第三夜

呼ばれた救急車

 知人から又聞きした話だ。

 恭介さん(仮名)は、車道に面した道を歩いていたが、急に気分が悪くなってしまった。

 夜だったこともあって、おり悪く周囲に人影はない。

 激しい頭痛に、半身のしびれ。

 近くにコンビニでもないかと探しもしたが、たちまち歩けなくなってしまうほど症状は悪化した。

 その場に座り込んでしまった恭介さんは、仕方なく救急車を呼ぶことにした。

 ひどい脂汗と、なぜか回らない呂律で、それでも必死に、彼は自分の居場所を電話の向こうへと告げた。

 繋がった先──消防本部コールセンターの男性は、すぐに救急車を手配してくれた。

 幸いなことに、サイレンの音はすぐに聞こえてきた。


「救急車が来たみたいです」

「あと少しの辛抱です! きっと大丈夫ですよ」


 優しく励まされて、不安でいっぱいだった恭介さんは、ありがたさに涙が出たのだという。

 そうこうしているうちに、救急車が赤いライトを回しながら滑り込んできた。

 すぐさま2名の救命士がおりてきて、恭介さんへと近寄った。

 ふたりとも顔にはマスクを着けていた。


「あなたが通報された恭介さんで間違いありませんか?」


 救命士の問いかけに、間違いないと恭介さんが頷くと、しかし彼らは首を傾げた。


「おかしいですね、もっと重症だと聞いていましたが」


 おかしいもなにも、その時の恭介さんは意識を保っているのも精いっぱいのありさまだったのである。

 重症も、重症だ。

 だというのに、その救命士たちは一向に手当どころか、病院に搬送しようともしない。

 ただ二人で、恭介さんを見下ろしているだけだ。

 恭介さんは、なぜだかそのふたり組が笑っているように見えたのだという。

 電話で対応してくれていた男性が、異常に気が付いたのか救命士に申し送ることがあるから代わってほしいと言った。

 恭介さんは最後の力を振り絞り、スマホを救命士に渡した。

 すると、スマホを受け取った救命士は耳元までそれを運んだかと思うと、そのままどこかへ放り投げてしまったのである。

 これには恭介さんも、怒りを──それよりも強い恐怖を覚えた。


「じゃあ、そろそろ時間なので、送りましょうか」


 ああ、やっと病院に運んでもらえるのかと、恭介さんは思った。

 恐怖心よりも、安堵が勝った。

 だが、


「墓場まで、お送りしますよ」


 その言葉に、恭介さんは絶叫した。

 這う這うの体で、その場から逃げ出す。

 動けなかった体を引きずって、逃げて、逃げて。

 遠くから、サイレンが再び聞こえてきたとき、彼は今度こそ意識を失った。


 次に目が覚めた時、彼は病院のベッドの上だった。

 脳梗塞だった。

 もう少し搬送が遅ければ、命にかかわっていただろうというのが医者の所見だった。

 彼の半身には軽度の麻痺が残ったが、それ以上に恐怖が深く残留していた。

 彼がその後、聞き及んだ話によれば、救命士たちが到着したとき、すでに恭介さんは意識不明だったという。

 そうして、退院後に彼が会ったその救命士の方は、あの男たちとは別人だった。

 解せないことばかりだが、恭介さんが一番解せないことは、ほかにあるのだという。


「あのですよ……これ、ひょっとしたら普通のことかもしれないんですが、ほら、機密とかで」


 彼はそう前置きして、こう言ったらしい。


「消防本部にも、自分の通報を受けた人物はいないっていうんですよ。自分じゃなくて、女の人が通報してきたって」


 すべては、彼が見た夢か幻──悪夢の類か。

 真相は、もはやだれにも、わからない。



 第三夜 呼ばれた救急車

 今宵はここまで──

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