その23-2 正体現したわねこのタヌキジジー

「こら、やめなさいオオハシ君!」

 

 さて、戦闘開始!

 意を決するとマーヤは振り返り、そしてわざとらしく息を呑む素振りを見せると、未だ威嚇を続けるオオハシ君を抱きかかえる。

 興奮する兄の親友をよしよしと宥め、女王は申し訳なさそうに吃驚しているサヤマへと視線を向けた。

 

「失礼しました卿、どうかお許しを」

「いいえ、ところでそのサルは……」


 間違いない。昨夜王と一緒にいたあのサルだ。

 てっきり王と娘と共に穴に落ちたと思っていたが、どうやら逃げおおせていたようだ。

 内心ホゾを咬む思いでオオハシ君を眺めながらも、サヤマはワザとらしくマーヤに尋ねた。

 老人の問いを受け、ようやく大人しくなったオオハシ君の頭を撫でながら、マーヤは剣呑な表情を浮かべる。

 

「兄の……いえ王の親友です」

「王の親友ですと?……失礼ですが、では何故その親友とやらを女王が連れていらっしゃるので?」

「実は――」


 そこまで言ってから、マーヤは迷うように口を噤みぎゅっとオオハシ君を抱きしめた。

 そしてちらりと戸惑う様にサヤマの目を見つめる。

 

「話していただけませんかな? 何か力になれるかもしれません」

「実は昨夜より王の行方が知れず……部屋にはこの子しか戻ってこなかったのです」

「なんと……王の行方が?」


 何とも白々しい反応だ――

 老人のその反応と口上を聞いたサワダ達は、よくもまああそこまで白を切ることができるものだ、と怒りと呆れの混じった視線を彼へと向ける。

 だがマーヤはそんな老人の問いかけに、うっすらと涙を浮かべながらゆっくりと頷いてみせた。

 

「それで、今朝からずっと探しておりました」

「では突然訪問なさったのは…」

「それは……昨夜この付近で王を目撃したという証言があり……その……申し上げにくいのですが――」

「私を疑っておられたと?」


 自らが言い放とうとしていた言葉をサヤマが口にしたことに、マーヤは驚きの表情と共に言葉を詰まらせた。

 対して、サヤマは浮かしかけていた腰を椅子に下ろし、再び手を顎の下で組みながらマーヤに向かって首を傾げてみせる。


「私が密かに王を拉致したのではないか……貴方はそうお考えになられた、違いますかな?」

「……」

「まあそう思われても致し方ありませぬ……正直、貴方が女王に就任した後、私は宰相の座を下ろされ閑職に追われる身となりました」

「卿……」

「私を疑う気持ちはわかります女王。しかし私とて元一国の宰相を務めた身…はらいせにそのような卑怯な手段で王に復讐するなど致しませぬ。ましてや大した証拠もなしに疑われるのは些か心外ですな」

「……ごめんなさい」


 まるで親に嘘がばれた子供のようにマーヤは俯き、そして堪えていた涙をぽろぽろとこぼす。

 彼女の背後にいた三銃士は、もはや言葉も見当たらないと言いたげに息をするように嘘を吐いた老人を見ていたが。


 心地よい、小気味良い。

 どす黒い嗜虐心が老人の心を支配していく。

 我々が辛酸と苦渋を舐めさせられてきた女王が、今私に手玉に取られ醜態を晒している。

 情けなく、涙をこぼし嗚咽を堪えているのだ。

 用心に越したことはない。慎重に行くべきだ。

 女王など放っておいてさっさと去るべきだろう。

 わかっている。だがしかし。


 もう少しこの優越感を味わいたい――

 

 老人を模っていた猜疑心と用心深さは一時の小さな自尊心に負けて鳴りを潜めた。

 サヤマは組んだ手を強く握りしめ、そして口の中で聞こえぬように満足めいた笑い声をあげ。

 濁った瞳でマーヤをねっとりと見つめる。


「まあよい……それより王の行方の事が大事です。ご無事だとよいのですが……」

「卿は何かご存じではないですか?この辺りで王を見かけたというのは嘘ではないのです」

「ふむ……残念ながら私は何も」


 と、顎に手を当て考えるふりをしながら、ややもってサヤマは首を横に振ってみせた。

 そうですか――と呟いて女王は嘆息する。

 

「……女王、諦めるには早急すぎる。そうだ、何か手がかりはないのですか?」

「てがかり……ですか?」


 さも今閃いた、と言わんばかりに仰々しく笑みと共に顔を上げ老人はマーヤに尋ねた。

 女王は老人の言葉にうーんと首を傾げ記憶を辿っていたが、やがてそう言えば、と思いだしたように手の中のオオハシ君へ視線を落とす。

 

「この子が私を呼びに来た時、手に黄色い布を持っていました」

「ほう、黄色い布……?」

「ええ、『風紀』と書かれた黄色い布です」


 恐らく、昨夜王と共に穴に落ちたあの娘が付けていた腕章だ。

 まさかあのサルが持って返っていたとは――

 ピクリ、と老人の白い眉が動く。

 だがそれ以上の変化は見せない。流石は年の功。

 サヤマはそのまま話を続けていく。

 

「風紀とは……そのような物を付けている部隊など設立されましたか?」

「いえ、ありませんわ」

「ふむ……その腕章は今どこに?見せてもらうことはできますかな?」

「ごめんなさい、今は手元にありません。城に置いてきてしまいました」

「なるほど……」

「卿は、何か心当たりはありませんか?」

「……残念ながら」


 老人の言葉を聞き。

 再び残念そうに俯くマーヤを見つめながら、更なる優越感に満たされサヤマは心の中でほくそえむ。


「女王、そう気を落とされてはなりません。わかりました、私も全力をもって王の行方の捜索に協力致します故」

「本当ですか卿……?」

「お任せ下され。知人にもこの付近で、王と娘の姿を見た者がいないかあたってみましょう」


 小さな優越感に浸り、心行くまで自分のちっぽけな自尊心を磨き上げることができた老人は。

 勝ち誇ったようにゆっくりと席を立つ。


「失礼、時間が押してまいりました、本日はこれにて」

「わかりました卿、どうか……よろしくお頼み申しますわ」

「お任せを」


 なに、安心しろ女狐。王にはすぐに会わせてやろう。

 ここではなく、あの世でだがな――

 内心そう思いつつ、サヤマは含み笑いを浮かべながら、部屋を出ようと踵を返し歩き出す。

 

 

 だが――



「リタルダンド卿――」



 刹那、部屋に堂々たる女王の声が老人の背中から投げかけられ。

 何故か背筋に嫌な悪寒を感じ、苦い顔と共に老人は歩みを止める。


「女王……これでも多忙の身でしてな。これ以上ワガママをおっしゃるのは――」


 くどい。

 辟易しながらそんな言葉と共に振り返り、だがサヤマはその先の言葉を飲み込混ざるを得なかった。

 そこには、先刻まで涙と共に弱々しく俯いていた女性の姿は微塵もなく。

 振り返った老人の視線の先に見えたのは、見紛うことなき『蒼き騎士の国女王』の気品ある表情を浮かべたマーヤの姿――

 

「最後によろしいでしょうか卿……私は黄色い『布』と言ったのです」

「何を言って――」

「貴方はそれを何故『腕章』だと思ったのですか?」



 ふむ……その腕章は今どこに?見せてもらうことはできますかな?――


 優越感に浸るため、先刻自分が放った発言を脳裏に浮かべ、サヤマはしくじったと息を呑む

 見る見るうちにその顔色が土気色に変わっていくのがわかり、マーヤはニコリと勝気な笑みをその口元に浮かべた。

 

「確かに布は千切れた後がありました。元々は腕章だったかもしれません。ですが、それを見てもいないあなたが、何故『腕章』だと思ったのです?」

「……くっ」

「もう一つ、貴方は言いましたね? 『王と娘の姿を見た者がいないかあたってみる』と――」


 そこまで聞いてから、流石にサヤマも自分の失策に気づき、三白眼を大きく見開きながら唇を噛み締める。

 だが女王は追及の手を緩めない。

 

「確かに貴方の言う通り、王は昨夜一人の少女と行動を共にしていました。ですが、先刻から知らないと言い張る貴方が、何故少女の存在を知っているのです?」


 おのれ女狐、謀りおったな!――

 まさに自業自得。

 にも拘らず、老人は自らを愚弄したと都合よく解釈し、女王へ怒りの視線を向けた。

 肌の色を土気色から赤土色に変化させた老人に気づき、マーヤは呆れたように小さく溜息をつく。


「卿、観念なさい。王と少女をどこへ隠したのです?」

「そ、それは……」

「お願い、事を荒げたくないのです。二人とアルマート公そっくりの少年を今すぐ返しなさい」

「な、何故それを……?!」

「貴方の企みを私が知らないとでも?」


 あんぐりと口を開け、サヤマは悲鳴とも言葉とも取れぬ声をあげた。

 と、マーヤの肩の上にひょこっと飛び乗ったオオハシ君が、ざまあみろと言わんばかりにニカっと笑ってみせる。


「よもやばれていようとは……流石は女王」

「もう一度言うわよ卿。兄とエミちゃん、それとナミカワ君を返しなさい。今すぐによ」


 マーヤは微動だにせず椅子に腰かけながら、怯むことなく老人を睨みつける。

 だが。

 途端にサヤマは驚きの表情を消し去り、不敵に口元を歪めながら笑い声をあげた。

 まるで開き直ったように。いや、初めからこうしておくべきだった――

 そう言いたげに。

 

「それはできぬ相談だ女狐」

「正体現したわねこのタヌキジジー」

「お互い様だろう。化かしあいは終わりにしようか」


 いうが早いがサヤマは天を仰ぐようにして手を上げ、そしてゆっくりとその手を女王目がけて翳す。

 

 

「殺れ……」


 しわがれた老人の、殺意と共に放たれた合図に呼応し、マーヤの近くに立っていた兵達が腰の剣に手をかけた。

 刃が鞘を滑って抜き出る、涼しい金属の余韻が次々と部屋に木霊する。



 刹那――

 

 

 誰よりも早く部屋に響いた三つの剣の音色。

 その音と共にまさに電光石火の勢いで抜刀された護法の剣が、マーヤを襲おうとした兵達の咽喉元にぴたりと突き付けられていた。

 兵達は半ばまでしか抜くことができなかった剣を無念そうに握りながら、小さなうめき声をあげる。

 一斉に臨戦態勢に入った若き三銃士達は、女王を護るようにその周りを囲み、各々の剣先で固まった兵達を油断なく睨みつけていた。


「よく聞けお前たち。その剣を抜くならば、命を賭す覚悟で向かってくるがいい! 我等三人が全力でお相手しよう!」

「女王に仇なす不忠の輩どもめ、かかってこい!」

「けっ、女王様に指一本触れられると思うなよっ!」


 凛とした青年騎士の声が部屋に響き渡る。

 スギハラとフジモリも、サワダの気焔に感応するように、各々威嚇するように兵達を一瞥した。

 快語満堂放たれた三銃士の言葉に、兵達は気圧されて動く事すらできず、抜きかけた剣をそのままに佇んでしまう。


 これでいい。これが私の役目。

 これでまだ『引き付けられる』――

 目論見通りと言いたげにマーヤは強気な笑みを浮かべる。


「よく聞きなさいこのタヌキジジー。私ならいくらでも相手をしてあげる。クーデターでも何でも起こしてみなさい、軽くひねりつぶしてあげるから」

「なっ!?」

「でも、私の仲間に手を出したらただじゃおかない。そこんところをよーく教えてあげるわ?」

「……言わせておけばこの小娘!」


 怒り心頭、サヤマは全兵士達に突撃命令を下す。

 サワダ達は剣を突き付けていた兵達をその場に薙ぎ伏せると、一斉に迎撃態勢に入った。

 


 さあ、ここからは延長戦。

 カッシー達、あとは頼んだわ――



 若き三銃士達に自らの命を預け。

 マーヤは椅子に堂々深く腰掛けると、不動の覚悟で真っ直ぐにサヤマを見据えたのだった。

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