第4章 あり方

第19話 進展

二〇一三年十一月二十二日午後四時三十分


「それでは、定例会を始めたいと思います。ではまず、新プロジェクト『自立教育プログラム』ですが、各部長のみなさま現状はどうなっていますか? まずはコミュニケーション部門の飯塚部長から」

「はい。では、コミュニケーション部門の現状についてご説明します。まず契約者数は先月から五社増え、現在詳しい各社のカリキュラムを調整中です。それについては人材育成部門の梅里部長、佐倉リーダーと――」


 定例会が始まった。プロジェクトがスタートしてから約四ヶ月。プロジェクトがなかなか軌道に乗らない不安から、部門間のコミュニケーション不足が露呈してから約一ヶ月。

 あれから部門間でさまざまな取り組みが行われ、以前より部門間での連携がスムーズに行われるようになった。


 対クライアントの仕事というよりも、社内での連携が抜群に良くなってきている。たとえば、今までは会議がなければ部門間の状況についてお互い共有することはほとんどなかった。

 同期同士はあったけれど、それはどちらかというとお互いの部門の悩みだったり、愚痴だったりで……要するに、次に繋がる実りのある会話はこれまでほとんどなかったといっても過言ではない。それでいて、お互い相手の部門のことはわかったつもりになって「あの部門はいつも対応が遅いよね」とか「もうちょっとあの部門がしっかりしてくれたら」みたいな会話をお互いし合っている状況が続いていた。


 しかし、一ヶ月前から始まった交流会から、まずは自分たちの部門のことを他の部門の同僚に説明するようになっていった。自分たちの現状を説明しようとすると当然自部門のことをよく理解している必要がある。

 ところが、実際にやってみるとうまくいかない。相手の部門のことどころか、自分の部門のことも実はよくわかっていないことが現状把握している最中に発覚し、佐倉リーダーのもとに何度も確認にきている一般社員の姿を見かけていた。

 そうなってみて、初めて相手のことどころか自分のことをわかっていないことに、一般社員に限らず仁や佐倉リーダー、他の部門の役職たちもようやく理解できるようになってきている。


(そうそう、面白いことに部門間の風通しが良くなってから、なぜか新しいプロジェクトに対しての契約が出始めてきたんだよな。しかも、これまで何度話しても話が進展しなかった既存の取引先からの契約から。やっぱり、あの取り組みが功を奏してきたのかも!)


 そう思うと、仁はこれまでの三ヶ月間が無駄ではなかったし、そのおかげで得られたことの多さに有難さを感じた。



「――以上、コミュニケーション部門からの報告でした」

「ありがとうございます、飯塚部長。では、最後に人財育成部門の梅里部長から今後の予定について説明をよろしくお願いします」


 と、これまでのことを振り返っていたら、自分の番が回ってきた。一ヶ月前の定例会ではお互いの責を押し付けあう険悪なムードが漂っていたけれど、今はそんな雰囲気は微塵も感じない。全員がこっちに目を向け、自分の発表を聴こうという姿勢が伝ってくる。


「はい、それでは私から本プロジェクトの今後の予定についてみなさんに共有させていただきます。まずは先ほど飯塚部長からご説明していただいた各部門の進捗状況および現状、そして、契約先・交渉中の企業との取引状況をまとめたこのプリントをご覧ください」


 そういうと同時に佐倉リーダーが同じ内容をまとめた模造紙を、ホワイトボードに貼り付けてくれた。


「ありがとう、佐倉リーダー。ご覧いただければわかるように、現在各部門の状況ですがどの部門も実際に研修ができる人材の育成が急務となっています」

「その件ですが、仁部長。今度本社からも応援に来てくれると小耳に挟んだのですが本当でしょうか?」

「はい。近藤部長の仰った通り、年明けてからになりますが本社から各部門に数名応援に来てもらえるように、安部支社長が正木社長に掛け合ってくださり、昨日正式に決定しました」


 そうなのだ。

 実際に契約まで話が進んだのは良いが、実際に研修を担当できる社員が東京支社には各部門に一~二名しかいないのが現状であった。

 仁の統括している人財開発部門も例外ではなく、仁と佐倉リーダーしか研修を担当ができる人がいなくて、契約が決まって実際に具体的に日程をつめていく段階で人手が足りないことにようやく気が付いた。そこで急きょ仁が他の社員向けに実地研修を受け持つことになったが、それでもいきなり即戦力とまではいかず、新たな課題にぶち当たっている。


「仁くん、そんなに仕事を抱え込むと全体が見えにくくなるよ。人手不足の件についてはこっちでも考えて対応してみるから、対応しきれないことがあればいつでも振ってな」


 全体の統括と社員研修に悪戦苦闘している仁のもとに、すぐに安部支社長が駆けつけてくれて、支社長自らフォローに入ってもらえることになった。

 その後、各支社長と社長の話し合いの結果、まずは本社から応援のスタッフをよこしてもらえることが決定したのが、つい昨日のことだった。


「その応援に来てくれる社員は、即戦力となる社員なのでしょうか?」

「はい、既に十数社で研修を担当していて、私が大阪にいたときから前線で活躍している社員が一時的ではありますが来てもらえることになっています」

「どのくらいの期間こちらに滞在してもらえる感じでしょうか?」

「今のところ期間については調整中でして……最低でも一年はこちらに滞在していただき、自社社員研修のサポートにも入っていただく予定でおります。今後の本社社員とのやりとりについては、佐倉リーダーを中心に対応することになっていますので、状況が変わり次第随時みなさんに共有させていただきたいと思っております」


 近藤部長の質問に対して、支社長とのやりとりを思い出しながら仁は次々に答えていく。


「その件で提案があるのですが、仁部長」

「なんでしょうか、佐倉リーダー?」

「手続き関係まで私が引き受けると他の業務に支障が出ることが予想されるので、今のうちに他の部門と連携体制を整えていってもよろしいでしょうか? ちょうど週明けに部門交流会がありますので、そのときにでも協力を呼びかけたいと思うのですが――」

「それは確かに! 研修担当者の育成については後手に回ってしまったけれど、それ以外のことは気付いたときに手をうっておく必要がありそうだね。他の部門のみなさんはこの件について如何でしょうか?」


 そう言うと、全員がしっかりと笑顔で頷いてくれた。


「ありがとうございます! では、この件については佐倉リーダーと他の部門のリーダー陣を中心に動いていきましょう。そして、取引先の件ですが――」





***


ピピピッ ピピピッ ピピピッ!


 この後も話し合いが白熱して、現状についての確認が次々に行われている最中にセットしておいたアラームが鳴った。


「それではお時間になりましたので、緊急の案件がなければこれにて定例会を終了したいと思いますがいかがでしょうか? 

 …………はい、特にないということで、これにて定例会を終えたいと思います。本日はお集まりいただきありがとうございました。新しく話し合った件については後ほど情報を更新しておきますので、更新後ご確認の程よろしくお願い致します。以上、解散!」


 そう、今までは時間になっても無駄に会議が長くなってしまうことがあったけれど、佐倉リーダーの案で基本的には定時で終えれるような準備を各自がして会議に挑むようになったのだ。そのおかげで、仁自身もその決められた時間に集中して取り組めるため、初回の定例会からすでにその手応えを実感して、これからも続けていくことになった。


「みなみちゃん、お疲れ様! 取りまとめいつもありがとうね!」

「お疲れ様です、仁さん! こちらこそ準備を色々手伝ってくださりありがとうございます。仁さんはこれからどうされますか? 確か食事は十九時からだと思いますが……」


 今日は初めて高木君も交えて、三人で食事会をする予定なのだ。

 正直彼とは職場で話したことはあるが、形式的なことばかりだったので、俺にとってはまたとない機会になるにちがいない。


「そうだね……まだあと一時間あるから三十分くらい今回の会議の整理をして、それから食事に行こうと思うんだけど、みなみちゃんはどうする?」

「私も仁さんと同じく直前まで定例会で話し合った内容の整理をしようと思っていました。丁度高木君に会議資料の整理方法を教えようと思うのですがよろしいでしょうか?」

「もちろんいいよ! 彼にも早く戦力に加わって欲しいしね」

「ありがとうございます、仁さん! では、早速作業に取り掛かりますね」

「じゃあおれも取り掛かろうかな。本社社員の受け入れの件以外はこっちでまとめるから、受け入れの件をみなみちゃんと高木君でお願いできるかな?」

「えっ!? それでは仁さんに負担が――って、その笑顔はずるいですよ。わかりました!では、受け入れの件については他部門のみなさんに情報が共有できる体制を高木君と整えていきます」

「うん、よろしくね!」


 そう言うと、彼女は笑顔でニッコリ頷いて先に部屋を退出していった。


「お疲れ様、仁くん! 佐倉リーダーとは仲良くやっているみたいだね」

「あ、安部支社長、お疲れ様です! はい、本当によくいろんなことに気付いてくれて……しかも、率先して行動してくれるので、逆に頼りきりになっていないか心配なくらいです」

「そういうことではなかったんだけど……まぁ佐倉リーダーもこんな状況じゃあ苦労するはな」


(ん!? どういうことだろう。確かにみなみちゃんには苦労させてしまってはいるけれど、そういうことでないってどういうことなんだろう?)


 正直仁には支社長の意図するところがわからなかった。


「まぁ、そのことは置いておいて。良い感じでプロジェクトも動いてきたな、仁くん」

「はい! 本当に支社長や各部長、佐倉リーダーをはじめとして、全社員のみなさんが積極的にご協力してくださっていますので。それに、新しい試みについて支社長から了承を得られているので、ぼくも自由に動きまれて本当に助かっています」


 あの一件以来、仁は支社長と意見交換する機会が格段に増えている。そのとき話す内容は、これまでなら仕事のことばかりだったが、最近ではお互いの趣味のことや、家族のことを話すようになってきている。

 安部支社長は自分と同じように仕事のことしか考えられないような人だとこれまで思っていたが、実は娘さんのことが大好きで仕方がないパパだったのだ。娘さんの話になると、普段のキリッとした顔が一転して、ニヤついた顔になる。そんな一面を知れてから、仁にとって支社長の存在がとても身近に感じれるようになった気がする。


「みんなから出てくるアイディアの数々は、確かに私たちの頃には思いついても実行しなかったものばかりだからな。それを実際に支社全体で行動に移していくことで、自然とみんなの雰囲気が変わった気がするし。この前福岡支社長がここに来てくれたときには四ヶ月前と全く会社の雰囲気が変わってビックリしていたぞ」

「そうだったんですね。自分も当事者の一人だからかあまり大きく変わっている実感はないですが――でも、風通しが良くなった実感はあります」

「それは他の部門長からも聴いているよ。これからもいろいろチャレンジしてみてな、仁くん。また何かあったらいつでも相談に来るんだぞ」

「承知致しました! いつも気を遣ってくださりありがとうございます! そのときはまた是非ご相談させていただきます」


 そう言うと、支社長も笑顔で頷き退出された。

 部屋に残った仁は、定例会が終わった開放感とここ一ヶ月の進展に手応えを感じて嬉しくてついついニヤけてきた。


「いろんな自分と向き合ってから、なぜかこれまで変えたかった状況の方が自然と変わっている感じがするよな。あとは、光恵さんから言ってもらったあの言葉の意味が腑に落ちると、個人的にはもっとスッキリするんだけど……まぁ、ひとまず今日みなみちゃんと高木君にいろいろ話をしてみよっと。もしかしたら、そのとき自分の想いに気付けるかもしれんし」


 そう、仕事の方は順調に進展してきたけれど、仁は光恵さんから言われた問いかけがまだ気になっていた。



 自分にとって想いのままってどういうこと?



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