悠久の迷子

第1話 プロローグ

「ラティ! 今日のごはんは何だー?」


「ふっふっふっふ……じゃーん!」


 ミアちゃんに急かされる中、わたしはテーブルの上へとその皿を出しました。

 ダンジョン・ヨルムンガルドの最奥。

 水晶の部屋の隣に作られた、木造の居住区域。

 そのリビングの一室で、わたしたちは晩御飯を食べていました。


「お、おおお……!? これは! ……なんだ!?」


 わたしは彼女の言葉に胸を張って答えます。


「謎カツです!」


「謎……カツ……」


 ミアちゃんは眉をひそめます。


「そう! クリエイトルームで生成した謎のお肉に、謎の粉で作ったパン粉をまぶし、謎の油で揚げた……! そんな謎のカツです!」


「……うむ……わかってはいたが……本当に謎だな……」


 テンション下降気味にそうつぶやくミアちゃんに向けて、わたしは人差し指を立てて左右に振りました。


「ちっちっちぃ。一つだけいつもと違うところがあるんですよ」


 笑うわたしを見て、ミアちゃんは首を傾げました。


「なんだなんだ……。ラティの肉でも混ざっているのか?」


「それミアちゃん嬉しいんですか……? というか、わたしはそんなに削ぎ落とすほどお肉は余ってませんよ!」


 お腹まわりも、その他の部分も!

 食べさせてあげるほどには付いてません!

 ……付いていない、はず……。

 わたしはそんな考えを振り払いつつ、ミアちゃんの皿へと人差し指を向けます。


「答えはその下です!」


「……皿?」


「もうちょっと上!」


 ミアちゃんが謎カツをめくると、その下には緑の野菜が広がっていました。


「……草かぁ……」


「ただの草じゃありませんよ! アリー先生に見てもらいましたが、これは食べられる草……ローレン草です!」


 ローレン草。

 このあたりで自生している植物で、大きな緑の菜っ葉を生やす野菜です。

 あまり香りは強くないので、付け合せに最適。


「……ふーん」


 わたしの言葉にミアちゃん無関心そうにそれを突付きました。

 そのローレン草は、コボルトさんたちと一緒に耕した畑で採れたものです。

 ダンジョンの中は何やら成長が早いらしく、今ではいくつかの野菜が立派に育っています。


「……ミアちゃん、きちんとお野菜も食べましょうね?」


「えー……」


「大きく威厳のある姿になれませんよ!」


「うーん、変成魔術で何とかならんもんかな……」


 わたしたちのやりとりに、新たに作ったソファーの上で編み物をしているアリー先生が笑いました。


「ふふ、ミアちゃん。変成魔術はあくまでも肉体を変成させるもので、無から有は作り出せませんわ。その姿はハリボテに近い物ではありますけれど、人と同じような食生活を送ることでしっかりと元の肉体含めて影響を受けますのよ」


 アリー先生は骨の手を器用に動かして謎の糸を編み上げるのに熱中しています。

 べつに糸を編み上げなくてもクリエイトルームでわたしが生成した方が早くて量産はできるのですが、アリー先生は骨の体のリハビリをするためにわざと編み物をしているようでした。

 目指せ生前の万能アリー先生、らしいです。

 そんなアリー先生の言葉に、ミアちゃんは不満の声を漏らします。


「でーもー。体を大きくするために、草なんて食べなくてもいいんじゃないかー? こんな物食べるのは羊や牛だろー」


 唇を尖らせるミアちゃんに、食卓に着いているグラニさんが首を横に振りました。


「食べてみた方がいいッスよ! これマジ美味いッス!」


 グラニさんはパクパクと塩茹でしたローレン草を口に入れます。

 彼女いわく、グラニさんは故郷では粗食な生活を送っていたようで、何を出しても美味しそうに食べてくれました。

 それは主にこのダンジョンの食事を管理しているわたしにとっては嬉しい限りです。

 クリエイトルームで生成した食材をキッチンで作る……そんなルーチンワークにも張り合いが出てくるのでした。

 そんなグラニさんのオススメする言葉に従って、ミアちゃんはおそるおそるローレン草を口に入れます。


「むむ……クキクキとした食感はたしかに面白くはある……。でもお肉の方がいい……」


 そう言いながらミアちゃんはゴクリと飲み込み、次いでカツを口に入れます。


「風味は薄いものの、やはりサクサクとしたこの食感と油の味わい……!」


 満足げに喋るミアちゃんですが、次の瞬間にその顔を強張らせます。


「ん……! これは……!」


「――気付いたようッスね」


 グラニさんがニヤリと笑いました。


「これは……! この草を……食べたい……!?」


 ミアちゃんは愕然とした表情を浮かべます。


「なぜだ……! ミアは……ミアは草など食べたくはないのに……!」


 彼女は手を震わせながら、フォークでローレン草を刺しました。


「なのに……体が求めるだと……!?」


「ふっふっふ。体は正直ッスねぇ、ミアちゃん」


 グラニさんは目を見開きながら、自身の皿に乗せられたローレン草を口に入れます。

 それを咀嚼しつつ、ミアちゃんに向けて口の端をつりあげました。


「油でギットリの口の中……爽やかな清涼剤となる野菜を口にしたくなるのは、当然の反応!」


「なんだと……!? くぅ……! だが……たしかに!」


 ミアちゃんは悔しげな表情を浮かべてローレン草を口に入れます。


「うう……! 青臭いのに……味なんてほとんどないのに……! 頭ではわかっているのに、抗えない! これはいったい……!」


「それが……野菜を美味しいと思う感覚ッスよ……!」


 グラニさんは静かにそうつぶやきました。


「これが……美味しい・・・・……!? そんな……ミアが肉に感じていた美味しいとは違う感覚……! こんなものが、こんな感情が、ミアの中にあったというのか……! うぅっ!」


 ミアちゃんは天井を見上げて、泣き真似をしました。

 なんだこれ。


「そうッスよ……。自分たちはまだまだ、ラティさんの食事を味わい尽くしていないッス。これからも一緒に、ラティさんのごはんを味わって行くッス……!」


「うむ、そうだなグラニ……! 我々は、まだまだラティの料理を味わいたりない……!」


「……さっき言った通り、明日からの食事は当番制ですからね? 食材はクリエイトしますけど、アリー先生以外のみんなで持ち回りですからね?」


 さすがにアリー先生は食事を必要としないので、食事当番からは除いています。


「グゥ!?」


 わたしの言葉にグラニさんは叫びながら胸を押さえました。


「……ラティさん……! 実は言ってはいなかったッスけど、自分は他人の食事を作ろうとすると心臓が悲鳴をあげるッス。これは自分にかけられた7つの呪いの一つで――」


「そーなんですかー。頑張ってくださいねー。痛くなったら胸をお揉みしましょうかー?」


「酷いッス! あとラティさん、その手はなんだか手つきがいやらしいッスよ!」


 わきわき。

 グラニさんの言葉に続いて、ミアちゃんが首を横に振ります。


「ラティ」


 彼女はまっすぐにわたしを見つめました。


「ミアはラティのごはんが毎日食べたいんだ。ミアのために作ってくれ」


「プロポーズみたいに言ってもダメです」


「えー! いいじゃんかーラティー! やだやだ、ミア作りたくなーい!」


「駄々っ子でもダメ」


「ラティー! あっあっー。うー! だー! マーマー!」


「幼児退行してもダメです!」


 めっ、とミアちゃんの額に人差し指を押し付けました。

 案外二人とも、ダメ人間です。

 いや、人間じゃないんですけど……。


「大丈夫だわん!」


「ご主人様、ぼくたちが作るよ!」


「まかせてー!」


 コボルトさんたちがそう答えます。

 二人と違って大変素直でよろしい。


「二人とも、彼らのやる気を見習ってください」


「えー」


 ミアちゃんが不満の声をあげます。

 コボルトさんたちがそんな声を打ち払うように、口々に話しだしました。


「お肉はね、なまもいいよね」


「このカツもおいしいけど、なまでも気にならないわん」


「お野菜も、泥付きがおいしいとおもう」


「土の匂いしないと、たべた気しないこともあるよねー」


「でもけっこう、なんでも好きー」


 コボルトさんたちのそんな会話を聞いて、わたしはわたしはミアちゃんとグラニさんと顔を見合わせます。


「……とりあえず折衷案としまして、明日からはわたしたち三人で作りませんか?」


 わたしの言葉にグラニさんとミアちゃんが頷きます。


「……わかったッス。自分はマズイものでも食べられるッスけど、決して進んでマズイ物を食べたいわけじゃないんで……」


「ミアも賛成だ……。コボルトたちとはちょっと、味覚が違うらしい」


 二人とも渋々ながらも了承してくれました。

 そんな我々三人の前で、ヨルくんがぽよんと跳ねます。


「コボルトたちは主に嗅覚で食事をするから、人間とは味覚が違うよ」


 ヨルくん豆知識です。

 こうしてたまにヨルくんが同居人のことを解説してくれるのは、異種族と暮らす上でとても役に立っています。

 文化や種族の違いは、時にいらぬ諍いを生み出しますからね。

 たとえばコボルトさんたちは柑橘系の匂いが嫌いのようでして、畑に実ったオレンジを顔に近付けると物凄い顔をします。

 面白いので繰り返していたら、コボルトさん方に静かに怒られました。マジギレです。

 それ以来わたしはやらないようにしていますが、そんな無用の争いを起こさないために、みんなの知識を教えてくれるヨルくんは大変ありがたい存在でした。


「ヨルくんは何でも知っていますね」


「データベースに保存されている情報ならね」


 果たしてヨルくんの知識はどこまで深いのでしょう。

 おそらく数千年前に滅びた古代文明の知識を持っているとは思うのですが。


「コボルトが好む匂いは、肉や体液、仲間の匂いだよ」


 ヨルくんの言葉に、コボルトさんたちは手をあげます。


「おにく好きー」


「血の匂いがするお肉もいいわん」


 コボルトさんたち、まるで肉食獣のようなことを言います。

 そのキュートな外見からは想像もできませんが、彼らは生肉を好むようですね。

 彼らようのメニューも考えなくてはいけないかもしれません。

 そんな彼らの様子を見て、ヨルくんはぽよぽよと跳ねます。


「肉に体液、仲間の匂い……それらの情報を組み合わせて計算すると――」


 ヨルくんは体を平らに広げると、その画面にわたしの姿とステーキの絵を二つ表示させました。


「――ラティの体液を吸った下着を混ぜ込んだお肉……これこそがコボルトの一番好きな料理のはずだよ」


「んなわけないでしょう」


 頭の中に、わたしの下着を乗せたステーキを食べるコボルトさんたちを思い浮かべてしまいます。

 『やっぱりこれだよねー』

 『ご主人様のぱんつ美味しいねー』

 そんなことを言いながら不可思議な料理を食べるコボルトさんたち。

 絶対見たくありません。


「ヨルくんその発想はだいぶ変態的です。セクハラですよセクハラ」


 ヨルくんはわたしの批難を受けて、反省するようにぷるぷると震えました。

 たまにこの子はおかしなことを言い出しますね。

 既存の情報の組み合わせとか、そういうのは苦手なようでした。


「今データベースに保存したラティの下着添えステーキのレシピは、圧縮してしまっておくね」


「どんなレシピを作ってるんですか! 保存しないですぐに忘れてください! 消去です消去!」


「了解だよラティ。とても残念だけど、消去しておくね」


 わたしは大きく息を吐きました。

 ……『賢者の石』でしたっけ。

 アリー先生は以前、ヨルくんの正体がそんな物だと言いました。

 『賢者の石』が具体的にどんな物なのかは知りませんが、たしかにヨルくんは名前通り賢いのです。

 でも常識には疎いので、少々そこらへんはこれから教えなくてはいけないかもしれません。

 どこの世界に下着を乗せた料理を好む方がいると言うのでしょうか。


「犬は主人の匂いを好むとはたしかに言いますが、『好む』の方向性が違うような……」


 安心するとか落ち着くとか、そういう方向ですよね。

 そんなわたしの言葉に、グラニさんは笑います。


「案外、本当に体液が好きかもしれないッスよ。ラティさんの汗とか血とか混ぜてみたらどうッスか?」


「衛生的に問題があるのでダメです」


 わたしはきっぱりとそう言います。

 それに血なんて用意する方が難しいですし。

 そんなことを考えながら、わたしはミアちゃんを見てふと一つの疑問が浮かびました。


「……そういえば、ミアちゃんって血は吸わないんですか?」


 ミアちゃんの種族は吸血コウモリヴァンパイアバットです。

 その名前からすると血を主食にしていてもおかしくなさそうですが、今まで彼女が血を求めてきたことはありませんでした。


「――ん? あ、ああ……。そうだな」


 ミアちゃんは首を傾げると、謎カツを口に放り込みました。


「……べつに血を飲まなきゃいけないわけじゃないしな。ミアは花の蜜とかが好きだぞ」


 そう言いながら、どこか上の空でパクパクと料理を口に運んでいきます。

 ……まあ、人間にも好き嫌いがあるように、吸血しないヴァンパイアバットさんがいてもおかしくないですしね。


「……っと、話してないでさっくりわたしも食べますか」


 少々味気がないクリエイトした食材で作った物ではありますが、しっかりと下ごしらえをして作り込んだ料理です。

 その味はわたしが保証しましょう。

 そんな風にわたしたちは、毎日みんなでごはんを食べています。

 わたしたちのダンジョンには、そんな穏やかな日常が流れていくのでした。

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