書きたくない小説

 次の日、寺子屋が終わった後、私の家で。

「女の人は、何を基準に男を選んでいますか? が大事なのよ」

「え~、でも、それって、お金じゃないの?」

「そうね、百合さんもお金が大事って言っていたし」

「どうかしらね?」

「それじゃあ、村娘がお金持ちにお金を積まれて結婚させられるお話はどう?」

「えっと……どうだろう? それってどこに読む人がいるんだろうか?」

「だって、村娘を買い取ったのは、格好良くて、金持ちで、優しくていい男だとしたら、いいと思わない」

「まあ、それならいいね」

「でも、そこには、お金づかいの荒い男との縁も欲しいわ」

「うん、それはいいと思う」

 花ちゃんが目を輝かせる。

「ダメ男との間で揺れる恋心」

「恋物語って感じだね」

 私は、分からないのでそう言った。

「そうでしょう、いい話になりそう」

「表題は『楓の恋物語』かな」

「それもいいわね」

(私は、やっぱり恋っていまいちわからないな)

 そう思って見ていた。

「それじゃあ、企画書を書き上げましょう」

「そうね」

 花ちゃんが、筆を持つ。

「村娘は楓と言い、お金持ちの利三郎に見合いを迫られる」

「初めは、それがいいね」

「そうね」

「しかし、楓は、八百屋の跡取り息子、幸右衛門に惚れていた」

「いいね、そうしよう」

(わからないな)

 花ちゃんとお宮様の盛り上がりにいまいちついていけないのであった。

「それで、最後は、利三郎と結婚する」

「それがいいわ」

(全然良さがわからないな)

 私は、一人、寂しくなった。

「今日は、ここまでにして、明日、本筋を決めましょう」

「そうね」

 三人は、別れた。


  ☆ ● ☆


 その日の夕食の時に、お父さんに聞いた。

「私、恋物語書けるかな?」

「ああ、書けないな」

 みそ汁をすすりながらそう言う。

「書けない? なんで?」

「そう顔に書いてある。書きたいものじゃないんだろう」

「……そうです」

「お友達に協力してもらうのもいいが、書きたくないものを書くのは、いい事じゃない」

「……そうだよね。でも、書いてあげなくちゃいけないんだ」

 少し落ち込んでいた。

「みんなに書けないなんて言えないって事か?」

「うん」

「それなら、書け」

「えっ?」

「責任感だけで書けるか試してみろ」

「う、うん」

 私もみそ汁をすすった。

「青、あんまり無理しなくてもいいのよ、小説なんて、今は、書けなくても、お金に困っているわけでもないのだから」

「うん、無理はしていないよ」

「でも、前の時だって、眠れなくなったりして、見ている私には、かわいそうだったわ」

「前に書いたものは、怖い話だったから」

「無理はしないでよ」

「うん、今回は、恋物語だから、怖い事はないよ」

 お母さんと約束して、立ち上がった。お膳を下げて、部屋に帰った。

 花ちゃんとお宮様が盛り上がって書いた帳面を見ると。

『村娘』と書いて、絵が隣に書いてある。

「かわいい」

 この絵を生かしてあげたいとは思う、でも、恋物語なんて、書けない。

 そっと帳面を閉じる。

(私は、期待に応えられる作品が書けるとは思えない)

 じぶんを少しばかり責めた。

『責任感だけで書けるか試してみろ』とお父さんは言った。

(それは、出来ないって事? だから、そんなことを言ったのかな?)

 手に汗をかいていた。

(でも、やってみなければわからないよね)

 完全に出来ないとは思いたくなかった。

 帳面をしまい、布団をしいた。

(明日、がんばろう)

 そう思い眠った。

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