第十五話 勧誘
――宿屋。
「考えてみりゃやることあんじゃねーか」
数刻前、そう呟いたクラッドは宿屋の中にも関わらず剣の素振りを始める。
彼は現在アドリアーネのベリトの定住契約宿屋に居候中である。そしてベリト達が今任務中なので一人でお留守番中でもある。
都市アドリアーネは冒険者にとっての今のところの最先端都市。依頼は難しくてクラッドには受けられない、街に出てもお金がないため何もできない。ただ外をぶらつくのも対処できない魔物ばかりが生息しているため命の危険があり禁止されている。
となると、何一つできないじゃないかと横になり考えを巡らしていたところ、1人でも訓練ができることを思い出す。いやむしろ忘れてはいけないのだが。
「人間が強くなるには……化け物に勝てるようになるには、修行しかねーんだ。
魔法は性に合わねぇ俺は……、神技とスキルでステップアップを狙うしかねぇ」
強い武器の作成は金と素材の問題で無理なので、目下できることと言えばクラッドの言う通り神技を完成させるかスキルを得るかの二つに絞られる。基礎体力向上等のトレーニングは当たり前として。
では神技に関して、そもそも神技とは武器術の極意を極めた末に体得する必殺技の様なものであり、剣撃を飛ばすことができるようになったり、鉄槌で山を一気に砕ける様になったりなど、魔法の武器バージョンみたいなものであり、厳しい修行の末に送られる神魔種〈八面戦鬼〉と言う神の祝福なのだとか。
これについては盗賊時代から愛用してる剣がある。血のにじむような努力はまだしていないが目指すなら剣の使い手と決めていた。
次にスキルについて、これも神の祝福の一つなのだが同じく修行を積めば習得可能である。とはいってもこっちは簡単に習得できるものが多い、汎用スキルというくくりの能力は比較的簡単に習得できるし適性があれば即座に取得することが可能になる。
今までにクラッドが努力した結果によって得たスキルを見直そうとして頭の中で一覧を念じる。出てきたのは……。
身体能力向上、千日走破、逃走運気、恐怖耐性、剛鬼、剛骸
「………あん?」
取得したスキル一覧が微妙に変わっていた。
「走力上昇とかがくっついて身体能力向上になったのか、冒険者ならだれでも覚えてる普通のスキルだな。
んで……、この二つなに?」
都合よく考えればいつの間にか神の気まぐれでその神の祝福を送られていたということ。だがそんなことがあり得るのかどうかはわからない。
生まれながらにして祝福を受けることや、英雄的偉業を成し遂げ人々に認められたときなどに宿ることはよくある。何事も運と人柄、何をなしたのかが大事になってくる。
「覚えてねーけど化け物になってからそれを克服したからか?、そういう稀有な経験が祝福につながったのか?」
それもまた都合のいい解釈だが、なんとなく字面からして強そうだと思っているクラッドの興奮は加速度的に増していく、なんてったって力を渇望してやまないのだ。普通の冒険者もそうだが特にクラッドは今部屋にこもって鬱屈としているしそうしているのはアドリアーネで生き残る力がないためだ。そしてここにいる羽目になったのも化け物に抗う力がなかったためだ。
それらを想い起こし、より一層二つのスキルをためしたくなるクラッド。
どうしようか、とごくりと唾液を飲み込む時にはもうすでに欲望に負け、二つともスキル発動してみた後であった。
「……力が漲る。なんだろう、これは……頭まで冴えてくる。これが力を持つってことなのか?、今までが何だったんだと思い知らされる…」
クラッドはいつものような少し抜けた面構えではなくなっていた。そこには今までになかった知性と冷静さの様なものを兼ね備えた引き締まった顔があった。
「この力は強い。アドリアーネでも十分やっていけそうだが……。そうだな、うじうじしていても仕方がない。折角もらったスキルなら有効活用しよう。とりあえず適当なクエストを受けて肩慣らしか…。あ、ランク低くて受けられる依頼がないとかいうオチじゃないだろうな」
――アドリアーネギルド集会所
「ランクが低いので受けられる依頼は今のところありませんね、というかなんでランク2の方がこの街に居るんですか?」
「そうか…すまなかった」
受けられないのなら仕方ない。やりようはある、開拓者になることだ。冒険者の種別の一つだが未開拓の地へ赴いて地図を描いたり情報を持ち帰ったりして人間の領土拡大、情報収集に貢献する仕事。
これなら一人で気ままにやれるし開拓に関しては事後申請で報酬が貰える。出来高払いでその情報の確証が得られないといけないため報酬が得られるのはそこそこ後になるがクラッドには問題なかった。ただの腕試しと修行のためなのである。
ちなみに開拓専門者は旅人なので食料も武器も現地調達し自分で揃えているため開拓情報を渡して報酬を受け取るのはただのお小遣い稼ぎ程度の認識となっている。
そんなわけでアドリアーネ近くの平野に来たのであった。アドリアーネに接するように平野、密林、砂丘の三地帯が広がっているが肩慣らしならまずは環境が一般的な平野が一番だろうと判断したからだ。
なんとなく強いスキルではないかと思っているものの砂蟲などの環境を生かした魔物から奇襲を受けたら経験の差で負けるかもしれないとも思っていた。
泊まるわけでもないため特に何の準備もなしに城門をくぐる。
門番の騎兵の訝し気な視線を見て気づいたがクラッドは何も武装をしていなかった。どうみても行商人などには見えないため多少怪しまれたのかもしれないが、弱肉強食自己管理、そんな法則もあってか特に咎められることも無く潜り抜け目的の平野へ到着する。
ちなみに一応剣を腰に差してはいるがラツィオで購入したもののため武器のくくりに入れるほどのものですらない。
一線級冒険者の街の周辺とはいえ魔物の繁殖力や生命力は高いし隠れ潜む巣にまで掃討戦を仕掛けることは少ない。冒険者の少ない町ならそういう事もするかもしれないが戦力や警護に事欠かない街では武器の製造素材などの観点から巣の破壊は基本的にしない風潮となっている。
どれだけ実力がつこうとも強い武器や便利な防具は欲しいもの。マリーの防具だって赤月熊と呼ばれる凶獣種の皮でできており非常に防御性能に長ける。柔軟なわりに刃や矢を通さない種族の剛皮はとても便利である。
そんな防具や武具も手に入れることができるかもしれない、と駆け出し冒険者特有の形から入る思考のままに期待感高まるクラッド。
強い魔物を倒せれば名誉も資金も一気に爆発するとまだ何もしていない今から夢見ている。
妄想を膨らませながら平野を探索していると遠くから突角亜竜が三体突っ込んでくるのが見える。牙竜種の一体で明らかに野生というか、ただの魔物なので遠慮なく倒すことができる。
姿形はトカゲに角が生え槍をもって二本足で立っていて鱗をがびっしり生えている。
途中までたまたまクラッドの方へ走っていたようだが、クラッドの存在に気づいてからは獲物を狩る様に周囲に広がり、高速で近づきクラッドを取り囲む。
「へへ、なんとなく負ける気がしないんだよな」
スキルの強さは感じ取ることができる、クラッドは発動前にも関わらずその力を感じ取りこれならいけると思っていた。
「グゴォオオ!」
襲い来る突角亜竜、人間台ではあるが人間より強い腕力としなやかな身体を用いて押しつぶさんと三体同時に襲い掛かってくる。
「まずは…剛骸!」
すかさずスキルを発動する。ぱりぱりと皮が作り直されていくような感覚を覚える。腹の底から力が湧き出て全身に満ちる。うちから溢れてくるエネルギーで皮膚が内側から押されるようだ。
筋肉や骨格も作り替えられているのではと感じるほどしっかりしたものになったと自分でわかる。
「……っ!?」
予想外の結果に慌てる亜竜。三体一緒にクラッドの身体に手をかけ、身体を押し付け、地面へ押しつぶさんとしているのだがその身体を少しも沈ませることすら叶わない。押したり引いたり殴りつけたりと試してみてもびくともしない、地面から生えた金属であるかのように。
仕方ないと奥の手である、その自慢の額の角を刺さんとするべく一度距離を取り、態勢を低くして突進する、何らかのスキルを使っているのか角には疾風が纏わりつき突進の速度はかなり早い。
迫る鋭利な角に対してクラッドは先程から同様、じっくり観察するように見つめていて動かないままだ。
防御も回避も一切なしにその腹に一本の長い角を受けるクラッド、腹に亜竜が頭を押し付けている形になっている、そんな亜竜の頭をクラッドは両方の側頭部に手のひらを押し付け一気に押しつぶす。ぶしゅぅ、と中から飛び散る脳漿。クラッドの腹の筋力に負け角を折られた個体が最初に沈んだ。
残りの二匹はそんな仲間の惨状を見てたじろぐ。力も角も通用しないとなると槍で少しずつ削り切るしかないのだが、クラッドの立ち姿を見てとても削り切れるまで自分の命が持っている保証はないと感じ取ったのか、少しの逡巡のあと一目散に逃げだす。
後姿を追わずに悠々と見送るクラッド、以前だったら飛び上がって喜び蹂躙を開始していたところだが今は違う。
剛鬼と剛骸、今は剛骸だけで勝ててしまった。硬くなったクラッドの身体はそのまま攻撃にも使えたのだ。
「いつの間にか得た力だが……聞いたことも無いしかなり強いな」
出所不明だが取得したものは取得したものとして存分に使っていこうと思うクラッド。強者の余裕が生まれたというかなんとなく知能まで上がった気がするのも嬉しく、いままでやっていた盗賊という自分の中で失くしたい過去も一緒に振り切ってしまいたかった。
「さて、幸い角が手に入ったしこれを持っていけばランクもアップするんじゃないか?、一応他の素材も手に入れてからにするか」
一人呟きつつ平野を闊歩するクラッド。
短い茶髪をかき上げる。今の出で立ちはラツィオで買っていた胴に鉄板のついたアーマー、その下に皮の服、下は同じく革のズボンに足を守る長い革のブーツ。
どれも安物の革でできている。
「もう必要はないな」
胴のアーマーを脱ぎ捨て全身革だけの装備になる、装備と言っても革の服は普段着と全く変わりがなく、ピクニック気分で来ている馬鹿な旅行者の様に映ってしまうのだが、クラッドは構わないと思っていた。
事実、剛骸を発動した時のクラッドの身体の方が胴のアーマーより硬いため本当に必要はなかったのだ。
……この身一つで魔物を屠る、カッコいいな。
そんな考えの元、特に周囲を警戒することも無く一般服のまま危険地帯であるアドリアーネ周辺の平野を歩いていく。
「む?」
前方に見える、人間の上半身に馬の下半身がついた弓や槍、剣を持った集団。セントールだ。
クラッドは苦い顔をする。そういえばセントールは平野や草原に居るんだったと。
今の自分にセントールに負ける気はしないが自分を追い込み深い恐怖を与えた化け物も最初の形はセントールだったことを思い出し立ち止まり考える。
足が少し震えている、脂汗も垂れてくる。
「いや……克服するためのイベントなんだ。俺の試練、乗り越えるべき壁だ」
覚悟を決め、腹を括ったのなら一気に走り出す。今度は剛鬼も使用して、使用するほどの相手でもないのだが自分の恐怖克服のため全力で突っ込む。
そのまま勢いに任せてセントールの腹へ拳を押し込む、断裂し弾け飛ぶ一体。
クラッドの二つのスキルを使用した突進はセントールの認識を遅らせるほどの物だった。平野には障害物がないため敵をできるだけ早くに察知し逃げることが必要になる、そんな気配察知にすぐれた平野の魔物であるセントールをもってして知覚するのを遅らせるほどの速度が出ていた。
それをクラッドは自覚しての突進パンチである。
さらに千切れ舞う仲間の身体を見た衝撃により一手遅れるセントール、その隙に二体目にステップで近づき蹴り上げ、胴体前面部を砕き裂く。
ようやく弓に矢を番え狙いを定めてくる個体、陣形を整えるため移動を開始する個体や指揮官らしき者の周囲を固める個体が現れる。
それを見て取りいったん距離を取り左へと駆けだす。後ろをすり抜けていく鋭い矢。
「なに…?」
矢は全て避けたはずなのに自分の体に感触が走る。剛骸を使用しているため触れた程度の間隔しかないが矢かセントールの何らかのスキルによるものか。
「逃がすな!!」
怒号が飛ぶ。セントールの同胞意識は強い、二匹もの仲間を殺されたことで必死の形相でクラッドに矢を放ち、剣を抜いて突進してくる。
セントールがなんのスキルを得ているのかは経験の乏しいクラッドには解らなかったが、自身の溢れ出る力の源である剛のスキルより上とはとても思えなかった。
勝負に乗ったと言わんばかりに左に走っていた進路を変更、セントールの陣形へ一直線に突っ込んでいく、今度はすでに認識されていたためか動きについてくる個体が殆どだ。攻撃のために止まったクラッドに合わせて弓を射ってくるものもいる。
その弓の鏃部分を掴み取り逆に投げつける。見事に額に命中し崩れ落ちる。
そこでセントールが陣形を崩して全員で突撃、先程のクラッドの行動で自分たちより圧倒的な強者であることを理解したのだろう、顔に死色を浮かべて今度はセントールが突っ込んでくる。
対してクラッドは仁王立ち。両手を広げて迎え撃つ。
次々に振り下ろされる斧、セントールの馬の脚。それら全て顔色一つ変えずに受けきり微笑む。
自分たちの全てがやはり通じないことに苦悶の表情を浮かべるセントール、丁寧に一体につき一発クラッドの拳が腹に突き刺さる。
例外なく全匹が二分割にはじけ飛ぶ。
「ふぅ…」
クラッドは確かめ理解しようとしていた。自分に与えられた力の強さ、そして力を持つものがこれから何をしていけばいいのかと。すっかり強者の思考になっているのかもしれない。そんな事を考えながらその場に座り込みセントールの身体の市場に流通していそうな役立つ部分などを剥ぎ取っていこうとするが…。
半分くらい人で、しかも残りは馬という事もあり使える部分がかなり少ない。
「ていうかどこを持っていけばいいんだ?」
とりあえず蹄と皮を剥いで肩に背負い、自分より質の良さそうな剣を拾い上げて腰に差し、入れ替えた。そして都市へと戻る。まだまだ何ができるかどの程度の力なのかを知るには不十分だったが他の利益や目的も同時にこなしていこうと、一時帰還することに決めたのだ。
「買取は可能ですがそもそも依頼を受けられないためランクアップは認められません、仮にそれが真実だとしても」
アドリアーネのギルド集会所に戻ったクラッドは突角亜竜とセントールの角や皮など剥いできたものをカウンター横に並べ受付嬢に依頼を受けさせてもらえるように交渉していた。
結果は冷たく断られてしまったのだが…。
ランク2の冒険者が満足な装備も傭兵もなしにいきなり上位の魔物を倒してきたと言っても、いくら証拠の素材があろうとも疑いの目で見られるのは当然であるし、それをクラッドも理解していた。
「はぁ……そうかい」
大人しく引き下がる。できたらいいなとは思っていたがやっぱり規則は規則らしい。例外はなさそうだ。
別にそれでも問題はない、依頼ではないため報酬金はないが取った素材を売り金を得るだけでも、いまのクラッドにはかなりの事が進められる。
周辺の地理の探索やモンスターの知識、戦い方を知る事、経験値を得ること。続けていればこの町でも顔が売れていくだろうこと、スキルの使い方や強さも知れるし金があれば街の中で物色することもできる。
スキル二つで、というより強い、という事実が多くの選択肢を作りできることが大幅に増えていく。
特に顔が売れるのは冒険者の様な自由な職業ではかなり利益が出る。強い仲間が作れれば安定して依頼がこなせるし、パーティを組めれば連携により、より上位の魔物を狩ってランクアップもはかどる事だろう。
クラッドはその事実にとても喜んだ。今日はそれを祝して一人で乾杯しようと素材買取で得た金でギルド集会所内にある酒場にてそれなりに高めの酒を注文する。
貧乏性を克服するつもりで瓶のまま酒を流し込んでいくクラッド。
小さな丸い木のテーブルをはさんで二つ椅子がありその片方にクラッドは座っているのだが、不意に目の前の椅子が引かれ誰かが座る。
……いきなり依頼の誘いか?、けど悪いが非公式にしか組めないんだよな。
急に相席してくることはそこそこあるのだ、ギルドの酒場ならば全員が冒険者であって話題や情報交換には事欠かないし、依頼のための臨時パーティを組んだり交流の忙しい場なのだ。
先ほどのクラッドが持ち込んだ素材の買取を見ていたどこかのパーティだろうと思い、飲み干した酒瓶を置き座ってきた目の前の冒険者を見るのだが……。
「久々であるなぁ、我の顔は覚えておるか、のう?」
冒険者なんてとんでもない、視界に入るは流れる金髪、狐の耳、輝く黄金一尾。
「忘れもしねぇ……」
自分の当時の盗賊仲間を、そのことを恨んではいないが食い散らした化け物少女の仲間、あの日いきなり目の前に現れた八人組の中の一人。
「何者だ、お前…」
それは、再会。
「我は歌鈴。我が主の命によりおぬしに用があってのう、はるばる来てやった」
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