ヒョウタンのせい


~ 八月十五日(火)  保健体育 ~


  ヒョウタンの花言葉 手に負えないほどの重さ



 夏休み終了まであと十三日。

 だというのに、昨日からようやく宿題に手をつけ始めたばかりという能天気なこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 スポーティーなスニーカー、ホットパンツにTシャツ姿。

 髪も高い位置でしっかりお団子にしてうなじが眩しい。


 まあ、しっかり目に結ってあるのはスポーツをするせいじゃないわけなのだが。

 今日は頭の上に小さな藤棚のようなものが作られていて、そこに絡みついたヒョウタンの花が所狭しと咲き誇る。

 その土台にするために、きっちり結ってあるのだ。



 それ、実がなったらとんでもない重さになるからね?



 そんな穂咲と、早朝からやって来たのはワンコ・バーガーの裏庭だ。


「穂咲さん。気持ちは分かるけど、ごまかしの利く宿題は後回しにしませんか?」


 保体の宿題は、毎日の運動記録。

 俺は無難に腹筋を朝晩やっている……、ことにしているわけだけど、もっと先に片付けなきゃいけないものあるでしょうに。


「今日は、キャッチボールを四十日分するの」

「毎日って明記してあるだろうに。でも、四十日分ってどういうことさ」

「一日一時間のキャッチボール! だから今日一日で……、あ」

「あ。じゃないです。締め切り前の作家みたいなこと言わないように」


 寝なければ、ずっと明日の締め切りは来ないとかそんなわけないからね?


 しかも、一日が四十時間もあってみろ。

 穂咲なら途端にだらけ始めること請け合いだ。


 しかも朝昼晩の三食じゃ、とてもじゃないけどお腹がすいちゃうよ。

 あと、毎日何時間寝るのが正しいのさ。


「でも、そんなこともあろうかと、こうしてみました!」

「みました、じゃないです。なにその段ボール」


 穂咲が鼻息荒く引っ張り出してきた段ボールには、見慣れたゴムボールが山ほど入ってる。


「四十個入り!」

「買って来たねえ。でもそれ、君にとっては二日分くらいだと思うよ?」


 いやいや、ほっぺた膨らますなよ。

 実績実績。


 あとね、四十個無くしたら四十日分って発想もおかしいから。


 今日はなにからなにまで変な事を言い出すね。

 暑さのせいなの?


 そんな穂咲が段ボールをショッピング用のカートから外して両手でよいしょと持ち上げはじめたけど、ふらふらしなさんな。

 そんなに重いわけないでしょうに。


「うう、前が見えにくいの……」


 ああ、そういうことか。

 よたよたと歩く穂咲がお店の休憩室の前を通りかかると、その扉が不意に開いた。


「朝っぱらから聞き慣れた声がすると思ったら、てめえらかよ」

「あ、おはようございますカンナさん。また練習場所お借りしてます」

「カンナさんなの? おはようなの」


 まったく前が見えていない穂咲が、開いた窓に向かってお辞儀をする。

 すると、段ボールの中身、四十個のゴムボールがててててててんてんと休憩室へ滝のように流れ落ちた。


 お約束だね。


「この…………っ! なにしてくれてんだよバカ穂咲!」

「うう、ごめんなさいなの。キッチンの方にも一個転がっていったの」


 ん? キッチン?


 俺の嫌な予感と同時に、店内からゴムボールを踏ん付けて転んで頭を打った店長の叫び声が響き渡った。


 もちろんここからは見えない。

 でも、間違いないはずです。


「…………店長の呪い、まだ続いてるの?」

「まったくてめえらは…………。おい秋山。穂咲の失態は?」

「すべて俺のせいです」


 まるで秘密結社の符丁みたい。

 そんな言葉を残して、俺は一日、店の呼び込みをやる羽目になった。



 一日が三十分くらいだったら、こんなにヘトヘトになることは無かったのに。


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