第12話

 通春が帰還してから、五日が経とうとしていた。

 この五日間、凛を観察していて違和感を覚えることが何度もあった。

 通成は凛を極力きょくりょく外に出さなかった。人に会わせようとしないのは、周りからの偏見の目を恐れてのことだろうと納得はした。

 しかし、違和感を覚えたのは米や野菜などの保存場所を知っていてみずからその場所に取りに行ったり、物の配置場所をあらかじめ知っていたことにある。

 まるでこの家の中を見たことがあるような行動を取るものだから、通春は正直驚きを隠せなかった。

 何故なぜ知っているのかと訊ねた際には、通成様に教えて頂きましたと返答が返ってきた。

 兄の通成を見ていても、違和感を覚えた。洗濯物を干す時、凛の着ていた着物(正確には母親の着物だが)は必ず通行人に見えないように家側に干していた。通春が洗濯物を干していた際、凛の着物は通行人から見えないように干すように言われたのだ。まるで凛の存在を徹底的に隠すために細心の注意を払っているようだった。

 通春がふと凛の着物に目をやった時のことだ。

 「凛さん。着物、どうした? 一部だけ色が違うが」

 凛の着ていた着物は紫色の着物だが一部に赤色の生地が縫い付けられていた。

 「穴が開いている所を見つけまして、それで余りの生地でったのです」

 「縫ったって、自分でか?」

 「あっ、いえ。その、通成様が」

 「兄貴がか?」

 通春は信じられなかった。縫い目が一定の間隔をあけて綺麗に縫われている。通成は裁縫など出来ない。こんなに綺麗に別の生地を縫い付けられるはずがない。

 「はい」

 凛は口を引き結び、それ以上何も答えなかった。何故だか少し緊張しているように見えた。

 通春は目の前で正座をしている凛を凝視した。

 目が見えなくなって恐らく一カ月も経っていないだろう。兄が路上で声を掛けたのだから、それまで誰も彼女に声を掛けなかったことになる。

 盲目になって日が浅いというのに、こんなに綺麗に縫えるものだろうか。


 「兄貴。丁度俺の靴下に穴が開いているんだが、今度縫ってくれないか?」

 夕飯を終えた後、通春が新聞に目を通す兄に訊ねた。

 「靴下? 俺は靴下なんぞ縫えんぞ。裁縫だって……」

 新聞から目を離した通成は不思議そうに通春を見た。

 「凛さんの着物は縫えて、俺の靴下は縫えないのか?」

 「何を言ってるんだ、お前は?」

 通成は訳が分からないというような表情で通春を凝視した。

 「縫えんならいい。裁縫箱はどこにあるんだ?」

 「凛の寝室にある。おい、明日にしろよ。凛が寝ているんだぞ」

 「ああ、分かった。俺はもう寝る」

 言い残して通春は居間を出た。


 ほとんど眠れない代わりに、昨日の凛との会話と兄との会話が頭の中でよみがえる。

 朝日が障子しょうじを通して部屋に入って来た。夜明けだと分かると、通春は起き上がった。

 寝室を出て、凛の寝ている部屋の前に来た。前から疑問に思っていたことを明かさなければならないと思ったからだ。

 凛を起こさないように慎重にふすまを開ける。目の前にいる凛はまだ寝息をたてている。

 通春は音を立てずに一歩一歩彼女へ近付いて行く。彼女の目の前で屈むと、目を覆っている包帯を外した。

 綺麗な色白の肌が現れた。長い睫毛まつげが静かな呼吸と共に揺れている。特に目立つような傷跡は見つからない。

 (頭も負傷していると言っていたな)

 次は頭を覆っている包帯に手を掛けた。包帯が外れる瞬間、凜が目を覚まし起き上がった。

 包帯はほどけていき、額に生える角と真っ赤な瞳があらわになる。

 「なっ…… 何だ、お前は!」

 凛は恐怖で身がすくみ、その場を動くことが出来ない。怯えながら両の手でおのれの角を隠した。

 「な、何故、通春様……」

 「お前は何なんだ? その角と赤い目はなんだ?」

 「あっ……、あの、私は……」

 通春が乱暴に凛の胸倉をつかんだ。

 「俺の質問に答えろ! 前から可笑おかしいと思っていたんだ! お前、人間じゃないだろう? 兄貴をたぶらかしてどうするつもりなんだ?」

 「私は、そんなこと」

 その時、足音が聞こえた。通成が乱暴に襖を開けた。

 「通春、何をしている! 凛を離せ!」

 凛は恐怖で震え、目に涙を浮かべている。真っ青な顔で通春に助けをうていた。

 

 

 

 

 

 

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