第5話

心霊病棟編


四話 階段


二日目の午前三時半。紗夜に伝えた十五分ほどで、今回は起こしてもらえた。どうやら、最後に目覚めたのは光輝のようのだ。紗夜が顔を覗き込んでいる。


「もう起きたんだけど?」


「頼まれていた十五分前後で起こしました」


「あぁ。ありがとう」


灯理はまだ眠たそうな顔。優奈に関しては克也の件よりも今は、四階から三階へ降りる事に集中していた。五階のところで配電盤を開ける。見付けてきた輪ゴムと、ヘアゴムの二種類を使って、スイッチを上げたままに。


「よし、四階が明るくなった。これで降りられる」


四人は階段を降りて、四階へ到着。まず最初に行うのはナースステーションの確認。それが無人なら、危険を承知で各病室を一部屋ずつチェック。最初こそ順調に進んだが、九部屋で様子見となる。何と看護師が複数人ほど、ベッドの上の人影を運び出そうとしていた。このままでは、振り返った時点で気付かれてしまう。


「隣の病室へ行って、ベッド下にでも隠れた方がいいみたいね」


近くまで優奈の提案を受けて、速やかに音を立てずに移動を実施。灯理と紗夜はベッド下へ。優奈はクローゼットに入って、光輝はさらに隣の病室。小さく隙間を開けたドアから、廊下の様子を伺い見る。しばらくして、看護師たちが死体袋に入れた何かを五人で持って出ていった。

階段を上がるのか、もしくは下るのか。それを確かめるためだけに、彼は見付からないようにしながら着いていく。彼女たちは三階へと降りる。それでも、途中で戻ってこないかを監視を続行。完全に姿が見えなくなり、さらに足音が下へ続くのを聞き届けた。


「どづやら、一階に行ったみたいだ」


病室から出てきた灯理たちが、彼のところまで来たので説明。まぁ説明とは言えないだろうが。すぐに病室に使える物がないかの行動再開。あまり期待しないで探していくとカーテン脇に、ガムテープがあった。これだけでは意味なかったとしても、今までに見付けた物とこれから発見される物とを組み合わせる事ができるかもしれない。


「天路くん、これって使えると思う?」


探索中の彼に声を掛けたのは灯理。その手には、少し服を一着ずつ干すハンガー。汚れてはいるが、もしかしたら活躍の機会がある事も。


「持っていこう。ハンガーを完全に伸ばして、ガムテープを付ければ細い隙間とかに使えるかも」


本当に活躍してくれるタイミングがあるかは不明だが、無いよりはマシの判断。紗夜と優奈が戻ってきたが、他には何も見付からなかった。そのまま三階へ向かおうとした彼らだが、最悪の近い事態が発生。


「イケニエ・・・・・・・アト・・・・・・・ヨニ」


知らない間に下の階へ降りていたらしい院長が、四階へと上がってきたのだ。揃った動作と無言で顔を見合わせた四人は、今までにも行った病室への避難を実行。施錠さえできれば、どの部屋でも問題ないの判断からだ。しかし、残念な事にほぼ全室の鍵が壊れていて、このままでは院長に見付かって殺されてしまう。

そこで、再び二人一組になってベッド下へと避難。今回は光輝と灯理、紗夜と優奈の組み合わせ。看護師たちがいた場所を避けて、一番近くの病室へ逃げ込む。灯理を最初にベッド下へ向かわせ、その間は彼が見張り役を。足元に輪ゴムがぶつかって振り返ると、手招きがされている。急いで輪ゴムを拾って、潜り込んだ。その数秒後に、院長らしき足が入ってくる。


「ドコ・・・・・・・レタ」


まるで四人が隠れた事に気付いたのかように、院長はピンポイントで探しにきた。それからしばらく、室内を歩き回ってからクローゼットを開けた音。その後、閉じた様子で別の病室へと歩いていく。灯理がすぐに出ようとしたので、彼は慌てて止める。不満そうな表情を向けられるも、それは完全に無視を決め込んだ。

どのくらいの時間が経過したのか分からなかったが、彼女はスマホのパスコード画面を見せる。二日目の午前三時四十二分を表示していた。彼女がポケットにスマホを戻した直後に、また病室前を院長の足が通りすぎる。今度こそ階段を下がっていく。


「雫紅たちと合流しよう」


院長がクローゼットで何をしていのかは気になるが、それは今どうでもいいと思考を切り捨てる。二人が廊下に出たタイミングで、懐中電灯の明かりが顔を照らす。それは、紗夜たちが人影を判断するために使用した結果だ。


「院長は何をしていたと思う?」


合流後の開口一番が光輝の言葉。もし意味があると思えるなら、今まで以上に強く注意しないと危険。それは、他三名 も同様だった。ナースステーションのところまで行き、机の中を確かめていく。途中で鍵の掛かった引き出しもあったのだが、それは数字のダイヤル式。


「ここを開ける事ができれば」


ヒントになる数字などを探したが、手掛かりは皆無。このまま時間を使うのは惜しい。階段の監視に行っていた紗夜が急ぎ足で駆けてくる。緊張した表情からして、看護師か院長のどちらかだろう。これだけは間違いようもない。


「看護師たちが上がってきました」


「何人くらい?」


「三人です。このまま上の階に移動してくれれば、安心なんですけど」


嫌な予感めいた何かを感じて、イスの位置を動かして机下に身を隠す。全員が隠れた直後、看護師の二人が病室へ入っていく。残り一人は廊下を行き来するだけ。机の下は窮屈であるが、贅沢な事など言っていられない。


「どのくらいで、次に移動すると考えているの?」


優奈が最小限に抑えた声で、灯理に聞いた。彼女だった理由は、非常にシンプル。一人だけスマホで時間を確認する事が可能。それだけでしかない。


「長くても五分じゃないですか?」


「その根拠は?」


彼女の発言に光輝が疑問を呈する。最もこれさえ、単純な理由だったのだが。


「狭い状況でも動かずにいられる時間」


ガクッと肩を落としそうになるも、今は余計な音を立てたくない。結局の反応は項垂れるだけ。それ以外に、まとまな事はできなかった。


「いつまでも隠れきれるとは、とても思えないけど?」


優奈の発言は正論だ。ずっと隠れたままでは次の行動を起こせないし、もしも看護師たちがイスに座りに来たら。どうしてもネガティブな思考ばかりが、次々と頭に浮かび始めてしまう。だが、それも長くはなかった。廊下の看護師が、速度は遅いが確実に近付いてくる。

のんびりと思考をしている余裕などない。そこからの行動は、彼にとっても全くの思い付きだった。視線が外れた瞬間にイスを掴んで立ち上がる。こちらに振り返った看護師の頭へ、勢いよく降り下ろす。相手が元々は人間だったという事実を前にして、若干の躊躇いはあったのは仕方ない。


「大人しく寝ていろよ!」


声は小さかったが、意図した結果は得られる。イスが頭部に命中。一瞬で意識を刈り取ったと同時に、そのまま倒れられたら大きな音が発生しかねない。それを防ぐために身体を支えて、ゆっくりと横たえる。その後、引きずりナースステーションの中へ。

紗夜が制服のポケットに手を入れて、中から意味の分からない数字が書かれた紙を取り出す。だが、それを見た光輝の行動は迅速だった。数字を確認すると、ダイヤル式の鍵の番号を動かしていく。最後の数字を合わせたところで、カチッと外れた。すぐ引き出しを開ける。


「鍵の束だな。どこのか分からないが、持っていこう」


鍵束を取り出して、廊下をチラリと伺う。二人の看護師は今も病室内を見て回っている様子。なら、危険の少ないタイミングを見極めて、三階へ降りようと話し合いが始まる。四階を無視する方向性で。


「残りの看護師が、次の部屋に入ったのを確認したらすぐに降りよう。輪ゴムがスイッチを持ち上げている間に、三階にまで行きたいけど」


「私は四階でも、何か使えそうな物を探すべきだと思いますよ。三階や二階に行った後で、後悔をしたくありません」


光輝の案と紗夜の発言。灯理と優奈は少しでも早く心霊病棟から出たい。確実に安全に脱出するには、各階を探して使える物を増やしておく事に賛成した。そして、看護師が次の部屋に入った瞬間に、急ぎ足で四階へと。階段の踊り場まで進んでから、慎重に歩いて廊下を見渡す。

先に四階に到着した灯理が、ゆっくり降りる三人に振り返って頷く。これは、問題なしだと伝えているのだ。足早に廊下から各病室を見て回った。最後の病室を確認している最中に、ベッドの足が錆びて緩んでいた。それを力ずくで、音を立てずに折る。時間は十分近くも掛かったが。


「これで、武器の調達はしなくていいかな」


一仕事を終えたようにホッとした表情に。ふと袖を引っ張られて、視線を動かした彼は何か言いたそうな紗夜を発見する。一体どうしたのだろうか。


「天路さん、優奈先生からミネラルウォーターを受けとりましたよね?喉が渇いたので、私も飲みたいんですけど」


「ちょっと待ってくれ。どうぞ」


ジーンズの後ろポケットに、ボトルを取り出して渡す。ちなみにだが、器用にもペットボトルの底から、三センチだけをポケット内に入れていた。受け取った彼女は、すぐキャップを外して飲み始める。彼はほとんど飲んでおらず半分以上が、まだ残っていた状態。

だが紗夜は残りに気を遣うよりも、喉元を潤していく事に夢中だ。半分より少ないくらいで、ようやくボトルから口を離した。それから今更ながら間接キスに気付いて、瞬きほどの間に顔を赤くしてしまう。いつから優奈先生と名前で呼び始めたのかと問うような真似はせず。


「また短い休憩を入れない?」


優奈の言葉に三人とも同意。時間的には何とも言えない二回目の食事に。やはり、緊張してばかりだと、自覚する頃には疲れが溜まり空腹にもなる。だから、ある程度で糖分補給を兼ねた食事が必要だ。今回はデザート扱いで、ゼリーもメニューに追加となった。

プラスチックスプーンをそれぞれが持って、食べ終わる時には灯理と優奈が眠たそうにしている。それを見て紗夜から仮眠提案がされ、即同意された。そうして、提案した紗夜本人も寝息を立てている。それを見守るような眼差しで、失礼だと分かっていても眺めていた。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


女性陣が眠りについて、早くも一時間が経過しようとしている。唯一、起きている光輝は静かに立ち上がった。決して下心があるのではない。廊下に出てから、ドアに向き直って鍵束を試していく。全部で三十本あるうち、二十九本目で施錠ができた。軽くドアノブを回したり、内側に開けようとして開かない事を確認。

少しでも安全に一刻も早く脱出ができるようにと、次の三階の偵察へと動き出す。五階の廊下に顔を出してみると、知らないうちに看護師たちの姿が増えている。気付かれる前に、三階まで降りていく。今回は彼一人だけで行動しているため、今まで以上に時間は掛かる。


「今のうちに二階まで降りてみようかな」


そう思ったところで、彼は考え直す。三階には本棟の警備をしていたという小林大地がいる。ならば、何よりも彼に会うのを最優先にするべきだ。そう思考をまとめて、慎重に三階廊下を歩く。どこにいるのかは、恐らくハッキリしていなだろう。相手は死人なのだから。それでも、心霊病棟が異常な場所であるのは事実。


「あの看護師、殴った感触が生身のような」


魂だけなら実体を持つのは、無理だと無意識に決め付けていたのだが、どうやら判断を急ぎすぎたかもしれない。廊下を歩きながら、照明が一番明るい場所だけを選ぶ。一部屋ずつ少しだけ開けて、内部を確認しては閉める。これの繰り返しが十一部屋で変化があった。

施錠されていて、中には入れないし様子も分からない。頭の中に天秤を思い浮かべて、鍵束を使って開けるか、灯理たちが起きた後にするかを比べる。もしも開けた途端に看護師がいたらと思うと、ゾッとしてしまう。


「今は我慢しよう。運悪く院長がいたら、四階に急いで戻っても鍵を開ける間に捕まりそうだし」


脳内に浮かんだ天秤は、四人揃っている時に開けるべきとした。残りの病室の確認を再開して、施錠されているのが十一部屋目であるのが分かったくらい。これといった成果は上げられなかった。戻ろうと階段に近付いたところで、また黒い人影が出現。四階へと上がっていくので着いく。

階段を上がった影。四階で一番最初に調べた病室へと進んでいった。見失わないように、早歩きで後を追う。影は室内にあるタンスの下を指差す。座り込むようにして、注視していると一ヶ所だけ色が違う。


「これをどうするんだ?」


返事があるとは期待していなかった。もちろん声で答えられた訳ではないが、何とその場所を押すようにジェスチャーが。変色している場所を軽い力で押してみた。すると、最初から仕掛けられていたみたいに、引き出しが自動で出てくるような光景だ。中には小さな紙切れと、折り畳まれた紙の二枚。


「これって」


紙切れに書いてあるのは、手帳と五階で見付かった紙と似ている。そこで、記憶していた内容と今回のを繋ぎ合わせてみた。


「暗闇に閉ざされし所、清浄なる数多の祈り、光を以て道を成せ・・・・・・か。これって護符よりも、テレビとかで見る呪符ってやつかな」


仮に正解だったとしても、破れてしまっているなら意味はないに等しい。まぁ、同じサイズにした紙に言葉を書いたなら、効果があるのかもしれない。二枚目の紙は、どうやら何かを隠した場所を示しているようだ。


「四階って書いてある。これは、階段脇かな。何があるんだろ」


彼がもう一度、振り返った時には影は消えている。正体は何だろうかと考えて、まさかの思考に到着した。光輝自身も確証があった訳ではないのだ。だが、可能性というのは予感めいた何かが多い。写真さえあれば、もしかしたら断定ができてしまうかも。


「行ってみるか」


彼は立ち上がって、階段のところまで歩いていく。改めて目を凝らして見て気付いた。触れてみると、周囲とは全く違う。そこだけ少し空洞があるのだ。今回も押してみると、変化はすぐだった。横にスライドする形で開く。中には手術などで使われるメスが一本、古びた腕時計が一つ。

まだ使えるのかは疑問だったが、埃を払ってみると今時の電波時計に近い。こうしている今でも、秒数がカウントされ続けている。それを確かめて自分の左腕へ。もしも時間が違うとしても、ストップウォッチ代わりにはなる。光輝は腕時計をして、灯理の言葉とその時の光景を思い出す。


「確かスマホは圏外だったな。これも時間が違うかもしれない」


灯理の話いわく、あのスマホは最後の電波受信による時刻合わせから、五十一時間なら一秒くらいしかズレが生じないと言っていた。つまり、ちゃんと時間を合わせられれば、彼にも時刻が分かるように。今まではその都度、聞いていた時間も自分で分かる。


「そろそろ戻るか」


少しは役立つ物が入手できた。光輝は病室まで戻って、解錠を行って室内へ。まだ眠っている三人の姿に、なぜか安心感を覚えながらも内側からの施錠を忘れない。彼はベッドに腰を下ろし、壁に背中を預けるようにして目を閉じる。やがて、眠気に身を任せて寝てしまった。


「一人であまり危ない事をしないでくださいね」


彼が部屋へ戻ってきた時に、目覚めた紗夜はいつから廊下に行っていたのか分からない光輝を気遣う。無事に四階にまで降りられたのは、彼の存在があってこそ。それに加えて行動を決める時、ほとんどは光輝が中心にいた。声に出さないだけで、彼女も灯理も優奈でさえ感謝している。

彼が仮眠時間にどこかへ出掛けるのは、自分たちの安全を守ろうとしているのかもしれない。面と向かってありがとうは言えないようだが、行動で感謝を示す。そっと立ち上がってベッドへ。光輝の頭を自分の肩に乗せる。


「天路さん、いい夢を」


そう呟いて汚いのを我慢しながらベッドシーツを、自分と彼の身体にそっと掛ける。体調を崩さないように。そんな二人を、黒い人影が見守っていた。その雰囲気は敵意や害意などではなく、落ち着いた空気を纏っている。


【しばらくは、看護師が来る心配もない。少しでも休めるといいね】


影は存在しない口の代わりに、そっと語り掛けるような誰にも聞かれない心の呟きを。まるで、子供たちを見守る父親のような感じだ。影はゆっくりとドアをすり抜ける。


【君が揃えた三枚の紙切れは、紙に書いておけば使える呪術みたいなものだよ】


決して聞こえないと分かっている。影はゆっくりと三階へ移動していく。光輝に見付けさせて書かせる紙を見付けるために。



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