女魔術士と死の誓約

 こんばんは、威焔です。

 宴会はお開きとなり、暇になったので、朝まで手持ち無沙汰です。

 仕方がないので給食班の人に混じって片付けの手伝いをしましたが、サクサク片付いちゃって、まだ暇です。



「おう、エンさん。寝るとこ決まってねーんだろ? 食堂の空いてるとこ使ってくれて構わないぜ」



 そう言ってくれたのはホフマンさん。

 ヒゲ面でマッチョな筋肉ダルマの給食班の班長さん。

 村の人にはクマさんと呼ばれて愛されてる彼は、頭に熊の耳を付けてヒグマの獣人だと言っても通用してしまいそうです。


 この世界に獣人っているんでしょうか?



「ありがとうホフマンさん。ところで、獣人ってどこかにいますか?」


「獣人? この国じゃほとんど見かけねぇな。南部のルシャン国が交易の盛んな国だけど、そこで見たって話は聞いたことあるぜ」


「へー」


「エンさんは獣人が好みなのか?」


「特に好きってほどではないなぁ。ホフマンさんは?」


「俺はアレよ。俺の作った飯を美味しく食べてくれる相手なら誰でも大歓迎さ!」



 ガハハと豪快に笑うホフマンさん。

 揺り籠から墓場までってことだろうか。

 守備範囲も懐が深いご様子で、圧倒されてしまいます。

 彼のことは心の師匠と呼ぶことにしよう。

 心の中で。



「仕込みと片付けも済んだから俺は寝るわ」


「へーい、おやすみー」




 さて、暇だ。

 寝てもいいけど寝なくてもいい、そして寝ない方がいい気がしてるので、朝まで起きておこうと決めていた。


 しかし、することがない。


 いや、そうだ。

 この世界で使える能力と使えない能力の確認をしておこう。

 着いてからバタバタし通しだったし、途中で使った魔法も、なんとなく使えそうだと思ったからやってみたら使えたという程度のものだった。

 たぶんアレ以外は、この世界でも十分使えるだろう。

 この考えは確信に近い。

 アレはアレで、すぐ使えなくても問題はない。



 アレって何だって?

 召喚魔法です。



 何故使えないと思ってるかって?

 理由は二つ。


 一つは、召喚契約を交わした相手がたぶん死んでるから。


 もう一つは、こっちが重要なんだけど、万が一召喚に成功しても、相手が帰還できない可能性が高いから。



 ぼくの召喚魔法は、異界の住人を呼び出して契約するのではなく、同じ世界の住人と契約を交わす形式を取っていた。

 なので、召喚の要請を出しても承諾するかどうかは相手次第という、とても使い勝手の悪い魔法なのです。


 そうした問題をクリアするために使ってたのが、触媒に命を宿らせて使役する魔法。

 故郷では式神と呼ばれていたもので、ぼくは半召喚魔法と呼んでいる。


 死後の世界・・・・・からこの世界に渡った魔法は、そうした見かけ上二種類の召喚魔法を更に応用させたものだったわけだ。



 とはいえ、やってみないと使えるかどうかも判断できない。

 しかし、異界の相手は召喚したくない。

 召喚相手は魔獣でも人でも構わないんだけど、契約が必要になる。



 捕虜を一人使わせてもらおうかな?

 どうせなら便利な能力持ってる相手がいい。





「ということで、ヘルマシエの魔術士を実験に使ってもいいかな、タイチョー」



 救護所で酔い覚まししていたアデリーに、簡単に事情を説明して訊いてみた。



「旦那が討ち取ったんだから旦那の好きにしてくれていいけどよ……そのタイチョーってのやめてくれ」



 お気に召さなかったらしい。



「そうだよね……ワタシタチ出会ったばかりでお互いのことよく知らないものね……」



 のの字を書いていじけてみせる。



「そういうことじゃねーよ。旦那には感謝してるし、うちの人間でもないのに色々手伝ってくれたし……その、なんだ。せっかく身分だの立場だの考えなくていい出会いに恵まれたからさ、できれば友達みたいな関係が……な? 分かるだろ?」



 思春期の少年少女かよ、とは言わないでおこう。

 ぼくにとってもありがたいことなんだから。



「そうね……じゃあ……アデリー」


「……なぁ、旦那。キャラ定めようぜ。それと俺に男色の気はねーぞ」


「男色もなかなかいいらしいよ?」


「ヒィ!?」



 ぼくは知らんけど。

 食わず嫌いは好きじゃないけど、嫌って避けてるわけじゃない。

 女の子の方が大好きなだけです。



「ま、冗談はさておき。旦那、相談したいこともあるから、また昼にでも俺の部屋に来てくれ」


「飯時くらいでいい?」


「ああ。美味い酒でも準備しとこう」


「仕事する気ないな?」


「うるさい上司もいねーんだ、少しくらい羽も伸ばすさ」



 そんなやり取りを交わして、実験の犠牲者の元へと移動することにした。




 捕虜のほとんどは、二つある食堂の一つに押し込まれている。

 貴族階級以外の捕虜は下着以外の身ぐるみを剥ぎ、貴族階級の捕虜はそれなりの服だけ着せ、拘束してある。

 見張りと世話役に人員を割かれ、人手が足りなくなると誰かが嘆いてたな。


 女性の捕虜、魔術士の他にも二人ほど女性兵士がいたんだけど、その三人は別の小屋に押し込まれ、必ず一人は女性を配置する形で見張りと世話とが為されている。

 ヘルマシエ兵同士だけでなく、身内が性的な暴力に走らないようにとの配慮らしい。

 ヘルマシエ国に対する配慮というよりは、自国内の政争への保険みたいなものか。



 女性の捕虜が収容されている小屋まで移動して、見張りに事情を説明し、中に入らせてもらう。


 捕虜も疲れているのか眠っていた。

 魔術士以外はだいぶ失血してたはずだし、抜けた血は治癒魔法でも元に戻らんからな。


 昼の戦闘中、魔術士は隠蔽魔法で逃走を図ったので、雷撃の魔法で無力化させてもらった。

 電撃系の魔法は短時間で大きな効果が得られるから使いやすいんだけど、生け捕りには絶望的に向いてない。

 体を中から焼き切ることが多く、出力が高ければ高いほど治癒困難な組織破壊を起こす。


 加減が分からなかったので最弱を意識して放ったけど、殺さずに済んだのは、単純に幸運だっただけだと思ってる。



 眠っている魔術士を起こさないように大事に抱きかかえ、見張りの女性兵士一人に着いてきてもらって、無人の食堂に移動する。


 お姫様抱っこお姫様抱っこ。


 魔術士は小さくて軽い。

 アデリーは、魔術士は高給取りだって言ってたけど、いいもの食ってるような重さじゃない。



「この子、細過ぎだよね?」


「そうですね。拘束中もグッタリしてましたし。だから、普通ならもっとガッチガチに拘束するんですが、その子は手枷だけです」



 その手枷も簡単にすり抜けできそうなくらい手首も細い。



「一応、ほら、魔術士だし。油断はしないようにね?」


「はい。……はい。そうですよね」



 若いし小さいし細過ぎだし、気持ちが分からんわけじゃない。

 でも、軽視すると最悪の場合は逆転からの全滅という事態もあり得る。


 前の世界でそういう失敗をしたぼくが言うんだから間違いない。



 食堂に着いて魔術士を床に寝かせてから、女性兵士に声をかける。



「先に確認したいことがあるから、この子を裸に剥いちゃうけど、ぼくが悪いことしないように見張っててください」


「私じゃ止められないと思うんですけど……」


「これ渡しとくんで、鞘から抜かずにそのまま殴ってくれたら大丈夫です」


「分かりました」



 愛刀を渡すと、頷いてくれた。

 襲うつもりならこんな面倒くさいことしないしね。


 なるべく起こさないように、丁寧に魔術士のシャツと下着を脱がせる。


 真っ赤な長い髪に、青白い肌の色が映える。

 ほぼぺったんこの小ぶりな乳房、あばらの浮いた胸、病的に細い手足。

 そして、顔以外の体のあちこちに無数の傷跡と赤黒い痣。


 痛々しくて興奮も覚えない。



「この子も治療されてたんだよね?」


「そのはずです」



 雷撃の火傷の有無を確認し、それがあれば傷跡を消すだけのつもりだったけど、傷跡は全部消してしまうことに決めた。

 話せばもっと濃い膿が出てくるかもしれんが、手伝えることは手伝って改善の手助けをしよう。


 ただの気まぐれで、私情だ。



 衣類で隠れるような部位から順に、気合いを入れて我流の治癒魔法を施す。


 自分の手の平に切り込みを入れ、流れ出る血を両手に刷り込んで、魔術士の傷跡をその手で触れる。


 細い体を巡る魔力の流れを掴み、乱れた流れを修復しながら、魔力の足りない箇所には魔力を注ぎ、流れの途切れた箇所は繋ぎ合わせ、混線した箇所はほぐして整える。

 刷り込む血を馴染ませ、修復作用を高めて、傷跡という傷跡を修復させる。



 体の前面への処置を終え、背面への処置のためにうつ伏せにさせようとすると、さすがに起きてしまったらしい。

 ビクッと体を震わせて硬直し、みるみる内に目に涙を溜め込みながら、歯を食いしばって耐えようとしてみせる。

 歯の根が合わないのか、ガチガチと歯がかち合う音が響き、血の気も引いて真っ青になりながら、全身が震え続けている。



「食ったりしないから心配しなくていい。ぼくが悪いことしたら、隣のお嬢さんがぼくを切ってくれるように約束してある」



 ぼくの言葉に合わせ、女性兵士は刀を抜いてぼくの方に構え、魔術士に笑顔を見せてくれる。


 ナイスフォロー!



「もうちょっとだけだから、うつ伏せになってゆっくりしててくれるとありがたい」



 まだ震えてはいるけど、うつ伏せになってくれた。


 怖がるのは仕方ないし、むしろ健全な反応だ。

 逃げようとしない、恐れても言葉に従ってみせるという反応は、お世辞にも健全だなどとは言えないけど、今は助かるので、後で可能な範囲でフォローしよう。



 前面と同様、気合いを入れて丁寧に処置を施す。

 切り傷を、鞭で肉を削がれた部位を、折れていびつな形にくっ付いた骨を、打撲で弱った内臓を、皮膚に刻まれたそれらの痕跡を、丁寧に修復して行く。



「なあ、魔術士」


「ヒッ……はい」


「これ、消した方がいいか?」



 魔術士の左肩甲骨を指でトントンと叩いて尋ねる。



「御心のままに」



 好きにしてってこと?



「訊き方が悪かったね。ごめんよ。これの意味と目的を教えて欲しい」



 言われて、魔術士は手をギュッと握りしめる。



「それは誓約の紋です。魔術で魂に直接刻まれ、誓約を破った者に死の制裁を与えます」


「ほー……兵士さんそういう魔法知ってる?」


「アメリアです。私は詳しくは知りませんが、エルフの国にそういう魔法があるというおとぎ話はありますね」


「ありがとう、アメリアさん」



 名前覚えてなくてごめんよ。

 後でお礼ついでにお詫びもしておこう。



「それを教えてくれた上で反応がないってことは、この魔法……魔術か? それに関することを話すのは問題ないってことかな?」


「はい。解除不能ですから」


「そうなん?」


「あなたが何故気付かれたのかは分かりませんが、痕跡は目に見えませんし、治癒魔法でも治りません。呪いでもないので神聖魔法による解呪も効きません」



 呪いや神聖魔法ってのもあるんだ。

 機会があったら教えてもらおう、そうしよう。



「これが発動したら分かるとか、そういう仕組みはある?」


「聞いたことはありませんが、無いとも言えません」


「ふむん。じゃあ、発動が知られて困ることは、魔術士にはある?」


「……いえ、ありません」


「んじゃ消そう」



 魔法を封じ込めるように魔力で包み込み、侵食して喰い散らかす。



「どうせ死んでただろう命だ、禁則事項に触れてみ」



「え……?」


「たとえば、命令に逆らうとかか? 条件の概念は……よう分からんな」



 治療も終わったので体を起こして座らせ、ぼくの上着で包んで問いかける。



「名前は?」



 魔術士は俯いて首を横に振る。



「教えられんか?」


「違います。私には名前がありません」


「そっかそっか。じゃあ……サリィと名乗れ。今日からおまえはサリィ・グラシリスティラだ。猫柳って花の名前のアレンジでな、花言葉が好きで覚えてたんだ」



 固まったままの魔術士に御構い無しに続ける。



「その花言葉ってのがな、"自由"、"自由な心"、"率直"、"親切"ってな具合でな。ぼくから魔術士への願い、願望の押し付けみたいなもんだ」



 名付けって、名付け親から子への願望の押し付けみたいなもんだしな。



「で、魔術士。いやもう勝手にサリィと呼ぼう。サリィよ」


「……はい」


「おまえ、主人を捨ててぼくのものになれ」



 少し落ち着いてた魔術士の表情が再び固まり、小刻みに震え出す。



「誓約の紋か? それが解除できてなかったとして、おまえが死んでも、おまえの大事な誰かはぼくが必ず助け出すと約束しよう。

 信じるかどうかは任せる。

 信じてくれるなら、ぼくの手を取れ」



 右手を差し出して、返事を待つ。



「……本当に、助けてくれますか?」


「絶対にできるとは言わん。最悪の場合は、そうだな。おまえの仇は全て殺す」



 ぼくが言い終えると、魔術士は俯いて両手を握り締め、座った姿勢のまま上体を前に倒れさせ、額を床に付ける。


 土下座っすね。



「お願いします……! 弟を助けてください! わだしの! たった一人の家族なんです!」



 床に広がるシミを横目に、空いたままの右手を握って、開いて、その手で赤い髪の頭にチョップをお見舞いする。



「あいたっ」



 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を跳ね上げ、後頭部と額を手で押さえながら、ビックリした顔でぼくを見つめてくる。



「手! 手を握るの!」


「あ……はい」



 差し出されたぼくの右手を、おずおずと両手で握ってくれたので、右手はそのまま、左手で頭を撫でながら笑顔で声をかける。



「ほれ、死ななかったろ?」


「……ッ! はい……はい……うあああああん!」



 また泣き出したので、アメリアさんに魔術士の着替えをお願いして、食堂を後にした。




 召喚の実験とか、言い出せる雰囲気じゃなくなったなぁ。

 アデリーになんて弁明しようかな。



 ま、いいか。

 行き当たりばったりで行こう。

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