第七話 大切なもの -前編-



 夕方になると、カリリエのいる酒場に人々が集まってきた。

 ウイカが誘拐されたという話が酒場の店員から伝わり、下層区中に広がるのにそれほど時間はかからなかったのだ。


 駆けつけた人々がカウンターに座るカリリエを囲み、犯人への怒り、ウイカへの心配、カリリエへの励ましを言葉にした。


「ありがとう、みんな。でも、そろそろ開店の時間だから……」


 人々の中心にいるカリリエは、ウイカの心配をしながらも気丈にふるまっている。

 客から声が上がった。


「何言ってんだ、カリリエ。こんなときにのんびり酒を飲んでいられるわけがないだろう」

「それはだめよ。ここは、長旅で疲れた人々を癒やす場所。年中無休は今までもこれからも、変わってはだめ」


 見た目には、歌姫の貫禄を完全に取り戻しているカリリエ。

 店の奥から出てきたヒューマン族の店長が、グラス一杯の水をカリリエに渡しながら優しく言った。


「ウイカは俺たちみんなの娘だよ。みんなも心配で接客なんてできる状態じゃないさ」

「ありがとう、店長……気持ちはとても嬉しいけど、でも、やっぱり店は開けて。ウイカは必ず私が助けるから」


 カリリエの目には決意があった。


 歌姫が実は冒険者であることを、店長は知っている。

 そしてこう言い出したら、誰にも止められないということも。





  ***





 ステージ裏では、サシェとミサヨが犯人からのメッセージが書かれた羊皮紙を見ていた。

 午前中に店員が見つけたものだ。




 ===



 カリリエへ


 娘は預かった。

 本日、日没時に、おまえが隠している宝を持ってタバリア丘陵南の古墳入口に来い。

 妙なマネをしたり来なかったりすれば、娘の耳や指が店に届くことになるだろう。



 ===  




 店に戻ってこれを見たカリリエは、はっきりと言った。

 私の宝は、ウイカだと。


 それが心からの言葉であることがふたりにはわかっていたし、宝と呼べるような物品は持ち合わせていないとも聞いた。


 だが、このメッセージを見る限り、犯人の目的は“宝”と受け取れる――。


「どう思う、サシェ? ……これ、もし手ぶらで行ったら、ウイカちゃんが危険じゃないかな」


 ミサヨの心配は的確だったが、サシェは別のことを考えていた。


「宝……か。実はちょっと思い出したことがあるんだけど……カリリエさんに確認しないとな」


 ミサヨは驚いた。

 カリリエとは七年の付き合いである自分が思いつかないものを、会ったばかりのサシェが知っているなんていうことが、あるのだろうか?


 ミサヨの様子に気づいて、サシェが言葉を足した。


「いや、全然自信はないよ……というか、もしそうだったら、すごい偶然なんだけど。……いや、でも、俺が思っている通りじゃないにしても、調べてみる価値はあるかな」

「何を調べるの?」


 はっきり言わないサシェに、ミサヨが単刀直入に聞いた。

 仕方なく答えるサシェ。


「盾だよ。カリリエさんがザヤグさんからもらったという盾。でも、吟遊詩人には不要だからなぁ……処分していたらどうしようもないけど」


「カリリエのジョブは吟遊詩人じゃないよ? ……昨日、私言ったよね、“あの美貌とスタイルに加えて、アダルナの女神様は、さらに二物を彼女に与えた”……って」


 キョトンとするサシェ。


(――そう、たしかにそう言っていた)


 しかし、あの歌の上手さなのだ。冒険者だったと聞いたとき、カリリエのジョブは吟遊詩人だと、サシェはすっかり思い込んでいた。


「二物って……ひとつは“歌”で、さらにもうひとつってことか……」


 サシェが確認するようにつぶやいたとき、ステージ裏にカリリエが戻ってきた。

 そのカリリエの姿を見て、サシェは大いに驚いた。





  ***





 歌姫はその全身を、純白の武具で包んでいた。


「二年ぶりに着たけど、結構なじむわ……身体が覚えているのね」


 少し照れるように言うカリリエが身に着けているのは、ナイト専用の高級装備一式――通称アーティファクトと呼ばれるジョブ専用の装備品だった。


 サシェも黒魔道士専用のアーティファクトを身につけていた頃がある。

 カリリエのジョブはナイトだったのだ。


「その姿を見るのも久しぶりね。あいかわらず、よく似合ってるわ。でも、もっと高レベル用の装備も持っていなかったっけ?」


「売っちゃったわ。一年前にウイカを引き取って、冒険者を休業したときにね。でも、この装備だけはお気に入りで、残しておいたの」


 “売った”という言葉に、ギクリとするサシェとミサヨ。


「ねぇ、カリリエ。日没までもう少し時間あるよね。サシェが、あの盾を調べてみたいって言うんだけど……それは残ってる?」


 カリリエは複雑な表情だった。


「あるよ。実は、ザヤグからもらった直後に木箱に詰めて、ずっと放置していたから……捨てることさえ忘れていたわ。部屋から持って来ましょうか?」


 サシェが頷くと、カリリエが部屋に戻って行った。


(素直じゃないなぁ。わざわざ宿からこっちの部屋に荷物を移しているんだから、捨てるチャンスならいくらでもあったでしょうに……)


 ミサヨがくすくすと笑っていた。





  ***





 盾をわざわざ木箱に入れた理由は、すぐにわかった。


 サシェとミサヨが見守る中、カリリエが箱を開けると、中には白い霧がたゆたっていた。

 外気に触れて霧が少し拡散すると、その奥に盾の姿が見えた。


「なにこれ……普通の盾じゃないの?」


 ミサヨがそっと右手を盾に近づけた。

 冷気が伝わってくる。よく見ると、箱の内側にはびっしりと霜がついている。


「直接触るなよ。盾の表側に触ると、身体が麻痺することになる」


 サシェは慣れた様子で、盾の上側をつかんで持ち上げると、裏側のベルトを持った。

 そして、裏側の部分を何やらごそごそといじり始めた。


「ちょっとサシェ、仮にも人様のものに――」


「すぐに済む……と思ったけど、箱詰めにされていたせいで、裏側までこおっちゃってるな……」


 カリリエは、ただ興味深げに眺めていた。


「この盾のこと、サシェさん、何か知ってるんですか?」


「これはアイスシールド――って名前は、ナイトのカリリエさんなら当然知ってますよね。ただ、もしかしたら――」


 サシェはしつこく盾の裏側を触っている。

 仕方がないので、ミサヨはカリリエに質問した。


「アイスシールド――って、なんかそのままの名前だけど……どういう盾なの、カリリエ?」


「攻撃を受けたときに、ある確率で〈氷結反射アイススパーク〉が発動する魔法の盾よ。普通に世間に出回っている盾の中では、最高の防御力を誇る盾だと思うわ」


 〈氷結反射アイススパーク〉とは黒魔法のひとつであり、冷気を身にまとい触れた相手を麻痺させる効果がある。

 だがこの盾を装備すれば、黒魔法を使えなくても敵の攻撃を受けるだけで〈氷結反射アイススパーク〉が発動するという。


「魔法の盾……あ、もしかして、錬金術合成で作れる盾?」


 ミサヨは、サシェが錬金術合成の師範であることを思い出した。


「当たり。……これ、俺が合成した盾かも知れない」


 ぽつりと言ったサシェのセリフに、ミサヨとカリリエが驚いた。


「えぇっ?」


 よし、取れた――そう言うと、サシェは一枚の小さなプレートを取り外し、そのプレートで隠れていた部分を確認した。


「驚いたな、こいつ、七年間もこんなところで眠っていたのか……」


 サシェが、盾の裏側のその部分がよく見えるように、ミサヨとカリリエのほうに向けた。

 そこにはサンドレア王国の紋章と、サシェの銘が刻まれていた。


「これは、ただのアイスシールドじゃない。素材のダイアシールドは、サンドレア王国の王妃がまだ生きていた頃に、彼女が誕生日祝いで国王に贈った品なんだ。闇で売れば、とんでもない値がつくはずだ――犯人の狙いは、これだな」


 ミサヨとカリリエは、ぽかんとサンドレア王国の紋章とサシェの銘を見つめている。




(嫌な予感がするな)


 七年前にウィンダム連邦でサシェがこの盾の合成を依頼されたとき、素材のダイアシールドにサンドレア王国の紋章が刻まれていることに気づいた。


 依頼主の大金持ちには借りがあったため、その場では詮索せずに合成した。

 王家のダイアシールド盗難事件について知ったのは、その後のことだ。


(カリリエさんは“店先に並んでいるのを見たことがない”と言っていた。あたりまえだ。こんな盾を店先に置けるはずがない)


 サシェはこの盾を欲しがる犯人のことが気になった。


 七年間も人知れず眠っていたもののりかを突き止めたのだ。

 ただの金銭目的とは思えないし、それなりの組織力が必要だったに違いない。


 しかもこの盾を最も欲しがっているのは、他ならぬサンドレア王国の国王だろう。


(この盾は、国王との駆け引きに使える――そんなことを考えそうな人物に、一人だけ心当たりがある……けど、考えすぎかな)



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