43th try:Arcangel

 閃光。


 衝撃。


 それきり俺は、しばらく意識を失っていたのだと思う。


「――魔王様っ!」


 俺の目を覚まさせたのは、悲痛な叫び声だった。

 

 どれだけの間、俺は気絶していたのだろう。


 五分? 


 十分?


 そう長くはない時間のはずだった。


 だが。


 そのわずかな時間に。


 形勢は、嘘のように逆転していた。



 ※※※



 広間は惨憺たる状態だった。


 もはやシリンダーは砕かれ、床にも壁にも縦横に亀裂が入っている。なぜ崩壊していないのかが不思議なくらいだ。

 

 あちこちに転がる人形のパーツ。傷ついて倒れた魔物たち。


 濃い血のにおい。


 だが、広間の中央――まぶしい輝きに包まれたその場所だけは、まるで掃き清められたように何もなかった。


 その場に立ち、向かう相手を見下しているのは――


「なるほど。魔装技術がない時代に、どうやって勇者が“作られて”いたのか不思議でしたが……貴方は人形ではなく、生体ベースなのですね」


 声が響く。静かながら、威厳に満ちた口調。金色の光に包まれたアルメキア王は、まるで彫像のように傲然と身体をそびやかせていた。


 その前で膝をつき、荒い息を吐いているのは、魔王ハイネだった。

 俺の鼓動が早くなる。

 彼女の右腕は吹き飛び――傷口から血が間断なく吹き出していた。


魔法生物ホムンクルス。不便ですねえ。食事も排泄もしなければならず、肉体的にも人間より脆弱。おまけに魔装のように痛みからも苦しみからも逃れることができない。よくそんな不便な体で、女神様に長年お付き合いできたものです」


「子供のころから責任感が強いってよく言われたよ。く、ひ、ひ、ひひ……。」


「魔王さまァ!」


 叫び声があたりをつんざいた。

 同時に、瓦礫の中から飛び出してきたのは、サンドラだ。

 両手に炎をまとって、一直線に突っ込んでくる。


「貴様、よくもォ!」


 放たれる極大の龍炎魔法。

 だが――それはいとも簡単にかき消されてしまう。

 王が手を無造作にふるっただけで。


「なにッ!?」


 次いで掌から放たれた光の波動が、驚愕するサンドラを吹き飛ばした。

 地面に叩きつけられ、土煙の尾を引きながら、そのまま彼女は俺のすぐ隣の壁へと叩きつけられる。


「サンドラ!」


 俺は彼女に駆け寄った。


「が……は……ッ」


 返事のかわりに、彼女は口から血をこぼす。

 意識を失っているが、五体は無事だ。あの一撃を受けてよく――

 と。その体の表面が、薄く黒い膜のようなもので覆われていることに俺は気づく。


 見渡すと、広間にいる他の幹部や魔物たち――怪我をしてうずくまっていたり、再び活動をはじめたナナとミミと戦っていたり――全員の体に、同じように、黒い陽炎のようなものがちらちらと浮かんでいるのが見えた。


 まさか。

 まさかあいつ――


「仲間を連れてきたのが裏目に出ましたねえ。さぞ大変なことでしょう。守りながら戦うというのは」


 王は笑い、よろよろと立ち上がりかけた魔王を蹴り飛ばす。


「――ッ!」


 左腕で辛うじて防ぐも、彼女の身体は、衝撃になすすべもなく宙を舞う。


「女神様に感謝しなければ。この私に、魔王討伐という輝かしい因果を運んできてくださった女神様に」


 ふらふらとしながら、それでも立ち上がる魔王に、再び拳が浴びせられる。一見ただのパンチに見えるそれは、だが女神の力をまとった必殺の一撃だ。それを再び受け止めた魔王の左腕から血が噴き出す。ハイネの顔が、苦痛にゆがむ。


 それを見ていた俺の隣で、なにかが動く気配がした。


「お……の……れェっ……!」


「サンドラ!」


 目を覚ましたサンドラが、再び両の眼に激しい怒りをたぎらせながら、王に向かって飛び出そうとしていた。


「待てって!」


 俺は思わずそれを止める。


「見ただろう。敵の力がデカすぎる。どうあがいたって勝ち目は――」


 肩に手を触れようとするのを拒むように、彼女の体から紅蓮の炎がたちのぼる。

 俺は一瞬だけ躊躇し――だがその後すぐに、魔王からもらった黒炎を全開にして、それを抑え込む。


「ぐう……ッ……!」


「ハイネはここにいる全員を守りながら戦ってる。助けに入ったとこおで、余計に邪魔になるだけだ!」


 必死にそう訴えると……俺をにらみつけていた真っ赤な瞳から、涙がこぼれた。


「私に、ただ見ていろというのか」


 引き絞られるような声。

 

「魔王様が嬲り殺されるのを見ていろと言うのかッ!」


 そう言って、彼女は地面を拳で叩き割る。


「何もできないまま……このまま無様に生き永らえろというのか……」


 こちらにも歯のきしむ音が聞こえてきそうなほど強く顎をかみしめる彼女。

 その肩に――俺は手を置く。


「もちろん、そうはさせない」


「……え?」


《おいクソ魔王、聞こえるか》


 俺はすぐさま魔王に呼びかける。

 あいつから魔力を分けてもらっている今、は再びつながっていると踏んだのだ。


 その予測は当たっていた。


《……シュウ……か……?》


 彼女の思念が呼びかけに応える。

 意識が飛びかけているのだろうか。その声はひどく途切れ途切れで、弱弱しい。


《すま……ないな……肝心なところで、間違えた……頼む、これからは、お前が、魔王と、して……》


《いやそういうのいいから》


 俺は即座に否定する。

 そうだ。ここで余計な時間を食ってる必要はない。


 教えられたわけじゃあないが、なんとなくどうすればいいか、感覚で理解できた。

 女神の魔力の使い方がすぐに分かったように。


 防戦一方だった魔王の動きが、急に精彩を取り戻す。


「ぬ……!?」


 殴りかかった王の手を受け止め、お返しとばかりに蹴り飛ばした。


「おお!」


 サンドラが隣で歓喜の声を上げる。


「さすがは魔王さま! 心穏やかな戦士であったところを仲間を殺された怒りによって覚醒――」


「んなわけあるか」


 即座に否定。


「あれはただ――俺に貸してた魔力を、返しただけだ」


 俺と魔王は、魔力を共有している。

 レベル差があって、主導権を取れないということだったが、彼女が弱っている今なら、話は別だ。


 俺は呼びかける。


《おい魔王、聞こえるか》


《……なぜこんなことを。お前の魔力が戻ったところで形勢は……》


《いいから聞けって。俺にはまだ、女神の魔力が残ってる》


《……なに?》


《全力の彗星の一踏メテオリック・スタンプ、きっちり一発分だ》


 言いながら、俺はステータス画面を確認する。

 


《いいかクソ魔王。俺はまだ死ぬつもりはねえぞ。あいつにも女神にもまだ一泡ふかせちゃいねえ。このまま負けっぱなしなんて、冗談じゃねえ!》


《……どうするつもりだ?》


《策がある》


 俺は笑う。 


《残った魔力をすべて込めた渾身の一撃を、あいつにブチ込む。当たれば勝ち、外せば負けの丁半バクチ――このまま諦めて嬲り殺されるよか、ずいぶんマシだろ?》

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