第23話 目的は一緒でなくてもいい

二〇一三年十一月二十二日午後十一時三十分


「さすが仁、最近は勘が冴えているね♪」

「!?」


 いきなり書斎から明るい感じの青年の声が聴こえ、振り向いてみると書斎にある机の前で椅子に座って本を読んでいるボズがいた。


「ん? 前より驚かなくなったね! 仁も慣れてきたのかな?」

「いや、逆にビックリしすぎて反応できなかっただけだよ。未だに慣れないよ、突然ボズが自分の前に現れた感じに思えるからさ」

「まぁ、実際最近はちょっと自分の方も立て込んでいて、自分の世界に集中していたからね。でも、なんかそろそろ仁と会いたいなぁって思って、ついさっきこっちに来たところなんよ」

「そうだったんだ――って、聴きたいことがたくさんあるけど、とにかくまた会えて嬉しいよ、ボズ」

「ありがとう、仁。そういってもらえて、オレも嬉しい!」


 そう屈託のない笑顔でニコッと笑ったボズはとても輝いて見えた。そう、小二の頃の自分もこんな笑顔してたよなぁ。


「今度は深刻な悩みって感じで自分と向き合うって決めたわけではないみたいだね、仁。前回会ったときよりも表情が柔らかくなって良い感じ。あれから一体どんなことがあったの?」


 そして、前回会ってからの出来事についてボズに語ることにした。前回まではやり場のない怒りやら不満やら不安やらで気持ちがものすごく不安定だったけれど、今はあのときよりも自分のことを話せている感じがする。





***


「そっかぁ。いろいろチャレンジしたんだね、仁」

「あぁ、折角ボズからもらったチャンスは活かさないとね! でも……」

「まだ、自分にとって想いのままがわからない、と」


 (俺の悩みはボズには何もかもお見通しなんじゃないか?)

 仁は大真面目にそう感じた。


「そう、そうなんだよ。なんとなく想いのままってこんな感じっというイメージは浮かぶんだけど、まだモヤモヤってしててね……光恵さんやみなみちゃんのアドバイスがそのモヤモヤをクリアにするヒントになるんじゃないかなって思ったんだけどさ」

「なるほどね。じゃあ、折角だからそのヒントを探しにちょっと外に出てみない?」


 楽しそうに窓の外を指差しているボズ。

 仁が答える前にすでに部屋の外に出る気満々である。


「今から!?」

「そう今から♪ 善は急げ! さぁ、レッツゴー!」

「ちょ、ちょっと!」


 そういってボズは仁の手をさっと引っ張って、書斎を出て、家を出て、マンションの外へ階段を使って一気に駆け下りた。そのままマンションの近くにある広場まで出たところで辺りがパァ~っと開けた。

 もうすぐ日付がまわるだけあって、マンションの周りは静かだが辺りは街灯の光や家の光で暗さをあまり感じない。暗いところが苦手な自分や女性にとってはこの明るさはありがたいかもしれないけれど、逆に明るすぎてこっちに来てからまだちゃんと星空を眺めれたことがない。そのことにどこか寂しさを感じる。生まれ故郷の周辺も完全な住宅街であったが、こっちよりは見える空の範囲が広くて、よく近くの公園で空をぼーっと眺めていたことを思い出した。


「何を思い出しているの、仁?」

「!? 相変わらずするどいな~、ボズは」

「だって、仁はわかりやすい顔してるもん」

「わかりやすい顔って――それは喜んでいいのかな? ……そうそう、この時間帯に仕事が終わって家に帰ることはよくあるけれど、こうやって星空は眺めるのは久しぶりだなって。全く星空は見えないけどね。昔はよく空を眺めていたなぁ」


 昔といっても、まだ学生時代の頃のこと。

 帰り道に自転車乗りながら、空を見上げてのんびり帰宅していたことを仁は思い出していた。


「オレもしてるよ! 修行の旅の途中に朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが。暇さえ見つけて空をぼ~っと眺める時間が大好きでさ! でも、あまりにもその時間が長いらしく、一緒に旅をしている仲間からはよく注意されるけどね」

「ボズって、他の誰かと一緒に旅をしてるの!?」


 その話は仁にとって初耳だった。

 旅をしているとか、どこかの星の王子様ってことはきいてはいたが。


「そうだよ! あれ、いわなかったっけ? 今は、ジフードとタリス、エミーラっていう仲間と一緒に旅してるんだ! もうみんな楽しいやつらばかりでさ! みんな旅の目的とか成し遂げたいことは全然違うんだけど、気が付いたら一緒にいて」

「一つ聴いてもいい、ボズ。おれは長旅をしたことがないから全然イメージがわかないんだけど、全然違う目的を持っていても一緒に旅ってできるもんなの? 目的が違うと同じ道は歩けない気がするけれど……」


 共通の目的を持つ。

 仁からするとグループワークをするときに、いつも必ず伝えていることだ。

 そのことと真逆のことをいうボズの話に、仁は疑問の念を抱いた。


「そう? なんでだろう? そんなこと考えたことなかったかも」

「考えたことなかったの? じゃあ何で仲間に加えたの? どうしてずっと一緒にいられるの? じゃあ――」

「ちょっとちょっと! 一気に質問されても答えられないよ~、仁。そうだなぁ、例えばタリスにいたっては、自分とは全く逆の思考のタイプでさ。たとえば、わからない道にぶち当たったとき、オレは迷わずカンで道を選ぶタイプなんだけど、タリスは慎重に物事をすすめたいタイプで、周りの状況をしっかり確認してから行動したがるんだ。もうちょっと気の向くままに行動できんのかな~、あいつは――」


 仲間のことを話すボズは本当に楽しそうだ。話している内容は愚痴っぽいかもしれないけれど、そんな感じは一切伝わってこないのが不思議である。


「そんな状況でよく一緒にいられるな。おれなら間違いなく言い争いになって、相手のことが嫌いになっちゃいそうだけど」

「えっ、なんでそれで嫌いにならなきゃいけないん?」

「えっ!? なんでって……そりゃあ、意見が食い違ったら一緒にいられないんじゃあ」

「じゃあ、なんで仁は咲夜と一緒にいるの? この前は意見が食い違って喧嘩していたのにもかかわらず。なんでなの?」

「それは――」

「正直オレもそんなに深く考えたことがあるわけではないんよ。でも、一緒に行動するうちに「こいつらと一緒に旅をしたらきっと最高の旅になるんだろうな」っていう確信だけあってね」


 そう言うボズは、男のおれから見てもすごく素敵な笑顔で、格好良くて。旅をしたら自分もこうなれるのかなってふっと思った。


「とはいえ、オレたちも全く喧嘩がないわけじゃないよ? さっきも言ったようにタリスとはよく意見の食い違いで揉めるし、エミーラからは気ままな行動をすると「リーダーならもっとしっかりしなさい!」って注意されまくりだしね。ジフードとは同じような思考の持ち主だからか、よく一緒に無茶なことして遊んでるけど。そんな感じなんだけど、それでもなぜかあいつとは自然と気が合うんだよなぁ」

「そうなんだぁ。でも……そっかぁ、ただ意見が合うか合わないかは、ただお互いの想いが違うだけであって、そのことがイコール一緒にいられるかどうかではないんだね。実際におれも咲夜とはよく意見が食い違うことがあるけれど、ボズとその仲間達と同じようになぜか一緒にいたいと思うし、共に歩んでいきたいって思う。なんでそう思うのかな?」

「仁はなぜだと思う、一緒にいたいと思うのは」

「それは――咲夜の想いだったら受け止めたい、一緒に共有したいって」

「その気持ち・想いだけで十分じゃない? 一緒にいるのって」


 そうかもしれない。

 そういえば、これまでも一緒にいたいって思った友人の中にも、ボズと同じように全く思考パターンが違う場合もよくある。むしろ、そういう人の方が結局長く付き合っているような気がする。なんでだろう?


「じゃあ、仁はその人たちとはどんな付き合い方がしたい、出来ていると感じている?」

「う~ん、改めて考えてみると難しいね。どうだろう……やっぱりお互いの想いを自然に話せていて、分かち合っている、分かち合いたいって心から思えるような付き合い方をしたいかな」

「そう、それが仁にとっての答えなんじゃない? 自分にとって想いのままっていう状態って。

 つまり、仁は無理やりテンションを上げたり、意気込んだりするのではなく、自然とその場でいられる状態の時の方が自分にとって想いのままにいれている状態なんじゃないかってこと。どうかな? 何か思い当たることない?」

「そう言われてみると……確かにあるかも。実は飲み会の場とかパーティーとかで、急にテンションを上げるというのがもの凄く苦手でさ。それを求められるような場とかも。楽しい場をつくるためにやってくれていることだから、嫌とは言えないけど……なんかね」


 それが仁にとって大勢の飲み会が好きになればい要因である。

 その場は表面上笑って過ごすことはできる。

 でも、そんなことをずっと続けているうちに、いつの間にか飲み会後にどうしようも倦怠感がするようになっていた。


「そうなんだね。そこはオレとは全く逆かも。仁とは逆にみんなを盛り上げることが大好きだから、ついつい調子に乗ってしまっていることがよくあるんよ。それでよくエミーラに注意されるというオチが、ね」

「あははは! なるほどね、そういうパターンもあるんだね。そっかぁ、今までそうやってテンションを上げることを強要する行為をする人を無意識に軽視してきたのかも。みんな想いを持って行動しているんだね……自分とみんなは違うってことはわかっていたと思っていたんだけどなぁ」


 思い出してみると、無意識に自分とは逆の行動を取っている人のことを避けてきたように思う。自分のためにやってくれたこともあるかもしれないのに――


「あっ、でもだからと言って、仁が過去に誰かからやってもらった行為に応えられなかったことに気に病むことはないんよ」

「!? なんで? だって――」

「自分のためにやってくれたから?」

「そう、そうだよ。俺のためにやってくれたことを無下にはできないじゃん?」

「あ、ごめんごめん。「相手の好意を無駄にしてもいい」と言っているわけじゃないんよ。ただ、誰かのためにやる=良いこととは必ずしも限らないってこと。そのことを自分自身でまず理解できているのかっていうことが、重要なんじゃないかな?」

「??」

「あははは、ごめんごめん。ただオレが常々意識していることなだけで、みんなにとっても正しいっていうわけじゃないんだ。でも、『誰かのためという大義名分を立てれば、紋所のように自分のやっていることが正しい』と思い込んでるやつは、オレはどうも苦手でね。まぁ、そう思うようになったのも、以前自分がそういうやつだったからなんだけどさ」


 そう言って、ボズは星空を見上げながら寂しそうに笑った。


「あのとき……と言っても、もう六年も前だけどね。自分はああするしかなかったんだなって。そう思えるようになるキッカケがあってからは、相手に対して何かをしたければ、まずは自分の想いを先に確認するように心掛けるようになった。

 でもさ、最初の頃は全くうまくいかなかった。そもそも自分がどんな想いをいつも抱いているのか、当時の自分は考えたこともなかったからさ」

「そりゃあ、そうでしょ! だって、六年前って言ったらボズはまだ十二歳でしょ? おれらの世界では小学六年生か中学一年生、まだまだ子ども扱いされる年齢だよ?」

「そうなんやね。でも、オレらの世界では……と言っても、オレの王国では十二歳になったらもう成人扱いで、しかも王位継承のための修行も本格的に始まるからさ。おれはそういった窮屈な場が苦手だったから、自分で考え、感じて行動した中で修行していきたいって思って十五歳になった頃城を抜け出した。その間の三年間、自分の想いに向き合えば向き合うほど、周りが「王国の人民のために」と言ってやっている姿に疑問を感じ始めたんだ」

「えっ、なんで?」

「だってさ、人民のためって言っている割には、意見が食い違っただけでお互いを否定し、罵倒し合ってるんだよ。それで、派閥をつくって揉め事の種を自分たちでつくっておきながら、それを自分たちではない何かに押し付けている。なんか悲しくない? 実際に王家が率先して実施した行為に、民がそういった態度を示すならわかるけど」

「言われてみれば……確かに。もしお互いが純粋に人民のためにやっているだけだとしたら、意見の食い違いがあるかもしれないけれど、だからと言って相手を敵視する必要まではない気がするね」

「そうなんよ。でも、個人個人のことはオレも大好きでさ。よく一緒に食事をしたり、武術の稽古をつけてもらったりしていたから。だからこそ、そういった人たち同士が憎み合っている姿を見ていられなくて――それこそ最初の頃は、そういった人たちをなんとか変えようと考えることしかできずに、どうしても自分に向き合いきれない毎日を過ごしたんだ。それでも、自分と向き合うことを意識し続けていたら、あるときフッと思い立ったことがあるんだ。それが――」

「それが外の世界に出て修行をすることだったの?」

「そう! 当時のおれでは自分のことと相手のことがごっちゃになってしまって、今の自分に何ができるのか切り分けることができなかった。だから、想いはあっても行動に移せない。そうやって行動に移せない自分を隠したいから、強がりを言ったり、ヤンチャなことしてごまかしたりしてきたように思う。

 でも、このままじゃいられない! だったらどうする? どうしたいのオレは? いつもいつも問いかけ続けたし、今でも問い続けてる」


 そう言いながら、ボズはこっちを見てニッコリ笑った。とても落ち着いた表情でもあり、力強さも感じるような笑顔だった。


「そっかぁ。ボズから前々から感じていた力強さの源は、そういったボズの想いから生まれてるんだね。いいなぁ、それを俺も見つけていきたいな」

「ありがとう、仁。だったら、今の仁なら自分の力の源をどうやって見つけていく? もしくは見つけていきたい?」

「い、いきなりだね。ん~、そうだなぁ……やっぱり、見つける方法はいまいちピンっと来ないかな」

「そう、そこが落とし穴かも!」

「??」

「そうやって自分の状況も把握しないで、いきなり方法を探そうとするからピンっと来ないんだと思うよ。だから、当然行動にも移せない。そうすると、次のどういった行動を起こしやすいかというと――」

「相手や、何かを頼りにするようになる」

「正解! そうなるとその次はどうなる可能性が高いと仁は思う?」

「……してもらったアドバイスや行為が良かったとなると、それをまた求めるようになる……かもしれないかな、自分なら」

「そうだね。それが行き過ぎると相手に依存するようになり、自分と相手の区別が全くできなくなって、自分の状況だと思っていることが実は相手の状況だったとしてもそれにすら気付けない事態に陥りやすいんじゃないかって、オレは感じているんだ。自分の現状に合っていないことをやり続けるとどうなるのか? もしかしたら、仁は今そのことに向き合う段階なのかもしれないね。一体誰の状況と仁の状況を混ぜ合わせているのかな?」


 誰の状況を自分の状況だと勘違いしてしまっているのだろうか?

 すっとは思い浮かばなかったが、仁はこのことに今まで相手や状況に左右されてしまったと思い込んでしまった要因が隠れている気がしたのだった。




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