41th try:Come from Behind

 防戦一方――

 まるっきり、さっきの再現だ。

 いや。

 状況は、なお悪い。


 悪夢のようだった。

 右を見ても、左を見ても、見慣れた顔がある。

 かつて共に戦い、笑い合った姉妹たちが、感情のない目で襲ってくる。


「これでわかったでしょう? 人形は人形だと」


 どこからか、王の声が聞こえた。

 魔法でも使っているのか、戦いの喧噪の中でも、それははっきりと聞こえた。

 嫌になるくらいに。


「ほら、もっと抵抗して構いませんよ? どうぞ全力で戦ってください。スペアはまだまだあるのですから」


 彼女たちは違う。

 街の片隅のお店で、看板姉妹として働いていたあのふたりとは違う。

 感情もない、記憶もない、ただの兵器だ。

 ……何度そう言い聞かせても、俺の体は、それに納得してくれなかった。


「お父さん」「お父さん」「お父さん」「お父さん」「お父さん」「お父さん」

 

 うわごとのように彼女たちがつぶやく言葉。

 おそらくは動機付けのためだけに植え付けられた記憶。

 不完全だ。

 どれだけきちんとした自我を持っているのかすらも怪しい。


 だけど……。

 それでも彼女たちが何かを感じ、考えているのなら。

 俺はそれを人形と割り切ることは、どうしてもできない。

 できるわけがない。


「こんなに不完全な人形たちにさえ、魂を見出そうとする……そうしなければ、自分の存在も嘘になりかねないから……か。なるほど、実に興味深い行動ですねえ」


「うぅるせぇ!」


 俺は力任せに黒炎をふるってナナとミミたちを吹き飛ばし、上空に飛んだ。

 どこにいやがる……アルメキア王!


「こちらですよ」


 頭の中ではなく、直接聞こえたその声の方向を見る。

 広間の中央。

 ぽつりと立っている白衣の男。

 見下すような目と、にやにやと笑う顔。


 俺は怒りのまま、瞬時に加速し――

 黒い炎をまとった右足で、一撃を叩き込む。


彗星の一踏メテオリックスタンプ・【ネメシス】!」


 俺の足が、王の体ごと地面を陥没させる。床に蜘蛛の巣のようなひび割れが放射状に広がり、割れ目に沿うようにして黒炎が吹き上がる。


 王の体は粉々に砕け、呑み込まれるようにして消えていき――


「残念」


 頭の中で声が響くのと同時に、俺は自分が罠にかけられたことに気付いた。


「そいつは、身代わりの人形ですよ」


「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」「<穿て左拳ポリュデウケス>」


 待ち構えたように放たれた爆風が、俺を全方位から押さえつけ、地面に叩きつけた。


「がっ……ぐっ……!」


 黒炎を全開にするが、指ひとつ動かせない。息をすることすらも難しい。

 

「いいですねえ。感情的であってくれるのは。実に……実に、御しやすい」


 見据える前方。居並ぶ無数のミミの合間を縫って、王が姿を現した。

 おなじみの王のマントに身を包み、顔には白いあごひげを蓄えている。


「大人しく……蹴られてろよ……クソ野郎ォ……!」


「いい表情です。きっとその頭の中には、様々な感情が渦を巻いているのでしょう。怒り、悲しみ、後悔、無力感……。ご安心ください勇者様。あなたには確かに魂がありますよ。だってそうでなければ、女神様がお楽しみになれないでしょう。ねえ?」


 俺は最後の力を振り絞って立とうとした。地面に手をついて体を無理やりにでも持ち上げようとする。


「<穿て左拳ポリュデウケス>」


 真上から叩きつけられたさらなる衝撃に、逆らっていた手首がとうとう砕け落ちる。痛みはなかった。断面から漏れる血も、壊れた肉体も、一瞬だけきらめいた後、灰のように崩れて消え去っていく。


「次はどんな記憶にしましょうか? なんの疑いもなく、魔王を悪と信じたほうが幸せでしょう。そうだ、いっそ別人になってみるというのはいかがです? あなたは勇者の血を引く若者で、16歳の誕生日と共に王様に呼び出され魔王討伐の旅を命じられる――面白そうじゃないですか?」


 地面にいやおうなく押し付けられて、それでも俺は諦めない。

 当たり前だ。

 これが最後なんだ。

 死ねば次なんてないんだ。

 

 このまま好き勝手されたまま終わってたまるか。

 こいつらの思惑通りに動いてたまるか。


 かすみ始めた視界の向こうで、一組のナナとミミが手を繋いでいるのが見える。

 その後ろで組まれた機械の両腕から、ライムグリーンの光が顕在化していく。


 ああ、畜生。

 こんなところで、こんな形で、俺は――


 ふっ、と視界が闇に覆われた。

 同時に音が遠ざかり、体が軽くなる。

 突然空中に放り出されたような浮遊感。


 ああ。

 俺は……俺は死んだのか?

 深い闇の中で、俺は脱力する。

 全部、無駄だった。

 すべて、終わった。


 勝手な都合で作られて、勝手な都合で動かされて。

 いったいなんだったんだろう。

 俺の、存在は。




 ――声が、聞こえた気がした。




 俺に真実を吹き込み。

 予定調和をぶっ壊し。

 課せられた運命を書き換えた、あいつの声だ。


 俺もあいつみたいになりたかった。

 自分で自分の道を切り開きたかった。


「なぜ」


 また声が聞こえた。

 今度はアルメキア王のものだった。

 驚きか、恐怖か。それはかすれ、震えていた。


 一度はこんな風に、あいつを恐れさせてみたかった。

 人の心を、記憶を弄んだあいつに、後悔させてやりたかった。


 彼の声は続けた。


「……なぜ、貴様がここにいる」

 

 ――暗闇に、亀裂が入った。



 ※※※



 開けた視界に、地下の広間の光景が戻ってくる。

 俺はようやく、自分がまだ死んでいないということに気づく。


 無数にいたナナとミミたちは、吹き飛ばされ気絶していた。

 そして、勝ち誇っていたはずの王が、俺の目の前でひざまずいていた。

 

 俺と王の間に立つ、ひとつの人影。

 小柄な背中だった。

 しかし、そこから放たれる魔力は恐ろしく強大で、恐ろしい。


 彼女のまとう黒衣が、風もないのに宙を舞う。


 なぜ?

 奇しくも俺が浮かべたのは、王と同じ疑問だった。


 俺は失敗したはずだ。

 作戦はうまく行かなかったはずだ。

 女神の力を奪う魔力はもはや俺にはなく。

 そして何より、魔物は結界に阻まれて入れないはずじゃなかったのか。


 それがどうして……。

 どうして、彼女がここにいる?


「失敗ではない」


 静かな声が告げる。


「今回の人間側の蜂起が、シュウを呼び込むための罠ではないか、という疑いは当然あった。女神との接続は消したが、ほかの方法でシュウの思考が読まれているかもしれないと……。そう考えて私は、あえて貴様にすべてを教えなかった」


 彼女はすまなかったな、とぽつりとつぶやいて。


 その全身から、巨大な黒い炎を立ち上らせる。


「よく、ここまで“繋いで”くれたな」


 その一言で、俺は悟る。

 さっきの感覚。暗闇に包まれる視界と浮遊感。


 あれは。

 だ。


「転送魔法……で繋がれた二点間を飛び越える魔法。街の入り口だけでなく、この城もまた、何重もの結界で覆われている。その内側に起点を作る必要があった。……貴様は、使


 彼女は。

 魔王ハイネは。

 俺を振り返り――そして仮面を揺らす。


「繋ぐまでのタイムラグが心配だったが、生き残ってくれて何よりだ。


 さて……シュウよ。


 ここらでひとつ、逆転劇と行こうじゃないか。くひひひひひ!」


 笑い声を合図にしたように、広間のそこかしこの空間が歪みはじめ――



「さァ、貴様ら……魔王が命じる。蹂躙しろ。この国を滅ぼし尽くすまで」



 ――アルメキアに、悪夢が顕現した。

 

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