第11話 ギルドハウスへようこそ!

 ふるちんとカルラは、途中、貧民墓場や、下水の貯まった池などを経由し、方向を誤ったふうに装って、暗殺者アサシンの群れる盗賊ギルドの建物に近づいた。


 名前表示オールネームで、大勢の名前が緑で表示される。

 一部の名前だけが、ときどき位置を変えている。


『悪人も善人も、みんな同じ色で表示されるのが、やっかいね』


 チャットで会話をする二人。


『ルィジーが見当たらないな』


『また、時計塔で下見でもしてるのかしらね。あとでまわってみましょ』


『仲間が寝てるってことは、暗殺に出かけたわけじゃなさそうだな』


『やっぱ大勢でチームを組むもんなの?』


『俺の命が一つだったら、そうするね。仲間が多ければ秘密は露見しやすいが、盗賊ギルドとなれば話は違う。信頼できるだろうぜ』


『ルィジーが、ただの監視役って線は?』


『大いにありうる。あの赤い線が、監視用のマーキングなのか、指向性の呪いなのか、まだ俺にはわからん』


『とりあえず忍び込む?』


『ああ。さすがに、ここからは俺だけだぞ』


 カルラが、眠りを誘う曲を静かに演奏しはじめる。

 弦が一本足りずとも、器用にやりとげると、アジトのなかに動く名前はなくなった。見張りも含めて、全員が深い眠りについているようだ。


 ふるちんは、カルラに合図をすると、物陰から建物に登り始めた。


 アジトの侵入者対策はなかなかのもので、建物のつかみやすいものを排除し、足場となるものを削りとり、石のスキマを漆喰で埋めるなど随所に工夫が見られる。


 それでも、両手にかぎ爪を持った少年盗賊は、体重の軽さもあって、するすると本拠地である二階へと到達した。


『二階に着いた。見張りも寝ている。これは……トラップか。鳴子が張り巡らせてあるな』


『床もキュッキュ鳴るんじゃない』


『うぐいす張りか? 十分あり得るな。足跡がついてるトコだけ踏んでくよ』


 ニンジャになった気持ちで、ふるちんは探索を続ける。


『あと、床にある壷が、触ると歌い出すかも』


『そんな罠もあるのか?』


 事実だとすれば、なんでも触って確かめる冒険者には、致命的な仕掛けである。

 しかしカルラが『ブルー・サンゴ』というミュージカルっぽいアドベンチャー・ゲームの話をしはじめたので、ふるちんは適当に受け流すことに決めた。


 ミュージカルといえば、『キングスクエストⅦ』で、ヒロインがいきなり歌い出したのもビックリしたなあ。ふるちん、歌うアドベンチャーゲームって他に何か知ってる? 歌うRPGなら初代『テイルズ オブ ファンタジア』が、カセットのくせに主題歌を歌って話題になったよね。『サイコソルジャー』のほうが古いけど、あっちは業務用だし……。


 といった話を延々と続けるカルラ。ふるちんは、どれひとつ知らないので、スルーしていたのだが、吟遊詩人のトークは尽きることがなかった。


 十人ほどが会食できそうな広めの部屋に、到着。

 テーブルの上には、食い散らかした食器が幾つか残されていた。

 盗み働きから戻った朝方に、作り置きを片付けたといった様子だ。


 わずかな残骸から察するに、メニューは豆のスープ。

 肉はカケラも見当たらない。


 パンは食べ放題なのか、テーブルにどんと大きなかたまりで数個置かれている。茶色で、カチカチで、手でちぎるのは難儀なしろもの。

 そばのナイフで切り、おそらくスープにひたして食べるのではないか。


――盗賊たちの食生活を調べて、どうするんだ。


 おそらくミーティングにも使われるであろう、その部屋には、書類らしきものがまったく見当たらない。


――そもそも、こいつらって文字を書けるのか? メモをとるって習慣はあるのか?


 玄関までまわってくると、イスに座ったままイビキをかく男がいた。これが門番というか受付役だったのだろう。


『守りが手薄すぎる』


 名前がかたまって表示されることから、奥に寝室あるいは雑魚寝部屋があるようだ。


『そりゃ盗賊ギルドに忍び込むやつがいるとは、普通考えないっしょ。警察署だって、意外に警備ゆるゆるだよ?』


 ゲーム話をスルーしていたことも気にせず、カルラが会話にのってくる。


『そりゃあ、警察の玄関は、市民が相談しやすくしてるからな』


『防衛省なんて、超めんどくさいよー。途中で何度もチェックされるから、書類ひとつ預けるのに、タイミングが悪いと一時間じゃすまない』


 そんなところと比べるな、と、ツッコミを入れる。


『警備の甘さと比べて、この罠の多さは、ちょっと不釣り合いだ』


 目を凝らし、建物の構造に注意を払うたび、そして罠を見つけ出すたびに、罠探知ディテクト・トラップのスキル値が上がっている。


『へー、いい訓練になるじゃん』


『ああ、ここを根城にする盗賊たちが、罠に習熟できるよう、わざと仕掛けている可能性がある』


――とすると、予想外の罠が大量に仕掛けてある可能性もあるな。


 致死性ではないが、アジトの仲間に思い切りバレるような仕掛けは、十分に予想できる。恥をもってペナルティとするわけだ。


『連中が寝ている大部屋の探索は、さすがに難しい。いったん引き上げる』


『了解。あたしは先に離れるから、少し先の四つ辻で合流しましょ』


 無事にアジトから抜け出した少年盗賊は、ゆっくり目立たぬよう歩くカルラに、時間をかけて追いついた。


「建物の状況はよくわかったが、具体的な収穫はない。夜の捜索に期待だな」


 泥棒市での竪琴リュラの弦を買ったあと、ぶらぶら散策するカルラに、走り回っていた子どもがぶつかった。


「あう、ごめんなさい、お姉さん」


「気をつけなよー」


 頭をなでて解放するカルラ。


 それとは別の子どもが、通り過ぎざま、ふるちんにえりをつかまれ、のけぞる。


「な、なんだよ、あたしが何したってんだい。ぶつかったのは、アイツだろ」


「不自然な逆ギレしてっと、共犯だってバレバレだぞ」


「ふるちん、どうしたの」


「さっき買った弦、あのガキがスリとった」


 カルラが、上着の内側を探る。


「うわー、こんなん盗むわけないって、油断してた」


「仲間を呼び戻せ。でなければ殺す」


 はたから見れば、子どものじゃれ合いだが、ふるちんは襟をギリギリと絞め、極めてドスの効いた声で、脅しをかける。


「クロッコぉー!」


 人質の叫び声に、すぐさま下手人の子どもが戻ってきて、商品を返した。

 この界隈の盗人は、仲間意識が相当強いようだ。逆に傷つけていたら、どう逆上されたかわからない。


「次やったら」


「おいおい、やめてくれよ兄ちゃん。勝負は、その時その都度だぜ。今回は負けたけど、次までは約束できねえよ」


 クロッコというリーダー格の少年の、そのあまりな開き直りに毒気を抜かれ、ふるちんは子どもたちを解放した。


「ああいうガキどもは根絶やしにしないとな」


「ぶっそうなこと言うわねえ」


「いいアイデアがある」


「いやな予感がするけど、聞きましょう」


「学校を作る」


「はあ?」


 ふるちんの奇妙な提案に、カルラは足をとめる。


 いつの間にか二人は、貧民街の入口たる泪橋にさしかかっていた。


「それって、どういう意味……」


「お客人、ちょいとお時間いただけねぇですかね」


 ふりかえれば、モヒカン頭のタンゲがいたが、ちょっと口調が改まっている。

 その背後には、行きに出会ったゴロツキたちも集まっている。


「これは断れるものかな」


「ムリにお連れしろとは言われてねえんですが」


『うーん、クエストの臭いがするね』


 カルラがチャットでつぶやく。


「なら行くか」


「行きましょう」


 ふるちんたちは、タンゲに案内されるまま、貧民街の奥へと向かった。


        ◆        ◆        ◆


 ただの鳥小屋にしか見えない建物の隠し通路から、二人はギルドハウスへと招かれていた。


 ギルドマスターとして紹介された女首領はまだ若く、プーランと名乗った。


 黒髪を後ろに長く伸ばし、黒目がちの双眸はきらきら子どものように輝いているが、細身ながらも出るところの出ている身体は、二十歳を越えて見える。


「このプーランが、この盗賊ギルドを仕切っているのだっ」


 そしてなぜか、自信満々のドヤ顔である。


 その視線に、ふるちんは記憶がある。


「昨日、俺を追跡してたのは、あんたか」


「すごいな、オマエっ。プーランに気付くとは、そこそこやるようだなっ」


「ってことは、ここは、俺が追ってたルィージと敵対するギルドか」


 屋内をみまわす。


 この狭い密談場にいるのは、ふるちんとカルラ、そしてギルマスのプーランと、部下のタンゲ。あとはギルマスの用心棒である覆面の二人だけだ。


「敵対しちゃないけどなっ。掟を破れば、ほかのギルドだってが黙っちゃいないってだけなのだっ」


「掟? あんたんとこは、殺人は御法度ってことでOK?」


「当然っ。盗賊は、殺さず、犯さず、金持ちから奪うっ。これが鉄則なのだっ」


『なんとか犯科帳みたいなこと言ってるわね。どうせ盗めば死刑だってのに』


 カルラが、竪琴リュラの弦を取り替えながら、チャットで突っ込む。


「掟ってわりに、あそこの盗賊ギルド、暗殺者アサシン毒殺者ポイゾナーがウヨウヨいるじゃん」


「なんとっ?」


 まさか気付いていない? ふるちんは、カルラと顔を見合わせる。


「あそこの構成メンバーを、思い出せるかぎり挙げてくぞ?」


 昨晩と今日のログを見ながら、ふるちんがギルドの建物内にいた名前を口にしていく。


「そして、最後にルィージ。こいつは暗殺者アサシンだ。暗殺に特化したスキルをいろいろ持ってるだろう」


「それが真なら、あやつが〈殺しの視線〉をつなげていたのも頷けるっ」


「あー、やっぱ知らなかったんだ」


「今回、初めてコロシに手を染めたと信じておったのじゃがっ」


 ギルマスは、覆面姿の部下の一人に短く指示を出すと、その者は風のように部屋を出ていく。裏をとらせに行ったのだと、ふるちんは察した。


暗殺者アサシン毒殺者ポイゾナーも初期職業クラスじゃないからね。ありゃ相当、お仕事やって鍛え上げたって証拠だよ」


 カルラが、ポロロンと弦をつまびく。


「あのうち何人かは、完全にベテランだねえ」


 カルラの説明にギルドの面々は困惑する。

 グランドマスターといった称号と異なり、職業クラスは必ずしもNPCノンプレイヤーに認識されているわけではないようだ。


「えーと、あんたらも、あの赤い線……〈殺しの視線〉だっけ? あれを見て、あのルィージが、ミリオン警備隊長の殺しを画策してるのを知ったってことかな?」


「そうなのだっ。プーランはギルドマスターになれるくらい偉いから見えるけど、なぜかオマエにも、それが見えるらしいっ。生意気なのだっ」


 それは、おそらくPCプレイヤーであるせいだろう。

 プレイヤーにだけ許された特別な機能の数々は、名前表示オールネームにしろ、自動地図作成オートマッピングにしろ、NPCノンプレイヤーにとっては、驚異的な能力となるはずなのだ。


「オマエ、何者なのだっ? ぶっちゃけ聞くけど、軍の密偵かっ?」


 腹芸もなにもないギルマスである。

 ふるちんは、ミリオンの幼い顔立ちを思い浮かべた。十二歳でこの世界に生を受けたふるちんにすれば歳上なのかもしれないが、やはり子どもの範疇である。


「俺はあいつの友だちだよ。ちょっと頼まれて、断れなかっただけだ」


「友だちっ? 貴族かっ?」


「ただの盗賊シーフだよ」


「親方、このガキは軍とのパイプ役にできますぜ」


 モヒカンが手で口元を隠して耳打ちするが、聞き耳スキルで丸わかりだ。


「あんたら、ミリオン隊長が、ここの治安をどうこうしようって腹づもりなのは理解しているか? そうなれば、あんたらの憎いカタキってことになるんだが」


「も、もちろんだっ。だが、やつらは何もできぬっ。この街の掘建ほったて小屋に鍵をかけて、すべて牢獄に作り直さないかぎりなっ」


 それはまあ、その通りである。街全体が多かれ少なかれ犯罪にかかわってるのは、ふるちんたちも今日だけでだいぶ理解した。


 彼ら全員を送り込める大きさの収容所はそうそうないし、徴兵して国境に送り込んでも、まともな兵力として期待できないどころか、食料や輸送の手間が面倒である。


「ってなわけで、あの警備隊長さんの軍と、こっちの街がコトを構えるって予定は、まずねぇわ。先に、掟破りの第三盗賊ギルドこそ、潰しておかにゃあな」


 タンゲが足を踏みならす。


「ギルドに番号ついてんのかよ。……でもな、俺が暗殺の証拠をつかめば、精鋭部隊が踏み込んでいく可能性はあるんだよ」


 ふるちんは、ギルマスのプーランと、おそらくナンバー2であろうタンゲを交互に見やる。


「これがどの程度の規模になるかは、まだわからん。ルィジーだけとっ捕まえるじゃ、第3ギルドだけ壊滅させて終わりとするか、ほかの盗賊ギルドにも手を付けるか」


「それこそムダなのだっ。ギルドに入っておらんノラの盗賊もおるぞっ。第3ギルドの連中も、大半は逃げ遂せて、別のギルドに匿われるのだっ。みんな顔見知りだからなっ」


 ふるちんにも実際、警備隊長の腹づもりはわからない。

 だが、考えられる可能性は、せっかくギルドの要人が集まっているこの場で、できるかぎり検証しておきたかった。


「とりま、そっちで掟破りのギルドを問い詰めて、暗殺計画を阻止してくれるってんなら、軍の介入は回避されると思うぜ」


 ふるちんは、ギルマスにゆさぶりをかけてみる。


「同じ掟を持つ盗賊シーフの問題だっ。言われずともそうするのだっ」


 これは言質げんちをとれたと解釈すべきか。


「だったら、俺たちもその折檻に協力できるかもな。あいつらの構成メンバーを内偵中だし、建物の外からでも誰が潜伏しているか把握するスキルもある。なんだったら、ギルドハウスの罠の位置も教えてやるよ」


「なかなか、やりおるようだなっ」


「向こうのメンツは、まあ昔なじみばっかだから、大丈夫だ。罠も、潜伏させてる仲間がいるから、だいたい把握してるぜ」


 タンゲが顔と髪型に似合わない智将ぶりを伝える。


「なんだよ、しっかりしてんなぁ」


 そうそう簡単に無双をさせてくれるゲームではないようだ。


「だが、こっちにゃ、まだまだ隠しダマがあるからな」


 なかなかPCプレイヤー無双はできそうにないが、いくらでも切れるカードは残されている。


『あたしの戦闘を終わらせたり、眠らせちゃう音楽とか、あと隠し通路を見つけるマッピング能力とかかな?』


 カルラがチャットで話しかけてきた。


『隠し通路? そんなスキルあるの?』


自動地図作成オートマッピングでできた地図、あとで見せてよ。不自然な空間とか探せば、けっこう見つかるはずだよ』


『そういう使い方があるのか』


『ゲームの基本だけどね』


 この吟遊詩人、ただの懐ゲーマニアではなかったようだ。


 二人だけの念話に気付かず、ギルドマスターのプーランは、ふるちんの提案に同意する。


「オマエの技量は、プーランがよくわかってるっ。こちらも協力に異存はないし、期待もしているぞっ。なにしろプーランたちは同じ盗賊シーフなのだっ」


 このギルマスが、本当にちゃんとモノを考えてるのか心配になる少年盗賊だったが、補佐役のタンゲがわりとマトモなのは救いである。


「しかし、あんたらの話を聞いてると、警備隊長の暗殺なんて無意味だよな? むしろ、大貴族の長子を殺しちまったら、その気のなかった軍の反感を買って、怨みで近衛騎士団まで押し寄せてくるぜ。完全ににヤブヘビだろ」


「こっちも、さっきまで一人の盗賊シーフとしての計画だって思ってたからよ、軍がこの街に攻めてくるって計画を真に受けて、義憤にかられてと思ったわけよ」


 モヒカンのタンゲが、胸元から取り出した紙巻きタバコをくわえたとたん、ギルマスにはたき落とされた。


「お嬢ぉ」


 プーランがねめつけると、タンゲは肩をすくめてタバコを踏みつぶす。

 ここのギルマスは、タバコがお嫌いなようだ。


「ところがクソガキ……じゃねえ、オマエさんが言ってるように、あいつらが暗殺者アサシン毒殺者ポイゾナーに成り下がってるんなら、話が違う。ギルドぐるみで殺しコロシを商売にしてきたってことだからな」


「つまり、動機は金ってことか」


「親か本人かは知らねぇが、宮殿じゃあ、しこたま妬まれ恨まれてんじゃねぇか」


 なるほど、十分に考えられる話である。


『こいつら信用できるかな』


 ふるちんは、チャットでカルラに相談する。


『ゲーマーの勘としては、彼女たちの言い分は信用できるよ。それに、これが罠だったとしても、クエストは確実に進む。避けられない、どんでんがえし演出としてね。でも、やり直しの利かないオンラインゲームには、基本的に修復不能なハマリ展開はあり得ないから、安心していいよ』


『疑っても、意味がないってことか』


『まあね。貴重なアイテムの取りっぱぐれはあるけど』


 身もフタもない話だと嘆息しつつ、ふるちんは腹を決めた。


「よし、お互い協力しよう。そこで、やつらを仕置する手はずに、俺からの提案があるんだが」


「おう、言ってみろっ」


「聞かせてもらおうか」


 ふるちんは、ゆっくりと足を組み直して、こう言ったのだった。


「暗殺計画を見過ごして、そのまま遂行させてほしい」

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