第一四話 今年の不作の驚きの理由とは。おカネが本当に足りません。

 ■天文一〇年(一五四一年)七月 甲斐国 躑躅ヶ崎館


 とりあえず、黒川金山の金山衆の頭領からは、直轄化の言質をとったけれど、きっと単なる損だと思って、いい思いはしないだろう。

 対策を考えておかなければな。ええと田辺新左とかいっただろうか。とりあえず、頭に入れておこう。


 今年の秋に出兵できないほど、兵糧が逼迫しているということは、何か問題があるに違いない。矢沢源之助(頼綱)さんと真田弾正(幸隆)さんの兄弟は、来月に一族を連れて来てくれるということだから、それまでは、できる男の甲州透破の富田郷左衛門さんに頼ってしまおう。

 ある意味調査だから、適材ではあるかもな。


「なあ、ゴーザ? なんでこんなに甲斐に米がないんだい?」


 郷左衛門の言をまとめれば、一昨年と昨年は全国的にかなりの飢饉で、地方によっては餓死者が多く出たらしい。甲斐でも、多少は被害、つまり餓死者も出たということだ。今年の春までは天候が不順であったけれども、春以降は天気は平常で、普通だったら不作ではなく『平年並み』の収穫になるはずとのことだ。


 平年並みの収穫が見込めるはずなのに、不作になる見込みが立っている、という現状を考えれば答えは簡単だ。稲を平年並みに植えていないということ。その理由もまた単純だな。飢饉で食べる米がなくて、腹減ったから種モミまで食べてしまったに他ならないだろう。

 やれやれだな。農民まで脳筋かよ。飢饉で腹が減るのはわかるけれど、もっと手の打ちようがあるだろうが。全く世話が焼ける話だよ。


 しかし、ここまでわかれば、なるほど、いろいろと見えてきたことがあるぞ。

 飢饉で飢餓に苦しむ領民は、領主である武田家家臣に窮乏を訴えて、出兵という名の略奪を望むだろう。領民の希望を叶えようと、家臣たちは親父信虎に出兵を要求したはずだ。

 ところが、親父信虎は、理由は不明だが、出兵の希望に応えられなかった。政治上外交上の理由かもしれない。


 確かに急進的でワンマンな親父には不満を持つ家臣は多かっただろう。だが、おそらく親父の追放の直接的な理由は、家臣の希望を叶えてくれない親父に代えて、重臣の言いなりになって希望を叶えてくれそうなへなちょこアニキを擁立するためだな。


 まだ親父が追放される前になるが、五月の信濃国小県ちいさがた郡(長野県上田市周辺)に出兵した際にも甲斐の農民兵は略奪しただろうな。しかし、二年続きの飢饉に苦しんだ甲斐の領民はまだ余裕が出るほどではなかった。そこで、家臣達は共謀して、先月親父を追放してアニキを家督につけた。

 辻褄合うな。


 となると、飢饉の影響に苦しんでる領民の救済策を打たなければ、出兵という名の略奪を強く望むはずだ。略奪出兵は、確かに手っ取り早くはあるし、一過性な効果は確実に出るだろう。

 だが、怨嗟を生む略奪は今後の統治に確実に悪影響がある。

 史実の信玄公も信濃の統治に苦慮しているうち、越後から龍が湧いてきて一〇年超の貴重な時間を失ったのだ。


 カネで米を、いや米は高いから、米の半額ほどの麦を農民たちにばら撒いてやろうか。そして、来年の田植え後に諏訪郡を併呑して平地を増やす。


 来年まで麦を食べて我慢していろと納得させよう。麦の美味い食べ方を教えてやればなんとかなるだろうか。

 麦の美味い食べ方といえばうどんだろうな。うどん食って来年まで我慢してろ、と納得させてみよう。


 施しのために麦を買うにはカネが必要だ。そのぐらいの金の貯蓄はあるので出せないこともない。

 あまり知られていないことであるが、武田家は織田家には劣るけれど、他の大名に比べると驚くほど鉄砲の普及率が高かったんだ。


 高価な鉄砲を揃えるために、織田家は堺などの畿内経済を掌握したが、武田家は鉄砲を揃えるために、黒川金山や湯之奥金山で豊富に産出された金を利用したわけだ。つまり甲斐にはかなり潤沢な量の金があるということだ。


 だが、飢饉のたびに金を利用していたら、たちどころに金が枯渇する恐れがある。だから、今年は貯蓄してある金は使用しないで、来年の出兵まで時間を稼ぎたい。目指せ餓死者ゼロだ。

 カネだカネが足りない。工夫してカネを作り出して、麦を買ってうどんで飢餓を克服しよう。

 今は夏だけれど、いまから準備しないと、冬を越せないぞ。


 カネカネ考えていたら、思い出したことがある。

 黒川金山や湯之奥金山で産出された金は、碁石のような形に加工されて、『碁石金』という名で流通されていた。

 史実の信玄公は、贈答などにも碁石金を使っていたと聞いたことがあるな。

 確か、『活躍した家臣に褒美として碁石金を三すくい与えた』などというエピソードがあったはずだ。おいおいおい。単位がおかしいだろう。『すくい』ってなんだよ。普通は『両』とかお金の単位にならないか?


 うーむ。アニキはどうだろう。


『とってもがんばったし、喜んでくれそうだから、三すくい金をあげたよ』

 などと、イノセントな笑顔で言い出すに決まっている。

 本当に勘弁してくださいよ。お兄さま。無駄遣いはやめさせないとな。


 などと、考えているうちに「今川治部(義元)殿から文が届いております」と、文を小姓が持ってきてくれた。嫌な予感がするぞ。


『虎の餌代と檻代を送れ マロ』


 本当に勘弁してくださいよ。お義兄にいさま。カネを本当に何とかしないとな。いい方法を考えなければ。

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