その7-1 ヴィオラ村のマーヤ

「は~~~、肩凝った」


 眉根を寄せて年寄り臭く呟きながら蒼き騎士の国の女王、マーヤ=ミカミ=ヴァイオリンは小さく溜息を吐いた。

 そしてトントンと肩を叩きながら、唖然として自分を見つめているカッシー達を一瞥する。


「さてと……あ、ごめんごめん。みんなも楽にしていいわよ」


 困惑している少年少女達の様子に気が付くと、先刻までの威厳と気品溢れるオーラをすっかりひっこめ、年相応の明るい笑みを浮かべながらマーヤ女王は口を開いた。

 にこりと笑った女王のその笑顔は優しく、なんとも親しみのある表情。


「あ、あの……女王様?」


 一体どういうことだ?――目の前にいる人物の突然の変わりように、六人は思考が追い付かず、頭上に大きな『?』を浮かべる。


「も~来る日来る日もやれ政治に会議に謁見でやんなっちゃうわよ。演技も楽じゃないなぁ」

「え、演技?」


 あっけらかんとそう言って苦笑したマーヤ女王を思わず覗き込むようにして、カッシーは身を乗り出し尋ね返した。

 女王はあっさりと肯定し、こくんと頷いてみせる。


「こっちが地なの。「皆の前では威厳と品位溢れる女王として振る舞って下さい」って、タイガ君がうるさくてさ」

「タ、タイガ君……?!」

「中々上手かったでしょ、びっくりした?」


 マーヤ女王はクスクスと笑いながらそう言ってウインクする。

 そしてよっと――と、おてんばな掛け声と共に玉座から立ちあがるとスタスタとカッシーの前に歩みよった。


「ふーん、あなたがチェロ村の小英雄さんか」

「うっ……」


 ずずいっと少年の顔を覗きこみながら、興味津々といった様子で女王は呟いた。

 間近で見る女王の顔は、離れて見ていたそれよりもますます美しく見えた。

 やはり白い肌に整った顔立ち、おまけに薄い唇それは変わらない。

 しかし、先刻までの『威厳と気品溢れる女王』とは全く質の異なる、『明るく活発なお姉さん』と化したマーヤ女王は、また違った魅力を持った年相応の女性に感じられた。

 すっげーいいにおい――

 カッシーは近づいてきたマーヤ女王に思わずドキッとしながら顔を紅くする。

 マーヤ女王はそんな少年の様子に気づくと、クスリと悪戯っぽい笑みを浮かべながら小さく首を傾げた。

 

「ところで、女王様。その……お話って?」


 同じくあっけに取られていた日笠さんは、ややもって我に返るとマーヤ女王に尋ねる。

 

「ああ、そうそう。あなた達とちゃんと話をしたかったら人払いさせてもらったの」


 言うが早いがマーヤ女王はひょいひょいっと履いていたハイヒールを脱いで裸足になると、赤い絨毯の上にちょこんと胡座を掻いて座った。

 そして真っ白な足をさすりながら渋そうに眉根を 寄せる。どうやらハイヒールがあまり好きでないらしい。

 やや持って彼女は棒立ちになっている六人を見上げ、ポンポンと絨毯を叩いてみせた。

 座ったら?――ということらしい。


「おーい、なんつー変わり身だよ」


 一国の女王が地べたに胡座を掻いて座り、しかもおまえらも座れと。

 なんつーギャップだ。ヤンキーかこの女王様は――

 思わず正直な感想を漏らしながら、こーへいは眉根を寄せる。

 どうしようかとちょっと困ったようにお互いを見合ったカッシー達であったが、立ったままもなんなのでと女王の勧めに従い、彼等は各々寛いだ姿勢で絨毯の上に腰を下ろした。


 なんだこの状況は。

 大理石の床が広がる豪華な謁見の間の中央で、女王を囲むようにして座っているのだ。

 なんともいえない奇妙な光景だ。


 でも――

 居心地は悪くない。

 一転、親しみの持てる明るい女王だとわかったこともあり、一行は緊張もすっかりほぐれていつもの表情を浮かべていた。


「改めてお礼をしなきゃね。チェロ村を救ってくれてありがとう。本当に感謝してる」

「いえそんな……」

「うちら楽器吹いただけだしな? そもそもそんな小英雄とか呼ばれるようなことやってないし」

「みんな元気にしてる? ぺぺ爺もマキコさんも、それにヨーヘイ君やヒロコちゃんも」

「はい、女王によろしくって言ってました」

「そう……よかった。ぺぺ爺には小さい頃色々お世話になったの。懐かしいなぁ…最近は忙しくて中々会いに行けなかったから少し心配だったんだ」


 マーヤ女王はカッシーの返答を聞いて、心底嬉しそうに頷きながら懐かしそうに微笑む。


「そういやマーヤ女王はヴィオラ村の出身なんですよね? ぺぺ爺から聞きました」

「マーヤでいいよカシワギ君。今は私達だけでしょ? そういう堅苦しいのは抜き」


 と、遠慮がちに尋ねたカッシーを向いて、マーヤ女王はさっと手刀で何かを切るようなジェスチャーをしながら答えた。

 普段は女王らしい振る舞いを心掛けてはいるが、大自然の小さな村で育った彼女は、自然体が素なのである。

 とどのつまり、堅苦しくて形式ばったものがあまり好きではないのだ。

 

「えっと……それじゃマーヤ、俺もカッシーでいいです」

「わかったわ。よろしくねカッシー」

「こちらこそ」


 という訳で。

 マーヤ女王改め、マーヤはカッシーの問いに当時を思い出しながら答えだした。


「ぺぺ爺から聞いたのなら話が早いわ。貴方の言う通り、私は小さい頃ヴィオラ村に預けられて育ったの。叔父と叔父の娘の三人暮らし。ぺぺ爺は叔父と知り合いでね。チェロ村とは隣同士の村ってこともあって、よく遊びに来てくれたわ。彼とはその頃からの付き合い」

「へぇー」

「懐かしいなあ、冒険に出た時もぺぺ爺がいろいろ助けてくれたの」

「冒険?――ってもしかして、両国の戦争を止めたっていう話ですか?」


 と、ペペ爺が話してくれたことを思い出し、日笠さんは尋ねる。


「それもぺぺ爺から聞いたの?」

「ええ、そのちょこっとですが……」

「うーん、そんな大層なものでもなかったんだけど」


 と、そこでやや表情を暗くしながら、マーヤは目を細め、僅かに俯いた。

 どうしたんだろう? と日笠さんは首を傾げる。


「十年前、薪集めから帰ってきたら、叔父が背中から血を流して倒れていて…あ、当時は実の父だと思っていたんだけど」

「……実の父?」

「彼が『育ての親』って知ったのは大分後だったから」

「なるほど」



 あるひ、マーヤがたきぎあつめから いえにもどると いもうとのすがたがみえず ミカミおとうさんがたおれていました。

 まっさおになって マーヤがかけよると ミカミおとうさんはいいました―――



「叔父は助からなかったわ。致命傷だった…息を引き取る寸前に、叔父の娘が誘拐されたことを教えてくれた。それと自分が死んだら、ぺぺ爺を頼るようにって」



 わたしはもうだめだ。いもうとはさらわれてしまった。おまえも ここにいてはあぶない。

 ミカミおとうさんは そういって さいごのちからをふりしぼり マーヤにてがみをわたしました。


 マーヤ このてがみをもって チェロむらのぺぺじいさんを たよりなさい。かれなら ヴァイオリンじょうにかおがきく。ぺぺじいさんに おねがいして ヴァイオリンじょうにいくのです。


 そこまでいって ミカミおとうさんはこときれてしまいました―――




 やはり間違いない。

 この女性が妹の絵本に出て来た『マーヤの大冒険』の主人公であるあの『マーヤ』だ。

 カッシーは女王の思い出話を聞いて確信する。

 だが話を聞く限りは、やはり十年前の話のようだ。

 先程も感じた違和感。この時間差は一体何なのだろうか。

 新たな疑問が湧いてきて、カッシーは一人眉を顰めた。


「それでその娘――やっぱりあの時は妹と思ってたけどね、とにかく彼女を捜す旅に出たんだ」

「あの、それが…何故戦争の締結に繋がったんです?」

「それはまあ、思いもしなかったことが起きて」


 そう。

 最初は本当に叔父の娘を捜す旅だったのだ。

 だが彼女の中に流れる『王家の血』は、彼女の意志とは無関係に、陰謀渦巻くお家騒動へとヴィオラ村の少女を巻き込んでいった。

 そんな旅の最中に出会った頼りがいのある仲間達と共に、マーヤは弦管両国の戦争を陰で操る黒く禍々しい存在と戦うこととなり――

 そして結果として停戦を締結させ、禍々しき存在を倒した彼女は他の仲間達と共に『英雄』と称賛され――

 

 何の因果か今、蒼き騎士の国の女王をやっている。

 

 人生とは本当にわからないものだ。

 あれからはや十年。みんなは元気だろうか。

 女王に就任してからはほとんど会っていない。


 でもお騒がせ姫と呼ばれていたあのお転婆なお姫様も。

 ジョバーッと滝のような涙を流していた泣き虫なあの少年も。

 豪快な笑い声を響かせていたあの小柄な少女も。


 きっと相変わらず元気にやっているに違いない。

 そう思いながらマーヤはクスリと笑う。


「楽しかったなあの時は……大変だったけど」

「……マーヤ?」


 と、一人にやついていたマーヤを訝し気に見つめながらカッシーが呼んだ。

 蒼き女王ははっと我に返って苦笑する。


「あ、ごめんごめん。ちょっと思い出にふけっちゃった。ま、とにかく色々あってさ」

「はあ、色々ね?」


 色々あって妹捜しが、両国の戦争を止めることとなり、挙句英雄になるとか一体どんなことしたんだよ――

 なんともあっけらかんとそう言ったマーヤをまじまじと見つめながら、カッシーは憮然とした表情のまま生返事をする。


「ところであなた達は、こことは違う世界からやって来たんでしょう?」


 閑話休題。

 マーヤは人払いまでして話したかった本題をようやくカッシー達に切り出した。


「どうしてそのことを?」

「ぺぺ爺の手紙に書いてあったわ」


 六人は一瞬どきっとしたが、先刻彼女に渡したぺぺ爺の手紙に書いてあったと知ると、なるほどと表情を和らげる。

 まあ、かの慧眼ある老人が、目の前の女性には話したほうが良い――そう判断して手紙に記したのだ。

 ならば今更隠す必要もないだろう。


「はい。実はそうなんです」


 日笠さんは正直にその事実を肯定し、マーヤに頷いてみせた。

 それを受けマーヤはますます興味津々という顔つきで六人の顔を覗きこむようにして見渡す。


「やっぱりそうなんだ。不思議な事もあるものね。ねえ、貴方達の世界ってどんな世界だったの?」

「あの、信じてくれるんですか?」

「当たり前じゃない、ぺぺ爺がいうんだから。あの人はちょっとやる気ないけど嘘はつかないもの」


 マーヤは当然といった顔で頷いた。

 カッシー達は嬉しそうにお互いを見て笑いあう。

 そしてこれまでの経緯を一斉に話始めたのだった。

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