第二一話 内政要員青沼忠吉。伊那の高遠が面白い。

 ■天文一〇年(一五四一年)八月 甲斐国 躑躅ヶ崎館


 あれやこれや思いついたけれども、まとめてお願いすることはお願いしなくてはね。


 まずは、石見銀山(島根県)の灰かぶり法とかいうやつ。金の精錬に利用するやつな。技術者を引き抜ければ早いけれど、やり方さえわかればいいから、情報だけでもいいな。これはできる男透破すっぱの富田郷左衛門さんに依頼だ。


 次に、甲信国境の金峰山きんぷざんの水晶峠の水晶だ。考えてみれば水晶ってどのように加工するんだろうね。とても硬そうだけれど。これも郷左衛門さんに頼む。

 同じく、雨畑(山梨県早川町)の河原の黒い石だな。硯ならば、この時代の必需品だろうし、期待できそうだな。これまた郷左衛門さん案件だ。

 同じく郷左衛門さん案件としては、富士山で取れるスズ竹という細い竹の竹細工だな。これも竹が生えているのか、既にに竹細工を作っているのかを調べてもらおう。


 市川大門(山梨県市川三郷町)の市川大門手漉てすき和紙は、駒井の坊主爺ちゃん(高白斎)が、既に作っていると教えてくれた。残念ながら西嶋(山梨県身延みのぶ町)では和紙は作っていないようだ。市川大門和紙は甲斐国外で売り物になるかどうか、商人坂田源右衛門さんに見せてみよう。


 和紙のことで、商人源右衛門さんを呼び出したところで、思い出したよ。

 千歯扱きや備中鍬、この二つは教科書にも出てきたしね。江戸時代の発明品の先取りだな。源右衛門さんの伝手で鍛冶屋に発注だね。ついでに鍛冶屋さんに頼むものを思い出したよ。スコップとツルハシも発注しておこう。金山の産出量向上にもつながるだろうな。治水工事などの工事の効率もあがるだろうね。

 千歯扱きは米や小麦の脱穀に使えるだろう。うまくすればこの秋の収穫から活用したいね。脱穀した米を食べるには、籾殻を取り去らなくてはいけないよね。籾殻除去に使うトウミという道具を使うことだけは思い出したけれど、構造がよく思い出せない。確かハンドルを回して、風を起こす気がするのだけれど、そのうちに思いつくかもね。トウミは課題にしておこう。


 市川大門の和紙は、源右衛門さん曰く、売り物になるらしい。なるほど、これは原料のこうぞ三椏みつまたの増産を含めて、力を入れたい商品だな。

 売り物になるとはいっても、やっぱり流通ルートがネックになってしまう。


 南の今川領駿河(静岡県)方面は、富士川水運が整備されないと、難所が多い。東の北条領の相模方面も、この時代だと、当然ながら甲州街道(国道二〇号線)は整備されていないから、やはり難所の多い道だ。西はまだ楽な道ではあるけれど、人口が多くないから、商売としては余り期待できないね。

 一気に豊かにしよう、などということは夢物語だね。じっくりやるしかないだろう。


 取引所や、米座に関してはアニキが人を寄越してくれた。気が利くじゃないですか。すごく助かるよ。


「この助兵衛に働いてもらってよ。真面目で計数にも強いから、助兵衛もきっと喜ぶと思うよ」


 青沼助兵衛すけべえ忠吉さんだって。青沼さんのお父さんは、親父信虎の時代から、戦に活躍していたけれど、助兵衛さんは、おれより若いかもしれないな。なんといっても見るからにヒョロヒョロしていて、戦向きでない。戦に連れて行ったら、真っ先にやられてしまいそうだ。

 適材適所というやつだな。ヒョロ沼と心の中で呼ぶとしよう。脳筋でない家臣は大歓迎です。ヒョロ沼にはしっかり働いてもらおう。

 そのヒョロ沼と商人源右衛門さんの二人に、取引所や米座についてはシステム作り、ルール作りをお願いしてしまうことにしたよ。


 主に内政関連について頭を悩ませていたところに、面会希望が。真田弾正(幸隆)さんだ。実にタイミングがいい。

 きっと諏訪郡関連の話だろうね。気分を変えるのにもってこいで大歓迎だぞ。


「やあ。弾正。何か動きがあったかい?」

「典厩様、動きというわけではありませんが、面白き情報がありましてな。ふふふ」


 おお。いいね。目の笑っていないふふふ笑いが実に頼もしいぞ。


「弾正の面白き情報なら聞きたいぞ」

「伊那の高遠たかとおが実に面白いのです。ふふふ」

「ほう。伊那郡の高遠が面白い? 聞かせてくれ」


 伊那郡といえば信濃の南部、南信と呼ばれる地域で諏訪郡から南の方向になる。平成でいえば飯田市、伊那市、駒ヶ根市周辺といえばイメージできるかもしれない。諏訪湖を源流とする天竜川に沿って南北に伸びる伊那谷や伊那平と呼ばれる盆地だな。

 伊那郡高遠(長野県伊那市)は、江戸時代には高遠藩が存在していたり、平成では高遠城のコヒガンザクラが有名だった。

 だが、この時代の高遠城は、高遠頼継という国人衆が居城としていて、かなりの勢力だということだ。


「高遠はもともとは、諏訪の分家でしてな。高遠信濃守(頼継)は、どうやら諏訪郡を手に入れたいようです」

 これは、もしかすると諏訪攻めの大義名分になるのかもしれないぞ。

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