♯39 For Symphonica

命が去った後、会長は部屋に近付いて来る気配に注意していた。


そしてノック音。荒い叩き方からするに、ルークだ。


「入れ」


扉が開くと、予想通りルークだった。

「会長、少しばかり話がある。

――――【〇】の遺体、結果が出たからな」

「分かった、すぐ行くよ」


都市排水溝での【〇】討伐。

その後、彼女の遺体は検死の為【連合】によって回収されていた。

その検死の結果が、先程出たというのだ。


彼女の死は、未来の為に役立ったわけだ。


「……ありがとう、ルキナ」


会長はそう口走った事を、約30分後に後悔する事になる。




「何…………!?」

「ですから、細胞が人間化しているんです。つい数時間前まで、異常値だったんですが」


有り得ない。

蟲たちの創造者として、それは断言出来た。




あれはもう、何年も前の事だ。

ルキナが突然、『自分を【害蟲】にして欲しい』と言って来たのだ。

最初は断っていたのだが、執拗に頼む彼女に折れて、理由を問うて判断する事にした。


『――――私ね、彼らの側に立って、寄り添った形で研究して行きたいな、って。

痛いのは嫌じゃない?

だから、色んな蟲の気持ちが判る様に、色んな細胞を植え付けて頂戴。

貴方なら出来るでしょう?ね、【会長】』


私はそれでも躊躇ためらったが、彼女の【心からの願い】を叶えさせてあげたかった私は、細胞に『そういう改造』を加えた。


細胞の性質が、感情によって変化する構造。

強い意志が、細胞を活性化し強くなる。

それは本来、彼女の願った【人と蟲の共存】という、革命的思想を実現する為の補助だったのだが――――――――。




まさか…………。

思い出した過去から、会長は推測した。


『死んで意志が消えた』から、【害蟲細胞】が失活(細胞が働きを失なう事)した……?


多いに有益な事を、私は思い出した。

「……【害蟲】の強さは、意志の強さ……。心からの願いが、【害蟲】を強くしていく」


最早会長は無意識に、そう言っていた。

「嫉妬や殺意、願いや祈りに【細胞】が応え、力を与える。

それが能力となり、【害蟲】の姿や特性と成り、やがて【】と為っていくのか」


自分でも解らなかった【害蟲細胞】のメカニズムが、今恐ろしいまでに解る。


ありがとう、ルキナ。

君のおかげで私は――――いや人類は知る事になるんだ。

君が何を産み出し、いかに世界を変えたか。


と、何処からともなく曲が聴こえてきた。

「交響曲第9番、か…………。

……ルキナがよく、この曲を聞いていたな」


と、もう1つ思い出した。

それはルキナのフルネーム。


彼女の名前は、ルキナ・シンフォニカ。

交響曲シンフォニーをその名に冠する、私が愛し、殺した女。

心の中で感謝を、私は彼女の故郷の言葉で伝えた。

THANK YOU FOR SYMPHONICA、と。

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