第二十三話 剣士。
――ガムザ平野。
そこはエアハートとレイドアースに挟まれ、左側を帝国キャヴァリエに囲まれ、右側に多少離れた場所に海帝国と呼ばれる海が広がり、その海中には様々な水棲種族が巣食っている。
海帝国の説明はまた今度にするとして、今はガムザ平野。エアハートとレイドアースに挟まれているだけあってよく戦争するときに使われる。というか真正面に構えているので平野以外でその二国間では戦争が起こらない。
たまに漁夫の利を狙った帝国が横から兵を出すこともあるが、最近はどの国も暗躍に専念しているというか、表立って戦争の兆しは見せていない。
見渡す限りの荒れた大地。雑草がまばらに生えているだけで特に何もない。ただの平野である。アドリアーネ近辺の平野と同じくぽつぽつと姿が見られるのはセントール、地面と一瞬見間違うほどに擬態している大地属性のソルスライム。枯れた大地に生息するエンダープラント、根っこは歩いて移動でき、花びらの中央には牙に見立てた棘の並んだ口が見え、猛毒を注入、散布の両方ができる。触手のようなツタを伸ばすこともでき、容易に近づくことはできない。
大空の下ということで大空餓鬼の出現もたまに確認されているし、動く夜の居城が降り立っていたとの噂もある。
さらに夜には幽幻種などの非実体系魔物。
その他凶獣種も森から出てくることもあるし、地面の下にも数多くの種類の魔物が住んでいる。
特別多いわけではなく、とにかく魔物が多く危険な世界であり、ごく普通の平野と言える。
だがそんな平野に、普通ではない場所が出来上がっていた。周辺数キロメートル以内に魔物が居ない、地面の下にさえ居ない。見渡す限り遠くにぽつぽつとかなり警戒心が高ぶったセントールなどが居るのみでそれ以外の魔物はどこへやらと消えてしまっている場所。
そんな場所に少し前まで佇んでいたのは銀の大狼である。周囲の魔物は何が起きたのかわかっていないが、突如その大狼が人間の姿に変態し、その背に乗せていた七人含む、八人の人物がそこで卓袱台を広げ話し合っていた。
もう大狼の姿が見えないとはいえ、すぐに近づくことを恐れた平野の魔物たちが様子を伺っている状態である。
銀の大狼がどのくらいの強さかは誰にもわかっていないのだが、その移動速度と風格からかなりの強者と認識され周囲に魔物が一匹も居ないという事態を作り上げた。
「卓袱台というのも彼方様の故郷を思い出して乙なものですねぇ」
和装の正座は様になる、日光をきらりと反射する深紅の短角を頭部に二本掲げ、湯のみでお茶をすする、鈴鹿。
「乙ってる場合じゃないよ鈴鹿、とりあえず城塞的な拠点をここに築き上げましょう、それでそのあとはレイナスにお使いにいってもらいます」
「はっ。この鈴鹿めも、いつでもご命令を遂行できますよう御傍に控えておりますれば…っ」
陶器の湯飲みまでも堅い歯で噛み砕き飲み込むと即座に頭を下げて忠義を尽くす。
「おつかい……?」
ぐったり卓袱台の上に身をのっけたレイナスが首を傾げる。豊満な胸が卓袱台に押し付けられて形を崩している。そんな胸の下へ、同じく卓袱台に身を突っ伏した彼方が手を差し込み無遠慮かつ雑に揉みしだく。ちなみに座っているのは地面ではなく彼方のみニイアの膝の上で腰をニイアの手で固定されて乗っかっている。
「あとで言ーますぅ。じゃあファイはお城立ててちょーだいね、いまから。はい、やって」
「イエス、マスター」
「君たちは思った以上に規格外であるのだな……約束は守ってもらえるのだろうな?」
「え、いたのおじさん」
「ずっといただろう!それに前も言ったが私はおじさんではない、ラツィオ騎兵団団長、アルマンドなれば!」
なぜこのおじさんが共に卓袱台を囲んでいるのかと言うと、単純に追ってきたのである。
ヤナの森から平野までのとんでもなく派手な移動は各地で報告がなされていた。ヤナの森の木々が一直線に薙ぎ払われ大地はめくれ上がっている、飛竜種の大幅な減少と恐怖状態になっている個体が見られた、岩山が削り取られ穴が開いている、平野にて巨大な狼が駆ける姿の発見などなど。各地で依頼を受けて活動していた冒険者や行商人などから数々の報告が上がっている。
アドリアーネは多くの冒険者を内包しているため情報がとてつもなく速いのだ。
この報告にピンと来たアルマンドはラツィオ総司令シュトルンツォに直談判、強引に許しを得てガムザ平野まで単騎飛び出す。
後から騒ぎを聞きつけたレザーズがさらに百人ほど騎兵団員を連れて後から追いかけてきた。
駆け付けたのは全部で馬102頭にそれに乗った百人の騎兵とアルマンドとレザーズである。都市の防衛は総司令が何とかしてくれているはずだ。
「約束って……あ、銀狼に乗りたいみたいな?童心露出系おじさんじゃん。あ、私彼方って言いますよろしく」
「もう一度言おう、私とエンビィとで一騎打ちを申し込みたい。そして勝ったならば騎兵団にここにいる八人全員に入ってもらい、大人しくしてもらいたい。アルマンドだ、よろしく」
「何度も名前言わなくていいですぅ。普通そういうのって大将とやるんじゃないの?痴漢相手に一騎打ちってプレイが過ぎるぞ」
「彼方殿。何度も言うようだが痴漢はしていない、そして同じ剣士として対等に戦えると思ったからだ」
「嘘じゃん!絶対後から来た騎兵団で押しつぶすきじゃん……。それにアニマは重罪で二つ名とか国から追われてて投獄確定なんですが」
「団長の名に懸けてそんなことはさせないと約束しよう。アニマ殿の件は確かにその通りになっているらしい。もうラツィオの管轄ではなくなってる事件でそこまで解らなかったのだ」
レザーズが部下を走らせて急いで確認を取った結果、アニマは投獄死刑並みの重罪人、その他の七人はまだ罪状が未確定であった。
そしてこのアルマンドの独断行為もアドリアーネ中央塔の大臣からやめるよう言われたのだが決意を固めてアルマンドは自らの意思を押し通し、それを見守り支持する百人の騎兵とレザーズが見届け人となった。
「でもでもだいぶ都合がいい条件っていうか話っていうか。おっさんが一人で有利な条件で解決したいだけじゃないかよぉ」
「私としては穏便に済ませるための方法なのだぞ?こうなるまでは事態をすぐに収束させて騎兵団にいれようと思ってきたのだが、二つ名や国が絡んでるとあってはそうもいかぬ。だからこそこういう儀式を経て、自分から投降してもらい、平和に済ませたいのだ。戦いになれば君たちからも死者が出るぞ?」
「一騎打ちで平和にすむほどガバガバな感じなのかしら……脳筋理論かな……?」
「口を挟ませてもらいますが、自分から投降したほうがいいのは確かです。二つ名が投入されている以上戦いになれば本当に死人が出る。だからアルマンドとの勝負を機に、ふんぎりをつけるというのもいいんじゃないですか?」
と、こじつけてくる副団長レザーズ。
「戦いたいだけだよねぇそれぇ……」
「彼方様、もうこいつらぶっ飛ばして終わらせてもいいんじゃないですか?」
口元を袖で隠しつつ横目でアルマンドをちらりと見ながら意見する鈴鹿。
「まぁなんでもいーんだけど。じゃあファイとお城作ってる間にエンビィはおっさんと遊んでてください」
「承りましたわ、主様」
こちらは綺麗に背筋を伸ばしてお茶をすすっていた金髪の後ろに流したツインテ剣士。
主の命と共に即座に立ち上がり、邪魔にならないよう移動を開始する。
「む!受け入れてもらえたか、それでは行ってくる!」
慌ててその後を追いかけるフルアーマーの大柄なアルマンド。
そんな二人を緩やかに手を振って送り出す七人と、後を追いかける百の騎兵と副団長。
一人で一騎打ちに送り出すのか?といぶかし気な視線を騎兵全員から受けつつ、涼しい顔で作業を進める彼方達。
「マスター。設計完了、一般的な城をイメージしました。黒い城です」
「よし、さぁ作るのだ。ファイ、私たちの根城を!」
劇の一幕の様にくるりと身体を回しステップを踏み、楽し気に両手を広げて指示を飛ばす。
「範囲指定、構築開始します」
ファイの体内にある魔力生成機関が動き出す。生物の限界を超えた一秒当たりの魔力排出量。事もなげに莫大な魔力を惜しみなく放射しそれを設計データに沿って組み上げそれぞれ資材へと変換させる。
魔力の海が指定された範囲を飲み込む、瞬時に設計建築が完了し海が引いていく、そこから見えるのは立派な黒色の外壁を持った城のような要塞の様なもの。
周囲が平野なためかなり違和感を発しているがどの城よりも立派で堅牢なものが築き上げられた。
「おお!?」
「え、えぇ!?」
当然、そんな超常現象目の当たりにした騎兵団は陳腐に驚く。レザーズとアルマンドは洋館が建った一見からなんとなく推察しているのでじっと見つめ観察するのみである。
だが疑問は尽きない。どうやったのか、なぜできるのか、何者なのか、理屈も理論も方法も解らない。こういう者として認識するしかないのだろうか、と神妙な顔で考える。
未知の特殊なスキルの可能性はある、がどことなくそれだけでは説明のできない集団の様な気がしてならない。
驚き、城を見続けている騎兵たちを置き去りにして、団長とエンビィの戦いは幕を開ける。
「では……いざ参る」
「いつでもいらしてどうぞですのよ~」
全身に力を漲らせ肩を怒らせ、筋肉を隆起させるアルマンドに対し、エンビィは特に何もせず、刀を抜きも、柄に手をかけもせずに風が吹けば倒れそうなほどふらりと突っ立っているだけである。
その姿に油断などするはずも、言葉をかけることも無い。相手の実力を十分しっているアルマンドは全力でエンビィに突進していく。
相手は一般の服よりも豪華な貴族が着るような服を着ている女性、かたやフルアーマーに身を包んだ防御力を引き上げている筋肉男、しかしその差など関係なく一心不乱に突撃する。
ゆらり、とエンビィの姿がゆらめく。真夏の蜃気楼の如くその輪郭がぶれたかと思うと姿が視界から掻き消える。
咄嗟に振り向くアルマンド、相手の姿など見えていないが直感で差し出し構えた刀には衝撃が走る。横一線の薙ぎ払い。
「あら、気づかれてしまいましたの?」
刀を横一文字に抜き放ったエンビィがようやく視界に入ってくる。
「不思議な技術を使う……やはりそれもスキルではないのだろう?」
エンビィがスキルも魔法も使わずに不可思議な現象を起こすのは既に知っている。今回はレザーズの能力で縛っているわけではないがどちらも使ってくることはないだろうと思っていた。
アルマンドの刀。前回エンビィに折られたために新しく伝手を辿って名匠と言われる腕利きのドワーフの逸品を取り寄せた。名刀「風王仙刃」。圧倒的な切れ味と、身体能力の超強化。さらに風の刃を魔力無しで生み出せる。不可視の風の刃を用いてのリーチを読ませず、範囲すらも誤認させる。
だがこの剣の力でもエンビィはこともなげに対処するのではないか、とアルマンドは予感していた。
「スキルとやらは詳しくないんですのよわたくし」
再び掻き消えるエンビィの姿。また背後、ではない。ならば上かと見上げるも日光が目に入りうまく確認できない。横っ飛びにその場を緊急離脱することに決める。
元居た場所に剣閃と共に落下してくるエンビィ。
やはり上だったかと、飛んで崩れた態勢を立て直す。
「……天見王」
スキルなしでの純粋な攻防で倒すことは不可能。そんなことはわかっていた、スキルを発動し早めにけりをつける。相手の体力はほぼ無尽蔵なのも前回の戦いでなんとなく感じ取っている。
こちらの体力の方が少ないというのは悔しいが命のやり取りでそんなことを言っていられる訳がない。
さらに刀の力も開放する。
「……ゆくぞぉおお!!!」
不可視の刃をまとった風王仙刃、きちんとした型に沿いつつも、荒々しい剛力で振り回す。
不可視の刃はリーチの読めなさや知覚の難しさだけではなく、感じ取れたとしても物理的に防ぐことができない事も強みである。
強みである……はずなのだが。
聞こえてくるのは小さな金属音。振るっているのは風の刃。刀身に触れている様子も手ごたえも無い。
「どういうことだ……」
アルマンドとレザーズは同じ言葉を口にする。
「何故、なぜ君は……風が切れるんだ!?」
先ほどから天見王の力、相対した者より必ず強く在れる力を発動し、エンビィよりも強くなったアルマンドが振るっているのは風の刃、触れられないはずのその刃を普通に、当たり前の様に持ち前の細身の両刃西洋剣で弾いている。
まず風を弾くという不可思議さと、スキルでエンビィより強くなっているはずのアルマンドの剣の連撃を事もなげにいなしているという不可思議さ。
「いったい、君は……なにをしているんだ!?」
聞かずにはいられない。
「特に何も?コツがありますのよ。というより、あなたは出会った当初から剣士だ剣士だ。と言っていましたけれど……切れない剣士は剣士ですの?
風は斬れない、炎は斬れない、雷は斬れない、鋼は斬れない。斬れる物だけ斬れます?あなたは騎士ですのよね?剣士ですのよね?、守るべきものに斬れない物が迫った時、あなたはどうやって守りますの?
足りませんわ、なにもかも。なによりその意思が。府抜けていますわ。
主を守る事への怠慢。斬れないのは当たり前、当たり前だから仕方ない、仕方ないから放置する。これだから鈴鹿に言われてしまうのですわ、劣等と」
魔導士には魔法障壁などの魔法を防ぐ方法が存在する。そのため触れられない物体でも防ぐことができるが、拳闘師や剣士などの近接職は魔法を苦手とするものやあまり適性が無かった者、剣が好きなものがなるが。魔法剣士という存在は殆どおらず、剣の道を目指した時から魔法を使う容量まで剣の技術などへ注がれる感じだ。
同じように剣の適性があっても魔法の道を進むのなら魔法系のスキル習得や魔法のセンスに剣の技術が注がれるため、武器はほぼ使えないようなものになる。
「私は……私はこの剣で民を守ると決めたのだ……」
「残り、99人」
「……?」
言葉と同時、エンビィが刀を振るう。アルマンドの背後、戦いを見守っていた百の騎兵団の中から一人の首が勢いよく上空へ飛ぶ。斬り飛ばされた頭部はその後地面へ落下、衝突音と共に鮮血をまき散らす。
その音に敏感に何が起こったのかを察知するアルマンド、眼が見開かれ怒りで鼓動が速くなる。剣持つ手に自然と力が入る。
「あ、あぁああ!!斬られた、のか!?」
「離れろ!ここも危険だ、後は私に任せて見えなくなるまで走れ!!」
部下を連れてきたことを後悔するレザーズ、考えが足りなかったかと悔やむ。
一目散に逃げだし、興奮した馬から転げ落ち踏まれて死ぬ団員もいた。阿鼻叫喚の部下たちの悲鳴を背にアルマンドは一人、対峙する。
「待て!!これは私との戦いだ!、仲間には手を出すな!!」
「うふふ、ルールで敵が縛れますの?、ならば貴方が剣を取る必要はない。言葉など、仁義など、容易く踏みにじられるのが世の常、だからこそ剣がある。守りたいものを守るため。
力不足が悪となる。手を出すなとの言葉が何を守ってくれますの?、守る手段は言葉にあらず、剣を取ったのなら剣で守るべき!!」
エンビィが再び掻き消える。
どこだ、と周囲を見回すアルマンド、相手の言葉に踊らされてはいけない。いけないが、もっともな事しか言われていない。自分の剣じゃ守れない。
突如、視界に銀光が見える。エンビィの剣の煌めき。
「下か!!」
無理な体勢から必死に剣を振るい、懐に潜りこみ振り上げるエンビィの剣を迎撃する。
だが押し負け、剣を振り上げた格好へと押し戻される、がら空きになる銅。フルアーマーの防御力など鋼を切って見せた剣の前では期待もできない。斬られる……と覚悟を決めるが…。
アルマンドは見る。致命の一撃は確実に与えられるであろうこの隙に、なぜか剣を鞘に納める相手の姿を。
だがそんな姿に安堵などしない、見ているからだ。剣を収めた状態のまま遥か上空に居た交渉人を切り殺したラツィオ前での光景を。
「エンビィ……!!!」
「抜撃・刃海八極乱舞…ッ」
だが、そんなものは比較にもならなかった。ただの剣士でしかないアルマンドにさえ見えた。物理的に見えたのか、剣撃に込められた殺意が緊張感となって見えた様に思えたのかはわからないが、相変わらずエンビィが柄に手をかけたところまでしか認識はできなかった。いつ抜いたのかいつ納めたのかは、やはり見えないままに。
言葉と同時に聞こえた金属音、そしてその後間髪入れずに自分の周囲を飛び交う無数の斬撃の海。規則性は無く、荒れ狂う波の様に、たった一本の剣が、数も範囲もでたらめな剣撃を一瞬にして数えきれないほど飛ばしている。
それらはみなアルマンドに一切触れずに、その背後へと通り過ぎてゆく。
「やはりか……ッッ!!」
標的は逃げた騎兵団員、それはわかっていた。だからこそ全身全霊を持って、たった一つだとしても斬撃を打ち落とす。これで救われる命が少しでも増えるのなら、私の守りの剣はその程度しかないとしても、少しでも命をつなぐ努力をする。騎兵団長としての責務と慕ってくれていた部下たちへの想いを乗せて、今まで習得してきていたスキルの全てと、今となっては発動しているのかどうかすら解らない天見王のスキルへ再度呼びかけて。高まる己が内の熱を込めて剣を振る。無数の飛び過ぎてゆく斬撃の一つへ向けて。
ガァンッ、と真正面から斬撃と剣が衝突する。必死の形相で全てをかけるアルマンド、全力を使い果たさなければ一つも落とすことはできないと見るからに明らかだからだ。
戦い始めてまだ数分しかたっていない。実力が離れすぎていて試合にならなかった。技量の低さを、意思の低さを指摘されアルマンドは悔しさで溢れそうになる。今までの自分が、どういう道を歩んでいれば目の前の敵を改心させるに至ったのかと。
思い悩んでも仕方ない、雄叫びを上げて全てを振り切り、この一撃を押し通す。
「うぉぉオオオ!!」
バキィ、と破砕音が聞こえる。この音を聞くのは二度目だ。アルマンドは、無感情だった。全てを出し切ってなお、落ちてくるものは……、風王仙刃の砕けた刀身。
届かない……。自分のうちにある全てをひねり出しても、何も変わらない。速度を欠片もおとすことなく背後へ飛んでゆく、アルマンドが打ち落とそうとした斬撃。
一瞬の無感情、空っぽの心はしかし、すぐに悔恨で溢れかえる。
「何故だ何故だ何故だぁああ!!!天見王は!!、相対する敵より強く在れるのではないのか!?、私が積み上げたものが騎兵団長という地位、その地位は、騎兵の団長と言う名は!これほどまでに脆いのか!?、なぜ君の剣は俺に見えない?、君の斬撃はなぜ落とせない?!」
くるくると、指で剣を弄び、回転させて遊ぶエンビィ。大技を放ったとはとても思えないその姿に、さらに絶望を深めるアルマンド。
もはや構える剣も失くし、地面に崩れ落ちている。そこへ急いで駆け寄るレザーズ。しっかりしろ、と激を飛ばすが剣士の心も剣も折れている。
「スキルというのはよくわからないですけれど、弱すぎてキャパシティオーバーというのがありがちな回答なのではなくって?」
とても暇そうに、返答が帰ってくる。片や命を賭して剣を振るい折られ全てが通用しないというのに。
「倒せるはずだった……そうだ、ラツィオの城門前では確かに効いていたではないか!、後一歩で倒せるというところまで行ったはずではないか!!」
「真面目にやってすらいませんのよ。ご理解なされないのかしら?、力を出し惜しむとかそれ以前の問題。適当に剣を振ってたらなんだか知らないけれど倒せた。その程度のレベルであなたはそんなになってますのよ?、この前のはほんのお遊びでして、ふふ」
「私の……剣は、なぜダメなんだ……弱いと言われたことも、なかったのだぞ……」
悲痛な面持ちで、小さいころから共に歩んできた、共に研鑽しその腕をたたえあったレザーズはアルマンドの肩を支えている。
「弱い理由なんて、知りませんわよ?」
二人は何も言い返せない、弱いから弱いのだと。強者には弱さが解らない、その理由なんて知る由もないと。主を守れもしない剣を弱くないと言える理由がわからないという事だ。
「お可哀想に。でもまぁ、魔法を使えば雷でも防げるようになるのでしょう?気を落とさずに頑張ってくださいましな」
剣に憧れ、剣に生き、剣を極め、剣を認められた騎兵団長が、魔法を勧められることの侮辱。だが自分は剣で守れないと教えられてしまっては、何を言い返していいのやらわからない。
レザーズはこれ以上言葉を重ねても意味はないと、撤退する様アルマンドに話しかける。
「レザーズ、俺は剣の道を……」
「もういい、わかっているさ。まだまだお前は強くなれる。今は引く時だ。そうだろ?」
そんな二人の会話に割って入る、少女の声。
「あ、その二人はもう不要なのでよろしく」
「あら、そうでしたのね。了解しましたわ主様」
それならば、と柄を手にかけ近寄るエンビィ。
「やらせるか!!!」
アルマンドは焦り唸り立ち上がる。レザーズだけは何としても守らねばならないと。しかし構える獲物がないのだ、どうしていいかわからず拳を前に構える。
「くっ………幽閉王!!」
レザーズは急いでスキルを総動員し、王シリーズのスキルを発動させる。だが……。
「やはり効かないのか……」
課した制限は一つに絞り全力以上の力を発揮させた。軽さを縛り重さでエンビィの身体を支配する。だが前回同様特に変わった様子が見られない。
「それは気合で耐えてますのよ、一応効いているので頑張ってくださいまし」
そんな軽い言葉と共に、一瞬剣の煌めきが見えたような気がしたレザーズは、展開した防御魔法と共にその頭部を一刀両断されていた。
対策を考える暇もなく、間合いに入ったと気づくことも無く、考えたところで無いのだが為す術なく、あっけなく副団長の生涯は幕を閉じた。
「エンビィぃいいい!!!」
支えてくれていた友人の身体から力が抜ける。その感覚は何度も部下で味わってきた、死である。亡骸を確認などしない、その間に殺されたとあっては剣士の名折れ。いかに否定されそれが事実であったとしても、剣士を目指したことには変わりない、と。その手に持つ獲物すらない剣士が最後に振るうは己の拳、エンビィに向かって突撃するための一歩を踏み出す。
そして崩れ落ちるアルマンド。
踏み出した足が地面に着くころにはその肉体はフルアーマーごと縦に一閃、綺麗に両断されていた。
「お仕事完了ですわ!」
命令遂行に喜ぶ金髪の剣士の顔は花の様な綺麗な笑顔が咲いていた。
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