第19話 命のやり取り

 ラティたちが畑として使っている『森』エリア。

 魔力の光が照らすその中で、剣戟の音が鳴り響いた。


「――けっこうなお手並みですわ」


「この野郎……! 何が剣術だ!」


 片手剣ブロードソードを構えながら、逆髪の男ディアンはそう吐き捨てる。


「悪役はどんな時でも優雅に、美しくですわ。おわかりですか?」


 その骨の身体をしならせて、アリーはレイピアの切っ先を件に向けた。


「……それのどこが美し――どわっ!?」


 アリーが繰り出した刺突を、ディアンは薙ぎ払う。


「戦いの最中に喋っていては、舌を噛みますわよ」


「どの口で言いやがる!」


 ディアンはアリーのレイピアを打ち払うと、その腕を狙って上段から振り下ろす。

 彼女はそれを避けるように大きく身を引くと、深く腰を落とした。


「シュートッ!」


 アリーの渾身の突き。

 それは到底届きそうにもない間合いから繰り出される。

 しかし――。


「またか!」


 ディアンはレイピアを弾いた。

 弾かれた剣は、それを握る腕ごと・・・地面へと落ちる。


「くっ、わたくしの剣技が見切られるなんて……」


「どこが剣技だ! 自分の腕ごと投げつけやがって……!」


 地面に落ちた腕にはロープが結わえられている。

 アリーはそれを引き寄せると、もう片方の手を使ってブンブンとそれを回した。


「ふふ。ここに来てから練習した剣技ですの。アンデッド剣術とでも名付けましょうか」


「鎖鎌かよ……!」


 ディアンはそう言いながら、アリーの首を狙って横薙ぎに切りつける。


「――レッズ!」


 アリーの言葉に、地面からコボルトが飛び出した。


「アタック!」


「わん!」


 コボルトはディアンの足元に近付くと、それに噛み付く。


「チッ……! 犬っころがぁ……!」


 彼はその痛みに声を漏らしながらも、コボルトを蹴り払う。

 ぽてんぽてんとコボルトは転がされた。

 その隙を狙って、アリーはまたも深く腰を沈めた。


「――シュート!」


 レイピアを握った腕が、彼へと向けて投げられる。


「――子供騙しが!」


 ディアンはブロードソードでレイピアに括り付けられたロープを断ち切った。


「筋肉が無ぇからか? ……トロいんだよ」


 瞬間、ディアンはアリーとの距離を詰める。


「アンデッドの身体なんてどうなってんのかはわかんねぇが、そんな腕じゃ俺はれねぇぞ!」


 ディアンはブロードソードをアリーの骨の身体へと叩きつけた。

 

「くっ……!」


 アリーの身体はその一撃を腹部に受けて、バラバラとその場に崩れ落ちる。

 ディアンはそれを見下ろした。


「――スピードも重みも全くない。小手先の剣技で俺をどうにかできるとは思うなよ」


 彼はアリーの頭上に、足をあげた。


「イエラ、ブルー! 挟撃!」


 アリーが叫んだと同時に、地面から飛び出た二匹のコボルトが左右からディアンに迫る。


「――チッ! またか!」


 彼は舌打ちしちつつ、片方のコボルトを蹴り飛ばした。

 もう片方のコボルトが彼の足に噛み付く。


「――ってぇなコラ!」


 ディアンはそう吐き捨てながら、足に絡まるコボルトを蹴りつけた。

 蹴られたコボルトはごろんごろんと土の上を転がった後、膝立ちでその場に座り込む。


「グリー、レッズ! 撤退!」


 ディアンがその声に足元を見ると、そこには既にアリーの姿は無かった。

 見れば、コボルトたちがそのバラバラになった骨の残骸を運んでいる。


「クソが!」


 吐き捨てるディアンの前で、4匹のコボルトそれぞれが別々の方向へと逃げ出す。


「――散開っ!」


 ――どれを追うか。それとも罠か。

 彼が迷っているうちに、コボルトたちはその場を逃げ出すのだった。



  §



 彼が冷静だったのには理由があった。


「2つ以上の足跡がこっち……。後で合流する気か? ……それならその前に捕らえておくか。人質にも使えるかもしれねぇ」


 彼は狩人レンジャーとして、コボルトたちの足跡の追跡を始めた。

 道中の通路にあったあからさまな偽装イミテーショントラップが設置された部屋を抜け、彼は水晶の散りばめられた部屋へと入る。


「まったく……デタラメな洞窟だな。お宝でもありゃあ嬉しいんだが」


 ため息をつきながら彼は水晶の広間を歩く。


「古代遺跡……なんてもんじゃねぇな。こいつは」


 彼がその構造を眺めながら足跡を辿っていると、広間の端へと辿り着いた。

 そこにはまるで、部屋の入り口のように壁がくり抜かれている。


「いい加減、おかしな景色にも見慣れてきたな」


 岩壁を境に、その向こうには木造の部屋が広がっていた。


「……ここで暮らしてんのか?」


 そこは今までの洞窟に比べれば随分と狭い。

 庶民の家ぐらいのスペースの中は調度品が並べられており、まるでリビングのようだった。


「――気色わりぃ。貴族の子供部屋みてぇなセンスだな……。魔女でも住んでんのかよ」


 部屋には少女趣味の飾り付けがされていた。

 レースにリボン、ファンシーな木製の置物や、椅子やテーブルといったシンプルな家具。

 彼は顔をしかめつつ、その中へと足を踏み入れた。

 周囲を警戒しながら中を探索する彼の前に、別の部屋へと続く扉が現れる。


 ――仕掛けてくるならここか。


 罠が仕掛けられていないか取っ手やドアの付け根を入念に調べた後、彼はその扉を開けた。

 彼の前に、寝室のような部屋が現れる。

 いくつかの棚やベッド。

 ――そして。


「……ハッ」


 思わず彼は笑った。

 その部屋にある大きなベッド。

 その上には、布を被った何者かがいた。


 ――罠だな。


 瞬時に彼はそう判断する。

 震えるそのシーツの膨らみを見て彼は考える。

 

 ――コボルトか? となれば……。


 彼は周囲を見渡す。

 あつらえたかのように、その手の届く範囲にクローゼットのような棚があった。

 彼は周囲に警戒しながらそれに近付くと、その扉が開かないように引き倒す。


「――ぐっ!」


 中から骨が崩れる音とともに、アリーの声が聞こえた。


「……へ。言っただろ、そんな子供騙しは通用しないって。俺はプロなんだよ」


 彼は笑いながら、シーツへと手をかける。


「こいつらを縛り上げて、さっさとこんな不気味なダンジョンとはおさらば――」


 そう言いかけた彼と、剥がしたシーツの中身は目が合った。

 緊張が解けた瞬間に起こった不測の事態に、彼の動きは一瞬停止する。


 ――女? いや、それよりも――。


 そこにいた少女の手の中にある透明な存在が、視界を覆った。



  §



「ラティ! 今だよ!」


 ヨルくんが飛び跳ね、男の顔に覆いかぶさりました。

 わたしはそれと同時に、『木材』でクリエイトしておいた棍棒を振り回します。


「ったあぁー!」


 気合を入れて振ったそれは、盛大に空振りました。

 男は顔をヨルくんに塞がれながらも、何とか身を捻ります。

 彼はバランスを崩しながらも、腰に差した剣を抜いてこちら目掛けて振り回してきました。


「……わわっ!?」


 その剣を受けた棍棒が、根本から断ち切られます。

 ――せっかく用意した武器が……!

 そんな状況に狼狽うろたえるわたしの前で、男は呼吸を確保するためか空いている方の手でヨルくんを掴みました。


「やらせないわん!」


「突撃だわん!」


 瞬時にベッドの下からコボルトさんたちが二人飛び出して、男の腕に噛みつきます。

 しかしその力は非常に弱く、すぐに振り払われてしまいそうです。

 ――このチャンス、無駄にはできません!


「――『迷え』!」


 声を出して念じながら、わたしは男へとタックルを仕掛けました。


「ぐおっ!?」


 男は四方向からの攻撃に一瞬判断を迷ったのか、その体の動きを止めました。

 しかし彼は即座に、ヨルくんやコボルトさんたちを振り払います。

 でもわたしの体重までは支えきれなかったようでそのまま地面へと倒れました。


「――いってぇっ……!」


 男の上に倒れ込んだわたしの横に、カラン、と金属音が響きました。

 見れば男は剣から手を放しており、放たれた剣が床に転がっています。

 わたしは彼の上に乗ったまま足を伸ばして、それを遠くへと蹴り飛ばしました。


「……てめぇ! このクソアマっ!」


 男の腹の上にのしかかっているわたしに、彼はその姿勢のまま拳を繰り出します。

 当然ですがわたしには武道の心得なんてありません。

 正面からその拳を叩き込まれました。

 瞬間、バキン、という音が頭の後ろから聞こえた気がします。


「あがっ……!」


 わたしの上半身はその衝撃を受けてけ反りました。

 直後に鼻先へと、火花が出たのではないかと思うほどの痛みが走って、奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じました。

 あまりの痛みに目頭のあたりが熱くなります。


「……うぶぅあぁっ!」


 ――でも、痛みに構ってなんかいられません。

 わたしは彼の上からどかないようバランスを取りつつ、お腹から声を出しました。


「――っぁああああ!」


 わたしは叫びつつ、抜き身のままふところにしまっていた短剣を取り出します。

 それを見て、ハッと男の動きが止まりました。


「――ま、待て!」


 男は慌てて自身の顔の前に拳を構えます。

 わたしは短剣を両手で持ち、ゆっくりと振り上げました。

 ――この体勢なら、殴られたところで刃の勢いは止まらないはず。


「やめろ! 落ち着け!」


 男は万歳するように両手をゆっくりとあげました。

 鼻から流れ出た液体が、男を見下ろすわたしの口の中へと侵入してきます。

 口に入ったその液体は鉄の味がして、その時初めてそれが血だとわたしの頭は理解しました。


「降参だ! 俺が悪かった!」


 男はそう叫びました。

 わたしの顎が震えて、勝手に奥歯が鳴り出します。

 わたしはその自身の震えが、肩を通って肘まで達したのを感じました。


「おとなしく帰るから!」


 男の声がどこか遠くから聞こえてくるような気がしました。

 現実感がありません。

 わたしの呼吸は、早く浅くなっていて。

 ハッ、ハッ、という息を吐く音と血の匂いで頭がいっぱいになりました。


「これ以上危害を加えるつもりはない! だから――」


 そんな彼の言葉に、振り上げた刃はその行き所を失って――。


「――嘘だっ! ラティ! そいつは何か企んでいるぞ!」


 部屋の入り口の方から聞こえてきたのは、ミアちゃんの声でした。

 わたしはその言葉を聞きつつも、彼の目から視線をそらさず、短剣を握る手に力を込めます。


「そいつの心音しんおんは嘘をついている! 信じるな!」


 ――迷ってなんか、いられません。

 わたしは決断します。


「――ぁあああっ!」


 わたしは全力の叫び声とともにその腕を振り下ろしました。


「――クソがぁっ!」


 男は頭上に掲げていた手を勢いよく振りました。

 袖の下から顔を覗かせる、小さなナイフ。

 しかしそんな男の動きよりも、わたしの方が何倍も早くて。

 わたしの短剣は、彼の胸を深々と突き刺しました。


「……ぐぇっ……ぁ……!」


 空気が漏れるような男の声がします。

 同時にカラン、と男の仕込みナイフが滑り落ちました。

 もしもわたしが躊躇っていたならば、刃が突き立てられていたのはこちらの胸の上かもしれません。

 しかし、そんなことはもうどうでも良いのです。

 いま重要なのは――。


「……あ……ぐ……ぅ」


 ――彼にまだ息があるということ。

 男の胸から短剣を引き抜きます。

 空いた穴からぶしゃりと血が溢れ出ました。

 その鮮血は壁にかけた白のレースを赤く汚します。


「――うぅぅああ!」


 わたしの声が部屋の中に響き渡りました。

 グチャリ、とまた目の前から水音がします。

 その感触は、お肉にナイフを突き立てたときよりも少し硬くて、あまり気持ちの良い物ではありませんでした。


「っぅううぅ!」


 短剣を引き抜きました。

 そしてまた突き立てます。

 腕と肩は震えて、いったい自分が何をしているのかもよくわかりません。

 グチュ、と音がします。

 何度も刺します。

 何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も――。


「――ラティ!」


 耳元でミアちゃんの声がしました。

 ミアちゃんって誰でしたっけ?

 わたしは何度も、何度も、何度も突き刺します。


「ラティ! 大丈夫……! もう、大丈夫だから……! だからラティ、もうやめてくれ……!」


 彼女の声に混じった悲痛さへと気付き、わたしは動きを止めました。

 短剣は今も、目の前の肉塊に深く突き入れられたままです。


「ミア……ちゃん」


 ゆっくり自身の肩の上に視線を動かすと、そこには黒いコウモリの姿がありました。

 初めて彼女のヴァンパイアバットとしての姿を見た気がします。

 彼女がずっと耳元で呼び掛けてくれていたということを改めて認識しました。

 少しずつ、頭が透き通っていくような感覚が広がります。

 次の瞬間、鼻の部分に激痛を感じました。


「……あ、ああ……!」


 すると自然と涙が溢れてきました。

 そうして瞳から熱いものが流れ続けます。


「うっ……うぅ……ぅぇっ」


 短剣を握っている手には今もガッチリと力が入っていて、その手を開くことができません。


「ううああ、ううっ……!」


 咽び泣くわたしの頬を、ミアちゃんはその小さな羽根で撫でました。


「……大丈夫、全部終わったぞ。終わったんだ。……頑張ったな、ラティ……」


 わたしは男の胸に刺さった短剣を震える両手で握りしめながら、ミアちゃんの横で嗚咽を漏らし続けるのでした。

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