ユニコーンがいない証明

@chihiroY

第1話 三嶋夢馬と私の午後。

三嶋夢馬。

黒髪で肩につかない内巻きボブ。

くすみを知らない白い肌。

血色の良い頬、切りそろえられた前髪、マイナーなコスメブランドのビビットピンクで染めた唇。

茶色い瞳はいつもどこか遠くを見ていた。


高校2年生の夏休み、私は一学期の成績不良のせいで週に1回学校に通わなければならなかった。

現代文成績不良者向け講習

教室の入口にでかでかと貼られた紙が夏風に揺られているのが

どこまでも憎たらしかった。


そもそも現代文なんて教科が嫌いだった。はなっから学ぶつもりがなかった。

誰だか知らないが、論文やら説明文を書いていらっしゃる頭のよろしい方々は、

どうしてこんなどうでも良い事に、出来るだけ難しい言葉を使って結果や理由を求めたがるのか。

絶対にそんな大人にはならない、なれるはずもない。

教科書を開く度にそう思っていた。私の同級生からも、こんな下らない事ばかり考える人が1人くらい出来上がっているのだろうか。

20年も経てば、誰か1人くらい…。


ー中山、中山!

先生、私はきっと先生の話を聞くよりも

寝ている方が有意義な時間を過ごせる。

心の中で呟いて口には出さなかった。

どうすれば寝ていながら、起きているように見せられるのだろう。

未だにわからない。


私はその日、三嶋夢馬に会った。

講習が終わり、廊下を進んでいた。

物理室、化学室、理科準備室、生物室。

それぞれ成績不良者向け講習が開かれていた。

幸い理科は得意だった。確か理科の講習は週に3回だった。



生物室の前のガラスケース。そこに蝶の標本があった。しゃがみこんでのぞき込む。

ーきれい。

心の中で呟いたつもりだったのに口に出していた。

「好きなの?」

三嶋だった。振り返らなくてもわかった。いつも廊下で先生と喧嘩まがいの言い争いをしているその声は、耳に残る高さの可愛らしい声だった。

特に覚えているのは

「なんで?角度ってなにが基準なの?」

と言う言葉。誰も気にしていないことだが、きっとその廊下にいた学生は、誰もそんな事を知らない。


ー詳しい訳じゃないんだけどね、きれいだなって。

立ち上がって三嶋に向かい合う。改めて見ると、やはりかわいらしい顔だと思った。

「そっかぁ。ゆまは好き。キラキラしてる。粉がさ、見える?生きてるみたいじゃない?ほんと、動き出しそうだよね。ずっと見てられる。宝石箱だ。」

一気に話しきる。早口で、ハキハキと。私は聞くだけでいいんだと思った。彼女はきっと私の返答を求めていない。


どちらとも無く玄関に向かって歩き出す。階段、西日が差し込む窓、踊り場の鏡。

目に映る全てのものが彼女を惹き付けるらしい。鏡の前で彼女は急に右回りにクルッとターンした。

バレエの事はわからないが、バレエみたいだと思った。バレエの事は、何もわからない。


「好きなの、スカートがふわってね。お花みたい。」

そう言って子供のように笑った。ケラケラと楽しそうに笑った。つられて私の口角も少し上がっていた。

彼女はそういう少女だった。

そこにいるだけで、なにか、人の心を惹き付ける存在だった。

ちょうど、彼女が目に映る全てのものに惹かれるように、私もまた、彼女の魅力を知っていた。

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