👼16 断じてイラッとなどしていない

 田中千恵子に倍賞裕子。


 どちらも昭和の名女優といえる人物である。


 地底界での謹慎が長かったとはいえ、日本の新聞は瓦版の時代から毎日隅々まで読んでいたリュカだ。

 二人の女優についてはすぐにピンと来たようで、大学帰りのちえりを早速レンタルビデオ店にいざなった。


 そして今、アパートのちえりの部屋で借りてきた映画を見終わった二人は、大山益次郎ますじろうの好みの女性の傾向について分析を始めたところのようだ。


「とりあえず、どっちの女優さんも大輪の華というよりは野に咲く素朴な花って感じだね」


『そうですね。倍賞裕子さんは、国民的映画のシリーズで自由奔放な兄を常に心配して気遣う可憐な妹という印象が強いですね。

 田中千恵子さんの方は、国営放送での超人気朝ドラで波乱万丈の人生を耐えに耐えた芯の強い女性という役柄のイメージかと思われます。

 どちらにしても、めんどくさがりでぐうたらなちえりとかけ離れたタイプであることは確かでしょう』


「むう……。それについては否定できないところが悲しい……。

 けどっ! 大山先輩は告ればとりあえず付き合えそうって感じじゃないし、好みのタイプに近づくように努力することが、先輩のハートを射止める一番の近道になるんじゃないの?」


『それはそうでしょうけれど……。

 ちえりにとっては並大抵の努力ではすまないでしょうね』




 眉をひそめてちえりを見るリュカの残念そうな表情が、出来の悪い主人公に手を焼く猫型ロボットを彷彿とさせ、私は思わず苦笑いした。


 そんな彼女に努力をさせ、自分の手で幸せを掴み取る手助けをすることこそがリュカの贖罪となるのだ。

 秘密の道具は出せなくとも、彼なりのやり方でちえりを励まし、二人三脚で頑張ってほしい。




「とりあえず昭和の女に近づくとしたら、やっぱり外見から地味な雰囲気に変えるのが手っ取り早いのかなぁ」


 部屋着のジャージ姿でベッドに寝転ぶちえりの呟きに、リュカがぷっと吹き出す。


『ちえりがあの映画の中のような古風な服を着るんですか?

 それでは国民的ヒロインというより、日曜夜の国民的アニメの主人公のようなコメディになりそうですね。

 〇ザエさんとか、ちび〇子ちゃんとか……』


「あっ!リュカ、今ひどいこと言ったっ!!」


 ちえりががばっと起き上がって抗議しようとすると、リュカが彼女にやわらかな眼差しを向けた。


『ちえりは今の自然体が一番可愛いと思いますよ。外見を変えることより、まずは中身を磨くことを考えましょう』


 天に咲く花と見紛みまごうほどに優しく清らかな笑顔をちえりに向ける。

 その微笑みに毒気を抜かれた彼女は抗議することを諦めたのか、再びぽすんと枕へ頭を預けると、不安に揺れる瞳を閉じてため息を吐いた。


「大山先輩の不愛想な態度を見てたら、何をしてもダメなんじゃないかって思えてくるよ……」


 珍しく弱気になったちえりを前に、リュカがふっと小さく笑う。

 枕元に跪き、小さな子どもを寝かしつけるときのように、ちえりの額にかかる前髪を愛おしそうに撫で上げる。


『ぐうたらでちょっと口は悪いですけれど、率直で明るく可愛らしいところがちえりの魅力だと思いますよ。

 その魅力を無理に変えることはせずに、白フンの君の好みに沿った新しい魅力をつけていくという方向性がいいかと思います。

 一緒に頑張っていきましょう?

 僕がいつでも傍にいて、ちえりを助けますから――』


「……うん」


 頷いたちえりの唇が微かに「ありがと」の形に動いた。

 それに返すリュカの微笑みを見とめると、彼女は安心したように眠りに落ちていく。

 彼女の意識が沈み込むまで、リュカは愛おし気な眼差しをちえりに捧げ続けていた。


 その一部始終を見ていた私は、ほっと安堵の息を吐く。


 リュカが謹慎を解かれ、ちえりを幸福にするという贖罪を始めて二ヶ月。

 初めは彼の過保護ぶりが空回りしてどうなることかと心配したが、今や二人は目的を同じくするパートナーとして少しずつ心を通わせ始めているようだ。


 うむ。


 本当に良かった。



 うむ。



 

 …………うむ。





 ちえりの恋を成就させるために二人が協力することは、私にとっても実に喜ばしいことのはずなのだ。



 贖罪が終われば、あの愛しき者の翼は漆黒の闇から純白の無垢なる色に戻り、私の元に帰ってくるのだから。




 だから、二人の絆が強まることは、大変良いことのはずなのだ。




 ……ん?




 ベランダから中の様子を伺っていたガブリエルが夜空へ向かって飛び立った。


 彼にしてみれば、ちえりの幸福に向かってこの二人が協力することは面白くないに違いない。

 何か妨害策を思いついたのか、ねぐらとは別の方向へ飛んでいく。


 あれは……。

 ちえりの友人である “彼女” の住むアパートの方角ではないか。


 ガブリエルは今度は何を企んでいるのだろう。




 今回も私の出る幕がなければいいのだが――




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