第15話 片恋歌―かたこいうた― 4

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 ナンパ事件の後で三人に護衛されながら小物屋さんへ行こうとしたんだけど、私の体調が悪くなって解散する事になっちゃった。なんだかとっても気持ちが悪い。せっかくのお休みにこんな事になったあげく予定を中断してしまう事を謝ってから、愛香ちゃんとは別れた。愛香ちゃんの事は翔平さんが送ってくれるというからお願いして、私はタクシーを捕まえる為大通りへ向かう。電車は、乗ったら吐きそうな気がする。

「おい。無理すんな」

 旭さんと朔が送ってくれると申し出てくれたんだけど、一人で大丈夫だと言って別れようとしたら朔に捕獲されてしまった。

「俺がタクシー捕まえるから、姫は朔に寄りかかってな」

 旭さんの言葉には素直に頷いたけど、私は自力で立ち続ける。私は強い子って呪文を唱えて自分を叱咤した。

「千歳飴ってさ、バカだよな」

 苦笑を浮かべた朔に抱き寄せられ、でも抵抗する気力なんて無くて、思考も何もかも手放し体の力を抜いたらとっても楽。

「最初っからそうすりゃ良いんだよ。ガキが突っ張ってんな」

 ガキじゃないって言い返したかったけど、口を開けたらそのまま何かを吐き出してしまいそうな気がしてやめた。

 タクシーを捕まえてくれた旭さんが戻って来て、そのまま流れるような動作で抱き上げられる。具合が悪くたって自分で歩けるのに、朔も旭さんも過保護だ。でもそんな二人に甘えてしまう私はきっと、自分で思っているより強くも大人でもないのかも。体調の悪さが気持ちすら弱くしてしまったみたい。

 タクシーの後部座席に三人で乗り込み、真ん中へ座らされた私は右側から伸ばされた手に誘導されて朔の肩に頭を預ける。さっき手放してしまった思考力は戻って来ないまま。目を閉じ、車の揺れによって込み上げてくる吐き気を飲み込んで堪えるので精一杯。

「千歳飴、鍵寄越せ」

 タクシーを降りる時も旭さんに抱っこされ、後から降りて来た朔の言葉で鞄を開けて中を探ろうとしたんだけど……手の中から鞄が消えた。力の入らない手から滑り落ちたのかひったくられたのかはよくわからないが、いつの間にか私の鞄は朔の手の中にある。朦朧としはじめた意識の中でそれを眺め、旭さんの腕の中で脱力したままの私が見守る先で鍵を見つけた朔が玄関の鍵を開けてくれて家の中へと運ばれる。靴は、朔の手によって脱がされた。そうしてリビングへ運ばれた私が下ろされたのはソファの上。

「熱はないね。疲れが出たのかな?」

 おでこに触れた旭さんの手が気持ち良い。意識があったのはそこまでで、家に入った事で気が抜けたからか限界が来たのか、目を閉じた私はそのまま意識を手放した。

     

 優しい手が髪を梳くように撫でる。一房掴んだ髪をもてあそびながら耳を撫で、手の甲が頬を滑った。温かな指先が唇へ触れ、感触を確かめるように柔い力で撫でられる。優しい触れ方。きっと洸くんだ。

「ぎゅってして……」

 お願いしたら、無言で手を握ってくれた。同時に眠りを促すように頭を撫でられ、その感触の心地良さにほっとしてそのまま私は深く眠った。


 目が覚めた時、私はリビングのソファの上で横になっていて、毛布で包まれていた。吐き気は収まったけど頭の奥が鈍く痛む。

「千歳飴、起きたか?」

 ソファの前の床でスマホをいじっていた朔が振り向いて、ペットボトルの水を差しだしてくれた。蓋を開けた状態で渡されたからそのまま口を付け、喉を鳴らして飲む。なんだか、ひどく喉が乾いていた。

「今、何時?」

「八時過ぎ。具合はどうだ?」

「頭痛い」

「薬、場所教えろ。持って来てやる」

「そこの棚。一番上」

 朔が頭痛薬を取って来てくれて、何かお腹に入れてからにした方が良いと言われたんだけど食べたら吐きそうで薬だけ飲んだ。薬を飲んでから、再びソファへ体を横たえる。

「朔、ずっといてくれたの?」

「あぁ。旭さんは飯買いに行ってる。社長に連絡したんだけど、今日遅いって。奥さんも同窓会で遅いんだってさ」

「そっかぁ……迷惑掛けて、ごめんね?」

 へらり笑って謝ると、朔が怒った顔になる。朔はよく怒る。でもこれは、心配して怒ってるやつだ。

「ガキが気にすんな。忙しくて疲れたんだろ。寝られるんならまだ寝とけ」

「ん。ありがと」

 緩んだ顔でお礼を告げたら、目の前の朔が浮かべたのは困った顔。

 眠くて頭が痛くて、閉じようとする瞼の力に逆らわず、私は目を閉じた。

 その夜私は熱を出した。悟おじさんから連絡を受けたおばさんが十時くらいに帰って来て、朔と旭さんは帰って行った。折角同窓会だったのにごめんなさいと言ったら子供は変に気を回さなくて良いのと微笑まれ、おばさんが作ってくれたお粥を食べてから薬を飲む。眠っている間にかいた汗の所為で体が気持ち悪かったからシャワーを浴びて、怠い体を頑張って動かし髪を乾かしてから、おばさんに支えてもらいながら上がった自分の部屋で泥のように眠った。


 次の日は学校休んでたくさん寝た。夕方に目が覚めたら朔がいてびっくり。制服姿だから学校帰りに寄ってくれたんだろう。

「熱、あるんだって?」

「うん。でも大分下がったよ」

 起き上がろうとしたのにそっと肩を押されて戻され、肩まで布団を掛け直された。過保護だなぁっていう思いを笑みに滲ませると、朔がむっとした表情になる。

「千歳飴が無頓着過ぎんだよ」

「朔には怒られてばっかだね」

「……そうだな。アイス買って冷凍庫入れておいた。食いたい時に食え」

「何のアイス?」

「バニラ」

「今、食べたい」

 あいよと呟き部屋を出た朔が階段を降りていく音を聞きながら私は、昨夜洸くんに電話をしていない事に気が付いた。気が付いたけど、今向こうは夜中。声が聞きたいけど迷惑になる時間だ。

 朔が持って来てくれたアイスを食べていたら、翔平さんがやって来た。旭さんはバイトで遅くなるから来られないんだって。すごく心配していたよって、翔平さんが教えてくれた。お見舞いだと言って差し出されたのはビタミンC入りのスポーツドリンク。風邪を引いたらビタミンCとたくさんの水分を取ると早く治るんだって。

「昨日は愛香ちゃんを送ってくれて、ありがとうございました」

「どういたしましてー。美少女の友達も美少女で驚いたよ。監禁彼氏の話も聞いちゃった」

「……悪口しか言ってなさそう」

「その通り」

 翔平さんは口を開けて陽気に笑っているけど、私の口から漏れたのは溜息だ。愛香ちゃんの洸くん嫌いはもう、治しようがないと思う。だって洸くんも愛香ちゃんを嫌ってるんだもん。

「友達に悪口言われる彼氏ってどうなの?」

 不満顔の朔。また何かが気に入らないみたい。朔は、会った事ないのに洸くんを嫌っている。

「愛香ちゃんはね、悪い事して洸くんにお仕置きされたの。だから仕方ないんだよ」

「お仕置きされる悪い事って、愛香ちゃんは何をしたの?」

 愛香ちゃんは、翔平さんにその事は話さなかったんだ。ならきっと聞かれたくない事なんだなと思って、色々あったんですと笑って誤魔化しておいた。

 二人が帰ると言うから、ついでに歯を磨きたくて私も一緒に一階へ降りる。でも何故か歯を磨き終わるのを待たれ、ベッドへ戻るまで朔に監視された。

「千歳飴」

「はーい」

「ちゃんと寝て、治せ」

 珍しく、優しく笑った朔に頭を撫でられる。もう一度はーいって返事をしつつ朔の背中を見送って、目を閉じたらまだ眠れた。

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