第14話 消えた竜を探して

 山を二つ越え、アズウェルと出会った湖に着いたのは二日後だった。

「居ない……」

 そこにはアレックス――竜の姿は無かった。湖面は穏やかで鏡の様に空を映しているのに対しアニーの心はざわついていた。

道中ずっとアニーの心から離れなかった危惧、それは「兄が竜に殺されていないか」と言う事。もし、手遅れだったら……そう思うと居ても立っても居られない。アニーは荷物を置く事もせず叫んだ。

「アレックス! 居たら出て来て!」


 しかし返事は無かった。

「アニー、竜ってのは希少種なんだぜ。お前は二回ここに来て、二回とも竜を見てるけど、それって実は珍しい事なんだぜ」

 アズウェルが言うが、アニーは泣き叫ぶ様にアレックスの名を呼び続けた。だが、呼びかけに応える者は無く、湖は澄んだ空を映したままだった。


「アズウェル、アレックスと友達なんでしょ? 私じゃダメみたいなの。お願い、アレックスを呼んで!」

 アニーの涙ながらの訴えにアズウェルが呼びかけると、森の奥から一匹の竜―アレックスが姿を現した。

「よぉ、アズウェル。またその娘と一緒なのか……ん? なんだ、その嬢ちゃん泣いてんじゃないか?」

 アレックスはアニーが泣いているのに気付いた様だ。アズウェルが事の次第を説明し、アニーはアレックスに尋ねた。

「ねえ、若い男を攫ってきた竜を見なかった?」


「いや、見てないな」

 アレックスはあっさり答えた。

「そう……」

 がっかりするアニー。あの竜は、この湖に来ていないのだろうか? だが、ちょっとした情報をアレックスは教えてくれた。

「そういえば、見たこと無いヤツがウロウロしてたな」

 アレックスの言う『ヤツ』とはもちろん竜の事だろう。となるとアニーの家に現れた竜はどこかから流れて来た竜なのだろうか?


「ソイツ、若い竜か?」

 アズウェルが尋ねると、アレックスは頷いた。

「まだ小僧ッ子って感じだったな。まあ、俺に喧嘩売ってこない限り放っておくつもりだったが、何か気になる事でもあるのか?」


「多分、ソイツが俺達が探してるヤツだ」

 アズウェルが言うとアニーの手に力が入った。

「ソイツがお兄ちゃんを……」

 アニーの口から漏れた言葉が耳に入ったらしく、アレックスの目線がアニーに移った。

「アレックス、力を貸して。お願い!」

 懇願するアニー。アレックスは困った顔をアズウェルに向けた。

「頼むわ」

 頭を下げるアズウェルにアレックスは困った顔で答えた。

「あのな、その娘は竜と闘ろうってんだぜ。それに味方しろってのか?」

 アレックスからすれば当然の反応である。人間が同族である竜を倒すのを手伝って欲しいと言われたのだから。

「そう言うなよ。見慣れないヤツだったんだろ? 他所者を追っ払うとでも考えてだな……」

 アズウェルが言うが、アレックスは難しい顔のまま黙り込んでしまった。


「……頼むよ」


 暫くの沈黙の後、重い表情でアズウェルが言った。

「わかった、わかったからそんな顔すんなよ。まったくこのバカ野郎はよぉ」

 アレックスは首を振りながら声を上げた。アニーの顔が明るくなり、アズウェルには安堵の表情が浮かんだ。

「すまねえ、恩に着るよ」

「とは言ってもどうしろってんだ?」

「わかってるんだろ? 俺の口から言わなきゃダメか?」

「別に構わんよ。一応聞いてみただけだ」

「そっか、じゃあ悪いけど頼むわ」

「軽く言ってくれるな」


 アレックスはアズウェルと言葉を少し交わした後、森の奥へと消えて行った。

「アズウェル、どういうことなの?」

「ああ、大丈夫。アレックスが助けてくれるってさ」


 アズウェルは森へと入って行った。その後を追ってアニーも森の中を進む。アレックスが通った跡だろう、草木が倒され、道の様に歩きやすくなっていた。

「まずは竜の巣ってヤツを捜索だ」

 アレックスが作ってくれた道を進み、森の置く深く入った二人は大きな洞穴を発見した。

「竜が好みそうな洞穴だが、アレックスが案内したって事はココにはアイツの知ってる竜は住んでないって事だよな」


 アズウェルが呟いた。

『アレックスの知ってる竜は住んでいない』と言う事は、例の他所者の竜が住んでいると言う事だろう。アニーが荷物を下ろし、剣を抜いて中に入ろうとしたところをアズウェルが制止する。

「バカ! こんなトコで竜とやり合うつもりか?」

 アズウェルが止めるのも当然である。狭い洞穴の中では竜が一直線に突進して来たら逃げ場が無く、踏み潰される危険性が高い。また、竜には炎を吐く種類もいる。狭い洞穴の中で炎を吐かれたら逃れる術も無く、黒焦げにされるのがオチだろう。


 アズウェルが注意深く中を覗き込むが、洞穴の奥は暗く何も見えない。石を拾って投げ入れてみるが、何も反応は無い。

「何も居ないのか?」

 アズウェルが松明に火を点け、中に足を踏み入れるとアニーも後に続いた。松明の灯りに照らされた洞穴の内部は思ったより広く、奥の方にはベッドの様に草が敷かれていた。

「やはりココは竜の巣だな。しかもまだ新しい」

 アズウェルが低い声で言った。新しい巣と言う事は、やはりアレックスの言う見慣れない竜がここに棲んでいるのだろうか? だが、今はもぬけの殻。この巣の主が戻って来るのを待つしかあるまい。二人は洞穴を出ると少し離れたところに潜み、竜の帰りを待つ事にした。

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