板の上の

「や、生板まないた。おはようさん」

「その不快な呼び方はやめてもらえるかしら、ハゲ」

波介はげな」


 まるで俺の頭髪が風前の灯火みたいな呼び方はやめて欲しい。生板はまな板だが、俺はハゲではない。


「あー、まあいいや。それより、登校したばっかりで悪いんだけど、ちょっと相談事」

「悪いと思うならまた後にしてくれないかしら。朝は忙しいのよ」

「いつでもそんなこと言って忙しいだろ。変わらないって」

「はあ……わかったわよ」


 生板は疲れたように息を吐く。いやほんと、申し訳ない。なので、さっさと相談事を済ませてしまおう。

 俺は自分の机から持参した問題集のを開いて生板に見せる。


「この、なに? 体積を求める問題なんだけど、図の中でなにが起きてるんだ?」

「……はあ? あなた、またそんなこと言ってるの?」


 生板は呆れを通り越した疑いの眼差しを俺に向けてくる。わざとじゃないんです。


「だってこれ、なに? 三角形雑に積み上げたみたいなやつの面積求めさせた次の瞬間、270度回転させた挙句その体積求めさせるって正気じゃないだろ」

「どうでもいいじゃない、そんなこと。答えは求められたんでしょう?」

「そりゃあ、まあ」


 時間はかかったけど。


「なら良いじゃない。こういう物の見方をする人もいるってことよ」

「そんなもんかなあ」


 その人はきっとへそ曲がりなんだろうな、なんて失礼な妄想をしてみたり。


「うーん、まあ、そういうことで納得してみるかな。うん、ありがとな」

「……なに? 相談事って、そんなくだらないことだったの?」

「おう。なんか、雑談みたくなっちゃったけどな」

「あれはただの雑談よ……」


 生板は怒りを通り越して疲れの色が滲んだ表情で溜め息を吐く。朝から大変そうだなあ。


「はあ……。私の時間を返せとは言えないし、そうね、相談料くらい受け取ってあげるわ。コーヒーでも奢りなさい」

「そりゃどうも。放課後空いてるか?」

「またいつものカフェ? 紅茶はともかく、コーヒーは美味しくないのよね、あそこ」

「あそこのコーヒーはハチミツとミルク入れて飲むものだからな」

「私はハチミツ嫌いなの」


 生板は一字一字を強調する。ちょっとムキになっている姿に、俺は小さくだが、笑ってしまった。


「なによ」

「いや、なんでもない。……ははっ」


 その答えに納得出来なかったのか、生板は不服そうに小さく唇を尖らせた。


「……ハゲ」

「波介な」

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