第五話 大激突!!



――ギルド集会所。

 町中を大狼が駆け巡った翌日の事。


「マンダルシア草原に突如出現した巨大モンスターの調査、討滅依頼。対象の捜索に進展が無く、また被害も一件のみでその後確認されていないため打ち切りとなりました」


「……………………そうか」


 件の巨大モンスターと対面し貴族を除いて唯一の生き残りである盗賊クラッドは受付を後にする。

 大都市ラツィオに舞い戻ったクラッドの顔は、顔だけならば歴戦の勇者の様であった。死線に晒され、生き残り、夢と恐怖と命、様々な苦悩に悩まされた末の顔である。


「人が強くなる方法、スキルを身に付ける、神技を極める、強い武器を手に入れる、魔法を覚える。俺にはまだ伸びしろがあるはずだ」


 クラッドは考える。普段と変わらぬこの都市の街並みと人々、そして恐怖を体験してからの時間の経過、それが今の自分の勇気の支えだと。他の都市で冒険者として出立することも可能だが草原には近寄りたくなかった。ここラツィオである程度の実力の向上を確認したら山の方にでも逃げつつ夢を追おうと、そう決めていた。胸に光るランク1冒険者のペンダント。それを握りしめ、ほんの少し微笑みの様なものを見せ武具屋へ向かう。



  ……そうだ、場所はマンダルシア、水蛇の変死を確認するのが今回の仕事だ。

  騎兵団に来る久々のそれっぽい仕事ですね!



 横を通り過ぎた騎兵団員の言葉を聞いたクラッドは、脳裏に浮かぶ化け物との関連を考え、その顔から微笑みは消えていた。





――マンダルシア湖へ続く街道。


「なんだ、あれは……」


 街道を行進中の騎兵団偵察隊。発見するは湖とラツィオの中間地点より若干湖寄りに位置する白い洋館。冒険者が小屋を建てることはたまにあるが、あまり望まれる行為ではない。この世界にも都市間戦争というものがある。理由は様々、戦略を立てたり防衛したりする際にいつのまにか知らない建造物があり、それが作戦に支障をきたす可能性もないでもない。ある程度は見逃しているがこの洋館は御立派すぎる。というよりいつ建ったのか。住むための住居であるなら都市内に住んでもらわねば都市の規則違反でもある。


「仕方ない、お前たちは先に行っていてくれ。都市内へ移住する様、勧告してくる」


 都市から派遣された事務員ではないが、いずれは説明が行くこと。今のうちに声をかけておこう、と思っての判断だった。残り四人の偵察員を先行させリーダー格の男が白い洋館、その門を叩く。


「誰かおられるか!、私は騎兵団所属の者だ」


「ごきげんよう?、いらっしゃいまし」


「お、ああ?うむ……。別の用事で通りすがったのだが、この建物はどうしたのだ?、最近までなかった筈だが……まぁ、なんにせよ都市外への定住は禁止されている、いずれ事務官が通達にくるだろうし、先に忠告をと思って立ち寄った」


「そうですの、一応主様のお耳に入れておきますわ。それでは……」



 おかしな女性だった。言葉遣いは丁寧というか貴族の令嬢を気取ったような口調だったが愛想はあまりなかった。すぐに引っ込んでしまったし。まぁ関係のないことか。

 リーダー格の男は忠告はした。と呟き先行した隊員達を追いかける。



「初めての訪問者だったわね」


「なんだかここに家を建ててはいけないとのことでしたわ、主様」


「そなの?、でも町中に住むのはなんか違う気がするし。ここでいいよここで」



 白い洋館の中。彼方等八人は作戦会議中であった。内容は今後の活動方針。



「そろそろ魔物の国とか森の中とかモンスター系のとこに遊びにいきたいよねー」


「山のハーピィよりもっと向こうってことよね!」


「でもそうなると移動しながらっていうか旅したほうがよさげっぽいのかな、拠点作った意味ー」



 洋館の窓から見える山々、その向こうを思い浮かべ。まだまだ世界は広い、もっといろんなのが居るところに住んでみよっかなぁ、彼方はぼんやりそんなことを考えていた。





――マンダルシア湖にて。


 湖を調べるにあたり必要なスキルがいくつかある。水中を不自由なく動くためのスキルや、魔法かモンスターか、どんな方法でどんな傷がつけられたかの調査に必要なスキルなど多岐に渡る。その中でも今回は死骸がばらばら、千切れ、湖面や水中に舞っているとのことで、水上歩行のスキルと、水が自分の周囲数メートルを避けるように防護陣を張る魔法術式を用意した。湖底や湖内を調べる必要があったからだ。湖とは言え大質量の水をかき分ける様な術式は生半可な者には組めない。ラツィオの誇る精鋭魔導専門師数人が徹夜で組み上げ、魔力を限界まで注いだうえで、発動した場所の上下までしか移動できず数十分の時間制限のあるものが完成した。それらを準備し調査を開始するが……。

 偵察隊の面々は調査を進める中、その異常性を強く実感していた。変死と報告を受けてはいたものの、辛うじて残った鱗の破片から大水蛇であると確認できる程度。死体の損壊具合が半端ではない。このような状態になる攻撃方法。魔法にはほぼ例が無い。とすると神技か。もしくは相当奥からまぎれこんだモンスターの仕業か。全容掴めぬまま不穏な何かを感じ取りつつ、鱗の残りを採取して偵察隊の面々はラツィオへと帰路を辿る。




 その最中、隊員の足元へ影が落ちる。時刻は昼頃、雲の加減か?一雨来るか?、少し怪訝な顔をしながらどの程度の雲かと上を向こうとして……、気づく。暗くなったのは草原だけ。影があるのはこの周辺だけ。帰還しようとしたラツィオやその手前の森林は陽の光を受け明るく照らされている。雲じゃない、脳裏によぎる。ここ数日の出来事、謎の巨大モンスターの出現、失踪。町中を駆ける大狼、湖の変死体。ざわつく心を落ち着け一斉に上を見上げる隊員達。そこに見えたのはやはり、雲でなく。


 草原地帯上空を埋め尽くさんばかりに飛来したハーピィの大群だった。


 その数、数千万羽。トリノの巣穴とその周辺の山々に縄張りをつくるハーピィのその総数と同義である。若かったとはいえ防衛の隊長クラスを退けた謎の生物とされているアニマ。その圧倒的な力は、交戦した当時の生かされた偵察隊や若き隊長らによりあますことなく伝えられ、緊急事案としてハーピィ種で取り上げられる。そして送った志願偵察隊、キルシーらの行方不明。調査報告一切なし。という結果を踏まえ、会議の結果、推定脅威ドラゴン級と見定め、その排除もしくは撃退を決定。魔法隊が望遠術式、精霊通信等の魔法を駆使して白い洋館内にアニマの姿を発見。招集をかけ、進軍。その洋館を取り囲むように展開されたその軍勢は草原地帯上空を埋め尽くし重なる羽は光すら地面に落とさぬほどの高密度。


 地上の湖偵察隊は怯えない。息を呑む光景ではあるが、それを観測した以上、届け伝えるのが偵察の本懐。余力を残さずスキルを使う。筋力増加・豪、速度上昇、身体強化等。これだけの規模の異変、当然ラツィオからも見えているだろうが間近で視認した事や湖の結果も含め最速で報告するためだけに隊員等は全力を使った。


――その少し前、洋館内にて。


「数刻前より多数の視線波及び魔力反応感知。望遠術式等で当館内を視認されています。マスターの要望通り、魔力遮断、偽造、等の阻害行為は行っておりません。山岳地帯にて熱源反応集中増大。魔力反応、同左。132個の大規模攻撃型術式を時限式に組み上げています。ハーピィへの強制精神接続により軍略会議を傍聴しました。進軍目的はアニマの排除及び撃退とされています。同館内に存在する当機等の情報は当機の認識阻害術式により一切認知されておりません。また当機の阻害術式感知可能確率0.以下」


「うんうん、完璧。さすがファイちゃん。都市の方は?」


「毎日定期的に山岳地帯への動向観測の痕跡を確認。既に警戒網に掛かり対策が進んでいると推測します。ハーピィ種の攻撃術式は草原地帯の焦土化が可能。都市周辺の環境保護を目的とした交渉が行われます。決裂した場合、当機等と都市、ハーピィ種の混戦化」


「じゃあ、二組にわかれましょ。ハーピィは戦意あるすべての奴を撃墜すること。都市には余計な手を出させないよう食い止めること。それで都市で頑張ってもらうのはエンビィね。ハーピィは普通にアニマで。それじゃ……他はニイアが指示してサポートね、心躍る歌劇を私に見せて!」


 了解、我が主。各々忠誠の言葉を口に、動き出す。




 白い洋館の扉が開く、小走りのつもりで軽く熟練の冒険者の全力疾走を超す速度を出し移動するエンビィ、その行く先は大都市ラツィオ。城門へ向かいひた走る。ふいに第六感、エンビィは本能的に何かを感じ上を見上げる、ラツィオの中央部、高い塔の辺りから人間がハーピィの群れへ向かって飛んでゆく。おそらくファイの言っていた交渉人か何かだろう。


「させませんわよ」


 エンビィは左利き。右腰に差した細身の両刃西洋剣。銘は無いお飾りのようなただの剣だが……、その鞘に手を添え、刀柄を握る。瞬間、走る金属音。地上を走りながらにして、城の頂上とほぼ同じ高さに居た人間を、刀を抜いたところも収めたところも誰にも視認できぬ速度で居合切り、撃墜した。


「どういうことだ!!!」


 交渉人が飛び出した城内から見守っていた都市上層部の、いわゆる政府の人間達は焦っていた。突如として訪れた都市の危機、さらには不可解な交渉人の死。地上を走るエンビィに今はまだ、誰も気づいていなかった。ハーピィの群れを見て即座に飛び出し城門へ走った二人を除いて……。




「だから言ったんですよ、団長。あまり強くても不都合があるって」


「剣を信じる道を行くものは、純粋な悪はいないはずだ……、お嬢さん。どうやってかはわからない。が俺が聞くのはなぜ切ったのか、だ」


 交渉人を撃墜したエンビィは城門の外で、独断で交渉に行こうとしていた正義感溢れる二人、それゆえエンビィが刀に手をかけた瞬間に地面に落下し激突してきた同胞を発見してしまい、そこから犯人を推測した、騎兵団長アルマンド、副団長レザーズと対峙していた。


「それが、主様の御心なれば」


 再び左手を柄にかけようと……。


「ぬぁあああ!!!」


 先手必勝、先ほどの不可解な攻撃を見ていれば猶更、とアルマンドは一瞬で距離を詰める、大上段からの綺麗な振り下ろし、迷わずエンビィは柄に手をかけ刀を引き抜き、振り下ろされる刃に向かって柄頭を引き抜きざまに激突させる。筋肉質のフルアーマーの男と、見た目普通の女性、どこをとっても華奢なその体をもつエンビィとの力のぶつかり合いは、アルマンドが勢いよく吹き飛ばされていた。


「うすうす感づいてはいた……、その不思議な力。なんのスキルだ?ただの筋力増強ではないだろう」


「はて……スキルについては最近聞いて知りましたのよ」


 涼しい顔でさらりと告げるエンビィ。やはりこいつは……、と会話は諦めるアルマンド。レザーズはそんな二人を眺めつつ、右手を伸ばし手のひらをエンビィに向け、同胞殺しの憎しみを込め、己の力を開放する。


「幽閉王……!!」


 それはレザーズ誇る虎の子のスキル。種別は別だがアルマンドより強力なため起動時間と疲労という制限がかかる。膝に手を付き息を切らしながらも敵を見据えるレザーズ。それを見てアルマンドはエンビィへ向け剣を振りかぶり突撃する。


「ぜぁああ!!!」


 エンビィは踊り、舞う。まるでそう見える様に華麗な剣技と体さばきで、あらんかぎりの力を込め振るわれ続けるアルマンドの剛剣を弾き続けている。

 その姿に驚愕するのはレザーズ。意味がわからないという様に驚愕に目を見開いている。そんな相棒を団長は支える。


「解っていたことだ!!、その縛りじゃ、このお嬢さんには機能しない!!」


 隙を与えない様、叫びつつも、必死に剣を振るい態勢を崩そうと試みる。



 スキル幽閉王。発動時に念じた事柄で対象を縛る。王シリーズの強力スキル、レザーズがエンビィに念じたのは魔力とスキルと軽さ。この世界の人間においてそれなくしてはまともに戦うこともできない二つの要素プラス、軽さ。軽さを縛り重さで体を支配する。這いつくばっていいほどの身体の重さが今エンビィにはかかっているはずなのだ。

 

 アルマンドにはわかっていた。剣を交えた今なら尚更。エンビィは、スキルも魔法も元々一切使っていない。先ほどの撃墜攻撃は説明がつかないが純粋な剣技と純粋な自己の力のみで、大柄な鍛え上げた己が肉体が振り回す剣を捌ききり、受け止めていると。重さの件も説明ができないが、耐えているらしい様子からして耐えているのだろうと、脳筋ファイターゆえの理解を示し、小細工無しの力技で押し込めると決めていた。

 レザーズも負けず歴戦の勇士。合理的でない現象はおいておき、腰につけた短剣を抜いてアルマンドのサポートに加わる。

 そんな二人をあざ笑う行為。


「あら、第二段目ですの?」


 エンビィは上を見上げる。先ほどと同じ。


「やらせるか!!」


 剣を動かす暇も与えない程の連撃をすかさず繰り出す。耳に聞こえるは響き渡る金属音、エンビィの笑い声、地面に何かが激突する音。そこまで聞いてアルマンドは、いったん距離を置く。


「なぜだ、いつだ、どうやってだ……」


 敵の前で目は反らせない、ちらりと視界の端で確認する、二人目の空からの落下者。またもふせげなかった…。唸る団長、二度も同胞を目の前で殺されたこと、剣を交えてすらいながら防げていないどころかその方法すらわからない事。レザーズを見ても答えが出た様子はない。

 

「使用は禁止されていたが……仕方ない。レザーズ、俺もスキルを使う」


「あら、始まったみたいですわねぇ」


「なに?」


 エンビィは余裕綽々と二人に背を向け振り返る。その視線の先に目をやると……。


「こんどは一体……あれはなんなんだ……」


 統率のとれた空を埋め尽くす軍勢を龍の羽持つ小さな少女が、一方的に屠っていた。






――上空。


「多い多い多い多い!、まるで夜みたいだわっ!」


 エンビィと時を同じくして洋館を飛び出し、漆黒の骨格に赤い皮膜を持つ羽を巨大化させ、伸ばしたこれまた漆黒の尾を携えたアニマは、縦横無尽に空を支配し、その移動で生じる風圧、衝撃波、振り回した尾と翼の力のみで次々にハーピィを撃滅していた。地上では大雨の様に降り続けるハーピィの死体、それもほぼ原形をとどめていない。その少し上では荒れ狂う暴風雨すら可愛いほどの超絶的な龍の暴虐。動くだけで周囲の命を破壊し、入念に用意した作戦、陣形も破壊し、草原を焦土に化すと評された事実そうなるであろう魔法術式は問題なく作動しアニマに命中、なんの影響も与えられておらず、戦意すら破壊してしまいそうだった。

 アニマの尾が荒れ狂う、例外なく触れたハーピィは爆破されたかのように勢いよく爆ぜ飛ぶ。翼の一回の羽ばたきが何百ものハーピィを消し飛ばす。運がいい方だと吹き飛ばされて地面や山へ激突して死んでいる。時折隊長クラスが巧みに尻尾や翼を、アニマにとって当てる気すらない尻尾や翼を死にもの狂いで避けた隊長クラスのハーピィが避けた先で、アニマが気づいた順に手足に生えた龍爪で掻っ切られていた。


「も、もろーい!、あの時のは偶然じゃなくてガチで弱い奴だったのねっ!」


 両翼を広げたままくるくると回転するアニマ。当然発生する大竜巻、思い通りの結果に中心地で満足げに微笑むアニマに、その周囲の竜巻に巻き込まれ羽はもげ、手足は千切れ、草原地帯全域へ激しく死骸をまき散らす。上も下も文字通りの地獄でしかない。


 結界に守られた洋館屋上にてエンビィ、アニマ、二人の活躍ぶりに手を叩いて喜ぶ彼方は、強い、かっこいいっ、と目を爛々と輝かせて食い入るように見つめている。活躍を見せつける二人はそんな様子の彼方を見返し、頑張ってるよ、のサムズアップ。今回不参加の残り五名は喜ぶ彼方を見つめ嬉しそうに微笑んでいた。





――再び、城門にて。


「さて、都市の方々が交渉人しかよこさないおかげで私の活躍があまり見栄えていないのですけれど……」


「あのドラゴンらしき少女はお嬢さんの仲間だったか」


 エンビィがアニマの活躍を確認し目を団長等から反らしている間にも、アルマンドは何度も攻撃を仕掛けていた。こちらを見ることすらなく、後ろ手に振るわれる剣で防がれてしまう、アルマンドの剣。そんな信頼のおける剣の使い手の様子を必死に冷静に分析する副団長レザーズ、答えは出ない、突破口はない。ならば奥の手。決意の旨を相棒に送る。


「やってください、団長」


「解った。休め、レザーズ……。天見王!!」


 叫びと同時、スキル発動。余裕と目を離していたエンビィが弾かれたように向き直る。だがそこにアルマンドの姿は無く。


「遅くなったか?」


 一閃、剣を振るアルマンドが背後から現れる。しかし鳴るは金属音。


 防がれたか……しかし。先ほど後ろ向きのまま防いだのとは違う。後ろを取られたために後ろ手に防がざるを得なかった相手を、満足げに見据える。


「……スキルとやら、ですのね。動きの変化が急すぎますわ…?」


「焦りが見えるぞ、お嬢さん……!」


 こうなればついていける者はいない、レザーズはせめてもの支援として束縛魔法をかけ続ける。

 先ほどとは見違える速度、精度、力。全てを段違いに跳ね上げたアルマンドはエンビィを後退させつつの防戦一方に追い込んでいた。交える度に、弾かれていた刃は、交える度に弾く刃に逆転し、その手から剣を離させるには至らないものの、既に数十歩以上さがらせている。


「そのお力は……」


「お嬢さんはスキルを一切使っていない……、その素の強さに敬意を示して教えてやろう。私のスキルは天見王。全ての者を天から見下ろす王の力。相対した者より必ず強く在れる力だ…っ」


 どおりで……。と呟くエンビィ。洗練された動き、無駄のない剣運び、足さばきすらも、自分が見せたものの延長線上のものだった。ならばそういう系統のスキルなのだろうと、半ば予想はしていたが……。


 一太刀毎に追い込まれる、後退もそうだが剣の打ち合いとして押し負けている。詰み将棋の様にいつか此方が詰む剣運び。


「潮時ですわ…。今回は勝負をお預けいたしますの。機会があればまた今度、ですわ」


「させはしないが!!、剣士なら敵に背を向けるんじゃないっっっ……む!?」


「わたくしはエンビィ。彼方様の忠臣が一人、ですわ。それではごきげんよう……、斬鉄剣っ!!」


 追い込み、追い詰め、とどめに迫る剣の打ち合い、次の一手で一太刀入る、アルマンドの見立ての最後の一太刀、エンビィは別れの言葉と共に、くるりと身体を一回転、遠心力のままに勢いよく振りぬかれた剣がアルマンドの剣に触れると同時、激しい破砕音がなる。それに伴い真ん中から砕け折られる名刀、騎竜剣。剣を折った勢いのままさらにくるりと体を回し踵を返して、呆然とする二人を置いて逃走を開始するエンビィ。折れた剣の柄を持ったまま感慨深い顔で去る背中を見送るしかできないアルマンドとレザーズ。

 気づけば、空は明るくなっていた。





――その頃の上空。


「そろそろ飛ぶだけってのも飽きてきたわね!、いくわ、さぁいくわ!、食らいなさいよ!、は~~、せーーーのぉっ、全龍咆哮ッッッ!!!!」


 瞬間、破壊の濁流が周囲を包む。龍種特有の咆哮と同時に秘めた力を波動に変えて全方位へ放出する技。アニマの規模は大きすぎた。放出される視認可能なほどの黒い力の奔流。山は吹き飛び、地面は砕かれ、ハーピィは一羽あまさず弾け飛ぶ、甲高いアニマの声が届く限りの範囲、無事な場所はどこもなかった。湖の水も消滅し、底と同じくらい周囲の地面が削れていく。ハーピィが戦いを選択した理由、巣の移動に耐えられない程の小さな赤子や子供たち。巣に番いのメスと一緒に、戦いに上空へ飛来したオスが残してきた、何より守り抜き助けたかった存在達は、その巣穴の山ごと波動に呑まれ、壊れて消えた。



  暴虐の果てに空には光が戻り、大地は真っ赤に彩られ、草原は荒野と化した。

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