2

3ヶ月前──


「ロ、ローマに留学するって…どれぐらいの期間行くつもりだよ?」

巧は驚きを隠せない様子で聞いた。


「うん…とりあえず1年は行こうと思ってる。」

千綾は決意が固い様子で答える。

「いち…1年も行くのかよ?!」

つい声が上擦ってしまった。

「いけないかしら?」

こちらは淡々としている。


「いけないっていうか…、就職!就職はどうするんだ?」

千綾はこの春、大学を卒業するのだ。

「親みたいな事言うね。」

と、笑いながら、

「戻ってきてから探すわよ。」

至って、あっけらかんとしていた。


「千綾は…それで良いのか?」

うつむき加減で巧は尋ねる。

「私ね、イタリアで思いっきり世界遺産を見て回るのが夢だったんだ。」

千綾はゆっくりと語り出す。


「本当はね、大学生の内にそれをやろうと思ってたんだけど。意外と大学でしかできない事って多くって…ずるずる先延ばしにしてたら、今になっちゃった。」

「……」

巧は千綾の言葉に黙って聞いていた。

「この先就職すると、なかなかそういう時間って取れないでしょ?だから、私はどうしても今行きたいの。」

目を輝かせながら話す千綾に、巧は反論する権利もなかった。


―だけど…だけど!!


「俺とは…」

巧はボソッと声を出す。

「え?」

「俺との関係は、どうするつもりだよ…」

表情が悲し気だった。

「鈴屋くん…」

予想外な言葉に、千綾は声を詰まらせた。


―1年も千綾に会えないなんて、俺は堪えられない…!


しかし、巧の気持ちとは裏腹に、


「もし…鈴屋くんがそんなに待てないんであれば、別れてもしょうがないと思ってるよ…」

と、千綾は言った。


「えっ……」

巧は耳を疑った。


千綾の目は、真剣だった。


―な、なんだよ…


巧は拳を握ると、

「そんなに、そんなにローマに行きたきゃ…5年でも10年でも行きやがれ!!!」

吐き捨てるように言い、その場を飛び出して行った。


「え、ちょっと…!鈴屋くん!」

千綾は呼び止めるが、巧が戻ってくる事はなかった。


「鈴屋くん…」

そう呟くと、

「会えないのが辛いのは…キミだけじゃないんだよ…?」

涙が頬を伝う。


*****



小塔千綾は飛行機の中で、3ヶ月前のやり取りを思い出していた。


―結局、あれから鈴屋くんと話できなかったな…


ケータイに連絡しても応答はなく、家に行っても居留守を使われていたのだ。


―今日も見送りに来なかったし、やっぱり愛想尽かされちゃったのかな…


ケータイの待受にしている、二人の画像を見ながら、千綾は目に涙を浮かべていた。

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