第5話

「で、そこで、あたしは冷静に正体を見極め、バサッとそのビニールをはぎとったのよ」


 翌日の学校では、例の幽霊話を解決したあたしの話で盛り上がっていた。

 もちろん、ミケやレストラン『注文の多い料理店』のことは隠してだけど。

 本当はこの話をするつもりはなかった。いや、本当によ! まぁ、確かにちょっとだけ自慢したい気持ちもあったけど……。


 あの日、神社に行っていたのを、あの幽霊の話をしてくれた絵美に見られていたのだ。

 噂好きの彼女に見られたら何を言われるかわからないし、素直に喋る方がいいわよね。

 何度も言うけど、本当にあたしが喋りたかったわけじゃないんだから。仕方なくよ。仕方なく。


「良子ちゃんはもう夏休みの予定って決めてる?」


 話題はいつの間にか、これから訪れる夏休みに何をするかになっていて、絵美のその一言であたしは大事なことを思い出した。


※※※


「どうしよう。大将!」


 レストラン『注文の多い料理店』であたしはうなだれながら大将に話しかけた。


「いったい、どうしたんですか?」


 強面な顔に似合わない優しい口調で大将は聞き返してくれた。


「もうすぐ夏休みなんだけどさ、そうなると……」

「ああ、通信簿ですか」


 こちらの気持ちを汲み取って答えてくれたけど、


「今はその名前すら聞きたくない~」

「ええっ! でもまだもらってないんでしょ?」


 大将の言うことはもっともなんだけどさ。


「自分の成績くらいなんとなくわかっちゃうじゃん!」

「まぁ……」

「お母さんに怒られる~~」


 あたしはうなだれたまま、側に置かれているジュースの水滴が落ちるのをなんとなく見ながら、明日が来なければいいのにと思っていた。


「良子さん。どうしたのニャ?」


 料理を運び終わったアルがおぼんを片手にあたしの顔をのぞき込む。

 ここの看板ネコ兼ウエイターのアルは今日も真っ白な毛並みにパリッとした水玉のベストを着用し、きれいに二本足で立っている。


「通信簿が~~」


 その一言で全てを察したアルは、


「なら、見せずに隠してしまえばいいニャ!」


 悪魔のささやきのような発言をする。


「ボクも良く都合の悪いものがあると隠すニャ」

「それって割れたお皿とか?」


 ドスの効いた声がアルへと発せられた。


「そうニャ、そうニャ」


 アルはそのままあたしに話すように答えると、


「どうりでお皿の枚数が合わない日があると」

「……ってニャ。しまったニャ」


 アルは青ざめて、あきらかにごまかすように、「仕事があったニャ」と言って逃げ出した。


「う~ん。正直に話して怒られるか、隠し通して何事も無い夏を迎えるか。どちらにするか、それが問題ね」

「いや、正直に言った方がいいと思いますよ」


 苦笑いを浮かべた大将からの言葉はひとまず置いといて、本当にどうしようかしら。

 あたしがそんな風に悩んでいると、お店のペットドアが開いた。

 誰かお客さんが来たようだ。


「いらっしゃいませニャ。ラムさん」

「こんばんはにゃ。今日は良子ちゃんどうしたのにゃ。そんなにうな垂れて?」


 ラムちゃんは沈んでいるあたしを見て声をかけてきた。

 ご近所の山田さん家に住んでいるサバネコのラムちゃん。山田さんがいつもラムちゃんって呼ぶから、ついついあたしもちゃん付けで呼んでしまう。


「学校の成績がもうすぐ出るんだけど、たぶん悪いから、お母さんにどう言えばいいのかなって」

「それは正直にありのまま話すべきにゃ!」


 ラムちゃんは目の前まで詰め寄る。


「え、えっと、ラムちゃんも何かあったの?」

「そうなんですにゃ。聞いてくださいよ!」


 ラムちゃんが話し出した内容は。

 少し前に生まれたラムちゃんの子ネコがいるのだけど、その子はまだ遊びたい盛りで、ラムちゃんが大事にしているネズミのおもちゃを遊んでいて失くしてしまったそうだ。


「それがまだすぐに分かればここまで怒らないにゃ」

「いつ失くなったの?」

「もう1ヶ月も前にゃ。あのときは私がどれだけ探し回ったことか!」

「それは大変だったわね。でもよく子ネコが失くしたってわかったわね」

「そうそうそれがにゃ」


 ラムちゃんはおばさん話をするとき手招くのと同じ仕草をしながら続きを話し始めた。


「つい最近、うちの冷蔵庫が壊れてね。暑くなってきている今の時期にそれは問題だからって言ってにゃ。すぐに交換したんだにゃ」

「それで交換するとき、冷蔵庫の下から出てきたのね」

「そうにゃのよねぇ~。で、そんなことするのはあの子しかいないから問い詰めたら、お母さんのバカ~って言って外に行っちゃったのにゃ」

「それで見つかったの?」


 ラムちゃんは首を横に振った。


「まぁ、良子ちゃんがご飯を置いてくれているから、そっちはそこまで心配してないけど、事故とかがねぇ」

「今のところ近くで事故にあったネコは聞いてないから大丈夫だと思うけど……。あたしも明日から探して見るよ」


 あたしは山田さん家の子ネコの特徴を思い出す。

 確かまだ生後5、6ヶ月でラムちゃんと同じサバネコ。人懐っこい性格の男の子で、名前はマトだったはず。

 あたしは自分の記憶が正しかったことをラムちゃんに確認すると、次の日から子ネコのマト探しが始まった。


※※※


 翌日、学校は夏休み間近ということもあり半日で終了し、あたしはすぐにマト探しを開始した。

 近くの駐車場や草むら、空き家の周辺も探してみたけどマトは見つからない。一応念のため山田さん家の周辺も見てみるけどダメだった。


「ダメね。全然見つからない。これは少し本気で探す必要がありそうね」


 自分の部屋へ戻ると、周辺の地図と筆箱を取り出した。


「だいたいネコの活動範囲は住んでいるところから約150メートル。もちろん例外はあるけれど、だいたいこれくらいでいいはず!」


 あたしは筆箱からコンパスを取り出し、地図の縮尺を見ながら半径150メートルになるよう広げた。

 針を山田さんの家に刺し、ぐるりと一周!


「よし! とりあえず、ここまでの範囲をしらみつぶしに捜索よ!」


 本腰を入れたあたしはリュックに水分と栄養(ようするにジュースとお菓子ね)。動きやすいジャージに着替え、首にタオルを巻きつけると、日差しがまだ照りつける外へと飛び出していった。

 これできっと見つかるだろうと思っていたんだけど……。

 甘かった……。

 さすがネコね。これだけ探しても全然見つからない。

 半径150メートルいっぱいの位置にあるお墓や神社、街を横断するように流れる川や海沿い。それから各地域に一人はいるネコおばさん(外ネコにご飯をあげているおばさん)の家の周辺。それら全てを範囲内で回っても姿はなかった。

 あたしは汗まみれのバテバテになるまで探したけどダメだった。

 体力が尽きて、家へとむざむざと帰ることになった。


「うう、今日も塾だし、そろそろシャワー浴びてご飯食べないと遅れちゃうわね」


 今日もお母さんは仕事でいないみたいだから、レストラン『注文の多い料理店』へ寄ってから帰ろう! で、大将とかに何か別のアイディアを考えてもらおう。うん。我ながらいいアイディアね。

 シャワーを浴びながらこの後の予定を考え、お母さんが作っておいてくれた夕飯を食べると、あたしは塾へと向かった。


※※※


 日中に動き回ったせいか、塾での勉強は眠気との戦いで、なんとかホワイトボードに書かれた文字をノートに写すことには成功したけど、肝心の内容はほとんど入ってこなかった。


「うう、やばかったわ。もう少しで寝ちゃうところだった・・・・・・」


 ほとんど聞き取れていないのだから寝ているのとそうかわらないのだけれど、起きていたという事実が大事なのよ。

 気を取り直して、あたしはレストラン『注文の多い料理店』の戸を叩いた。


 中は相変わらずの盛況で色んなネコがひしめき合っている。


「はぁ~、やっぱりここは癒されるわぁ」


 ほわほわとした気持ちで、店内奥のカウンター席へ座る。

 いまではここがあたしの指定席のようになっている。


「こんばんはですニャ。良子さん、今日は機嫌が良さそうニャ。通信簿だかは解決したのニャ?」


 あたしのテンションは一気に最低にまで下がった。


「ああ、ラムちゃんの件ですっかり忘れていたわ。どうしよう……」


 あと数日でとうとう終業式、そこで配られる通信簿。あたしの予想ではあまり良くない結果が待っているはず。

 隠すか見せるか……。


「まだ悩んでいるんですね」


 大将はクリームソーダを目の前に置きながら声をかけてくれる。


「そもそも本当に悪いかわからないですよね。今は授業中の態度も評価対象なのでしょう?」

「大将、あたしの授業態度がいいと思う?」

「えっ……」


 大将は露骨に冷や汗を流す。


「まぁ、でもそうよね。もしかしたらいい成績かもしれないし、悩むのは返ってきてからにするわ」

「うん、それがいいと思いますよ」


 なら当面の問題はラムちゃんのことね。

 あたしは今日の頑張りを大将とアルに話す。


「放っておいてもネコならきっと大丈夫ニャ。そのうち戻ってくるニャ。同じネコのボクが保障するニャ」


 一方大将は少し考え込んでいるようだった。

 意外と鋭いときがあるから大将の意見に期待が高まる。

 そしてようやく大将の口がゆっくりと開いた。


「そうだね。あくまで自分の予想の域を出ないし、上手く行くかもわからないけど、この前のラムさんの話から、マトくんはご飯をほとんど良子ちゃんが外に置いているのに頼っていると思うんだ」


 たぶん、そうなるわね。


「いまそれをメインで食べているのはダイさんですよね?」


 あたしはコクンとうなずく。


「なら、ダイさんに理由を話して、しばらくそこで食べないようにしてもらえば、そこのご飯が減っていればマトくんが元気にしている証明になるし、そこを見張っていればいずれ見つけることができるんじゃないかな」


 大将の話を全部聞き、あたしは思わず、


「グッドアイディア!」


 と叫んでいた。


「じゃあ、あとはダイに話を通せばいいわね。今日、ここに来ないかしら」


 あたしが腕組みをしながら、ペットドアを見つめていると、その熱い眼差しに時おり別のネコがビックリしているが構わず見続けた。

 そろそろ集中力が切れてきたな~と思った頃、ペットドアが動き、そこから赤茶色の大きなトラネコ、ダイが入ってきた。


「いいタイミング!」


 あたしは入ってきたばかりのダイを捕まえると、強制的に隣の席へ連れてきた。


「な、なんですかナァ」

「ダイ、あんたしばらくうちでご飯食べちゃダメよ!」

「ナ、なんでですかナァ!」

「いや、良子ちゃん、言い方が……」


 その後、大将の説明でダイは納得した。


「で、良子さんはなんてネコを探しているんですかナァ?」


 あたしは、ダイにサバネコのマトの特徴を伝える。


「もしかして、何か心当たりあるの?」

「そうですナァ。最近、良子さんが用意してくださっているご飯を食べてる子ネコがいるナァ」


 おっと、これはいきなり有力情報!

 あたしの努力も大将のアイディアも必要なかったようね。


「それじゃあ、ダイ。明日見つけてここに連れてきてよ」

「わかったナァ。任せておくナァ」


 ダイはポンと手を胸に当てて言った。


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