきりに頭を捻る。

 今俺達はファミレスにいるんだが、既に注文も済んでいて今日はSの奢りだなと俺はホクホクしていた。

 Sがホクホクする俺の顔を見ていて、急に『あっ』と小さく声を漏らす。


「どした?」


「いや、ここ夢で見た事ある。店員が注文を間違えて持ってくる」


 は? んな訳ねーよと言いかけて、Sの正夢が前に的中したのを思い出す。


「お待たせしました~」


 そのタイミングで店員さんが頼んだ品を持ってくる。

 が、並べられるそれは俺の頼んだ物じゃない。


「あれ? すいません俺ランチ頼んだんですけど……?」


 店員さんは『えっ?』とオーダーを確認、間違いに気づいたようだ。


「すいませんすいません! すぐにお持ちいたします!」


 店員さんはそう言って間違えた品を持って奥へ下がった。


「……しかし、お前の正夢すごいな。ま、確かに役に立つって感じじゃないけど」


 と、感心しながら笑っていたらSが、


「お前と俺がこの後驚く、理由は分からないけど……」


 と言う。

 驚く? 店員さんが運んできた料理でも落とすのか?

 もし、そうならたまらんから俺は一応何があっても大丈夫なように身構えておく事にした。


「大変申し訳ありません! お待たせしました!」


 そう言って料理を運んできたのは店員じゃなくて店長みたいな人だった。

 わざわざ謝りにきてくれたのかな? と思いながら俺はこの人が料理落とすんじゃないかとびくびくしてたら、普通にテーブルに並べて終わり。

 果て? もう驚く要素なんてないぞ? と思ってたら、やっぱり店長が謝罪をしにきたらしく『当方のミスで大変申し訳……』と謝り始めた。

 別にそんなに怒ってもいないので、『あーはいはい』と適当に相槌を打ちながら、


(Sの正夢も外れたな)


 と、何となく思ってSに視線を向けていた。

 店長が頭を深々と下げながら、締めくくりなのだろう。謝罪を続ける。


「……このような事がないように次――」


 随分丁寧な店だなと思いつつ聞いていたら、




「――




 え?

 俺とSは

 嫌にはっきりと耳にその言葉が聞こえた。

 俺は思い切って店長に声をかける。


「……あの」


「は? 如何しました?」


「いや、最後の言葉……」


「はい、ですので『次からは無いように致します』ですが、何か?」


「……いえ、別に」


 店長はほっとしたような表情を浮かべると、


「それではお寛ぎ下さい」


 と、テーブルを去っていった。

 後に残った俺とSの二人。

 確かにSの正夢は当たった。だがしかし、さっきの言葉は一体何だったのか? 聞き間違いだと信じたいが俺もSも確かに『次は逃がさない』と聞こえた……。

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