第3話 部活にいってみた

「よう、新部長。いや、キャプテンって呼べばいいの?」

オレは大平に声をかけた

「おう、萩原。からかうなよ、大平で良いよー。どうした?」

オレは西口先生から言われたことを伝えて返事を待った。

「マジか!?それはありがたいよ!今の仲良しテニス部にはぶったるんだ雰囲気が蔓延しているからな。ここいらでお前みたいなレベルの高いプレーヤーにピリッと締めてもらえるのはラッキーだね」

「そんな期待すんなよ。週一で見に行く程度だから何の効果もないと思うぞ。それより幽霊部員が突然顔出して、空気が悪くなんないかな?」

「何言ってんだよ。お前の実績はみんな知ってるし、一年のやつらなんか走っているお前の方ばっかりキラキラした憧れの目で追っているんだぜ」

「ふ~ん。そうなん」

「それよりさ、一年の未経験者なんだけど、萩原に是非見てほしいやつがいるんだ。今が大事な時期なんだけど、どうにも俺では的確なアドバイスが出来ていないと思う。お前の意見を聞きたいんだよ」

「へ~、大平がそれほど言うなら才能ありそうじゃん。んじゃ明日必修クラブの時間には行くよ」

「サンキュー、みんなに伝えとくよ。ところでさ、ヒジ、まだ痛いのか?」

「イヤ、普通の生活をしたり筋トレしたりしている分には痛くないよ。ラケットを握らなきゃなんともない」

「そうか、良かった。ウンウン。んじゃ明日な」



 夜、いつものようにYouTubeで昭和のアイドルやクイーンなんかを見ながら、久しぶりにワクワクしている自分がおかしくなった。

『自分がプレー出来るわけでもないのにな』

そんな独り言を呟いて、聖子ちゃんや明菜やフレディマーキュリーの圧倒的歌唱力にシビレつつ夜が更けた。



次の朝久しぶりにラケットバッグを肩に家を出ようとした時、母さんがびっくりして飛んできた。

「ちょっと、ラケットなんか持ちだしてどうすんの!?」

「ああ、学校の部活に顔を出してちょっとだけやろうと思って」

「あんたは何言ってんの?お医者さんにも絶対ラケット振ったらダメって言われていたでしょ。コーチも辛いけど来年飛躍するために今は体作りをしっかりやろうって丁寧なトレーニングスケジュール組み立ててくれたじゃない。その思いを期待を無駄にしちゃダメだよ」


母さんの真剣な目を見て

「ん~、そうなんだよね。わかったよ、我慢する」

そう言ってラケットバッグを置いて学校に向かった。



 必修クラブでのいつもの練習を黙って眺めていると大平が手招きした。

「こいつが昨日話した未経験の一年」

ずいぶん小さいな。女の子みたいな顔だし、ラケットをちゃんと振れるのかこいつ?

「萩原先輩こんにちは、島村リンです」

大平は

「ほら、お前のクラスの島村まゆの弟だよ」

そう言って紹介してくれた。

 アチャ~、まゆの弟ってことはあのどんくささも似ているだろうし、あんまり期待出来ないだろうがぁ。

 声には出さないが、無理だろうなと思った。


「ちょっと見ていてくれ」

 大平はそう言ってリンとラリーを始めた。

 何気ないラリーなんだけど、ラケットの重さに振り回されている感じは否定できないし、打球の正確性もなっちゃいないんだけど・・・。

 すごい、その拙さを補って余りある全身のしなやかさと、手首の柔らかさを生かした鳥肌が立つようなボールが時々来ることがある。

 小さな体はまるで強烈なスピンのかかったゴムボールのようにキュンキュンとコート内を跳ね回る。

 もちろん、無駄な動きだらけで隙だらけ。ボールのスピードも小学生のちょっとかじったウチのスクール生達にも負けるだろう。

 でもこいつはモノが違うと確信した。オレ程度の二流プレーヤーでもその凄さがわかる。

 大平がわざと強めの難しい回転をかけた球を、いとも簡単にボールを柔らかな筆先で包み込んで打ち返しているように感じる。

 オレは我慢できなくなっていた。

「大平、ちょっとラケットを貸してくれ」

「えっ、大丈夫なのか?」

「打ち返さないで、球出しするだけだから平気だ」

 大平からラケットを借りて何球か球出しをしてみた。速めの球、きつく回転を色々な方向にかけた球、一番返しにくいボディ付近にも。

 ちゃんとオレの所に返して来るのはほとんど無かったが、一つひとつのショットの受け方と言うか捉え方に羨むほどのセンスの片鱗を見せつけられた。

 これがテニスを始めて数ヶ月のレシーブなのか?嘘だろ!


 大平はオレの方を見て

「なっ!」

と言って笑った。

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