第三十四話 くっ殺セントール

 

――黒城。


 いつものラウンジは応接間と化していた。

 普段座っているテーブルの一つずれた位置にある、同じテーブルとソファに四人が腰かけていた。

 一人と、三人。


「なる……ほど?」


 小首を傾げながら来客に応対するのはレイナス。

 対面している三人は、建国の知らせを受け遣わされたレイドアースの使者であった。

 全員が黒装束でその身を包み、来訪時に被っていたフードは礼儀に欠けるため今は外してストレスか年齢かによる焼け野原を晒している。


 そしてその四人のやり取りを面白そうに後ろのテーブルで聞いているシャルマータ残りの六人。


「ですからね、是非レイドアースへの移住を考えてほしいのです。特にレイナス様、貴方はとても素晴らしい能力をお持ちだ。我が国でも最高級の待遇ができるものと約束いたします。

 建国の知らせを受け、我らは驚きました。勿論賛成はしますが今は時期が悪いかと。

 ここの場所も人間三カ国に囲まれ、エアハートには特に目をつけられていますし、その背後にはドワーフもついたとか……、一度安全な我らの国へ避難してみてはどうかと、レイドアースの国王からの勧めでして……」


「へー……」


「レイナス殿、話は理解しておいでですか?」


「うん……」


「それならば、移住に同意していただけますね?」


「んー?」


「同意していただけますか?」


「同意……?」


「レイドアースへシャルマータ八人、全員を招待したいのですよ、その中でも特にレイナス様を我らは重視しておりまして…」


「ああ……!!」


「ど、どうされましたか?」


 先ほどから何度も繰り返されているこの対応に、三人の使者は苛立っていた。失敗は許されない任務だからこそ尚更。

 説明役を交代で分担し、なんとかストレスの爆発を耐えているものの、後ろで笑っている他の六人の面子にも腹が立っていた。

 人の話を真面目に聞けと怒鳴りたくなる、そして真面目に聞かれない話を一生懸命している自分たちを笑うなと。


「そういうのは……団長に言うべき、団ではないけど……」


「ですからレイナス様ぁああ!!、十回を超えて繰り返し言いますがっ、シャルマータの団長である彼方殿はレイナス様に全て任せるとおっしゃいましたぞーーー!!!」


 使者は全員男で、そこそこの高齢、レイドアースの重鎮の末端である。黒城内に若干しわがれた男の声が響き渡ったのは初めての事であった。


「ひはははっ、あっは、受けるんですけどー!、がーんばれ、がーんばれっつって!、にゃははは!」


 続いて幼い笑い声が響く、これまた先ほどから見られる光景、レイナスの対応に声を荒げる使者を見ては彼方が腹を抱えて高らかに声を上げ嘲笑う。


「はー……彼方殿、もう少し話の通じる方とお話しさせていただけませんかな?」


「それは私が話の通じない阿保だと言ってる?どういう了見?」


 きりっと垂れた目を吊り上げ、言葉のテンポをだいぶ速くして鋭く突っ込むレイナス。


「レイナス殿。そういう話し方ができるのであれば最初からそうなされませ。話す気がないのですかな?、このままではこの黒城は陥落しますぞ、エアハートがなにやらここを討滅しようと画策しているようですのでな。ドワーフの神格殺しを使って……」


 神格殺し、実際それが導入されたのかどうかはよくわかっていないが、何らかの武具がエアハートへ渡ったのは事実。

 自分たちの命の危機を解りやすく教えてやろうと情報を一つ開示したのだ。

 神格殺しは神をも殺せるとして有名な絶対確殺の武器、震え上がらない強者は居ない。

 さぁ、ビビれ、と眼光鋭く睨んで見るが。


「ドワーフって……小人なんだよねぇ……」


 胃に穴が開きそうだ。

 こんな交渉相手は初めてである。

 そもそも二つ以上の国に目の敵にされている時点でもっと慌てていろよ、と青筋を立てて内心毒づく。

 彼ら、使者に任されたのはレイナスをレイドアースへ連れてくること、その後は捕縛して変態するレイナスの身体を研究するのが目的だ。

 故に、このまま怒って帰るという選択肢が取れない。


「一度、本国へ帰って相談するべきではないのか……」

「いや、しかしそれだと役立たずと判断されて首が……」


 レイドアースの重鎮と言えど、頭数を揃えているだけで実権を握っているのはオルソなどの軍事関係者と、なにより国王の絶対王政である。

 そこそこの資産があり、国の思想に賛同した者を大臣として祭り上げているだけなのだ。


「そ、お、だ。ねぇ、おじさん達さぁ。条件だすからそれを達成できたら移住して上げでもいいよ?」


 助け舟と言うべきなのか、背後のソファから身を乗り出した彼方がにこにこ顔で話しかけてくる。


「その、条件というのは……?」


「私たちはさ、エアハートに狙われて困ってるわけじゃん。そんでそのエアハートに武器が渡ったら困るわけじゃん。だから、ドワーフ国。滅ぼしてきて」


「不可能だ!!!」


 そんなことはできない、と口々に訴える使者達。一度は助かったかと思った分余計に感情が煽られる。


「よいですかな?レイドアースがそんなことをすれば、国力を浪費することになるし、ドワーフと懇意にしている巨人国が報復にきかねませんぞ?」


「そのくらいの事してくれないと、行く気になれないなぁ……」


「この……小娘が……!」

 一般都市民より裕福に生まれ育ってきた大臣、権力の無い相手に下手に出続けるのも限界が来ていた。

 だが、そんな大臣の怒りも冷えきるほどの、凍えるような声が発せられる。


「黙れ、愚図ども……。彼方様への暴言は許さないわよ」

 にこやかに温和な雰囲気を放っていた綺麗系の美人としか思っていなかった黒翼の持ち主、ニイアから地獄が囁いたような怨嗟の声を聴かせられ、感じるは死。

 はー、はー……と深く呼吸をして自分の命を確かめる、まだ命があることに安堵する。まるで臨死体験の様な、異様な冷めた声をかけられ使者たちは一様に黙り込む、認識されるのを恐れ、木陰に隠れる弱者の様に。


「短気は損気……なんだねぇ」



 一度目の使者はそうして二度とレイドアースへ帰ることは無かった。



 その数時間後の黒城。



「今日はなんか来訪者が多いねー」


 二階にあるラウンジ窓から下を見下ろす彼方、見えるのは応対のために出て行ったファイと、セントールの一団。

 城門前で一体と集団が話し合っている。


「私はガムザ平野の凶獣種、馬人の族長。是非、この城の主と話がしたい」

 声を張り上げるのは長い金髪に銀の鎧で上半身を隠し、長槍を持った女性、勿論下半身は馬だ。


「当機が用件を聞いて来いとの命令を受けました、ご用件をどうぞ」


「とても大事な話なのだが、ともに頭同士話をしたいと思いやってきた。城の主に取り次いでくれ」


「マスターがそのようにしたいと判断されればそう致します。ご用件をどうぞ」


 族長セントールの背後に控えた髭面の男セントールが声を張り上げる。


「族長がこうしてわざわざ会いに来ているのだぞ!?、そちらも相応の態度で応対するべきであろう!!」


「不可思議。我がマスターに相応などという言葉を使うのは烏滸がましい。そのような者の存在確率皆無、算出済み」


「無礼物めが……!」

 なおも食い下がろうとする髭面を族長が片手で制す。


「ならば、黒城の主にこれだけ伝えて欲しい。直接話がしたいと」


「却下。既にその要求へは返答済み。要件内容を確認するまでマスターへの取次は不可能と知れ」


 大地を軽く揺らすほどの怒声が飛び交う、族長の後ろに控えたセントールの一団がファイの返答に怒鳴り、地面を蹄で鳴らして威嚇している。

 滅多なことを言うと今すぐ蹂躙を開始するぞと、全員が槍を構える。

 だが迎え撃つのは特に何の感情も浮かべていない見た目少女のクールなファイ。


「解った。ならば用件を言おう……」


「族長!!!」


「ここへ来たのは話し合いをするためだ、相手の戦力も解らないのに仕掛けるのは愚かではないのか?」


 怒気を孕んだ深い息を吐いて側近らしき男セントールが槍を下げる。

 やれやれとばかりに肩を竦めて話し始めるセントールの族長。


「私の名前はクシャトリア。貴方たちの目的を問いに来たのだ。先日、此処へ来た時に銀の大狼が居たな?、あの者の出す闘気は相当なものだった。そんなものが突然平野のど真ん中に現れ、そして消え、後にはこの城が立った。

 この平野の魔物は困惑しているのだ。ただでさえ近い国、エアハートと呼ばれる人間国の最高冒険者から逃げ生き延びなければならない。そのため不要な敵は増やしたくはないからな。

 加えて厄介ごとなら早く処理しておきたいというのもある。さらに言えば本来ここはセントールの縄張りの一つであった。

 ここを取り返そうという声も少なくない、解るか?」


「承知した。個体名クシャトリアのみ入城を許可。他は此処で待機」


「のこのこと族長だけを敵の本拠地にやれるかぁ!!」


 再び騒ぎ出すセントールの一団、今にも飛びかかりそうな勢いに加えて族長自身も城の中へ入ることを躊躇っているのが拍車をかけている。


「疑問。そこのセントールは当機等を敵と呼称した。マスター及び当機等に敵意、害意を有するなら即座に殲滅しますが」


 如何しますかと首を傾げて族長を見つめるファイ。言い放ったのは側近のセントールだが決定権は頭にある。

 ちなみに此れはファイのブラフ…。厳密にはマスターである彼方からの許可が無ければ殲滅することはできない。

 

「……行こう」


 いけませんぞ!、と否定の言葉が投げかけられるが、振り向かずに自分すら消化しきれていないこの決定に苦々しげに口元が歪む。


「心配するな……、私が帰ってこない場合は後のことは全員で決めろ、決して犬死はするなよ」


「そんなに気にしなくても恐らく命は取らないかと思いますが」


 そんな言葉を交わしつつ、槍を地面に刺して単身黒城へと招かれていくクシャトリア。

 唸り、嘶き、蹄鉄を鳴らす一団と城門で隔たれるが、後ろは向かない。

 腹を括って一歩一歩、悠然と見える様ファイについて歩いてゆく。

 その毅然とした態度は仲間に見せるためや、セントールとしての誇りを示すもの。


「む、階段……」


 早速種族の壁にぶち当たる。登れないことは無いが上りづらい。高低差に弱いのは生息地平野というところからもよくわかる。


 それを察したファイは即座に障害を取り除くべく、適した兵装を起動する。


「問題皆無。重力操作開始」


 いつの間にかクシャトリアの周囲に出現した三個の十字架の様な機械。全身を包む様に、三つの十字架同士を経由して球体状のフィールドが作られる。


「こ、これは……?」

 驚くが慌てない。ただの雰囲気から察しただけだが、ファイに殺気は無く攻撃のためのものではないと野性的な感覚が告げている。

 そしてファイが事もなげに床から浮くのと同時にクシャトリアの身体も浮遊する。


「お、落ちないのか!?」


 暴れはしない、が初めての出来事に乙女の様に身体を竦めてきょろきょろと首を回して周囲を見渡す。


「欠陥品は使いません」


 正直、門前で応答しているときから不思議に思っていた。ところどころ理解はできるがよくわからない独特な言い回しをするこの少女、ファイ。種族が何なのか解らないというのもある。


「失礼かもしれないが、貴方の種族は?」


 ラウンジは二階だがゆっくりと浮遊している。だんだんと登り切り、ソファに座って寛ぐ数人が見えたところで、今度は上にではなく横へ移動し、地面へ降ろされる。

 即座に十字架もろとも球体が消え去る。


「私はファイ。種族は、強いて言うなら機械族です」


 やっぱりよくわからないな、と聞き流す。

 蹄の音もならない程の柔らかな赤いカーペットの上をファイに先導されて歩いていく。


「いらっしゃい、我が城へ」

 

 声をかけたのは彼方。珍しくソファにきちんとした姿勢で腰かけている。その左右と対面するソファにはいつも通りの面子が座り、来訪者であるクシャトリアの方をちらりと見ていた。


「ああ……族長のクシャトリアと言う。セントールは椅子には座らないので立ったまま失礼するぞ」


「床に座っても全然いいけどね、それで私たちの目的の話だったよねー」


「そ、そうだが……何故…?」


 なぜ知っていたのか、応対したファイはずっと自分と共に行動していたのに。


「ファイを通じて聞いてたからだよー。それで……最終目標としては世界統一……みたいな感じかなぁ、今のところは建国したから民を集めないといけないんだけど」


「世界を支配下に置くという事か?何を言ってるんだ……?、それと建国という事は、ここを国だと思っているのか?」


「説明はめんどいからしなーいけど、言葉通りだよぉ。国の件は国だと思ってるっていうか国なんですよ此処。まだ民が居ないけども」


 クシャトリアは困った。できれば他所へ行ってくれるのが一番いいのだが、言ってる事が飛んでも無さ過ぎて何をどうしていいのかわからない。


「ふむ……国を建てる、にしてもここは平野のど真ん中近く……。他のところにはしないのか?、ここは私たちセントールの縄張りでもあったのだ、他のところの魔物の縄張りを侵食して今のところ生活しているが、安定した場所がないと冒険者や魔物との生存競争には不利になる……」


「ここを拠点にするのは決めたことだから変えないけど、城の近くに住んでも別に文句言わないよ?」


 傲岸不遜というか、とてつもなく上からな事を言われている、が挑発ではなく純粋にそう思っているという気持ちが感じ取れもする。

 これだけ大きく頑丈そうな城を数日で建てられたのだからそれなりの戦力はあるのだろうな、と推測するクシャトリア。


「ていうか、私の国の第一号住民になっちゃえばいいんじゃないの?」


 満面の笑みで、そうしなよっ。と蠱惑的な声をかける彼方。

 その隣でうっとりと恍惚の笑みを浮かべて身を捩っている黒翼の女性を努めて無視しているクシャトリア。


「セントールは誇り高い生き物だ……私はそこまでではないが、それに誰かの下に付くとしても貴方たちの事を知らな過ぎるな。だが、この城の近くに住んでいても攻撃をしないというのならそうさせてもらおうとは思っている」


 クシャトリアは当初からかなり下手に出ていた。まずこれだけの城をほんの少しの間で建築できる力と、最初の大狼、さらに実際会ってみての感覚からして、かなりの強者であると感じ取っていたからだ。

 だが、自分たちも平野の魔物。しっかりと交渉し、時には戦わねばならない。毅然としたまま強く出るところは強く出たい。


「なるほどー、じゃあ私たちの事が深く知れたらもしかしたら配下になるかもしれないと。それはいいかも、そういえば最初の住民はハーピィの子がいたんだったけど……第二号になるね、もしそうなったらね!」


 心底、嬉しそうにころころと笑う彼方。


「では……一応、関係上の形としてはこの地を共有する者同士という認識で良いのだな?、平野のど真ん中の大地をそちらと此方で共有、共存する」


「まぁ別になんでもいーけど?」


「平野の魔物として……同盟や友好的な関係を組んだ場合、冒険者などの外敵が近づいたなら逃げる前に知らせたり警戒をするよう呼びかけたりするのが一応暗黙の了解となっているのだが…。知能のある話せる魔物の間だけだがな」


「え。魔物って意外と社会的なことしてるんだね……?」


「アドリアーネが近いだろう、冒険者が相当強いからな……、知性があり会話ができる者は皆殆どがそうしている」


「でも、私はしないや、ごめんねー?、ここの民にならないと守る気がわかないっていうか……。ただメンドイだけっていうか…」


 それは困ると、眉を顰めるクシャトリア。このバカでかい城の背後、陰から忍び寄ら挟撃でもされれば半数近くはやられてしまうのではないかと考えている。


「この、黒城の付近は地理的に不利だ。城の陰から襲撃された場合、反応が遅れる事が予想される……それにもともとは私たちの縄張り、そこを鑑みてルールには従ってもらう」


 自分たちの命に関わる事は譲ってはならないと、語気を強めて言うが……。


「も、ら、う?口の利き方がなってないわね」

 先ほどまで、ベッドの上で乱れる女性の様に官能的な顔をしていたニイアが一転、殺気を込めた視線の威圧をクシャトリアに浴びせかける。


「……!?、っぐ……うっ…ッ…!」


 強制的に、膝が折れる。身体が地面についてなお足が震え、全身を射貫く死の気配が、想像していた以上にとんでもない者たちの城だったのだと改めて理解させ直される。

 一度見てしまった眼が離せない、瞬きも許されない程の死の重圧の中で、今はどうすれば逃れられるのか、生かしてもらえるのか、それすらも考えられないかもしれない。ただ赤子の様に、恐怖に震える。


「ニイア、いーよ」


「はい」

 その簡単なやり取りで、すうっと身体から嘘のように死が出ていく。


「っは、ぁ……はぁっ、はぁ……」


 息が詰まる、呼吸すら忘れる。重圧からの解放で喘ぐ様に酸素を求め、みっともなく這いつくばり、床を見つめる。

 目線を合わせるのが怖い、再び恐怖が待っているのではないか。そうでないとしても同じあの目を見るのが怖い。

 数秒の間の出来事だったが、体感的には小一時間、死の恐怖に晒された身体はすぐには力が入らない。

 冷や汗でカーペットが黒く染まっている。


「でも、気が向いたら助けてあげるし、安心してよ?、それと国民って言い方はダサいからやめる。

 私の国はみんなが戦える、最強の武装国家にするぞ!、気が向いたらあなたも傘下に加わりなね?」


 もう、先ほどまでの言葉を撤回したい、警戒も何もしなくていい、むしろ関わらないで欲しかった。

 冒険者よりおぞましいものがこの黒城にはあるのだから。


「………あ、ぅあ……」

 言葉がうまく出せない、筋肉がおかしい。弛緩してしまっているのだ、恐怖の萎縮。

 そんなクシャトリアを察してか、話は終わったとばかりに手を叩く彼方。

 いつの間にかソファに座っていたファイが立ち上がり、先ほどと同じように重力を操作しクシャトリアと共に一階へ降りていく。

 今度は歩けないため扉を開き、城門を開けて外までそのまま浮かせて連れていく。

 ぽいっと、放り出す様に地面に転がすと、門の前で待っていたセントールの集団がクシャトリアへと駆け寄っていく。

 

「話し合いは順調に終了。個体名クシャトリアを返還します」


「な、なっんだこれはぁあ!!、族長に何をした!!」


 側近セントールが代表して叫んでいるが、同じような視線が一団全員分ファイに注がれる。


「……調教でしょうか」


 馬、という特徴を踏まえて殺気を浴びただけ、とはあえて言わない。


「貴様、良いのか?我らは許さんぞ…?」


 言葉が震える静かな怒気。

 報復をその瞳が物語っている。


「だ、大丈夫だから……私は、何も……。大丈夫だから……」

 熱にうなされたうわ言の様に繰り返す、弱弱しい声で力ない目を向け、震える身体で。

 大丈夫そうなところが一つも見当たらない族長を目の当たりにしファイに対して、黒城に対して、怒りをぶつけたくなるが、何もするなと、必死に力を込めて腕をつかんでいる族長に気づいた側近のセントールは仕方なし、と睨みをきかせる程度にとどめる。


「また来る。族長の話を聞いて、不服、もしくは何かをされていたら必ず報復する」


「どのような用件でも、来訪は歓迎いたします」


 ぺこりと腰を折るファイの態度に腸が煮えくり返る想い、だがぶつけるときは話し合いの内容を聞いてからと自分をいさめる。

 仮に黒城をどけてくれる事になっていたとしてここで無用な争いをして無にするのは族長にたいしてあまりにも迷惑のかかることだから。


 クシャトリアを左右から女のセントールが支え、その歩みに合わせてゆっくりと一団が去っていった。

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