閑話 怪力少女/蒼天を焦がす錆びた血脈

  閑話 バルコニーにて その1


 少年少女達を称えた騎士の称号授与式典は、予定外の闖入者はいたものの、無事に終了。

 現在は宴席に入り、女王が用意した山海の珍味に舌包みを打ちながら皆、歓談を楽しんでいる状況だった。


ヴァイオリン城、謁見の間バルコニー


「えへへ……」


 と、珍しく嬉しそうに笑い声をあげ、東山さんは手にしていた紙切れに目を落とす。

 紙切れにはヴァイオリン名物の魚料理と、ドライフルーツをふんだんに使ったタルトの作り方が事細かに書かれていた。

 給仕が運んできてくれた美味しい魚料理やタルトの作り方が気になり、イシダ宰相に無理を言ってシェフを紹介してもらった彼女は、特別にレシピを教えてもらっていたのである。

 てなわけで、お目当てのレシピも無事ゲットし、お腹も一杯になって大満足な彼女は、少し休憩しようとバルコニーに涼みにやって来ていたのであった。

 

 さてその他の皆はというと。

 今回の主役ともいえるカッシーは、授与式の後も式典に出席していた国の重臣たる人物がとっかえひっかえ祝辞の挨拶に訪れているようで、今も人だかりに囲まれて四苦八苦しているようだ。

 勿論、口下手で緊張しやすい彼が当然上手く立ち回れるはずもなく、途中から仕方なく日笠さんが間に入ってフォローに回っていたおかげで何とかなっているようだが。

 

 一方でこーへいとかのーはというと、例の闖入者『エリコ』とそのお付きらしき『チョク』という人物と既に打ち解け合い、隅っこのテーブルを囲ってどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。

 こーへいとかのーが囃し立て、エリコが瓶ごとワインを一気飲みし、慌てて止めるチョクが逆に制裁の如く無理矢理ワインを飲まされる…さっきからこのパターンが三回ほど繰り返されており、既にチョクという青年は顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏している。

 とにかく、その一角だがけ一気コールが絶えず響き渡っており、まるで週末のサラリーマンの如く出来上がった雰囲気だった。

 もちろん周囲の人々は絶対に視線を合わせず、かつ関わらないようにしている始末である。

 恥だわ――そんな彼等の様子をバルコニーから眺めながら、東山さんは眉間にシワを寄せた。


 さてもう一人、『微笑みの少女』だが。

 彼女は言わずもがな、城おかかえの一流シェフが腕によりをかけて作り上げた山海の珍味に舌包みを打ちつつ、先刻から幸せそうにパインロージン地方原産の高級ワインを堪能していた。

 既に彼女が座るテーブルの上には幾本ものワインの空き瓶が並べられており、お代わりを求められた給仕が顔に縦線を描きながらロゼワインを注いでいるのが見える。


 この世界に来て初めて知ったのだが、彼女の酒豪っぷりは凄まじいものだ。

 本当、どれだけ底なしなのだろうか。

 逆にお酒にめちゃくちゃ弱い事が分かった東山さんは、ちょっと羨ましそうに彼女を見つめつつ、そんな事をふと考えていた。


 とにかく、皆思い思いにこの宴席を楽しんでいるようだ。

 まあ色々あったのだし、今日くらいは羽目を外してもいいのかもしれない。

 東山さんもそう思い直し、バルコニーの手摺に身を預けると、月の光に照らされる城下町を目を細めながら眺める。

 眼下に広がる夜の城下町は、外灯と建物の灯りに彩られ美しい夜景を描き出していた。


 綺麗だな――

 思わずその夜景に見惚れながら、少女はほぅ、と溜息をつく。

 ちょっと涼しいが風が心地よい。


「この街ともお別れか……」


 そう独り言を呟くと、東山さんは夜空を見上げた。

 今宵も空は雲が少なく、月の光が冷たく城下町とそして天まで聳えるこの威厳ある城を照らしている。

 僅か一週間程の滞在だったが、いざ離れるとなると少し寂しい気もする。

 自分にとってこの街で起こったことは、とても大きな思い出となる出来事だったから。

 そこで少し感傷的になっている自分に気づき、少女は気持ちを切り替える様に大きく深呼吸すると、よしと気合を入れる。


 と――

 

「寂しくなったらまた来るといい。僕はいつでも歓迎だ」


 左側からそんな聞き覚えのある声が聞こえて来て、東山さんは吃驚しながら向き直る。

 そして傍らのテーブルに座り、親友であるリスザルにピン、とナッツを弾いて与えていた『蒼き騎士王』の姿に気づくと、彼女は途端に不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。

 そんな少女の眼差しにサクライは苦笑すると、頬杖を付きながら軽く手を振ってみせる。


「君とはつくづく縁があるね」

「痴漢と不法侵入の次は盗み聞きですか? ほんといい趣味してますね王様……」

 

 てっきり一人きりだと思っていたから油断していた。

 先程の独り言を聞かれていたと気づいた東山さんは、少し恥ずかしそうに頬を紅くしながら、皮肉を込めてサクライに言い返す。

 

「それは心外だな。僕の方が先にいたんだけど?」


 君がそれに気づかず、勝手にそこに居座って独り言を始めたのだろう?――

 やれやれと肩を竦め、彼は残りのナッツをオオハシ君の前に置くと、席を立って少女に歩み寄った。


「隣いいかい?」

「構いませんけど、お尻は触らないでくださいよ?」

「……君、結構根に持つタイプだな」

「痴漢は犯罪ですから」


 少女は釘を差すようにそう言って手摺に頬杖を付くと、再び城下町を眺める。

 だが怒ってはいないようだ。

 苦々しい表情を浮かべたサクライをちらりと見上げた後、東山さんはクスリと笑っていた。

 

「マーヤから聞いた。管国に行くんだってね?」

「ええ、エリコ姫でしたっけ……彼女が部員の情報を持ってるらしくて、案内してもらうことになりました」


 はたして彼女の言う通り、つい先刻ではあるが彼等の次の行き先が決まっていたのだ。

 突然の来訪者である『エリコ』がもたらした部員の情報により、彼女達は明後日には管国へ旅立つことになったのである。

 場所はホルン村という、ヴァイオリンから遥か北東にある小さな村らしい。

 コクンと頷いた少女を見下ろし、サクライはそうか――と呟いた。

 

「無事仲間が見つかることを祈っている」

「ありがとうございます」

「それと君は、もう少し慎重に行動を」

「うっ……わ、わかってますってば」


 頭の中で壊れたサヤマの銅像を思い浮かべ、東山さんは途端に顔に縦線を描いた。

 お返しとばかりに今度はサクライがフフっと笑みを浮かべる。

 

「王様こそしっかりやってくださいよ。もうお城抜け出して政務さぼっちゃダメですからね」

「……努力しよう。君の言う通りだったしね」

「え?」

「マーヤは僕と共に歩むことを望んでいた。僕が堂々と『王』として共に歩んでくれることを願っていた」


 劫火に包まれたサヤマ邸の廊下で、嗚咽を堪えながら妹が言っていた言葉を思い出しサクライは真顔に戻る。

 そして彼は月を見上げながら目を細めた。

 

「そして、僕は呪われた王家の血から逃げる事ばかりを考えていたが…でもマーヤは僕と共に、その呪いと正面切って戦おうと考えていたんだ」

「王様……」

「他でもない。それに気づかせてくれたのは君だった…ありがとうエミちゃん」


 サクライは東山さんを向き直すと、ニコリと笑みを浮かべる。

 吹っ切れたような迷いのないその笑みを見て、東山さんは嬉しそうに笑い返した。


「礼を言うのはこっちも一緒です。色々助けてくれてありがとうございました。どうかお仕事頑張って……」

「まあ、随分と長い間『道化師』を続けていたからね。すぐには無理かもしれないが……やるだけやってみるよ」

「大丈夫、貴方ならきっと立派な王様になれます」


 そして貴方と女王なら『欲望を掻き立てる王家の血』にだってきっと勝てるはず――

 東山さんは蒼き騎士王を向き直ると、真っ直ぐにその目を見据える。

 

「だから王様、一つ約束してください」

「なんだろう?」

「もっと自分を大切にしてください。貴方は自分の命を軽く見過ぎです」


 そう言った少女の瞳は強き意志を秘め、月の光で輝いていた。

 僅か二日ではあったが少女が彼と行動を共にして最も強く感じた事だった。

 この人は誰かのために自分の命を投げうってもいいと思っている。


 けれども、自らの命を軽く見る者に、他人を護ることなんてできない。

 そしてだからこそやはり彼には堂々と『王』として生きてほしい――

 彼女はそう思うのだ。

 

「貴方がいなくなったら、悲しむ人がいることを忘れないで下さい」

「……」

「マーヤ女王もイシダ宰相もサワダさん達も……そして――」


 私もです――と。


 そこまで言ってから視線を逸らして俯むくと、東山さんは最後だけ呟くような小さな声で付け足した。

 サクライは意外そうに僅かに目を見開いていたが、やがてニコリと微笑んでみせる。

 

「やはり君は純粋だな」

「茶化さないで下さい」

「茶化してなどいない。僕は本気で言っている」


 サクライはそう言って、そっと東山さんの腰に手を回すと彼女を引き寄せた。

 予想だにしていなかった王の行為に、少女は吃驚して顔を上げる。

 そして目の前に見えたサクライの顔に思わず顔を赤らめた。

 

「お、王様……?」

「忘れないでくれ、まだ『手は四つ』だ。君となら全て拾える」


 困ったことがあったらいつでも呼んでくれ。

 君がいついかなる場所にいようとも、僕は必ず助けに行く――

 少女の耳元で付け加えるようにそう囁くと。

 

 蒼き騎士王は、え? え? と狼狽する意志強き乙女にそっと顔を近づけ。

 

 そして――



♪♪♪♪



五分後―

 

「あ゛~……疲れた」


 押しかける重臣達の『挨拶の波状攻撃』を乗り切り、ようやく一仕事終えたカッシーはちょっと休憩とばかりにバルコニーに避難すると、やれやれと溜息をついた。


「フフ。お疲れ様カッシー」

「本当助かったよ、サンキュー日笠さん。日笠さんいなきゃマジやばかった」

「どういたしまして。こういうのは慣れよ慣れ」


 同じく彼の傍らを歩いてバルコニーにやって来ていた日笠さんは、涼しい顔でそう言って、カッシーにウインクしてみせた。

 やっぱこの子スゲーわ――と、カッシーは感服していたが。

 

「ん?」


 と、そこでカッシーは先客がいたことに気づき、手摺の前で佇んでいる人影に目を向ける。

 日笠さんも少年の視線を辿り、誰だろうと目を凝らしてその人物を見つめていた。

 

「あれ、恵美?」

「ひゃあ?!」

 

 名前を呼ばれ、唇に触れながらぼーっとしていた東山さんは、飛び跳ねる程身体を震わせながら、可愛い悲鳴をあげて振り返った。

 だが少女の顔を見て、日笠さんは目をぱちくりさせながら、んん?と眉を顰めた。

 振り向いた東山さんの顔は耳まで真っ赤で、眼もなんだか焦点が合っておらず、まるで夢うつつといった感じに虚ろだったからだ。

 カッシーも不思議そうに首を傾げつつ、まじまじと剛腕無双の風紀委員長の顔を覗き込む。


「どしたの恵美?」

「大丈夫か委員長、顔真っ赤だぞ?」

「だだだだ大丈夫! なんでもないから!」

「もしかしてまたお酒飲んだの?」

「ののの飲んでないわ! 大丈夫、ほんとに大丈夫だから!」


 どうしたんだこの子?――

 珍しく狼狽しながら、ブンブンと手を胸の前で振る東山さんを見て、カッシーと日笠さんは訝しそうに顔を見合わせた。

 そんな二人を余所目に東山さんは何とかこの場を逃れようと、手摺に沿って怯える様に後ずさる。


「それじゃ私もう行くわ。二人ともごゆっくり」

「あの恵美、本当に大丈夫?気分が悪いならもう少しここで休んでいったら――」

「し、心配しないで平気だから。じゃ、じゃあね!」


 と、彼女は足早に二人の横をすり抜け、謁見の間に戻ろうとした。

 だがしかし――

 彼女はやにわに足を止め、傍にあったテーブルの上を凝視して固まる。

 視界に映ったのは王の親友オオハシくんだった。

 彼は、目を閉じ頬を赤らめながら、口をムチューと尖らせていたのだ。

 俺にもしてくれよ――そう言いたげに。


「あれ、オオハシ君だ」

「ほんとだ、おーいオオハシ君王様はどこに――」

「わ……わ……」

「え、恵美?」

「いやあああああああああああ!!?」


 ボフッと頭の上から蒸気が飛び出るほど顔を真っ赤にし、東山さんは目をグルグル回しながら悲鳴をあげて駆けていく。


「本当に大丈夫か委員長?」

「恵美……どうしたのかしら?」


 残されたカッシーと日笠さんは顔に縦線を描きつつ、そんな彼女の後姿を見つめていた。


 そんな中。


 やるじゃんお嬢ちゃん、元気でな!――

 オオハシ君は片目を開くと、去ってゆく少女に向かって、にやりと笑いながら親指を立てていたのだった。

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