第九話 ディオ討伐 -前編-



 ホトルル遺跡とは、ウィンダム連邦が建国されたサルタハルタ平原に点在する塔状の遺跡群の総称であり、単に魔法塔とも呼ばれる。

 誰が何のために造ったのかわからないほど古い建築物だ。


 このうち、内ホトルル遺跡はウィンダム連邦の東西に存在する二つの魔法塔と、それらを繋ぐ地下通路からなっている。

 未だに強力な魔導エネルギーが蓄えられており、その一部をタルルタ族が利用している。


 一方、外ホトルル遺跡は内ホトルル遺跡を囲むように点在するそれぞれが独立した魔法塔であり、全部で四か所。

 ウィンダム連邦、技術院で開発された自動人形カーディアンの一部が野生化し、占拠しつつある。


 サシェたちが向かったのは、通称“北の魔法塔”と呼ばれる外ホトルル遺跡で、ウィンダム連邦の東に広がる東サルタハルタ平原の北部に位置している。




 のどかな景色のサルタハルタ平原だが、様々な魔物や鳥型の獣人ヤグーダがうろついており、冒険者レベル1のミサヨはもちろん、レベル15のサシェも油断はできない。

 ただ、レベル72のカリリエだけが、鼻歌が歌えるほどの余裕を見せた。


 遺跡の入口に到着すると、サシェが説明した。


「地下に向かう階段を降りて、突き当たりの部屋を右に曲がり、ひとつ目の枝道を右に入ると、その突き当たりの左右に小部屋がある。左側の部屋が目的地――ディオが現れる部屋だ」

「うんうん」


 カリリエとミサヨが頷く。

 ただし――と、サシェが付け加えた。


「枝道に入る前に、野生化したカーディアンたちに出くわすかもしれない。冒険者レベルでいえば1から5くらいのザコだけど、ミサヨにはきついだろうな」


 正直、ミサヨは外で待っているほうがいいとサシェは思っていた。

 本来、カリリエひとりで十分な冒険なのである。


 ただ、サシェ自身はこの場所に精通しているし、レベル15のサシェにとってカーディアンは問題にならないので、一緒に行ったほうがいいだろう。

 ディオの相手だけをカリリエにまかせればいいのだ。


「大丈夫、サイレンスオイルはたっぷり買いこんで来たから」


 ミサヨは行く気満々である。


「カーディアン族は聴覚感知だって聞いたから。……で、いいんだよね?」


 渋い表情のサシェを見て、不安になったミサヨが確認した。

 仕方なく頷くサシェ。


 ミサヨの気持ちはよくわかる。

 自分たちは商人でも盗賊でもない。


 冒険をするから、冒険者なのだ。


 サシェの顔に、ふっと緊張の解けた笑みが浮かんだ。

 準備をしない冒険者はただの無謀者――共に行動するパーティに迷惑をかけるだけだ。


 だが、ミサヨはちゃんと準備をしてきている。

 レベル1でも役に立てることはあるだろう。


 シェンとの対決で青ざめていた頃とは、目の輝きが違う。


「よし、行こう」


 後悔はしない。

 何が待ち受けていようと、それが冒険なのだから。





  ***





 遺跡の入口から地下に入ると、床も壁も天井も石造りで、壁の高い位置のところどころに緑色の光を発する球体が浮いている。

 それが遺跡内部を薄暗い緑色の世界に染めていた。


 階段を降りきったところから伸びている通路の正面突き当たりに、扉のない大きな部屋があり、その中にある魔導設備の一部が通路から見える。


 ――と同時に、カーディアン数体が視界に入った。


「?」


 違和感を覚えるサシェ。


「ちょっと待って、カリリエ」


 先に進もうとしていたカリリエを、思わず呼び止める。


「おかしいな……カーディアンがそこまで出てきているなんて……」


「野生化したカーディアンが増えたんじゃない?」


 カリリエの返事に、そうかもしれないと納得しそうになる。

 だが――。


(初めてここに来たのが十五年前……最後に来たのが一年半前……その間、こんなことはなかったのに……)


 サシェの懸念は具体化することなく、意識の隅に引っかかるだけにとどまった。


「予定より早いけど、サイレンスオイルを使って行こう。サシェもね」


 ミサヨがもっともな提案をし、サシェが従った。

 余計な戦闘をする必要はない。


 サイレンスオイルで物音を消していけば、カーディアンはサシェたちを認識することができない。

 そしてレベル72のカリリエであれば、認識しても襲って来ない。


 他の魔物と同様に、カーディアンも自分より強すぎる相手には手を出さないからだ。

 正面の魔導設備の部屋に入り、ゆっくりと動き回るカーディアンの横をひやひやしながら通り過ぎる。


 進むべきは右側――部屋の端が下り階段になっており、先の通路を見おろすことができる。

 その方向に視線を向けたとき――。


 ……サシェは目を疑った。


「ぅ……」


 思わず声を出しそうになり、慌てて口を押さえる。

 大丈夫。カーディアンは気づいていない――が。


(……嘘だろ?)


 そこには、数体のカーディアンがうろついているだけのはずだった。

 ――が、実際には視界を埋め尽くすように、大量のカーディアンが動き回っていた。


(カリリエが言うように、増えている……? ……のか?)


 声を出すとカーディアンに気づかれるため、横を歩くカリリエの腕をつかんだ。

 後ろをついてきたミサヨも立ち止まる。




 カリリエ: どうしたの?


 サシェ: 何かが異常だ……出直した方がいい




 声に出さずに念話テルで会話をする。

 カリリエは、気にしていないようだ。


 それはあたりまえで、ザコはいくら集まってもザコであり、一体としてカリリエに手を出すカーディアンはいないだろう。

 また、何体いようと、サイレンスオイルを使っていればサシェとミサヨが気づかれることはない。


 だが……。


 以前と何かが違う――それがはっきりした今、サシェの冒険者としての勘が警鐘を鳴らし始めていた。




 ……が、遅かった。




 ミサヨの背後から、不気味な低音が響いてきたのだ。

 それは黒魔道士であるサシェとミサヨにとって、聞きなれた音。


 通り過ぎたばかりのところにいたカーディアンの一体、トゥーオブバトンズが黒魔法を発動させた音だった。

 土系の黒魔法〈塊土ストーン〉による石つぶてがカリリエに直撃した。


 〈塊土ストーン〉は黒魔道士ならレベル1で覚える魔法であり、防御力が高いナイトのカリリエには痛くもかゆくもない攻撃だが……。

 同時に、周辺にいたたくさんのカーディアンがカリリエに対して攻撃態勢を取った。


 ――理由はわからない。

 カリリエに手を出すような高レベルのカーディアンが混ざっているとは思えなかった。


 幸いなことに、サイレンスオイルを使っているサシェとミサヨには、未だ気づいていないようだった。

 とっさの判断で叫ぶカリリエ。


「ここは任せて。ふたりは走って」


 カーディアンが何体集まろうと、カリリエを傷つけることはできないだろう。

 それだけ実力差がありすぎるのだ。


 しかし、これだけ多いと見動きが取れない。

 となれば――すべてのカーディアンを自分が引きつけ、サシェとミサヨに先に進んでもらうしかない……とカリリエは判断した。


 無言で頷くと、サシェはミサヨと奥に向かって走った。

 ぐずぐずしていると、自分たちまで動けなくなる。

 それだけカーディアンの数が多かった。


 選択肢としては先に進むか、入口に戻るかがあるが、迷っている時間はなく、サシェは進むと決めた。


 ふたりではディオには勝てない。

 だが、せっかくカリリエが敵を引きつけてくれているこの状況で、事態を把握するための情報を少しでも手に入れるために、前に進むべきだと思ったのだ。


 サイレンスオイルがあれば、引き返すことはいつでもできる。

 時間はかかるだろうが、カリリエはひとりでも無傷で脱出できるはずだ。


 そして、カーディアンの数が多いことと高レベルのカリリエに手を出したことの二点以外には異常はなく、カーディアンたちの間をすり抜けて、サシェとミサヨはディオの部屋の前までたどり着いた。


 不思議なことに、あれだけいたカーディアンもこの付近には一体もいない。


 目の前には石の扉――扉にあるスイッチを押せば、上にスライドするはずだ。

 ただ、扉を開けてディオがいれば、こちらが瞬殺されるだろう。


 シャドウ族のノートリアス・モンスターであるディオ。

 レベル15のサシェには、けして勝てない相手である。


「……ここまでだな。カリリエを待つか、出直すしかない」

「そうだね」


 ため息をつく、サシェとミサヨ。


 ……うかつだった。

 周囲にカーディアンがいないと思って油断し、声を出してしまった。


 ふと気がつくと、ミサヨの横にカーディアンが立っていたのだ。

 サシェの横にも。


「――っ」


 ――合計二体。


 そしてサシェの横にいたカーディアンが、どういうわけかディオの部屋の扉のスイッチを押した。

 まるで、あらかじめ決められていたような動きで。


(――やばい)


 反射的に黒魔法〈猛火ファイア〉を唱え、手にしていた片手棍でトドメをさす。

 扉を開けたカーディアン一体は沈んだ。


 ……だが目の前には長身の、懐かしい魔物がそびえるように立っていた。

 背の低いタルルタ族のサシェからは、ことさら巨大に見える。


 闇のように黒い顔に黄色く光る二つの目。

 大きな黒い鎌――クルエルサイズを手にしている。


「久しぶりだな、ディオ」


 サシェの言葉に返事はない。

 代わりにディオが持つ大鎌の一振りが、サシェの額をかすめた――。




 額に赤い線が浮き出て、眉まで血が垂れた。

 避ける動きさえできなかった。


(これが、レベル15制限……)


 以前は止まっているようにさえ見えたディオの動きが、今のサシェには全く見切れない。


 電光石火で水平に振られた一撃目の次は、ゆっくりと振り上げられる鎌……。


「くそ……」


 背後を見ると、ミサヨが倒れていた。

 残っているもう一体のカーディアンにやられたのだ。


 そしてサシェに全くタイミングを計らせず、クルエルサイズが振り下ろされた。


(ここまでか――)


 巨大な鎌は、一撃でサシェの頭蓋を砕くだろう。


 サシェの脳裏に、ブラウンヘアーをツインテールにしたタルルタ族女性の顔が浮かんだ。


(カサネネ……せめて君が、後悔していると……一言でも言ってくれたなら、俺は……)


 閉じたまぶたを突き抜けるほどの眩しい光が、サシェの頭上で輝いた。



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