第2話 さっそく作ってみましょうか

「さっそくだけどラティ。魔力変成クリエイトをしてみよう」


「クリエイト……?」


 わたしの様子に構わず、ヨルくんはぽよぽよと水晶の部屋の奥へと飛び跳ねていきます。

 結構この子、人の話を聞かないところがありますね。


「ここがクリエイトルームだよ、ラティ」


 ヨルくんがその扉の前に移動すると、自動的に扉がスライドしました。

 この迷宮はなかなかに魔法的マジカルなようです。


「……おお……。何やら幻想的なお部屋……」


 そこは高さが二人分ぐらい、広さが小屋ぐらいの小さな狭めの部屋でした。

 だいたい五人も中に入れば息苦しくなりそうです。

 灰色の岩がむき出しの部屋は魔力の光なのか天井が薄ぼんやりと輝いています。

 そしてその中央には、大きな青色の魔法陣がありました。


 わたし知ってます。

 これ何やら召喚するやつです。

 英雄伝説ヒロイック・サーガで読みました。


「ここで好きなものを思う存分生成することができるよ、ラティ」


「これが噂の……!?」


 さきほどの説明ではチラリと語られただけでしたが、聞く分にはなかなか凄い物らしいです。

 わくわく。


「もしかしてお菓子なんかも作れるんでしょうか……?」


 思えば今日は一日中歩きっぱなしだったので、とてもお腹が空いています。

 そんなわたしの言葉に、ヨルくんは一瞬ピクリと震えて動きを止めました。


「複雑な物品の生成は、それだけ消費魔力量が大きくなるんだ」


 ヨルくんは今までよりも静かに言いました。

 ……あれ? 魔力消費が多くなるってことは、このダンジョンの寿命が縮むということなのでは?


「……それって、全然『思う存分』生成できないんじゃ……?」


 ヨルくんはぐにょりと少し平べったくなります。


「魔力量が続く限りは『思う存分』生成できるよ、ラティ」


「それは有限というんです! 命を消費してまでお菓子を食べたいとは思いません!」


 たしかにお腹は減りましたけど。


「大丈夫だよラティ。そんな計画性皆無の浪費家の主の為に、このダンジョンのレベルが低い内は生成物は制限されているんだ」


「なんだか微妙にトゲのある言い方な気がしますけど……。どっちにしろ『好きな物』を『思う存分』という謳い文句はどこにいったんですかね?」


 わたしの言葉にヨルくんはうにょーんとその身体を縦長に伸ばして、画面を作り出します。

 そこには『水』『でんぷん粉』『繊維』と書かれた三つのボタンが表示されていました。


「……なんでしょう、これ」


「それはクリエイトルーム・レベル1で生成出来るものだよ、ラティ。その中から『好きな物』を選んで、魔力が尽きるまで『思う存分』生成してね」


「やっぱり嘘じゃないですかー! 訴えますよー!」


「ウソは言ってナイヨ」


「誇大広告です!」


 王国律法第三十ニ条。故意に前提を偽った取引を行った場合、その取引は無効となり虚偽の取引を持ちかけた者には処罰を与える――。

 誇大広告が偽りの取引と判定されるかは、裁判所に駆け込んでみなければわかりませんけど。


「実際に体験すればきっと納得してくれるよ。試しにやってみよう、ラティ。欲しいものに触れてみておくれ」


 むむむ。

 しかしちょっとワクワクはします。

 本当に出てくるんでしょうか。


 画面を見てどれを生成してみようかと考えます。

 ……そういえば、今日はずっと歩きっぱなしで喉が乾きました。


「それじゃあ水で」


 わたしがそう言いながら『水』という文字に触ると、地面の魔法陣をなぞるように青白い光が走りました。

 その上にバチバチと青白い稲妻が生じ、あたりを照らします。


「『水』が出て来るよ、ラティ」


 ヨルくんの言葉と共に、魔法陣の真上の空中に水の塊が発生しました。


「おお……! ……お?」


 それは当然、バシャン、という音をたてて地面に広がります。


「やったねラティ。初めての魔力変換は成功だ」


「いえ、成功ってその……」


 地面に広がる水を眺めてわたしは唖然としてしまいます。


「えっとこれ……飲めないんですか……?」


 わたしの疑問にヨルくんはきっぱりと答えます。


「問題なく飲用できるよ、ラティ」


「いえ、その、あの」


 これは床に這って舐めろということでしょうか。

 ヨルくんはなかなかにサディスティックなようです。


「……あ、そうだ。それなら……」


 わたしは魔法陣の中央に立ちます。


「ここでもう一度生成すれば、直接飲めるのかな?」


 ヨルくんも画面を出したまま中央へと寄ってきてくれます。


「それでも大丈夫だよ。安全装置は働いているから、生成時に融合されるようなことはないよ。安心してラティ」


「今ので全然安心できなくなりました……」


 水と融合したらヨルくんのようなゲル状の姿になってしまうのでしょうか。

 それはさておき、再びヨルくんの体をタッチして水を生成します。

 同じく青白い光が周囲を包んで――。

 バシャン。

 わたしは頭からずぶ濡れになりました。


「……ええ、わかっていましたとも」


 濡れ鼠になりつつも、とりあえず一口は喉の渇きを潤せたので良しとしましょう。

 ちなみに味は無味無臭でした。


「どうだいラティ。満足したかな。レベル1の品物であれば、ほとんど魔力を使わずに生成できるよ」


「ふむむ……」


 ラインナップを見るに、ギリギリ生きていけなくもなさそうな……?


「この『でんぷん粉』っていうのは……?」


「穀物を挽いた時に出る粉と似たような物だよ、ラティ」


「似たような物、ってことは麦粉とかではないんです……?」


「似たような物だよ」


「なんでそこを濁すんですか……!?」


 あ、怪しい……。


「ではこの『繊維』というのも……?」


「『繊維』は植物繊維によく似た物だよ」


「やっぱり似た物なんですか!? 本物は出せないんです!?」


「あくまでも魔力変成によって生成した物だからね。ある程度の形は管理者キーパーの持つイメージを基礎とするよ」


 イメージ……。わたしが思った物が出てきてくれるということでしょうか。


「う、ううん……。ではこの『でんぷん粉』というのも作ってみていいですか?」


「もちろんだよ。ラティ」


 わたしは『でんぷん粉』と書かれた画面をタッチします。

 青白い光が部屋に満ちて――。


「わぷ」


 頭の上から落ちてきた白い粉が、辺り一面を覆いました。

 ……わたし、学習能力がない。


  §


 まるで唐揚げになるべく油の海へと放り込まれる寸前のお肉のように、わたしは粉まみれの真っ白な姿となってその部屋を後にしました。

 どうやら『でんぷん粉』は麦粉に近い物が生成されるようです。

 これならパンのような物を作ることが出来るやも。

 水とパンがあるなら、このダンジョンから出ずとも生きていけそうです。


「いつかお菓子が作れる日が来るといいんですけど……」


 思わずため息が漏れてしまいます。


「ラティはお菓子が好きなのかい」


「まあ好きか嫌いかどうかでいえば、愛していますけど……」


「なるほど。愛」


 ヨルくんは感情のうかがえないその体をぷるぷると震わせました。

 食いしん坊と思われたのかもしれません。


「いえ、べつに四六時中食べているわけではありませんけどね? ただ甘い物を食べると落ち着くというか、幸せを感じると言いますか?」


 早口で言い訳をするわたしの言葉を遮るように、ヨルくんは言葉を発します。


「人間は欲求に忠実だからね。必要とあれば快楽を求める為の物は存分に生成してくれて構わないよ、ラティ」


「か、快楽……!?」


 そ、それって……?


「麻薬とかね。きっと、このダンジョン無しでは生きていけない体になるよ。ラティ」


「いえ、それは遠慮しておきます……」


 やはりこのダンジョン、恐ろしい場所なのでは……?


「……それにしても、今日はなかなか疲れましたね」


 そろそろ疲労困憊です。

 一日中歩き回って、こんな迷宮に迷い込んで。

 しゃがみ込むわたしに、ヨルくんは駆け寄ります。


「そうだね、ラティ。人間には休息が必要だ。ダンジョンキーパーになったところで、その本質は変わらない。ゆっくりおやすみ」


 少々空腹ですが、今日はもう横になることにしましょうか。


「どこか休める場所はありますかね?」


 わたしの問いに、ヨルくんはぷるぷると震えました。


「この部屋ならきっと安全だよ」


 んっ。


「……出来れば、もう少し柔らかな寝床とかあるといいんですけど……」


 ベッドとまでは贅沢は言いません。

 せめて草……いや土でも……。


「……アップデート機能は残存魔力の都合上、レベル2以後じゃないと使えないよ」


 ぐええ。


「つ、つまり……今は岩肌むき出しの洞窟しかないってことですか……?」


「おおむねその通りだよ、ラティ」


「ぐおおお……」


 わたしは頭を抱えます。


「……どうせこの調子だと、レベル2で新たに作れる部屋って、大したことないんですよね?」


 わたしの言葉に、ヨルくんはぽよんと跳ねました。


「その通りだよ。説明の手間が省けるよ。さすが聡明なラティ!」


 わたしは呆れて四肢を投げ出して、床に寝転がるのでした。

 ――痛い。

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