王都カルメリ

 王都カルメリ。

 人口30万を容するグランティンバー国最大の都市。

 南北に伸びる大街道は広く石畳に覆われ、その2本の道はグランティンバーの安定と繁栄を象徴する。

 カルメリの中心地には深く広大な堀が設けられ、その中心にそびえる王城は白を基調とした外壁に深緑の屋根を戴き、その威容によって王権の威光を知らしめるのみならず、国家の包容力をも表現するに至っている。

 王都の成長の証とも言える城壁は二重に広がり、最外殻は10万の国民をその内に置く。

 城壁内には4千の囚人を収め得る巨大監獄ダリュン、それに隣接する収容人数5万人を誇る巨大円形闘技場、グランティンバー2大国教の神聖エルフ教大聖堂と双竜教会大聖堂など、いずれも王城に勝るとも劣らぬ巨大建築が来訪者の歩みを止めさせる。

 そうした城壁の外は東西に大田園地帯が広がり、南北には運河を挟んで広がる20万を越える人々の家屋が建ち並ぶ。

 それらは無秩序に広がることなく、チェスの盤の如く細かに整理され主要道の近隣を商業区、その余を居住区と、厳格に分かたれて整備されている。

 また、居住区を走る道には一定区間ごとに広場が設けられ、住民の多くがそこで市を開き、また市を利用することで、日々の生活の糧を得ている。

 こうした王都カルメリの異様とも言える特徴は、上下水道の整備が下級民居住区までをも網羅しているところにある。

 カルメリ南西公爵ロザリオ・キャロルとグランティンバー屈指の豪商ウォライド・フロイスによってもたらされたその技術は、10年という短い歳月の間にカルメリ全体に張り巡らされるに至り、都市全体の衛生環境の劇的改善という奇跡を引き起こした。

 城壁内4カ所、城壁外8カ所に設けられた浄水施設から供給される水は煮沸を要さず直接の飲用に耐え、安価で安定供給されることで人口の安定と増大に多大な貢献を果たし続けている。

 俄かに商工業の急速な発展に湧く王都カルメリは絶えざる活気に沸き立ち、その地を訪れた者は総じて『奇跡の都』と街を讃え出立を惜しむのである。



世界探訪録

 グランティンバー訪遊記「王都カルメリ」より




「ほへー……なるほど、分からん」


「誰が書いたんだ?」


「ウォライド様が雇った作家っすね」


「だから自分たちの功績を大袈裟に書いてるんですね」


「いやいやいや! これは大袈裟じゃねーっすよ!?」



 夕焼けに染まる王都カルメリを進む馬車の上で、そんな会話が繰り広げられている。

 御者をコルドゥに任せ、荷台には5人が座る。

 カイトとガーネットの二人は色々と目立ってしまうので、フード付きのローブを被らせている。

 それはそれで逆に人目を引いてしまうということで、ぼくは正規兵の装備で角を隠さずに曝け出し、視線を集めることになった。

 問題児2人はあちこちから恨みを買ってると判断し、大人4人で相談した結果、この形に落ち着いた。

 謁見前に無用なトラブルを抱えたくないという思惑も含めた、年長者なりの配慮だ。


 本来の予定通りならば、今日の今頃は王宮に出向き、国王への謁見申請の手続きを行っていたはずだった。

 その日程はケントの襲撃で大きく遅れ、襲撃から3日目の今朝、ようやく王都の地を踏むことができた。

 日が暮れてしまっているのは、旧カルメリ外壁の城門の関所で順番待ちをした結果だ。

 関所は一般受付と行政関係者用、緊急用の3つの城門に分かれており、一般受付に並ぶ列は正に長蛇。

 列ができる道の両脇には様々な露店が居並び、こうした風景が日常的なものとして定着している様子を窺わせる。

 そんなカルメリの住民はしたたかなもので、有料トイレで稼いでいる者までいた。

 そんな光景を横目に行政関係者用の列に並び、順番を待ち、多少のトラブルを乗り越えて、現在は騎士団関係者用の一時宿泊施設を目指して移動している。



「関所じゃどうなることかと思ったぜ」



 アデリーが思い出し笑いして、楽しそうに話す。



「エンさん、本当はいなかったはずでしたしね」


「角を隠せば坊ちゃんたちが目立ち、坊ちゃんたちが目立てばロザリオ様が手出ししやすくなり。あっしも気が気じゃなかったっすよ」


「だーなぁ。力技で押し通るわけにもいかんかったしな。2人が芝居に付き合ってくれて助かったよ。ありがとな」


「……借りを返しただけだ。この話はもういいだろ? 何回目だよ」



 大人4人は笑い、ガーネットはまんざらでもない様子でケントにすり寄っている。

 貸しを作った覚えはないけど、返してくれたってんならありがたく頂くまでだ。


 王都カルメリに入ってから先、巡回の兵士の視線を感じてはいたんだけど、特に咎め立てられることもなかった。

 でも、関所となればそうもいかない。

 受付の列に並んでいるのを発見されるや、40人ほどの兵士に囲まれ、ちょっとした騒ぎになったのだ。

 そこで、道中で倒れていた子どもを保護した際、ぼくが子どもたちを助け、アデリーたちに援助を願い出たという芝居を打った。


 東国の商船が難破して漂流し、グランティンバーの海岸に打ち上げられて以降、放浪の旅をしていたオーガ。

 子どもたち2人が別のオーガに襲われている場面にたまたま遭遇し、そのオーガを討ち取り、自分も傷付いて倒れていたところ、アデリーたちがその場に居合わせ、これを保護した。

 アデリーはオーガの善行に感じ入り、自分の部隊に招き入れるべく、その許可申請も兼ねて同行させている。


 やっつけ感は否めないが、ここで壊れずに残っていたお守り・・・が役に立った。

 ぼくの首級だ。

 2つあった内の1つは、ケントたちの襲撃の際、防御魔術を発動させる燃料になって消えていた。

 残った一つも一部が消費されていたけど、幸い角は残っていたので、小道具として活用したわけだ。


 そこでダメ押しとばかりに役立ってくれたのがケントだった。

 ぼくとの戦闘を思い出しながらだったのか、別の体験を基にしたのかは分からないけど、オーガに襲われた体験エピソードとその時の恐怖を、詰め寄る兵士のリーダー格に語って聞かせてくれた。

 示し合わせたわけでもないのに、スラスラと偽名まで使って語っていた姿には感心してしまった。


 そうしてそれなりに苦労した甲斐もあって、関所を無事に通過することができ、王宮に通じる内門を通るための手形まで入手することができた。

 手形は嬉しい誤算、不幸中の幸いだ。



 ちなみに、ケント襲撃の直後、コルドゥにはロザリオに対しありのままの経緯を報告するよう頼んでいた。

 下手に情報をいじるより、生の情報の方がインパクトも強く、警戒もしてくれるだろう。

 ただ、あまり追い詰めすぎるのも良くないと、警戒はしている。

 人は普段から何をしでかすのか予想し辛いのに、追い詰められれば本当に何をしでかすか想像もできなくなる。

 敵対する相手には油断してもらえるくらいが有利でいいんだけど、ジョージが通じているとなれば既にぼくの危険性はある程度知られているので、油断は望めない。

 ロザリオたちが肉弾戦でなく、政争の土俵で策を講じてくれることに期待している。

 そこは彼らの土俵であり、彼らはそうした戦場では百戦錬磨の猛者なのだ。

 その方がよほど面倒くさい気もするけど、どうしようもなくなれば王宮ごと破壊して逃げ出せばいい。

 アデリーたちには悪いけど、ガバンディに保護を頼めば、有能な人材だとして歓迎してくれると思う。



 そんなことを改めて考えていると、溜め息が出た。



「どうしたよ旦那? 浮かねぇ顔して」


「いやね、子どもらには頭使え、知恵絞れって言ってんのにさ、言ってるぼくが力技ばっかじゃん?」


「そうか? でも旦那が絶対に力は使わねぇなんて言ってたら、俺はこんなことしてねーよ?」


「それもそっか。状況的にしゃーねーよなぁ」


「力技と言えばバカやそこのガキどもなんか乱暴者もいいとこだったじゃねーか。それを大人しくしてくれたんだから感謝してるくらいさ」



 アデリーの言葉に、ケントもガーネットもバツの悪そうな顔をして俯く。

 その様子に苦笑いし、2人の頭を軽く撫でる。

 カルメリまでの道中で、コルドゥの話も交えながら、大人総出で2人には話をしたからな。

 説教と言わないのは、大人の反省会になってしまったからだ。

 大人は4人が4人とも、少なくない後悔を子どもたちに語って聞かせることになった。

 ケントは転生者ということもあり、見た目以上の年齢分の経験をしているからだろう、真剣な表情でぼくらの話に向き合い、相槌を打っては、時に涙を流していた。

 後悔が直接人を育てることはない。

 成長はその先にあるので、2人にはそれに気付き、苦い経験もこれからの人生の糧にして欲しいと願っている。

 大人だと言ってるけど、ぼくらだってそれは変わらない。

 生きた年数が多く、得られた経験もそれなりに多いから、若者の手前、先輩ぶってみせてるだけだ。



「謁見っていつ頃になるんだろ?」


「エンさんの情報は国王陛下も掴んでるはずなんで、早ければ明日中でいけるはずですぜ」


「ああ、だと思う。俺が頼ったのはジョージと対立してる派閥だが、根を辿ればロザリオとの対立派閥に通じてる。予定より2日遅れたが、段取りは整ってるはずだ」


「そっかそっか。ほんじゃまぁ、もう一仕事がんばりますか!」


「あのバカがしつこく絡んでこなけりゃなぁ……」



 項垂れるアデリー。

 人生はなかなか思惑通りには進んでくれない。

 本人も自分のことだけ何とかするなら、ぼくがどんな協力を申し出ていても、今ここでこうしていることはなかっただろう。

 彼は彼なりに欲張ってしまったから、ここにいる。

 そういう彼の性分がコルドゥや、開拓村の面々、社会から除け者にされたはみ出し者たちの信頼を勝ち得たのだろう。

 この世界で最初に辿り着いたのがアデリーの元だったのは、幸運だと思っている。


 ぼくをこの世界に導いたは亡きレビビールとアトレテスたちだと分かっているので、アトレテスとソラスの兄妹には恩返しをせねばなるまい。




 アデリーたちと談笑しながら馬車を走らせていると、視線を投げかけてくるのは兵士ばかりでもない。

 道すがらすれ違う街の住人のほとんどはこちらを気にすることもないけど、彼らの視界に一度でも入ると、だいたい驚きと困惑の表情を見せてくれる。

 ある者は呆然とし、ある者は興奮した面持ちで馬車を追いかけようとして周囲に止められる。

 関所を抜けてからはエルフやドワーフらしき人影も増え、髪の色もバリエーションが増えている。

 兵士でもないのに年季の入った装備で身を固めた人の姿も増え、肉屋の軒先には見たこともない獣が吊るされていたりもする。

 それでもオーガは物珍しいのだろう。

 一時宿泊所に到着してからも、好奇の目線が絶えることはなかった。



「アデリー・サロフェット様とお連れの方……は?」


「大丈夫だ。続けてくれ」



 アデリーの後ろで受付の騎士に手を振って微笑んでみせると、アメリアさんが笑いを堪え切れずに吹き出していた。

 受付の若い騎士は戸惑った様子を崩し切れず、何かとぼくと目が合うので、目が合うたびににこやかに手を振ってみせる。

 アデリーとコルドゥは白い目でぼくを見ていたけど、ケントとガーネットが肩を震わせて笑いを堪えていたので、ぼくは満足だ。


 案内された部屋は、大部屋を一つ。

 室内には左右に二段ベッドが2台ずつ、窓際に机と椅子が1揃え。

 トイレと食堂はあっても浴場はなく、とても簡素な内容だ。

 外に出れば近くに大衆浴場や飲食店もあるとのことだったけど、湯を湯桶で3杯だけいただき、先にアメリアさんとガーネットの2人に部屋を譲って旅の垢を落としてもらうことにした。



「アデリー」


「あん? ああ、終わったら呼んでくれ」


「助かる」



 女性2人を食堂で待つ席で、アデリーに礼を告げ、席を立つ。



「もう結婚しちまえよ」



 トイレに移動しようとした背中に、にやけ顏のアデリーがそんな言葉を投げかけてきた。

 振り返り、頭をかきながらほんの少し悩む。

 悩むといっても、本当にほんの少し。



「騎士学校みたいな学校ってあるんだろ? あの子が通えそうなとこ」



 ぼくが何を言わんとするか、アデリーはその一言で察したらしい。

 にやけ顏から一転、眉根が寄り、渋い表情で盛大に溜め息を吐き出す。



「有るには有るけどよ、結果は変わらんと思うぜ?」


「あの子は幼いんだ、分からんだろ」


「幼いからこそじゃねーか」



 そう突き返されると、ぼくも言葉に詰まる。

 その可能性を考えていないわけでもないけれど、やはり気は進まない。


 アデリー同様、ぼくも苦渋で顔をしかめていると、またアデリーの盛大な溜め息が聞こえる。



「ほんっと旦那はクソ真面目だな」


「真面目にもなるべ。大事だからな」


「なら……ッ!」



 言いかけたアデリーを目で制す。

 顔には苦笑いが浮かんでるだろう。



「見た目がどうこうとは言わんけどさ、生きられる時間が全然違うんだよ。あの子が老いさらばえても、ぼくは全く変わらんまま、あの子の最期を看取ることになる。子どもが作れるのかどうかも分からん」



 アデリーは俯き、色々とタイミングを逃したコルドゥは居辛そうに壁のシミを数え出している。



「幸せって、そういうのばかりじゃないでしょ……?」



 神妙な顔でテーブルの一点を見つめ続けていたケントが言葉を挟む。

 意外な反応に驚いたけど、彼は彼なりに、何か思うところがあるんだろう。

 その言葉に頷いて返し、なるべく丁寧に言葉を選ぶ。



「そうだね。でもね、そういう幸せがあることは否定できないし、その可能性を与えないままってのはさ、相手を騙してるのと同じだと思うんだよ」



 色んな愛の形がある。

 同性同士で結ばれれば、子を得ることは難しい。

 同じ種族同士でさえ、身分を違えれば結ばれることすら難しくなる。

 それでも、そんな彼らの間に愛が無いとは言えない。

 本当に色んな愛の形がある。



「色んな可能性を知った上で、リスクも承知で結婚したいと言われりゃ、ぼくは喜んで受けるさ。途中で耐えられないと投げ出されても責めはせん。実際に体験しないと気付けんこともあるでな」


「もういい。旦那、俺が悪かった。引き止めてすまねぇ……行ってきてくれ」



 立ち上がったアデリーに抱きつかれ、泣きそうな顔で送り出されるハメになった。

 笑って流しても良かったんだろうけど、なんでだろうな。

 妻が苦笑いしているような気がした。



「ごめんな」


「謝んなよ。嬢ちゃんの学校の件は俺らで何とかすっから、旦那は旦那の仕事してこい」


「おう、ありがとさん」



 気不味い雰囲気になった食堂を逃げるように飛び出し、トイレの個室に隠れて、サリィの召喚魔法に魔力を込めた。

 数分と待たずに召喚は拒否され、サリィからの召喚要請が脳内に灯る。

 自分の頬を叩いて気を取り直し、顔をマッサージして表情を緩め、『YES』に意識を集中、召喚の術式を起動した。




「ご主人様!」


「今日は遅いのね」



 召喚された先は、以前よりは片付いたマルセリーの自室。

 出迎えたのは嬉しそうなサリィと、口の片端だけを上げて笑うマルセリー、慣れない様子で頭を下げるサリィの弟の3人。

 3人は長テーブルを挟んで座り、目の前には開かれた本が置かれている。


 マルセリーの言葉は、前回ここに来たのが朝だったからだと思う。

 ケントたちの襲撃の翌日、目を覚まさせたガーネットを落ち着かせ、呪い・・についての説明をした後、アデリーに事情を話して一旦ガバンディ邸へと戻ったのだ。

 予定外の移動だったので、ガバンディたちに状況の説明とサリィの保護を改めてお願いするためだった。

 そこでも若干予定外、いや本来は予定内だったんだけど忘れてしまっていたことが起こり、その件への協力も合わせてガバンディに押し付けてしまうことになってしまった。

 トルメトルさんが言っていた"森からの援助"が、ガバンディ邸に訪れたのだ。


 なんでこんなにバタバタしてんだろうなとは思うけど、一人で背負う必要に駆られるわけでなく色んな人の援助を得られているので、出会いに恵まれた幸運に感謝している。



「邪魔しちった?」


「だったらどうするの?」



 マルセリーがニヤニヤしながらいじめてくる。



「もう! 師匠!」


「冗談よ」



 頬を膨らませて怒るサリィに、マルセリーは悪びれもせず、手をヒラヒラと振ってあしらっている。

 苦笑いして眺め、ふと興味が湧いてテーブルの本に目を移すと、何やら小難しい言葉が並んでいた。

 サリィの弟を見やり、何が書いてあるのか訊いてみると、上級魔術理論の解説文なのだと教えてくれた。



「よく読めるな。おまえらすごいわ」


「エンちゃん? あんたが言うと皮肉に聞こえるのよ?」



 マルセリーの額に青筋が浮いているように見えた。

 目の錯覚だったけど、怒気は感じる。



「ぼくはこういう勉強したことないから、ほんと分からんのよ。全部現場仕込みの我流と真似だもん」


「基礎は大事よ〜?」


「ご主人様、一緒に勉強します?」



 弟くんから強い殺気を感じたので、その話はその辺で流しておいた。

 お姉ちゃん大好きだもんな、弟くん。


 そういえば、



「なーなー! 弟くんの名前ってどうなったん?」


「ガバンディ様からオーゲルの名をいただきました」


「おー! おめでとう!」



 祝いの言葉が意外だったのか、弟くん改めオーゲルは驚いた顔をしたけど、照れくさそうにお礼の言葉を返してくれた。

 名前って大事だもんな。

 名前が無いことがどんな感じなのか、経験がないのでぼくには分からない。

 でも、変な名前で苦労している人は何人か見てきた。

 オーゲルという名前がこの世界で変なのかそうじゃないのか、それを判断できる知識がないので分からないけれど、本人が喜んでいるならとりあえずそれでいいんだろう。

 ガバンディも常識がないわけでなく、あの性癖を除けばむしろ聡明な感じではあった。

 特に口を差し挟むようなことでもないので、心からの祝福を伝えておいた。



「ご主人様、お疲れではありませんか?」



 サリィの不安そうな顔がぼくの目を覗き込んでくる。

 言いたいことは別の言葉なんだろうけど、年齢に見合わないその配慮に物悲しさを覚える。

 直球で来られても受け止めきれないので助かってはいるんだけど、そんな自分の心情がまた腹立たしい。



「あれからは疲れるようなこともなかったし、ここでみんなの顔見たら、安心したよ」



 サリィに笑顔で答える。

 触れればきっとぼくが泣いてしまうから、努めて喜びだけを表情に浮かべる。



「エンちゃん、お客さん・・・・はどうするの?」


「たぶん明日で用事片付くからさ、待っててもらうように伝えといてくんね?」


「エンちゃんってそう言いながら次々問題抱えてない?」


「んなこたない………よねぇ?」



 サリィに振ってみるとえらくニコニコした顔で返された。

 選択を誤ったかな。

 ちょっと胸が痛い。



「まぁ実際、蓋を開けてみんと何とも言えんけど、最悪ぼくは死ねないからさ……泣いて帰ってきたらごめグェッ」



 サリィに抱きつかれて動きを封じられ、マルセリーが投げた分厚い本は顔に命中し、ぼくの言葉は無残にも途中で遮られてしまった。

 加減してくださいマルセリーさん。

 結構痛いです。



「そこは大丈夫だちゃんと帰ってくるとでも言いなさい!」


「うん………悪い」


「あんたでどうしようもないんじゃ、私たちだって何も言えないんだから………ああもう! あんたって本当に泣き虫ね!」


「あははは……」



 泣かせてしまったマルセリーとサリィにしがみ付かれ、そんな二人の肩を抱きながらぼくも少しだけ泣いた。


 ぼくの弱気は二人に預けていこう。

 最善を尽くして笑って帰ってこよう。

 今はそれだけを心に決める。



「毎度ありがと。腹も決まったわ。ちょっくら行ってくる」



 言って二人の背を撫で、オーゲルに顔を向けると、彼は置いてけぼりにされて途方にくれた顔をしていたので、思わず笑いそうになってしまった。

 アデリーの召喚術式を起動すると、すぐに拒否され、ぼくへの召喚申請に切り替わる。



「オーゲル、みんなのことよろしくな!」


「言われな!」



 皆まで聞かずに召喚申請を許可してアデリーの元に飛んだ。

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