第7話 狼少女

休みの日の図書室は生徒どころか、司書すら席を外しているようで誰もおらず、なんだか物寂しかった。


一年ぶり、それでも全部覚えている。

あそこに冴木が座っていて、あそこで話した。


そしてあのとき冴木が手にしていた本、『ハンプティ・ダンプティ』


たくさん並べられた本の片隅で、埃をかぶっていたその本はくっきりと俺の目に映り込んだ。


そして彼女の目にも。


「おい、どうした?」

横を見ると冴木がへたり込んで座っていた。

ハァハァと過呼吸気味に苦しそうにしている。


俺の声が聞こえてないみたいに、冴木はは呆然とただ一点だけを見つめていた。


冴木が少し落ち着いてきた頃、彼女頬を涙が伝っているのがわかった。


「……ごめ……ん」

「え?」と自然と口から漏れていた。

ごめん? 何が?


「……ごめん、ごめんね、柚木くん」


「だから、なに—— ちょっと、待っ——」


俺の言葉を待たずに冴木は走り出していた。


彼女の手をつかもうとした俺の手は、またも空を切るだけだった。



冴木は何かを思い出した?


だとして、何を?

死んだ理由? 俺と話したときのこと?

わからない。


答えはきっとここにある。


『ハンプティ・ダンプティ』

童謡をもとに作られた絵本だ。

俺と冴木をつなぐピースはいつだってここにあった。


絵本を開くとアレが挟まっていた。

この三日間で何回も見た冴木の手紙。


これを読むことで、いままで俺たちは謎を解いてきた。

ゲームでいうならキーアイテムってやつだ。


でも、今は読むのが怖い。

ここにはきっと全て書いてある。

冴木が死を選んだ理由。

それを知るのが怖かった。


だけど俺は逃げるわけにはいかない。

俺は二度も冴木と関わることを決めたんだ。

自分で選んだんだ。


そうだ俺は知らなきゃいけない。


あのとき約束をした冴木のために。

そしてなにより、いま走り去っていった冴木のために。



ラストミッションクリアおめでとう。

そして、ありがとう。

言いたいことはたくさんあるんだけど、とりあえず一つだけ、ごめんね。

私は嘘をついていました。

もしかしたら柚木くんは怒るかもしれないけど、私にはこれしかなかったんだ。

でも、そんなの言い訳だよね。


これ以上はちゃんと柚木くんと会って話したいな。というより、そうしなきゃだめなんだと思う。


本当にごめんなさい。

私は死んでない。

自殺したっていうのは嘘なんだ。


そして図々しいけど、これが本当に最後のミッションです。

後ろを向け。

以上。



わけがわからなかった。

死んでない? どういうこと?

なんで? どうして?


幽霊だったのは? トリック?


でも、そんなことはどうだってよかった。

考えることなんて放棄したかった。


冴木が生きてるそれだけでよかった。


だから、俺は全力で最後のミッションを遂行した。


だけど、そこに冴木はいなかった。


どうして? なんで?

理由なんてどうでもいい。

冴木が居てさえくれるなら、それなのに……


「……なんで……いないんだよ」

その言葉も届かない。


なんなんだよ。

そう叫びたかった。


何か、なんでもいいから彼女につながる手がかりが欲しい。

そう思い、あてもなく図書室を彷徨った。


そうしてたどり着いたのは、ハンプティの絵本が収納されていた場所。


この本があった上に、紙切れがテープのようなもので貼り付けられていた。



これはおまけみたいなものです。

そこにいる私が素直に自分の気持ちを言えるかわからないので、一応ここに書いておこうと思います。


私は柚木くんのことが好きです。


図書室で会った時から、柚木くんはずっと私のヒーロでした。

ごめんね、こんなやり方でしか伝えられなくて。自殺したって嘘ついて、好きなんてずるいよね。本当にごめんなさい。

でも、こんなやり方になっちゃったけど、この気持ちだけは嘘じゃないです。


でもやっぱりこれは自分で素直に言いたいな。

だから君がこの手紙を読むことはないかな。


柚木くんには話したいことがいっぱいあるんだ。だから自分の言葉でしっかり伝えたいです。


じゃあ、そろそろおまけは終わりです。

最後にもう一回だけ、


大好きです。



バチが当たったんだ。

死んだなんて嘘ついて、彼の気を引こうとしたから、だからバチが当たった。


図書室であの本を見たとき、今まで重たい何か封じ込まれていた記憶が、堰を切ったように流れ込んできて、全部思い出した。


私は図書室で柚木くんに会ったときから、ずっと彼に恋してた、


だから、二年生になって同じクラスになったときは、死んじゃうんじゃないかってくらい嬉しかった。


いろんな話がしたかった。

話したいことがいっぱいあった。


だけど、話しかける勇気はなかなか出てはくれなかった。


彼は私のことを気に留めてないかもしれない。

ただ少しだけ話したことがあるだけ、そう思っているかも。

そう思うと、話しかけることはできなかった。


そうしてるうちにチャンスが舞い込んだ。

あのとき彼に勇気づけられてから、お母さんとお父さんに話をした。

また一緒に暮らしたいって。


何回も何回も話をして、とうとうまた三人で暮らせるようになった。


柚木くんに伝えたい。

あなたのおかげで私は幸せだって、伝えたい。


だけど、やっぱり話しかけられなかった。


そうして今回の計画を思いついた。

自殺したって嘘をついて、彼に私と会ったときのことを追体験してもらう。


最低なことだってわかってたけど、それでももうこれしかなかった。


もちろん完璧に騙せるなんて思ってないから、ゴールデンウィークを選んで、学校が休みの間に、彼にだけなんとか信じてもらおうと。


そうしていろんな準備をして、最後に柚木くんの家に届ける手紙をポストに投函して、その帰り道、


私は車にひかれた。


そして私は死んだ。



なんだよ、これ。

ふざけるなよ。


手紙を読み終えて、俺は全てを理解した。

理解したくないのに、わかってしまった。

絶対に認めたくない、それなのに俺の頭は真実を導いてしまった。


悲劇的で最悪な真実。



自殺したって嘘ついて、本当は生きてて、でも、たまたま事故に巻き込まれて本当に死んじゃった?


なんだよ、それ。

おかしいだろ、なんで……


嘘は嘘じゃなきゃだめだろ?

本当にしてどうすんだよ。


俺は誰に怒ればいいんだよ?

冴木? 違う。事故を起こした運転手? 違う。


この世界は間違ってる。


なんで冴木が死ななきゃいけないんだよ。

そんなのおかしいだろ。


この二日間いろんな人に会った。

その人たちはみんな冴木のことが好きで、それを見ていたら冴木がどれだけいいやつかわかった。


みんなを通して俺はずっと冴木を見てた。

そして何より俺が自分自身の、この目で見た冴木はすごい輝いてて、それを見て俺は…… 俺はいつの間にか冴木のことが大好きになっていた。


一年前とは違う、この気持ちは恋だ。


気づかないふりをしてた、死んだ人を好きになってもしょうがないって。


でも、もう無理だ。一度気づいてしまったら、もう止められない。


俺は冴木 梓が大好きだった。


それなのに、なんで……


俺はどうしたらいいんだ?

もう何もわからない。


冴木は泣いていた。

最初にここで会ったとき、公園に行ったとき、しりとりをしたとき、そしてさっきも、いつも泣いていた。


俺にはその涙を止めてあげることはできなかった。


もう、何をしたらいいかわからない。

自分に何ができるのかだってわからない。


それでも冴木が泣いていた。

俺はそれを見たんだ。

いまそれを見られるのは俺だけなんだ。


だったら、何ができるかなんてどうでもいい。

俺はもう一度だけヒーロを目指そう。

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