3. 幽霊屋敷

幽霊屋敷

「それで」と、モナを見て、スフラブが言った。「僕を連れてこうして、幽霊が出るという廃墟に向かおうと思ったんですね」


「そうなのよ」スフラブの言葉にモナは頷いた。「奴に遅れをとってはならない……そっちが楽しそうに内緒で何かしてるのなら、私たちはその裏をかかなければならない!」

「はあ……」


 スフラブが気乗りしない口調で答えた。


 日は高く明るく、都の下町はとても賑やかだった。町娘に扮したモナと、いつもとさほど変わらぬ格好のスフラブは、その雑踏の中にいた。市場近くで、人通りが多かった。お供を引き連れた馬上の金持ち、騾馬に乗り荷担ぎ人を従えている、ヴェールのご婦人。徒歩の人々ももちろん多く、その小さな背に様々な荷物を乗せた驢馬もいた。時折、隊商の駱駝も通ることがあるのだった。肌の色や髪の色、目の色が違う人々もいたし、いくつもの多様な言語が飛び交っていた。この国の都は世界に開かれた都市であり、多くの人が集まっては、商売をし交流をし生活をし、またそしてここから、広い世界へと出て行くのであった。


 モナはこの町の賑やかさが好きであった。自由に外に出られないのが窮屈であり、アリーが羨ましかった。しかしそこで自由を諦めないのがこのお転婆娘であり、ちょくちょくとスフラブを連れてこっそりと外出するのであった。


「でも……。サハル様のおっしゃってたことが気になりますね」


 スフラブが真面目な顔つきで言った。この少年は大体真面目なのだった。


「何? 異国の王子を探している人たちのこと?」

「それはそうと決まったわけでは……。というか、外には危険が多いってことです」

「危険……。まあそうねえ」


 真面目な顔のスフラブに対して、あまり真面目にその話を聞いていないモナだった。


「こうやって外に出るのも、やっぱりそろそろ改めなければならないと思うんです。もし何かあったら……僕ではモナ様を守れるかどうかわかりません……」


 いささか気落ちしているスフラブであった。それを元気付けるようにモナは言った。


「大丈夫よ。私はそれなりに強いもの。いざとなったら私がスフラブを守ってあげるわよ」

「ええ……それはありがたいですが……」


 モナとスフラブはちょうど同じくらいの身長、体重をしていた。力の強さも同じくらいだわ、とモナは華奢なスフラブの身体を見て常々思っていた。足の早さはというと、これは私のほうが早いくらいだし……まあ、何にせよ、身体能力の優れているほうが守り手になればよい、とモナは思うのだった。


 二人は歩き、そして路地へと入った。賑やかな表通りから一転、静かな空間がそこにはあった。路地は建物の高い壁で挟まれており、狭く、光があまり通らなかった。都は賑やかではあるが、住宅地に入れば、静寂と落ち着きが広がっているのであった。


 二人は黙って路地を歩いた。彼らが目指しているのは、幽霊が出ると噂の廃墟であった。その廃墟のことは、前々からモナもスフラブも知っていた。それはお屋敷であり、地位と富のあるものが以前には住んでいたと思しきものだったが、今では誰も住まぬままに放置されていた。モナは前からこの無人のお屋敷に興味があって、物語が好きなスフラブもまた、この秘密めいた場所に惹かれている部分があった。けれども実際に来てみるのは今日が初めてであった。


 細く、曲がりくねり、静けさの中を歩くといつしか、行き止まりに着いた。そこには幾何学模様で飾られた、大きな扉があった。屋敷の門扉であった。モナはそれを見て、まず言った。


「鍵がかかってる」


 その通りであった。錠が、門にしっかりとかけられていた。スフラブはほっとしたような表情を浮かべ、今来た道を振り返った。


「じゃあ帰りましょう。ここにいても仕方ないですし……」

「開いたわ」


 モナの言葉に驚いて、スフラブは振り返った。モナが、門扉を少し開けていた。わけがわからなくなり、スフラブはモナに聞いた。


「鍵、かかってましたよね?」

「そうなのよ。でも、押したら開いたの」


 モナはそう言って、さらに扉を押した。人が通れるほどの隙間が開いた。


「これは……」


 絶句しているスフラブに、モナは澄まして言った。


「何があったかわからないけど、でも、ここは取るべき行動は一つでしょ」

「……えっと、中に入るんですよね……」

「ご名答」


 モナが機嫌よく答えた。スフラブは観念し、モナの後に続くのであった。

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