第4話 うれしはずかし個人レッスン
「あー、ごめんね。こういう話、興味なかった?」
「いや、なかなか勉強になった……気がする」
今後役に立つ機会は、永遠に訪れないだろうと思いつつ。
「じゃあ、他のゲームは置いといて、お姉さんがこの『
「それは素直にお願いする。ベテラン・プレイヤーとお見受けいたすからな」
「まぁね~。もう一ヵ月もこの世界でプレイしてるからね~」
「一ヵ月!?」
――アルファ版からプレイしてなければ計算があわない。まさか開発サイドの人間……?
第一次募集のクローズド・ベータテストは、まさに今日スタートしたはずだ。
頼みもしないアカウントが、ふるちんの会社に送られてきたのは、ほんの数日前。
得意先の義理を果たせと、MMORPGが未経験にもかかわらず、半ば強制的に、時間に融通が利く彼が、体験プレイヤーとして選ばれた。
没入型、VRタイプのゲームへのログインは、一般に〈ダイブ〉と呼ぶが、彼の心情的には、プールサイドから突き落とされた印象が強い。
「まず~、
「あ、ああ」
我に返る。
「きみとあたしが、PCです。あと、ほかの街のみんなは、全員NPC」
「なんだってーっ!」
「あはは、やっぱ気付いてなかったんだ。
「えーと、これかな」
宙に
ふるちん
カルラ
ジェイソン
ニャーゴスⅢ世
「俺たちとは別に、近くに二人いるな」
「慣れると、触ろうと思っただけで発動するよ。PCは青。NPCは緑。それ以外の生物は白い文字」
「ってーことは」
「ジェイソンは、八百屋のおじさん。ニャーゴスⅢ世は、釣り銭カゴで寝てるネコちゃんです」
「ネコかよ! こんだけ威厳ありそうな名前で、ただのネコかよ!」
「ただのネコじゃないよ。この界隈じゃ誰も逆らえない最強の主人なんだから。古今東西、ここまでネコが強いゲームがあっただろうか? いや、ある」
「あるのか」
「たとえばズームの3D格闘で隠しキャラだった『ブラッキー』は、まんまるな体躯から恐るべき攻撃力の技を数々を」
「いや、そういう話は置いといてだな」
「あっ、そういえば、どうして格闘ゲームには、ネコ系の女のコが多いんだろうにゃー」
「語尾がブレまくってんぞ」
口調やテンションがとりとめなく変わるということは、これが素なのだろう。
ふるちんの中では、カルラを操作するプレイヤーが、
「ともあれ、街のみんながNPCだったってのは驚きだ。外観じゃ区別つかないんだな」
「どっちも同一クオリティのCGだからねー。会話しても、不自然なとこなかったでしょ? 誰かウラで操作してんじゃないかって、あたしは疑ってるね」
「あれだけのキャラクターに、オペレータがついてるって? まさか、いや」
賃金の安い国のオペレータを雇うなど、やりようはある……かもしれない。
しかし、そういったAI軽視の発想は、開発者のものではない。
「ところで、
言葉を選びながら、カルラは禁断の案件に踏み込んできた。
「やっぱ、あの組織の関係者なの、かな?」
「組織って」
「えーと。ローディス島の出身かってこと」
ふるちんが初めて聞く地名だった。
「いや……生まれも育ちも日本の東京だけど」
地中海の島の名前?
いや、似たような名前のアナログRPGがあったかもしれない。
「ああ、ううん、違うんだったらゴメン。ほら、あれよ。いろんな雑誌や掲示板で、お約束の名前ってのがあるじゃん。ふたばチャンネルなら〈としあき〉ってな感じで、思いつかないとき用のとりあえず名乗っておけーみたいな――魂のデフォルト・ネーム?」
何を言ってるのか、わからない。
「この名前は、適当に入力した産物であって、これといった掟も矜恃もないのだが」
「おっけ。じゃあ、この件はこれでおしまい」
あまり女性に触れてほしくない四文字なので、ふるちんは安堵する。
「名前の次は、ログの見方。さっきログインしたばっかりだったら、たぶん全部残ってると思うんだ」
カルラの指摘どおり、いくつもの
それが、これまでの会話やコマンドを記録しているログ機能である。
「気付いたら地下墓場にいたんだっけ?」
「ああ」
ふるちんがログをスクロールさせると、正確な名称として「王都:
「#3ですかー」
「あんな不気味で無意味な空間が、この町には最低でもあと二つはあるのか。リソースのムダだな」
「そーでもないよ。空き地が多いほど、ダベったりイベントやるスペースが増えるってことだし」
と、
「モンスター、全然いなかったの?」
「動くものはまったく」
いかにも盗賊ギルドがありそうなシチュで、実はなにもない。
狩り場ですらない。
「じゃあ、まだギルド制度が実装されてないのかも」
いずれ盗賊ギルドが設置される可能性もあると、カルラは自説を述べた。
「たしかに最初のガイダンスで、『ギルドで仕事が受けられます』って説明もあった気がしないでもないけど、この街では、そんな場所を見たことないのよ。盗賊ギルドはもちろん、あたしみたいな吟遊詩人向けのギルドもね。今後のアップデート待ちじゃないのかな」
「ん? じゃあ仕事や
「そうだね、不思議だね」
「いや、待った。一日どころか一ヵ月の長がある先任さんが、なんで知らないんだ」
「だって、クエストなんて一度もやったことないもん」
驚愕の真実が明かされた。
「じゃあ、逆に、この一ヵ月、なにをしてたんだ?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」
カルラの瞳が、また金色を帯びつつあった。
ふるちんがとっさに跳び退くが、その身体が硬直する。
カルラの片手に、小さな弦楽器が握られていた。親指で弾くだけの
「うふふ、逃げぇるなんて、つれないなあぁ。あたしはあたしは、ずうっと他のプレイヤーが来るのを待ってたんだよぉお」
左手に楽器を持ち帰ると、今度は右手の五本の指で、ノリの良い曲を奏ではじめる。
これは行進曲だろうか。
曲を聴くだけで、ふるちんの足は意志に反して、カルラに近づいていく。
「さぁあ、こっちだよぉお」
音楽に操られるまま、足を進めるふるちんは、ハーメルンのネズミになった気分だった。
カルラが開けた扉に向かって、ふるちんは進む。
そこに待ち受けるのは、旅人を誘い込んで拷問にかけるための苦悶の部屋か?
はたまた、空間を無視した広大無辺の迷宮が広がっているのか?
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