同盟脱退

三十  PCディスプレイ 15.6インチ部分


 サーバー4への移住まで一週間を残すことになった九月二三日の秋分の日に、大輔はホワイト・ライオットを脱退した。「プロフィール設定」の「同盟」の部分をクリックし、脱退を選択した。マップ上に表示される大輔の町の右上から、ホワイト・ライオットの同盟カラーである白色が消えた。すべてはホワイト・ライオットが攻撃目標となるのを避けるためであった。ボルボパパへの宣戦布告は同盟順位五位SLA全体への敵対行動とみなされ、大輔はSLA全二二〇名から追われる身となっていた。

 ボルボパパからは開戦日の夜になってようやくメッセージが届いた。ボルボパパは先週から出張中でログインできなかったと記していた。幸運なんて同盟は名前は知っているぐらいで、自分は関係したことはないし、まして、実質的な盟主だなんてありえない。あなたの言っていることはまるで意味がわからない濡れ衣だとそこには書いてあった。いかにも善人面した悪党の言い訳だと大輔は思った。その時点で大輔はボルボパパの町のうち、みき、たくみをはじめとする十の町を落としていた。陽動部隊のつもりだった市民兵たちは子供の名前のついた町をたやすく撃破し、その他の町も元治安部隊によって制圧された。強くなり過ぎた自分に大輔は酔いしれていた。五十以上の町をもち、常に臨戦状態にあって兵の増強につとめていたし、戦争経験も豊富だった。いかに、裏で幸運を操る策士であるボルボパパとはいえ、一対一で相対すれば、大手同盟内の恵まれた環境の中で、片手間でこの世界にいる者にすぎないのだと高らかに笑った。

 ボルボパパが同盟に訴えたがために、大輔はSLAから敵対国の認定を受けた。SLAの同盟主日本赤痢軍から、謝罪及び賠償として、ボルボパパの町を返還し、さらに一〇の町を明け渡さなければ、同盟をあげて対処するとのメールが送られた。脅しではないことの証明として、SLAの二〇人以上のメンバーから派兵された一万を超える元治安部隊によって、北西地区の一つの古い町が奪われた。それでも大輔は迷うことなく、戦争の継続を選んだ。謝罪などできるはずもなかった。こうとなった以上、謝ったところで赦されるはずがないことを大輔は己の半生で身に染みて知っていた。背中を見せれば、蹴りつけられるだけであった。何も堪えていないような顔をして、あと一週間、闘いぬくほかないのだ。戦い続けるために、ホワイト・ライオットを脱退することも迷わなかった。SLAは同盟間戦争も辞さないと宣告していた。対幸運戦と同時に上位同盟も敵に回すとなれば、ホワイト・ライオットの存続はますます危うくなる。ホワイト・ライオットの掲示板はすでに三日以上前の書き込みが放置されたままになっている。ボルボパパが裏の顔をさらけだして幸運も巻き込んで復讐を企てる可能性もまだ十分にあった。ボルボパパが幸運であるとの見立てについて、大輔はほとんど自信を失っていたが、まだ、その可能性が残されている以上、仲間たちを巻き込むわけにはいかなかった。大輔は同盟を脱退したこと、この件についてホワイトライオットは一切のかかわりはないことを日本赤痢軍に伝えた。

 脱退に際して、友よではじまる長いメールをハナゲバラに送った。ホワイト・ライオットに入ってよかったとどれほどつよく思っているかをきちんと伝え、礼を述べたかった。愛しているがゆえにホワイト・ライオットを離れたことをわかって欲しかった。自分が敵を引き受けることでホワイト・ライオットが生き延びられることを願っていると最後に記した。

 ハナゲバラから返事はなかった。それで、大輔はこの世界内に設置されたホワイト・ライオットの専用掲示板に脱退する旨を書き込んだ。その後、すぐに脱退してしまったので、大輔の書き込みに対して、誰のどんな反応があったかを追うことはできなかった。ただ、引き止めや名残惜しいようなことを書かれることはないだろうとの諦めはあった。ボルボパパへ攻撃をしかけた頃から、大輔はあまり同盟を顧みることはなかった。中央砂漠への移住作戦でも、従来の根拠地を捨てなかったことにみな、気がついていたはずだった。すでに、独善的な行動が反感を買っていたかもしれない。現実社会で好かれない男はこの世界でも嫌われ、避けられるのだ。

 大輔は脱退する旨を書き込んだのちに、有名な挿話をもじって、次のようなことを書き残していた。


 蠍が川を渡ろうとしているが、蠍は泳ぐことができない。

 それで、蛙に川の向こう側に渡してくれるよう頼んだ。

蛙は、君は僕のことを刺すからイヤだという。

蠍はそんなことはないと尾を振る。僕が君を刺してしまったら、誰が川を渡らせてくれるのだという。

 蛙は納得し、蠍を背中に乗せて川を渡り始める。

 蠍と蛙はそこではじめて個人的な会話をする。どこで生まれたのかとか。暇なことは何をしているのかとか。そういうことを。

 蛙はそこで、蠍も自分と大して変わらないのだと思う。花を美しく感じ、ときおり、親を恋しく思う。寒い冬を厭い、春を待ち望む。蛙は今まで遠くに感じていた蠍を身近な存在に感じる。いたずらにおびえるのではなく、もっと早く、会話を交わすべきだったと後悔する。

 川を渡りきろうとするそのときに、蛙は痛みを覚える。痛みははじめは鋭く小さいが、やがて、感じたことないような、からだの水分がすべて蒸発していくような恐怖が全身に回り行く。

 薄れる意識の中で、なんで? と蛙は蠍に聞く。

 だって、ここはネットの世界で、俺は相沢商業二組三番・井原大輔だぜと蠍は答える。


 三十一  PCディスプレイ 15.6インチ部分


 九月二四日、土曜日の静かな朝であった。大輔はSLAの外務次官の「こびと」に降伏の条件について交渉したいとメッセージを送った。「こびと」は条件などない。無条件降伏のみだとすぐに返信をしてきた。だったら、俺は自分の町を空にしてでも、おまえを攻めるぞ。俺がいくつの城を持っているのか知っているのか? と大輔はメッセージを返した。こびとは本部に聞いてみると言った。その隙に大輔はボルボパパの残りの町をすべて落とした。ボルボパパは援軍を求め、実際にSLAの幾人の同盟員から応援が送られてきたが、それらもすべて撃破した。ボルボパパに援軍を出したSLAの同盟員の町もいくつか占拠した。長い間侵略から免れていたSLAの豊かな町から新たに兵を徴兵し、大輔は戦争前よりも兵力を増やしていた。巨人になってマップを上から見下ろすような感覚は冴える一方だった。巨大な大輔には、SLAの怯えや、弱気と言い逃れが広がっていく様が手に取れるかのようだった。すでにボルボパパはこの世界から駆逐され、SLAは戦う理由を失っていた。こびとを通じて、ともかく、つぎにはじめに攻めてきた奴に全戦力を注ぎ滅ぼすと脅してあった。今日を入れてあと六日でこの世界サーバー2は消失する。いなくなった者のために、町を百近く持つ男に戦争をしかける人間はいないはずであった。ボルボパパなんて名乗ってしまうような奴が同盟内で強く愛されていたとも思えなかった。この世界は車も家庭も持てないもののためにあるのだ。

 ただ、残念ながら、ボルボパパが幸運を背後で操っているとの見立ては誤りだったと認めざるをえなくなっていた。ボルボパパの最後の町が落とされそうとしているその時も幸運はいっさい援護をする動きをみせなかった。それどころか、ボルボパパのいくつかの町を火事場泥棒のように奪いとることさえやってみせた。

 悪いことをしたと思いはするものの、大輔に後悔はなかった。大輔にとって、結局は、ボルボパパははじめから最後まで気に食わない奴であり、幸運の首謀者でなかったとしても敵でしかなかった。その相手を駆逐した勝利の高揚感のほうが優っていた。すべてを賭けたこの戦いの相手として、力不足であったことが腹立たしいぐらいとさえ思っていた。大輔は戦争に酔いしれている。すでに、ロトのことも、スーパーマーケットの店長のことも、検索することはなくなっていた。

 大輔は、SLAのうち、支配する町が少ない者から順繰りに、刈りとるように攻撃をしかけた。はじめは町を一つしか持たない者、つぎは二つ持つもの、三つ、四つと法則性がわかるように派兵を行った。この方法であれば、上位者からの派兵を避けることができた。順番を飛ばして自分自身が百の町を持つ大輔から狙われる可能性があるのに、軍を出す上位者はいなかった。

 この作戦は自分にしか思いつかなかっただろうと大輔は思う。。本当の意味で人間に対する絶望体験を持たなければ考えつかない。ひきこもりにも無理な話しだ。彼らはネットに愛を求めている。現実社会とネットの両方で戦ってきた人間にしか見えないものがあるのだ。

 玄関のドアを叩く音がした。新聞の勧誘だろうと大輔は玄関に視線をやりもしない。

 ドアと叩く音とともにダイスケ、ダイスケと名を呼ぶ声が響く。大輔はマウスの手をとめる。それから、机を叩く。一度、二度。なんでだよ。とうめき声をあげる。

 大輔は私の前から動こうとはしなかった。覚悟を決めたような顔をし、相手の町までのマス目を数えて、例のサイトで到着時間を計算している。ドアを叩いていた人間は通路側の窓をこじ開けようとしている。とつぜん、大輔のスマートフォンが光る。大輔が手を伸ばす前に机の上でスマートフォンは音を立てて振動する。あんた、いるんでしょう! 女の半狂乱の声が耳をついた。大輔は両腕をあげた。うっせえな。と外に向かって声を張る。巫山戯るな。これで、戦争に負けたら、あいつのせいだ。俺はあいつを許さない。いつもあいつが邪魔をする。あれで本当に親なのか?

 大輔は私の電源をきった。

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