追撃の気配

 昼食が済んだところで、話し合いが始まる。

 アトレテス兄妹の件も含め、話さなきゃいけないことは幾つかありそうだけど、どんな話になるんだろう。

 ぼくはぼくでサリィとの約束についても相談してみる必要がある。


 先に切り出すか。



「アデリー、さっきサリィが話した時に軽く触れたけど、この子ヘルマシエで弟が人質になってるみたいでな」


「ほう。でもまぁ、そうか。人質でも取らなきゃ魔術士相手に無茶苦茶できないもんな」


「だな。ほんでな、その弟が生きてりゃ助ける、最悪の場合は仇を討つと約束しちまってな」


「また面倒くさいことに首突っ込むなぁ、旦那」


「上手く片付けんとグランティンバーとヘルマシエで戦争起こる危険まであるもんなぁ」


「政争は俺の苦手分野だしな」


「ぼくも苦手だわ」


「ただ、これから話すことが旦那とサリィにとって朗報になるかもしれん。なんせサリィの元主人も絡んでくることだからな」



 そう言って、アデリーは紙とペンを持ってきて、サリィに質問する。



「サリィ、元主人のことを覚えてる範囲で教えられるか?」



 サリィが不安げな顔をぼくに向けてくる。



「サリィにかかってた魔法は誓約の紋くらいで、遠目や聞き耳の魔法はかかってなかったと思うよ。心配なら妨害の魔法でも使おうか?」



 サリィは頷き、アデリーは「魔法って便利だ」とか唸っているが、実際には色々と制限やリスクもある。

 その辺は追って説明することにして、部屋の四隅に規則的な紋様を描き、魔力を通して起動させる。



「おわっ! 何したんだ旦那、真っ暗になったぞ!」


「遠見の妨害に、光の出入りを遮断したんだよ。ほい、灯り」



 テーブルの上方、天井付近に光の球を作って、室内を照らす。



「音漏れ防止もしたから、解除するまで誰か来ても全く分からん……って、先に言った方が良かった?」


「問題ない。旦那と込み入った話するから近寄るなと言ってある」


「じゃあ大丈夫だな」


「ありがとうございます! ご主人様!」



 また違う魔法を見れたから興奮してんのかな?


 改めてアデリーが質問し、サリィがそれに答えるが、エログロナンセンスな話が多分に混じっていたので、細かい部分は割愛しよう。


 結果的にサリィの話で分かったことは、彼女の元主人の名前と性癖、昨日の襲撃の指揮官の名前、彼女が受けた命令といった内容だった。



「金や権力が集まるポジションには必ずこういうクソが湧くよな」



 吐き捨てるようにアデリーが愚痴をこぼす。



「戦場とは違う意味で、血で血を洗う世界だからなぁ。基本的に周りみんなが敵みたいなもんだし、かと言って疑心暗鬼に駆られて疑わしい奴を殺し続ければ、地位や金まで失うことになる」



 見方によっては、そういう雲上人の世界も地獄だと言える。

 底辺も地獄、上辺も地獄、比較的気楽でいられるのは、どんな時代、どんな場所でも、その中間の人々であることがほとんどだ。



「その辺の愚痴は後でやろうや。アデリーの話はどうするよ? 漏れて困るなら妨害維持しとくけど」


「緊急の報告が無いとも限らんから、無しで頼む」


「分かった。サリィ、話してくれてありがとうな」



 妨害の魔法を解除し、精神疲労の色が見えるサリィを仮眠用のベッドに寝かせている間に、アデリーは現況の確認に行っている。



 サリィの話は胸糞の悪くなる内容もあったけど、この村を襲撃する命令の内容には面白い話もあった。


 グランティンバーとヘルマシエの国境防衛線、グランティンバー側の防衛の要としてパットン砦という城砦があるそうで、アデリーがそこに就任して以来、ヘルマシエ側は望ましい嫌がらせの効果が挙げられずにいたそうな。

 すると必然的にグランティンバー国内でのアデリーの評価は上がってしまい、それなりの規模の部隊の指揮官となる。

 国家防衛の重要な一手としての国境防衛線の強化と、実効支配領域の拡張を兼ねた新規国境警備用の城砦構築、その防衛部隊長として派兵されているのが現在のアデリーの立ち位置らしい。


 そうして何時しか『狂犬アデリー』『パットン砦の悪魔』などと敵味方問わず恐れられるようになったと。

 飯時にでも、アデリーの部下が彼を何と呼んでるのか訊いてみよう。



「旦那、なんか悪いこと考えてただろ」



 気付けばアデリーが扉を開いた状態でジト目をぼくに向けている。

 悪いことだなんてトンデモナイ!



「守護神アデリーのことなんて考えてなかったよ?」


「……誰に聞いた? ピエールか?」



 現場の味方にしてみれば救世主みたいなもんだし、そういう二つ名も付くか。

 そうか既出だったか。


 ニヤリと笑うと、カマかけられたことに気付いたようで、あちゃーという顔で項垂れてくれる。

 まぁ、あまり弄らんようにしておこう。



「さ、次は俺からだな」



 席に着いてアデリーが切り出す。

 ちゃんと仕事する顔だ。



「先に旦那への頼み事の件な、捕虜の護衛を頼みたいんだ」


「ぼくは守りは苦手だよ?」


「マジか。どうすっかな……」


「捕虜は何人いるんだっけ?」


「全部で二十六、いや二十五人か。馬も再調教が必要だから現状お荷物だが、これは減ってもいい」


「ほとんど死ななかったか」


「向こうの死人は四人だな」


「なんかスマンね」


「ヘルマシエに引き受け拒まれた連中は、最悪ここで使えばいいしな。大した問題じゃない……と普段なら笑ってるところだが、今回はそうも言ってられん事情があってな」


「その事情にサリィが絡むわけか」



 アデリーは頷いて応える。


 そもそも、国境線での小競り合いは、グランティンバーとヘルマシエの両国にとって、厄介者の処刑場のような役割を果たしているらしい。

 擬似的に前線を作り上げ、政争で劣勢に陥った貴族や素行に重大な問題を抱える貴族の子弟、有力貴族の不興を買った平民などが兵士として送り込まれ、それらを使い潰すような戦略を敢えて採っている。


 処分が主目的で、運良く矯正されれば拾い上げる。

 建前としては両国の一部の者の不和で紛争が続いていることになっているが、その実態はほとんど知らない者がなく、公然の秘密になっているという。



「だからな、昨日の襲撃が異質なのは分かるだろ?」


「不自然なまでに半端だったよなぁ。目的が分かれば、なるほどと納得できなくもなかったけど」



 サリィたちが受けた命令は、アデリーの抹殺だった。

 それだけのために私兵を投入するには大義名分が整わないということで、作業で人が出払って少なくなった時間帯を狙い、村に残った者をついでに・・・・皆殺しにすることで、口封じも兼ねて体裁を繕うという内容だったわけだ。


 そのための戦略としては、過剰だったと言える。



「そう、旦那がいなかったなら、だな」



 ヘルマシエ側の国境の砦からこの村まで徒歩で約一日、本来なら今頃は確定された勝利の報に、あちらの砦で小さな祝宴の準備が始まっている頃合いだったことだろう。

 運悪く失敗したとしても、まさか全滅の憂き目に遭うなどとは予想もしていなかったに違いない。



「ヘルマシエ側で糸を引いてるガバンディがそれに気付くまで最短であと二日、そこからグランティンバーのバカに失敗の報せが届くまでに最短で三日。

 ただ、密偵が作戦の失敗を伝えてるなら、グランティンバーのバカが明後日には総力挙げてこの村に攻めてくる」


「あー……それで捕虜の護衛か」


「話が早くて助かる」



 昨日の襲撃は、グランティンバー国内でアデリーの死を望む"バカ"が、ヘルマシエの貴族ガバンディと結託したんだか依頼したんだかは分からんが、いつもの小競り合いで指揮官が死亡したという結果を狙って渡った危ない橋だったということ。

 その作戦が完全に失敗し、ヘルマシエ兵が全員死亡したならまだしも、捕虜として捉えられ、身代金の請求が行われれば、その身代金は実質"バカ"が払わなければならず、ついでに慰謝料までむしり取られかねない。


 ならば、人質などいなかったことにするしかない。

 であれば、この村に生存者はいてはならない。



「しかし、捕虜だけ生かしたって意味無かろうに」


「そこは狂犬アデリーの腕を信じてもらいたいところだな」


「えー?バカとはいっても貴族なんだろ、そいつ?」


「困ったもんで、立場的には俺の直の上司になる」


「うわ……」


「ダニエル・ネイド・グロッシア。

 そこそこ名のあるグロッシア家次期当主にして俺の上司。

 そのバカ親がジョージ・ネイド・グロッシア、爵位は男爵、性格は凡庸だが堅実、バカ息子への偏愛が明るみに出るまでは名士とまで言われてたんだがなぁ……」


「その親が私兵を出す可能性は?」


「否定できん。が、多くはない。身内の恥の尻拭いだからな、情報漏洩の愚に走らない程度の理性はまだ持ってるはずだ。腐っても貴族だしな」



 正直、この世界の貴族がどんな権勢を持ってるものなのか全く分からんので、戦力の想定もできん。

 アデリーも微妙に楽観に走ってる感じがするし、相手に本気出されたらここの戦力じゃ軽く蹂躙されるんじゃなかろうか。

 密偵は確実にいるだろうから、内部の混乱まで想定しなけりゃならんしな。



「昨日、早馬が出てったろ?」


「二人ほど厩舎に走ってったのは知ってる」


「バカの親父の政敵のところに走らせたんだ。時は来た・・・・ってな」



 アデリーが悪い顔して口の端を吊り上げて笑う。

 根回しと増援もバッチリだぜ!ってことか。



「バカの親父が頭押さえてたらどうするんよ?」


「そのための二騎だぜ?」


「バカの親父は堅実・・なんだろ?」



 アデリーがハッとした顔で青褪める。

 ぼくなら勝負に出るときは足場ガチガチに固めて臨むから、最悪の想定と保険は徹底する。



「密偵の目星は?」


「……だいたい、だな」


「分からん前提で動くのがマシか。炙り出すにしても時間が足らんべ」



  ゴッ!



 デコピンの音じゃなかったな。

 まぁいいか。



「アデリー、頭切り替えようや。全員生存は無理かもしれんけど、やるだけやらんと部下も命張れんだろ?」



 転げ回っとる。

 やっぱ強過ぎた?



「あー……えーと…………先に治療する?」





 落ち着いたところでアデリーに地図を書かせ、作戦会議を……といったところで晩飯が届いたので、サリィを起こして食事を摂ることにした。

 食事がてら、グランティンバーの戦争事情、一般的な戦力の構成、戦闘の内容などを聞いて、頭に叩き込む。



「そういえば、ぼくオーガだと思われてるみたいだけど、オーガってどんなもんなん?」


「東の海を渡った先にいるって話は伝わってきてるが、実物拝んだ奴はほとんどいないな。

 腰巻き着ける程度の知性はあるらしいが、大人の二倍ほどもある身長に強靭な筋肉、動きも素早く凶暴で凶悪、オーガを怒らせた国が滅んだなんて話もある。

 特徴は頭の角と浅黒い肌、だったかな?」



 サリィが聞きながら頷いている。



「まだこの世界に来て人しか見てないからさー、魔獣とか魔物とかいるのかなーって」


「西の森には色々湧くんだけどな、森全体がエルフの領土みたいになってて、定期的に駆除されてるんだよ」


「ほほーん。東の海にもなんか出るってことか」


「内地にも色々湧くな。そういう魔物を駆除するのも騎士の仕事になってる」


「名ばかりの騎士や貴族じゃ務まらんわけね」


「そうなるな」


「サリィも魔物の討伐とかに駆り出されたことあるんけ?」



 口に入れたばかりの肉を急いでモグモグしとる。

 タイミング悪かったな。



「ゆっくり味わってお食べ」



 ついでにフキンで口元を拭いて落ち着かせ、自分も鶏肉っぽい味と食感の肉を口に入れて味わう。

 鶏肉って簡単調理で美味しい有能な食材だよね。

 どんな鳥の肉なのかは知らんけど。



「私は、魔術士としての研修で、何度か魔物狩りに派遣されました。火と水の魔法は得意ですので」


「大変だった?」


「最初の頃は。でも、ご主人様ほど強い魔物も人も知りません」


「ぼく程度の奴はたくさんいると思うよ。知らんけど」


「昨日は死んだと思いました」


「……生きてて良かったな!」


「はい」



 重々しく頷いてるけど、ぼくも余裕なかったしね。

 謝れぬ。

 戦闘だから謝るようなこともないんだけど。

 負ければ死んで当たり前、生きて帰れりゃラッキーというのが戦場の了解だから。



 そんな風に色々会話を挟みながら食事を済ませ、腹が落ち着くまでゆったり談話して過ごす。

 いつ死ぬか知れない状況だからこそ、こういう時間は必要になる。

 ぼくは死ねないだろうけど、目の前の二人とは二度と会話できないかもしれんのだ。



 そう思えばこそ、何とかして生かしたいとも願い、足掻こうとも思うんだよね。

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