その10-2 最初からそのつもりだったのね?

「前王の時代からいた多くの貴族は閑職に左遷されるか、或いは城から追い出された」


 もちろん全員という訳ではない。前王の時代から仕えていたいた者達の中にも、トウチ隊長やサワダの父親など有能で清廉実直な者はいた。

 そういった者達は引き続き残っている。

 だが先にも述べた通り、大半の貴族達は政治とは無縁の環境へ追い込まれることになったのだ。

 そして今に至る。


「まあ、そんなわけでね…マーヤと前王時代に仕えていた貴族達の間には今も確執が残っているわけさ」

「んー、なるほどなー?」

「ムフゥン、ナカナカ楽しい話ディシター!」

「どこがだっ! おまえちゃんと話聞いてたか?」


 と、リスザルとパンの取り合いをしていたかのーがケタケタと笑ったので、カッシーは速攻ツッコミを入れる。


「でもそれって、どう考えても逆恨みじゃないですか」


 確かに大胆な改革ではあったが、突き詰めればマーヤはこの国の政治を正常に戻しただけじゃないだろうか。

 彼女は当然のことをやったまでだ。貴族達がこうなったのは自業自得の結果だろう。

 納得がいかない。曲がったことが大嫌いな東山さんは憮然とした表情でサクライの話に反論する。

 

 そんな少女の言葉にサクライは頬杖をついて苦笑した。


「君は純粋だな、お嬢さん」

「そんなことありません!」

「人は一度甘い汁を吸ってしまうとその味を忘れることはできない。例え自業自得の結果であったとしてもね」

「そんな……」

「自分達は女王に嵌められた――彼らはそう思っている。この確執を埋めるのは難しいだろう」

「はい、お代わりお待ち~」


 と、ヨーコが持ってきたお代わりを礼を言って笑顔で受け取り、サクライはビールを一口飲んだ。

 だが途端にその表情は苦虫を噛み潰したような渋いものとなる。


「そんなわけで、貴族達はマーヤを女王の座から退け、政治の主導権を取り戻すことを虎視眈々と狙ってる。けれどそのやり口が中々陰湿でね……」

「どういうこと?」

「あの手この手で妨害工作を仕掛けてくるんだよ。マーヤのやることなすことに」


 もちろん表立ってではない。裏から手を回して、マーヤの政策を失敗させようと地味な嫌がらせをしてくるのだ。そのやり方が陰湿でしかも重箱の隅をつつくような、なんとも嫌らしいものだった。

 そして一度落ち度を見つけると、どんな些細なものであろうと大騒ぎして批判する。

 ヴァイオリン女王は無能である――と。

 

「チェロ村への討伐隊派遣が遅れたのも、そういった妨害があったからだ」

「はぁー!?」

「ちょっと待ってください、それ本当ですか?」


 思わず身を乗り出して、カッシー達はサクライに尋ねた。

 蒼き王は依然として渋い表情のまま無言で頷いてみせる。


「出発直前で急遽討伐延期の令が出回った……勿論、偽の令だったけどね」


 結局マーヤ自らが直接指示を下して事態は収拾したが、現場は混乱し騎士団の出発には幾分かのロスが生じてしまった。

 令の出所を調べても結局わからずじまい。見事な隠蔽だ。

 だが誰がこのような妨害行為を行ったかはマーヤもサクライも薄々感づいてはいた。

 身内の恥――

 なるほど、サワダさんが言っていたのはこのことだったわけか。

 ヴァイオリンへ向かう途中、騎士団の到着が遅れた理由を尋ねた際のサワダの言葉を思い出し、カッシー達は納得する。


 とはいえだ――

 

「じゃあなにか?そいつらのせいで、うちら超ピンチだったってわけかよ」

「許せない……本当に危なかったんだから」


 一歩間違えばチェロ村はもう存在しない事態になっていた。

 自分達だって危なかったのだ。

 その原因が、貴族達の私欲のために行われた妨害工作だったと知り六人は憤慨する。


「マーヤから聞いてるよ。君達がいなかったらチェロ村は本当に危うかったと思う。ありがとう小英雄さん達」

 

 下手をすれば、女王の失策として貴族達の追及を許すきっかけにもなりかねない事態になっていただろう。

 サクライはカッシー達を見渡しながら、パチリとウインクをしつつ礼を述べた。

 そしてこの一件以降、サクライの中で貴族達に対する認識は変わった。

 

「まあ、今までは実権をはく奪された貴族達の『僻み』程度に思ってあまり相手にはしていなかったんだけど、今回は結果としては村一つが滅びかねない事態にまで発展しかけた……流石に放置しておくわけにもいかないから、ちょっと探りを入れてみようと思ってさ」


 貴族達の妨害工作は年々過激になってきている。

 ここらで少し釘を刺しておこうと、彼は尻尾を掴むため行動を開始したわけだが。

 

「で、調べていくうちに、あまりよくない噂を耳にした」

「噂ねえ……」

「前王の時代に宰相をしていたサヤマという貴族がいる。もう結構な年だし、今は宰相からリタルダンド卿に格下げされて隠居の身だけど」

「リタルダンド卿? 何それ?」

「地方の治安維持局に就任した者に与えられる官位だよ。まあ有名無実な官位だ」


 リタルダンド地方は弦国最南端にある辺境の地だ。響きはいいがほぼ閑職といっていい。

 無論、彼をそのような官位へ左遷したのはマーヤに他ならない。

 

「最近、そのサヤマの家に頻繁に貴族達が集まってるらしい」


 しかも集まっているのはマーヤに城を追われた貴族達ばかり。

 そこまで聞いて、なるほどと微笑を浮かべる美少女が一人。

 

「おおかた、そのサヤマって人の家に集まってマーヤ女王を更迭するためのクーデターを企てていた――こんなところでしょ?」

「ご名答」


 なっちゃんは頬杖をつきながら、ピンと指を立てサクライに尋ねる。

 見事に代弁してくれた聡明な少女に向かって、サクライは感心したように頷いてみせた。

 そしてごく自然に、ピンと指を立てていたなっちゃんの手を握り、彼女の顔を覗き込むようにして身を乗り出すと、にこりと笑みを浮かべる。


「どう? 遊んでたわけじゃないってことはわかってもらえたかな、聡明なお嬢さん?」

「どうだか? マーヤ女王はあなたが『かれこれ一年は会議に出席したところを見たことがない』――って言ってたけれど?」


 怪しいものだ。噂を知ったのだって、どうせ遊びついでにたまたまじゃないだろうか――いつも通りの微笑をクスリと浮かべ、なっちゃんは握ってきたサクライの手の甲をぎゅっと抓った。


「っつ! マーヤの奴、余計な情報を」


 と、短い悲鳴をあげてサクライは少女の手を放すと、手の甲をさすりながら愚痴をこぼす。

 やれやれと呆れながら日笠さんとカッシーはジト目をサクライに向けていた。

 まあそれは置いておいて、クーデターとは物騒な話だ。

 カッシー達は各々どうしたものかと思案を巡らせる。

 

「んー、その話マジなのかよ?」

「割と信頼できる情報だと思う」

「ムッキー、それならそいつらサッサと捕まえりゃいいデショー?」


 と、今度は壮絶なデザート争奪戦をしていたかのーがリスザルに髪を引っ張られながら尋ねた。


「それは無理だ」

「どうして?」

「証拠がない。いくらなんでも噂だけじゃ捕まえるわけにはいかないだろう?」


 渋い顔でサクライは肩を竦めてみせる。

 もし本当にクーデターを企てていたとしても、流石に確たる証拠もなしに捕まえることは王である彼でもできない。


「そんなの捕まえた後でどうにでもなるでしょ?拷問で吐かせるとかしちゃえばいいのに」


 と、とんでもないことをあっさりと口にして、なっちゃんはコロコロと微笑を浮かべる。

 相変わらず恐ろしい事をけろりというな――と、カッシーやこーへいは顔に縦線を描いていたが。

 だがやはりサクライは首を横に振って見せた。

 

「できなくはないけど……」

「おーい、マジか?できちゃうのかよ?」

「でも、マーヤがそんなこと許すと思うかい?」

「……まあ確かに」


 カッシーはなるほどと納得する。

 自分一人ならできなくもないが、女王となってからは公正無私、信賞必罰を心掛けてきたマーヤのことだ。

 たとえ非が貴族達にあるとしても、そんな強引なやり方を彼女は認めないだろう。

 我ながら立派な妹を持ったものだ――トントンと指でテーブルを叩きながら思案していたサクライは、妹の怒る顔を想像して思わず苦笑していた。

 

「それに、『隠蔽』は彼等の十八番だ。仮に尋問しても確たる証拠が出ない限りは、きっと知らぬ存ぜぬで通すだろうね」

「そうか、そうなったら冤罪になっちゃうから――」

「そういうこと、逆にこちらの非を追及する口実を与えてしまう」


 なるほどと相槌を打った日笠さんの言葉の後に被せる様にしてサクライは言った。

 もし尻尾を掴めなかったら、貴族達はこれみよがしにマーヤを批難するだろう。

 彼女のためにもそれは避けたい。

 

「確たる証拠が掴めるまでは手荒な真似はできない」

「それじゃあ、捕まえられないじゃないですか」

「だから何とかして尻尾を掴もうと、ここ一週間ほどサヤマの動きを探っていたんだ。で、昨日ようやくその機会が訪れた」


 サクライはテーブルに肘をつき、顎の前で手を組むと少し身を乗り出した。

 機会ってどんな?――

 カッシー達も身を乗り出すと、固唾を呑んでサクライの話の続きを待つ。


「どうやらサヤマはマーヤに対抗するために、有力な人物を味方に引き入れるつもりらしい」

「有力な人物……?」

「誰なんです、その有力な人物っていうのは?」

「そこまではわからなかった。彼の部下が話してるのを聞いたんだけど、途中で見つかってしまってね」


 たまたまではあった。

 サヤマの所有する酒場や宿でそれとなく聞き込みを続けていた際、彼の部下らしき男二名がそんな話をしている場に出くわしたのだ。

 何気ない雰囲気で近くのテーブルに腰かけ聞き耳を立てていたサクライだったが、連日の如く店や宿に顔を出していた彼は、既に目をつけられていたらしい。

 

 少し顔を貸してもらえませんかねお客さん?――

 剣を腰に差した、いかにもガラの悪そうな強面男五人に囲まれ、サクライは隙を見て逃げ出した。


「もしかして……それで昨日追われていたんですか?」


 その通り、とサクライはにこりと東山さんに笑ってみせた。

 ようやく話がつながった。少女は納得したように一人、小さく頷く。


「あの時あの場所に、君のキュートなお尻がなかったら一体どうなっていたか。本当に感謝しているよ」

「……全く反省していないようね!」

「恵美、今は落ち着いて。ね?」

「まてよ、それじゃあ結局肝心なところはわからずじまいってこと?」


 と、眉間にシワを寄せ、ついでに拳も握りしめた東山さんを諫める日笠さんを余所に、カッシーが先を促すように尋ねた。

 有力な人物が誰なのか現状は不明なままだ。これでは証拠にもならないんじゃないだろうか。

 だが少年の懸念とは裏腹に、案ずるなかれとサクライは自信を秘めた笑みを口元に浮かべてみせる。

 

「残念ながらその人物が誰かまではわからなかった。けどその人物はどうやらサヤマの部下と合うことになっているらしい」


 話は途中までしか聞くことはできなかったが、彼等はこう話していた。

 まずはそいつを連れて来い、本物かどうか確認する。話はそれからだ――と。

 『本物』という言葉が気になったが、現場を抑えれば、その有力な人物が誰なのかを確認することはできそうだ。

 商人風の男と、サヤマの部下らしき貴族の男の会話を思い出しながら、サクライはカッシー達を一瞥する。


「それっていつなんですか?」

「今日の夜って言っていた。サヤマの部下が経営してる酒場で落ち合うようだ」

「今日の夜って……え?!」

「じゃあ、急がなきゃまずいじゃないですか!」


 日笠さんは目をぱちくりさせながら、腕時計に目を落とした。

 時刻は十八時を丁度回ったところ。もう、『夜』と呼べなくもない。

 こんな所でのんびりビール飲んでる場合か?――

 まったく焦る素振りを見せないサクライを一斉に見つめ、カッシー達は目で訴えた。

 サクライはそんな少年少女の視線を一身に受けながら、困ったように笑みを浮かべ、肩を竦めてみせる。

 

「でも僕はいけないんだよ。顔見られちゃったから」


 そうだった、それで昨日逃げ回ってたんだっけ。

 あっけらかんとそう言い放ったサクライに、カッシー達はほぼ同時に溜息をつく。

 そして各々軽蔑するように蒼き王を睨みつけた。

 

 まったくこのバカ王、マジでつかえねー!――と。

 

 だが当のサクライはやけに余裕の表情で、頬杖をつきながらビールを口に運んでいた。


「もう! 悠長に飲んでいる場合じゃないでしょう?」

「どうするつもりなんです?」

「うーん、こうなったら代理を頼むしかないと思ってね」

「代理って、誰にです?」

「……呆れた。あなた最初からそのつもりだったのね?」


 と、何かに気づいたように、なっちゃんがやや怒気を含んだ口調でサクライを問い詰める。

 カッシーが少女を見ると、微笑みの美少女は珍しくその「微笑」を口元からひっこめ、むっとしながらサクライを睨みつけていた。


 ぞくりと、なんだか嫌な予感がして、カッシーは口をへの字に曲げながらサクライへと視線を移す。

 蒼き王は少女とは真逆に、にっこりと口元に笑みを浮かべカッシーを見ていた。




「いるでしょ? 僕の他に顔を見られてなくて、しかもこの事を知っている子達がさ?」




 ち ょ っ と 待 て !

 まさか――


 次の瞬間。

 予想通りの言葉がサクライの口から飛び出して、我儘少年は顔を引きつらせることとなる。





「君達、僕の代わりにちょっと見て来てもらえない?」

「ムッキャー! コノエテコー! 俺のバナナ返せディス!」




 話をまったく聞かずにリスザルとバナナの取り合いをしていたバカ少年の罵声が、やけに大きく響いて聞こえた気がした。

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