自由時間の過ごし方①

 夜通しでサリィ捜索を行ってくれていたらしいガバンディ邸の人々と遭遇できたのは、東の空が赤く染まり始めた頃だった。




  ガゴッ



 屋敷に到着すると、サリィはガバンディやアントンに泣かれ、ぼくはマルセリーに殴られた。



「あの子を泣かせたら殴るわよ?」


「殴ってから言うことですかね?」



 腰の入ったいいパンチだ。

 痛い。

 いい音したし、場に居合わせた全員が固まってる。



「それは今日の分、忠告は忠告よ」



 出会った初日にも泣かせたことは黙っておこう。

 サリィに聞かれると泣かれる気がする。


 ただ、ぼくも思うところがあったから受けたけど、サリィは後で泣くか、マルセリーを怒るだろう。

 がんばれマルセリー。

 ぼくは知らん。



「そうそう。サリィは名前呼んであげると喜んでくれると思うよ?」


「そう。そうね。あたしもよ」


「……ん? 何か言った?」


「なんでもないわよ!」



  パシッ



 その拳は受けてやれんかなぁ。



  パシッ



 右がダメなら左って、ほぼ反射で動くところがすごい。

 素直に感心してしまう。

 けど、その次のは危ないし、止められんかな。



「よっ……っと」


「わひゃあ……っ!?」



 半身ズラして股間を狙った蹴り足を避けながらマルセリーの両肩を押し、地面に倒れる前に左手を背中、右手を腰に回してキャッチする。



「マルセリーはぼくのこと恨んでんの?」


「そういうんじゃ………ないわよ………」



 何やらハッとした顔をして、声も語尾が消え入りそうになっている。

 これ以上からかうのは良くないと思ったので、体を引き起こして立たせて、解放した。


 反応がいいから、ついからかってしまう。

 良くないね。



「あんた、本当に泣き虫ね」



 ああ、波の跡が残ってたのか。

 瞼の腫れや目の充血は再生しちゃってるだろうけど、そういうのは再生されないからなぁ。



「ぼくも名前呼んでもらえると嬉しいよ?」


「ハンっ! あたしは弟子のフォローに行くわ。またね、エンちゃん」



 よう分からんけど許してもらえたんだろう。

 泣き虫なのは本当のことなので、苦笑いしながら見送った。





 ぼくからの洗礼・・を思い出してか、屋敷の人々はとても緊張した面持ちだった。

 マルセリーとのやり取りを見ていた者も多いし、ぼくが不機嫌になっている可能性と、八つ当たりされる可能性を危惧していてもおかしくはない。

 頭を下げてお礼をすると、不安は和らいだようだ。



「あの子、魔法で姿は消せるし、訓練で狩人から獣の追跡術なんかも習って覚えてるから、探せって言われた時は絶望したわ」


「案の定、追跡し切れなかったもんな」



 などなど、ぼくが知らないサリィのことを話してくれる者もいた。

 会話は談笑へと移り、交わされる言葉の中には、サリィと彼らとの関係、彼らがサリィをどのように見て、どのように評価していたのか、彼らがどんな人々なのか、そうした内容が断片的に読み取れた。

 彼らが感じたこの邸での日常を知る機会を得られたのは、予期せぬ幸運だったと言える。


 ガバンディ邸の前庭に準備されていた捜索参加者用の差し入れ、サンドイッチとエールを、彼らは思い思いに口に運び、最初より明るい表情で屋敷の中に消えて行った。

 徹夜の捜索になったから、これから就寝する者は多いんだと思う。




 サリィに召喚された森を出た後、そんな捜索隊と合流するまでの間は、ぼくとサリィは取り留めのない会話をしていた。

 ほとんどぼくが勝手に話してたと思う。


 そんな中、サリィは不安を打ち明けてくれた。

 人を殺せなくなった、と。


 それのどこに不安になる要素があるのかぼくは今一つ理解できなかったけど、ぼくの足手まといになったり、それが理由で捨てられるんじゃないかと不安に思ったらしい。


 苦笑いするしかなかった。

 サリィに対してではなく、そういうことで不安にさせてしまう自分の状況にだ。


 この世界に来て9日目を終えようとしていたけど、最初の3日だけで200を越える命を奪い、何かと流血沙汰には事欠かなかった。

 人だけでなく、馬の命もカウントするなら、その数は倍以上に膨れ上がる。

 そんな状況を終えるために動いてはいるけど、頻度こそ下がれど、これからも誰かに血を流させる機会は巡ってくるだろう。

 殺すのも、血を流させるのも、好きでやってるわけではない。

 生きてきた時間の大部分を戦場に置いてきたから、そういうやり方に慣れてしまってるだけなのだ。

 戦場を離れた退役兵が、戦場の流儀でしか生きられなくなっていたが故に起こしてしまった惨劇は、嫌になるほど見てきた。

 自分も彼らと大差ないのだと思うと、サリィを巻き込んでしまったことが悔やまれるし、渦中にあるサリィの心情が殺人を拒んだことには尊敬の念すら覚える。

 戦争と戦争の間、束の間訪れた平和の中ですら、自他の命を軽んじて殺し合いに興じる者は絶えなかったのだ。


 サリィがどんな理由で人を殺せなくなったのか、それを詳しく問おうとは思わないけれど、ぼくはそれでいいのだと思う。

 それを自分の意思で選んで、人を殺さない道を歩んで欲しいと願ってもいる。

 奇しくも、この世界は戦争らしい戦争が絶えて久しく、どれほど続くものかは予想もつかないけど、平和な時代に突入したところなのだ。

 だからサリィはそれでいいのだと伝えた。

 そして、ぼくがサリィを捨てることもないと。


 それでも何か不満そうだったけど、あとはサリィが自分の中で答えを作り出してくれればいい。



 まぁ、壊したり殺したりなんてのは、楽な方に逃げる方法でしかなかったりもするんだ。

 どれだけ上手にこなして見ても、生み出す結果は損失でしかない。

 何も生産的でない。

 争いを収めるなら知恵を使った方が結果的に早いし、愚か者を減らすには知恵を与え続けるしかない。

 たくさんの人ととても大きな労力、そして金が必要になる。

 絶えない平和は、不断の努力の上にしか実現しない。

 暴力で押さえつけてもいつかは破綻するし、時には暴発して争いを生んだりもする。

 壊すこと、殺すことが必要になることもあるけれど、本当に稀でしかない。

 そう気付いたから、そんな能しか磨けていないぼくは、自身の非力を嘆いているのだ。


 そのことも、ちゃんと伝えておいた。





 アデリーたちとはグランティンバー王都で合流することになっている。

 スムーズに事が運んでいれば、あと3日といったところだろう。

 国境の城砦建築計画変更の直訴のついでに、ダニエルがやらかしたことを余罪も含めて国王に伺いを立て、ジョージの弱体化を図り、おまけでぼくの存在も公知のものにしてしまおうという計画になっている。

 雑ではあるが、力押しできなくもなかろう。

 あの国にぼくを抑え切れる戦力があるというのなら、王の首でも賭けてやってみせてもらいたいものだ。


 言ってることとやってることが滅茶苦茶だとお叱りを受けそうだけど、政争、権力闘争の場では、武力もカードとして機能してしまうんだ。

 手札の少ないアデリーの切り札になることを選んだので、出し惜しみはしない。

 ケツ持ちと尻拭いはアデリーに押し付けると決めてるので、張り切り過ぎないように注意しておけばいい。



 そういうことで、2日間ほど自由時間がある。

 準備らしい準備も無く、本当に自由な時間だ。

 なので、遅い朝食を終えた後は、ガバンディ邸の裏庭で仮設テントに保護されている元地下奴隷たちの、先送りにしていた解呪に手を着けることにしている。

 他の予定は何も決めてないけど、空けておいても埋まるだろう。

 面倒事がひと段落するまで後少し……だといいなぁ。





「ちわーっす」



 テント入り口の布を押し上げると、応急処置を施された重傷者が10人ほど横になっていた。

 遠目で分かるような四肢の一部欠損や全損。

 ちゃんと確認するとどんな傷跡が出てくるのか、想像できなくはないけどしたくはない。

 顔が傷付いてる者がいないので、彼らの様子と本邸地下室で見た道具とを思い出せば、だいたいどんなことが起こっていたのかが理解できた。


 傷を負った彼らの姿を目にした時点で、ガバンディを生かしておいた自分の判断は誤りだったかと疑ったとも。


 しかし、ガバンディたちにも言ったように、趣味用・・・の奴隷たちには治療が必要になる。

 それには金と権力、コネも必要になる。

 外傷だけなら医療系魔法が使える魔法使いなり魔術士で対応もできるだろうけど、心の傷や病はそうもいかない。

 だからガバンディは生かしておかなければならなかったし、手間暇かけて首輪を付けたのだ。

 役立ってもらわねば困る。


 治癒魔法も系統によっては記憶障害や心の病にも対応できると思うんだけどね。

 この世界の医療技術水準がどんなもんなのかは知らないので、いつかまとまった時間を割いて研究してみたい。



 さて、治療と解呪だと思い立って、何か引っかかるのを感じる。

 物理的にじゃない、思考にだ。

 この世界に麻酔ってあるのかなと考えてたんだけど、解呪という単語でマルセリーに刻まれた禁呪を解呪した時のことが頭に浮かんで、カチリとハマった感覚を覚えた。



 情報の保護と操作か!

 それなら麻酔の代わりにもなるし欠損部位の復元も……



 と思いついたまでは良かった。

 自分の中での大きな発見だ。

 しかし、素直に喜べなかったし、実行も躊躇ってしまう。

 とても疲れる、時間もかかる、ぼくが痛い、今はこの3つが理由だけど、後々増えそうな面倒も容易に想像ができてしまう。

 

 今は解呪だけにしておこう。

 どこかの魔術士が生身より便利な義手や義足を作ってる可能性だってある。

 ぼくはこの世界のことをほとんど知らんのだ。



 そうして一人ずつ解呪を進める。

 重傷者のテントでは作業もスムーズに進む。

 反応も薄かったけど。

 大変だったのはそれ以外のテントだ。

 まず怖がられる。

 これは仕方ないと諦めていた。

 特に、牢屋越しに洗礼・・を見ていた者の怯えようは酷かった。

 解呪の前と後で外見的な変化はないのに、作業中は対象者が身悶えるんだから、警戒するなと言っても無理がある。

 禁呪の施行者マルセリーのお陰で作業も楽なんだけど、綺麗な顔が何かを覚悟したり、悟った風になって虚ろになったり、泣かれたりという反応しか見せてくれないので、魔力消費による疲労と比較にならないレベルで精神が疲労する。

 乳児には解呪の必要がなかったことがささやかな救いだった。


 そんな奴隷たちは、顔立ちが良いという共通点の他は、本当に特徴が様々だった。

 人であっても髪色や肌色が多種多様、エルフもドワーフの他、ほとんど人に近い獣人や魚人も混じっていた。

 外見の特徴が共通するのは兄弟姉妹だけだったんじゃなかろうか。

 子を成した親同士も外見特徴がハッキリ異なっていたし、乳幼児も何らかの特徴が異なっていた。

 ガバンディが種族コレクションでもやってたんじゃないかと疑ってしまう。

 加虐嗜好にコレクター気質でも乗算されたんかね?

 コレクション室が出てきても驚かない気がする。



 異種間交配か。

 ぼくは子ども作れるんだろうか。


 疑問が一つ増えて、作業も終わったので、夕食のために帰路につくのだった。

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