第8話 厳命~お主が孫作を討て~

 某の報告に秀綱と満茂は、唸った。

「流石……ですな」

「花も実もある、立派な武将よ」

 某も華蔵も、本丸での様子を秀綱や満茂に問われるままに語った。孫作の話になると、自身の語りに熱を帯びるのを感じた。

「相分かった。孫作殿がそなたを気に入る理由もな。きっと、娘を其の方に託したかったと儂は受け取ったぞ。いずれ、その娘を探し出さねばな」

「いや、某は、そんなことは……」

 秀綱の申し出を信道は懸命に否定した。しかし、秀綱はいたって真剣であった。

「何を言う。婚約者を殺され、父にも死なれる。山吹という娘は、いかに孫作が娘とはいえ心細いはず。勘兵衛、其方以外に託したいと思う者はおるまい」

「越前守様、勘兵衛様が照れております。お止め下され」

 華蔵の諌めがあって、秀綱はもう山吹の件を口にしなくなった。しかし、某の心の片隅に、山吹という娘の名は確かに刻まれていた。ただ、敵ながら尊敬すべき武士の娘への同情なのだろうと、某は断じようとした。

「さて、明日の軍議と言うわけではないが、越前守殿が先陣として、明日の小野寺残党との闘いに決着を着けて頂きたい」

 満茂の言葉で、某は現実に引き戻された。先ほどの想念を一時、忘却し、戦に備えようとした。

「承知仕った。明日は、我が部隊のみで本丸を落とすゆえ、豊前守殿はじめ諸将は、高見の見物を決め込んで頂きたい」

 秀綱が力強く言い放った。

「本陣は麓。陣地は貴殿らのほうが高い。高見ならぬ低見の見物であろう」

 戯言と高笑いを残して、満茂は本陣に帰って行った。

 

 本丸・二ノ丸、それぞれの宴会は続いていた。本丸から豪快な笑い声が聞こえてくる。本丸内の士気が高まっているように感じる。

 ――酒肴の差し入れは、効き目がないかも知れない――

 某は戦況上の不利とは裏腹に安堵を覚えた。本丸の士は高潔であってほしかったのだ。脇に並び本丸を見遣る秀綱に某は想いを率直に伝えた。聞いた秀綱は驚いたような顔をしたが、やがて笑い出した。

「勘兵衛、お主は相当に、孫作殿に魅かれたようじゃな。先ほどは途中になってしまったが、必ずや山吹を見つけ出してやるゆえ、待っておれ」

「殿、お止め下されと申したはず」

 食ってかかった某を笑いながら秀綱が制する。秀綱は視線を再び、本丸に向けた。笑みを納めている。何か考えをめぐらしているのだろう。やがて、明日に向けての策が出ると感じ、某は片膝を立てて下知を待った。

「勘兵衛、其方に命ずる。明日、孫作殿を其方の手で必ず討ち取れ」

 思わぬ秀綱の命に、某は凍りついた。聞き間違いではないかと、不審の目を秀綱に向けた。

「不服か。儂は其方に湯沢城攻め最大の武功をなせと命じておるだけぞ」

 秀綱の冷静な目が、某に返ってきた。

「某に孫作様は、討てませぬ」

 絞り出すような声で拒否する某に秀綱は冷静な口調で迫った。

「討てぬとは、技量の問題か。ならば懸念無用じゃ。腕の傷で、孫作殿は満足に槍を操れぬ。今日より数段は腕が落ちよう。其方なら勝てる」

「いえ、腕では……」

「では、心根の問題か」

 頷くと不意に秀綱から蹴りを食らった。地に倒れた某に、秀綱は具足の胸を掴み上げ、一喝した。

「痴れ者が。儂の命が聞けぬか。この戦、第一等の武功を拒むか」

「某には……、孫作様は討てませぬ」

 なおも拒むと秀綱は二度、三度と顔面を殴りつけてきた。あまりの迫力に、脇にいた華蔵も動けずに固まっている。

「分からぬか。孫作殿が認めた其方だからこそ、討たねばならぬのだ。己の感傷に囚われ、孫作殿の心根を踏み躙るは赦さぬ」

 ――孫作様の心根を某が踏みにじっている――

 殴られた以上に、秀綱の言葉は衝撃だった。

 動けない棒を華蔵が抱き起こし、泥を除けようとしてくれた。しかし、某は華蔵の手を払い、秀綱に向かって問うた。

「某が何を勘違いしていると仰せでございますか。教えて下され」

「勘兵衛。孫作殿が首、つまらぬ者が取ってよいと思うてか」

 秀綱の問い返しに、某は首を横に振って否定した。

「武士が戦場で散るとき、己が認めた器量の者にこそ、討ち取ってほしいと願うもの。乱戦の中雑兵に踏みつけられ、泥中に屍を晒すなど、まっぴらじゃ」

 ――確かに、その通りだ――

 某は、ゆっくりと頷いた。

「孫作殿も、同じであると考えぬか。己を討ちとった者が、功成り名を遂げる者であってほしいと願うもの。本丸でのやりとりより伺うに、孫作殿は其方を認めておる。ならば、其方以外に誰が討つ」

 某は、頷いた。同時に、途轍もなく悔しい想いが湧いてきた。

「なぜ、某は孫作様と妙な縁ができたのでござりましょう。孫作様の人柄など知らねば、何も考えずに戦えたものを……」

「運命じゃ。どのような巡り合わせも、運命と思って受け入れよ」

 佇む某に、華蔵が寄り添う。華蔵は両手を肩にかけてきた。暖かった。

「勘兵衛様。孫作様の首は、勘兵衛様が取るべきだ。雑兵が取っても、今日明日の酒代と端女を抱く金に変わるだけだ」

 華蔵の手を某は握り締めた。迷いを吹っ切った。

「越前守様、某、心得違いを致しておりました。明日、孫作様を討ち果たしてご覧に入れまする。」

 秀綱は何も言わず、背を向けて帷幕の中に姿を消した。

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